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第十章 続・ハテノ男爵領再興記

第224話 おいら、着せ替え人形じゃないから

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「王妃様! いらっしゃいました、こちらです!」

 誰、こんな朝早くから大きな声を出しているのは…。
 おいら、まだ眠いんだ、静かにして欲しいよ。

「あらまあ、可愛い。
 まるで、仲の良い姉妹のようだわ。」

「オランたら、人騒がせな。
 珍しくわたくしの部屋に来ないと思ったら、…。
 まさか、この娘の所に来ていたなんて。」

「ネーブルちゃん、あなたがオランを女の子のように扱うから…。
 見なさい、平気で女の子の寝所に入るようになってしまって。
 幾ら可愛いくてもオランは男の子なのですからね。
 これから大きくなって、間違いでも起こしたら大変です。」

「えー、お母様、まだ良いじゃないですか。
 こんなに可愛いのですよ。
 せめて、声変わりまでは、着せ替えをして楽しみたいですわ。」

 今度は、枕もとで聞き覚えのある女の人の話し声が聞こえてきたよ。
 全く、何なの、おいら、昨日遅くまで起きていたからまだ眠いんだって。
 
 おいらが、懐の中に感じる心地良い温もりに身を任せてウトウトとしていると。
 もぞもぞと心地良い温もりが動き出したんだ。えっ…。

「うん? 母上も、姉上もどうしたのじゃ。
 私はまだ眠いのじゃ。
 もう少し寝かしておいて給うのじゃ。」

 懐に抱えていた物体がいきなり動き出して、ビックリしたおいらも目が覚めたよ。
 隣を見るとオランが起き上がって眠そうな目を擦っていた。

 そう言えば、おいら、魔物領域へ行って空飛ぶ大蛇を狩った話までして…。
 その後どうしたっけ…、覚えてないや。

 何で、オランはおいらのベッドで寝てたんだろう?

「どうしたじゃないでしょう。
 オランがいなくなったって、王宮は大騒ぎよ。
 ダメでしょう、断りもなく部屋を抜け出したら。」

 王妃様の話では。

 オランの部屋付きの侍女が朝起こしに行くと、オランのベッドがもぬけの殻だったそうなの。
 まっ、それはいつも事らしくて、侍女は慌てることなく姉のネーブル姫の部屋に行ったんだって。
 すると、当然そこにいるものだと思っていたオランの姿は無く。
 「昨晩は自分専用の抱き枕が無かったから寝不足だ。」と不満を漏らすネーブル姫だけがいたそうなの。

 それから王宮は大騒ぎになったそうだよ、隅から隅まで探しても何処にもオランの姿が無くて。

 王宮を隈なく探したところで、王妃様が思い出したんだって。
 オランがおいらの話を聞きたがっていたことを。
 それで、慌ててやって来たらしいの。

「マロンが帰る前に、外の世界の話が聞きたかったのじゃ。
 本当は、部屋に戻って眠るつもりだったのじゃが…。
 つい夢中で話を聞いていたら、途中で眠ってしまったのじゃ。」

 どうやら、オランも途中で寝落ちしちゃったみたい。

「まったくもう、余り心配かけたらダメよ。
 でも、おかしいわね。
 王宮からこの離れに来るには、何人も近衛の者が警備に立っているはずなのに。
 何で、オランを止めなかったのかしら?」

「それは、シトラス兄上から教えてもらったのじゃ。
 兄上が王宮を抜け出して風呂屋に行く時に使っている道があるのじゃ。
 近衛の目が届かない場所を通って王宮の外に出られるのじゃ。
 私が大きくなったら風呂屋へ連れていくので、抜け道を覚えておけと言われたのじゃ。」

 オランは無垢な笑顔を浮かべて、シトラス王子の悪行を暴露したよ。
 もちろん、オランには悪気は無いよ。ある意味、その無邪気さは残酷だね。

「シトラスには、キツイお仕置きが必要なようね。」

 オランの話を聞いて王妃様がそう呟くと。

「本当ですわ。
 私の可愛いオランに悪い遊びを教えようなどと、万死に値しますわ。
 オランにはいつまでも無垢なままでいて欲しいのに。」

 ネーブル姫も王妃様に同調してたよ。
 いつまでも無垢なままって…、それはそれでどうかと思うけど。

      **********

 オランは、そのまま、王妃様とネーブル姫に連行されて王宮へ戻って行ったの。

 その日は、ライム姉ちゃんと第二王子の結婚についての話し合いがもたれたんだけど。

 おいらはというと…。 

「まあ、マロンちゃんは今九歳なの。
 オランより一つ年下なのにしっかりしているのね。
 それに、あなた、とっても強いでしょう。
 近衛騎士団長をいともたやすく無力化していましたものね。
 騎士団であの者の右に出るモノはいないというのに…。」

