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第十章 続・ハテノ男爵領再興記

第213話 アルトは馬が欲しかったらしいよ

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 ペンネ姉ちゃんに剣を突き立てられて観念した様子のイナッカ辺境伯領騎士団長ソボー。
 半泣きのソボーにペンネ姉ちゃんは再度訪ねたよ、どうしてこの町に侵攻して来たのかを。

「辺境伯は大そうお怒りだ。
 辺境伯家の収入源であった『山の民』の品を奪われて。
 そこへもってきて、この町には幻の耳長族がいるというではないか。
 その噂を耳にした辺境伯が我々に命じたのだ。
 この町を手に入れよと。
 『山の民』の品を奪い返すと同時に、貴重な耳長族を手に入れるために。」

 ノーム爺から聞いてたけど『山の民』の里に一番近い人里は、イナッカ辺境伯領なんだよね。
 最近までは、『山の民』の買付けはイナッカ辺境伯領で行われていて。
 当然、物資買付けの資金を手に入れるため、『山の民』の作品はイナッカ辺境伯領で売られていたんだ。

 『山の民』の作品の一番の購入先がイナッカ辺境伯で、高値で転売できそうな品は独り占めしていたそうだよ。
 それをシタニアール国の王都に運んで、大儲けしていたみたい。
 他にも、王や王宮の高官への贈り物にして、色々と便宜を図ってもらう材料にしていたらしいの。

 ところが、この半年ほど、買付けの『山の民』がイナッカ辺境伯領を訪れなくなったそうなんだ。
 引きこもり体質の『山の民』、その交易を一手に担っていたノーム爺がこの町に住み付いちゃったからね。

 おかげで、イナッカ辺境伯の収入は減るわ、袖の下のタネは無くなるわで、辺境伯は機嫌を損ねていたみたい。
 そんなある日、商人たちが噂しているのを耳にしたらしいよ。
 この町に『山の民』の品だけを扱った大きな専門店が出来たって噂を。

 この町とイナッカ辺境伯領は、『山の民』の里を挟んで反対側だからね。
 すぐにピンと来たらしいよ、『山の民』の品が入手できなくなった理由に。
 イナッカ辺境伯は激怒したらしいの、収入源を奪われたって。

 言い掛かりも甚だしいね、別にこの町が無理やり『山の民』の品を奪った訳じゃないのに。
 ノーム爺がこの町の方が良いと言って、自発的にやって来たんだもんね。

 『山の民』の品の噂とと共に入って来たのが、この町に耳長族のお姉ちゃんがいるという噂。
 若くてキレイな耳長族のお姉ちゃん達が、興行で定期的に演奏しているって。

 イナッカ辺境伯は、若い女の人が大好きで、しかも凄く計算高い人なんだって。
 奥さんだけじゃ物足りなくて、町に気に入った娘さんがいると召し上げて来るらしいよ。
 『セイドレイ』とか言ってたけど…、召し上げた娘さんを奴隷のように使っているんだって。
 『セイドレイ』って、どういう意味って聞いたら。
 アルトから「マロンは知らなくて良いの」って言われちゃったよ。

 とにかく、辺境伯の屋敷には、その『セイドレイ』ってのが沢山いるらしいけど。
 耳長族のお姉ちゃんも、何人か加えたいと言ってたらしいの。
 それに、捕らえて『セイドレイ』として売れば、大儲け出来るとも言ってたみたい。

「ふふふ、舐めたこと言ってくれるじゃない。
 この町に手を出すとどんな目に遭うか、その身をもって教えてあげましょうか。」

 ソボーの話を聞いて、アルトが楽しそうに笑っていたよ。
 アルトったら、凄く怒っているみたいだった。 

       **********

 イナッカ辺境伯の騎士団を撃退したおいら達だけど。
 町へ戻ると、閉ざした門の内側には人だかりが出来ていて、みんな不安そうな顔をしていたの。
 
 ペンネ姉ちゃんが、イナッカ辺境伯の騎士団が襲撃してきたこと、その撃退に成功したことを告げると。
 アルトが『積載庫』の中から、縛りあげた騎士達を放り出して見せたの。
 集まった人達の間で、「わー!」という歓声が上がり、みんな、安堵の表情を見せてくれたんだ。

 すると、人だかりの中から顔を見せたノーム爺がソボーを見て。

「おや、お前さんは人攫いひとさらいのソボーじゃないかい。
 いったい、どうしたんだい。
 あの女好き領主の命で、こんなところまで、娘を攫いにきたのか?」

 人攫いって…、どうやら、辺境伯が目を付けた娘さんを攫ってくるのは、こいつの役目だったらしいね。

「きさま、ノーム! 
 大恩ある辺境伯様の所に顔も見せず、こんな所で何油を売っている!」

「何が大恩じゃい。 
 高く売れそうなものだけを、ごっそり買い占めたあげく値切りおって。
 その点、ここは言い値で全ての品を買い取ってくれるし。
 トレントの木炭は幾らでも手に入る。
 儂ら『山の民』の天国のような町だわい。
 それに、この町には、アッチのお楽しみも色々とあるでの。
 もう、イナッカなどには行く気も起らんわ。」

