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第十章 続・ハテノ男爵領再興記

第208話 シタニアール国から来た若旦那

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 おいら、『シタニアール国』の町からやって来たという商人のおっちゃんの馬車で、町まで一緒に帰ることになったよ。

「町で風の便りに聞いたことだと。
 ハテノ男爵領の領都で、『トレントの木炭』が幾らでも買えるとのことだったが。
 領都までは、ここからどのくらいかかるのかわかるかい?」

 商人のおっちゃんは、領都まで買い付けに行くつもりのようだね。
 『シタニアール国』ってのがどのくらい離れたところにあるか知らないけど。
 おいらの町でも『トレントの木炭』が手に入れられるようになったのは知らないみたい。

「領都までは、馬車で行くと一日かかるって聞いている。
 だけど、欲しいのがトレントの木炭だけなら。
 領都まで行かなくてもおいらの住む町で手に入るよ。」

 領主のライム姉ちゃんが、おいらの住む町にも販売所を造ったことを教えてあげたよ。
 販売する値段も領都と同じだし、欲しいだけ幾らでも買えることもね。

「何と、トレントの木炭が幾らでも買えると言うのは領都だけではなかったのか。
 それは助かる。
 イナッカの町からここまで半月以上も掛かってね。
 馬車の旅にはうんざりしていたんだ。
 一日でも、早く旅を終えられるのならそれに越したことは無いよ。」

 おっちゃんは、シタニアール国の北の外れ、イナッカ辺境伯領の領都イナッカからやって来たんだって。
 ノーム爺も言ってたけど、ダイヤモンド鉱山があった辺りを通る道を使えばもっと早く着くそうなんだけど。
 あの山一帯が魔物の巣窟になっちゃってるんで、街道が閉鎖されているんだ。
 だから、迂回しないといけなくて、西側の街道を通ると凄く遠回りになるみたい。

 しかも、山中に入ってからは宿泊する人里も無く、道も荒れていて。
 幌馬車の中で夜を明かし、ゴツゴツと乗り心地の悪い道を延々と旅してきたみたいでね。
 もう馬車の旅はうんざりだと言ってたよ。
 トレントの木炭を手に入れたら、おいらが住む町で何日か体を休めて国に戻るって言ってる。

 おっちゃんは、イナッカの町でそこそこ大きな店を構えている雑貨商の若旦那なんだって。
 普段は、店にいて仕入れに赴くことはないそうだけど。
 父親である大旦那が、貴重なトレントの木炭が幾らでも手に入るとの噂を耳にしたらしくてね。
 その真偽を確かめて来いと、大旦那に命じられてやって来たんだって。

       **********

「ところで、お嬢ちゃん。
 私達、長いこと野宿をしながら旅をして来たんでね。
 自分でも薄汚れているのがわかるほどなんだ。
 旅の垢を流したいのだけど…。
 お嬢ちゃんの住む町に風呂屋はあるのかい?」

 山中、宿のない場所を旅して来て、体を拭くことすらままならなかったんだって。
 水場が少なくて、水が貴重だったらしいよ。

「風呂屋って、公衆浴場? それとも、ギルドの風呂屋?
 両方あるよ、公衆浴場は天然温泉の大露天風呂なんだよ。
 ギルドの風呂屋は行ったことないけど…、天然温泉だと聞いたことがある。」

「おお、それは有り難い。
 せっかくここまで苦労してやって来たのだ。
 女房の目も届かないことだし、ギルドの風呂屋で羽を伸ばすとしようか。
 おい、今日は私の奢りだ、お前もギルドの風呂屋を楽しみにしておきなさい。」

 若旦那は、隣に座る御者のお兄ちゃんに、ギルトの風呂屋代を奢ると言ったの。
 やっぱり、ギルドの風呂屋なんだ…、なんで、男の人はあそこに行きたがるんだろう。
 泡姫のお姉ちゃんが体を流してくれるだけで、銀貨三十枚も取られるのに…。