「そうなのじゃ、マロンは凄いのじゃ。
 魔物の領域で、マロンなど一飲みにしそうな空飛ぶ大蛇を退治したそうなのじゃ。」

 王妃様、オラン、それにネーブル姫と一緒にお茶をしていたんだ。

 大人の話し合いに同席しても退屈だろうと、気遣ってくれたようなんだけど。
 それよりも、オランがもっと話を聞きたいと強請ったのが大きいみたい。

「空飛ぶ大蛇って、そう言うのをドラゴンと呼ぶのではないかしら。
 マロンちゃんが、そんなモノを退治したの?
 本当なら、うちの騎士団長が敵わないのも頷けるわ。」

「うんと、アルトは大蛇のことをギーヴルと呼んでたよ。
 ドラゴンじゃないみたい。
 でっかいマムシに蝙蝠の翅を付けたような外見の魔物なんだ。
 見た目通り猛毒を持っているんだって。」

「まあ、オランと並んでいると…。
 お人形が二つ並んでいるのかと見まごうくらいに可愛いのに。
 見た目に反して、随分な猛者なのね。
 でも、そのギャップがまた良いわ。
 マロンちゃん、このままうちの子になっちゃわない。
 色々と可愛い服を着させてあげる。
 オランとお揃いの服なんか着たら、可愛すぎて鼻血が出そうだわ。」

 ネーブル姫は、着せ替え人形のコレクションにおいらを加える気満々だよ。
 おいらは、謹んで辞退させてもらったよ。

「マロン、平民の生活は楽しいのであるか?」

 その後も色々と話をしていると、オランがそんなことを聞いて来たの。

「楽しいかと言われても…。
 おいら、平民の生活しか知らないし。
 父ちゃんが行方不明になって、お腹を空かせていた時は楽しくなかったかな。
 今は毎日が凄く楽しいよ。
 アルトのおかげでこんな遠くまで来れるし、父ちゃんも帰って来てくれたからね。」

 王族のオランが楽しいと思うかどうかは分からないよね。
 王侯貴族は、お腹を空かせることもないだろうし、色々贅沢をしているだろうからね。
 
 おいら達、平民は慎ましい生活をしていて、その中で楽しみを見出すのだから。
 オランからしたら、楽しくも何ともないかもしれないし。

       **********

 そして、ライム姉ちゃんの婿取りの打ち合わせも終わり。

「これで良いわ。この誓約を破ったら赦さないわよ。
 その代わりと言ったらなんだけど。
 あんた達王族がこの誓約を守り続ける限り。
 私も約束通り、この王家に何かあれば助けてあげるわ。」

 アルトは王様から差し出された誓約書を丹念に読み返して、満足気に頷いていたの。
 誓約書を『積載庫』にしまったアルトは、みんなに帰ると告げたんだ。

 ライム姉ちゃんに婿入りする第二王子を連れて帰ることになったよ。
 ライム姉ちゃんの意向で、堅苦しい結婚式はしないことになったの。
 第二王子、レモン兄ちゃんにはその身一つで婿に来てもらうんだって。

 一方で、シトラス兄ちゃんに嫁ぐ耳長族のお姉ちゃんだけど、一旦帰ることになったの。
 アルトが、王家に嫁入りするのに恥ずかしくない支度を整えるからって。

 ライム姉ちゃん同様に堅苦しい結婚式はしないことになったけど。
 王家に耳長族の娘が嫁入りすることは大々的にお披露目するつもりなんだって。
 そのための準備をするのに時間が必要なんだとアルトは言ってたよ。

 シトラス兄ちゃんだけど、王様と王妃様から凄くとっちめられてたよ。
 オランに抜け道を教えて、風呂屋に連れて行こうと画策していたのがバレてね。

 アルトの怒りをかうと王家の存続に関わるから、金輪際風呂屋にはいかせないと王様が言ってたよ。
 チャラいシトラス兄ちゃんの事だものね、嫁入りしてくるまでは風呂屋に通うかも知れないから。

 そして、そろそろ王宮を去るという時間になって。

「父上、私は外の世界を見てみたいのじゃ。
 マロンと一緒に平民として暮らしてみたいと思うのじゃが。
 許可して欲しいのじゃ。」

 オランはいきなり何を言い出すかな…。
 おいらやアルトに何の相談もなく。

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