 縛られて地面に転がされているソボーが凄んでも、怖くも何とも無いからね。
 ノーム爺は、臆すことなく言い返していたよ。

 ノーム爺は、町に来たら一番最初にイナッカ辺境伯の所に来いと、言われていたらしいの。
 一応商売をする地の領主に逆らうことは出来ないので、素直に従っていたそうなんだけど。
 辺境伯が、いの一番で良い品を根こそぎ買い取るもんだから、売れ残ったモノを捌くのに苦労したんだって。
 大恩を気取りたいなら、抱き合わせで全ての品を引き取って欲しかったって愚痴を零してた。 

 ノーム爺の言葉を聞いて、人だかりの中から笑いが漏れていたよ。

 その後、アルトは捕らえた騎士達を『積載庫』に戻すと。
 何事もなかったかのように『STD四十八』の興行を始めたんだ。
 お客さんも、平静を取り戻して公演を楽しんでいたよ、その日と翌日の二日間…。

 捕えた騎士達に食事も与えず、予定通りに二日間の興行をするアルトって凄いと思う。

         **********

 何事もなかったかのように、定例の興行を終えたアルト。
 後片付けを終えると、おいらとペンネ姉ちゃん達『花』小隊、そしてタロウを連れて領都へ行ったんだ。

「ライム、良い馬が手に入ったから、あなたにあげるわ。
 あと半年もすれば、馬が沢山必要になるからね。
 それまで、ちゃんと世話をしておいてね。」

 ライム姉ちゃんの屋敷へ着くと、庭にイナッカ辺境伯の騎士団が乗って来た馬を放したの。
 その数、三十頭。
 残り二十頭はおいらの町の冒険者ギルドにあげてきたんだ。
 これから町を訪れる人がもっと増えるから、駅馬車を増便するようにって。
 冒険者ギルドの連中、良い馬を二十頭もタダでもらって大喜びだったよ。

 ソボー達が襲来した知らせを受けた時、ペンネ姉ちゃんが騎馬で迎え撃とうとしたでしょう。
 アルトがそれを止めたのは、馬を無傷で手に入れるためなんだ。
 もちろん、騎馬同士の戦いになると双方に死傷者が出ることが予想されるから。
 それを防ぎたかったという理由もあるけど。
 騎馬での戦いだと、馬にも致命傷を与える心配があったからね。

 だから、馬に致命傷を与える恐れのある新型の弓じゃなくて、ゴムで玉を飛ばす道具を使ったの。
 射程ギリギリなら、馬にそれなりの苦痛は与えるけど、殺傷力は殆どないから。
 今回の作戦、馬が驚いて暴れてくれるだけで良かったからね。

 アルトの狙い通り、玉で傷付いた馬は一頭も無かったみたい。
 馬同士の接触によって怪我をした馬がけっこういたけど。
 全て軽症で、『妖精の泉』の水をかけたら何事もなかったようにケロっとしていたって。

「はあ? この先、馬が必要になるのですか?
 また、何で?」

 アルトの言葉を聞いてライム姉ちゃんは首を傾げていたよ。
 唐突に馬を与えられ、説明もなく今後必要になると言われたもんだからね。

「それは、まだナイショ。
 もう少し準備が進んだら教えるから、楽しみにしていて。」
 
 アルトはまだ準備が全然出来ていないからと言って教えてくれなかったんだ。
 しかも、馬の話はこれでお終いと言わんばかりに話題を変えたの。

「そんな事より、辺境の町にイナッカ辺境伯の騎士団による襲撃があったわ。
 ペンネ達、駐留している騎士団の活躍で、騎士団は撃退したけど。
 イナッカ辺境伯に落とし前をつけさせないといけないからね。
 ライムも付いて来なさい、領主なんだから。」

 そう告げたアルト。
 そのまま、シタニアール国の王宮にまで乗り込むからと、正装を用意するように指示してたよ。

 隣国から侵攻があったなんて、重要な事を聞かされてライム姉ちゃんは動揺してたけど。
 アルトは、そんな事はお構いなく、早く支度をするように急かしていたよ。

 それに加えて、クッころさんに指示を飛ばしていた。
 領都に二小隊とおいらの町に一小隊、巡回警備の小隊を残して全員連れて行くから。
 出撃の準備をするようにと。
 
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