「若旦那、そいつは有り難いですけどね…。
 そう言う話は、こんな小さなお嬢ちゃんの前で言うことではないかと。」

 御者のお兄ちゃんは嬉しそうな顔をしつつも、少し若旦那を嗜めるように言ってたよ。
 うん、うん、おいらの前でギルドの風呂屋をしてるのをアルトに聞かれたら拙いね。

      **********

 やがて、町の入り口に幌馬車が差し掛かると…。

「マロンお嬢さん、お帰りなさいやし。お務めご苦労さんです。」

 町の門番をしていた冒険者がおいらに声を掛けてくれたんだ。

「お嬢ちゃん、もしかして冒険者ギルドの幹部の娘さんなのかい。
 強面の冒険者が、お嬢ちゃんに挨拶してたけど。」

「違うよ。
 この町の門番は、町の人が外から帰ってくると、ああやって労ってくれるんだよ。
 冒険者ギルドが自主的に怪しい人を取り締まってくれるから、町が安全になったんだよ。」

 この町の冒険者、すっかりお行儀が良くなっちゃって、自主的に門番を続けてくれているの。
 おかげで、素行の悪い流れの冒険者が入ってくることが減ったよ。
 もちろん、門番の冒険者には冒険者ギルドから給金が出ているんだよ。

 宿屋に駅馬車、最近加わった『山の民』の作品専門店。
 どれも大繁盛で冒険者ギルドの懐が温かくなってるみたいなの。
 しかも、それで町を訪れる人が増えたら…。
 この若旦那みたいに、他所から来て風呂屋に立ち寄る人も増えたらしよ。
 ノーム爺がいつ行っても混んでいるって言ってたもん。
 もう冒険者ギルドというより、一大商会だね。

 同時に気付いたんだって、他所から人を呼ぶには治安が良くないといけないって。
 最近は、素行の悪い冒険者を徹底的に矯正しているの。
 それでも素行を改めない冒険者は…、いつの間にか消えている。
 そんな時って、必ず『ハチミツ』か『砂糖』が町に沢山出回るんだよね。

 おいらが、そんな事を説明すると…。

「ロクでなしの代名詞のような冒険者が、そんな堅気のような事をしているなんて信じられん…。
 この町の領主は一体どうやって、荒くれ者共を手懐けたのだ。
 そんな術があるのなら、うちの領主にも見習って欲しいものだ。」

 若旦那は、冒険者が真面目に働いていることに凄く感心してたよ。
 手懐けたのは、ライム姉ちゃんじゃなくて、アルトだけどね。

 ただ、あいつらときたら、素行が良くなったのはいいんだけど…。
 あのクルクルの短い髪の毛と剃り込み、それにほとんど剃り落した薄い眉は頑としてやめないの。
 それが冒険者のアイデンティティなんだって。
 強面のまま、町の人に愛想笑いを振りまいているもんだから、凄い不自然だよ。

 町に入って、おいらは御者のお兄ちゃんを『トレントの木炭』販売所まで案内したんだ。

「何と、この町はこんな大きな『山の民』の作品専門店があるのかい。
 『山の民』は直接お金持ちを訪ね歩くことが多いから、こんな大きな店を見るのは始めてだ。」

 若旦那は、ここまで出て来た目的のトレントの木炭よりも、隣にある『山の民』の作品専門店に目を奪われていたよ。
 この国の王都でも、これだけの店は無いというからね。

 ノーム爺は、今まで『シタニアール国』の町に行ってたらしいけど。
 『山の民』の作品は高価だから、言い値で買い取ってくれる所が少ないみたいで。
 いつでも、買い手を探すのが大変だと言ってたもんね。
 商人の所に行ってもまとまった数を引き取ってもらえないし、値切られるらしいの。
 だから、直接、お金持ちの好事家を探して売り込みに行っていたみたいなんだ。
 その点、ギルドが経営するここの店は、ノーム爺の言い値で全部買い取っているからね。
 品揃えが他の店とは段違いなはずだよ。

       **********

 翌日は『STD四十八』の興行がある日だったの。
 おいらが、集金係をするために舞台の脇で、シフォン姉ちゃんやアルトと一緒にいると。

「おお、これは昨日のお嬢ちゃんじゃないか。
 昨日は有り難う。
 色々この町の情報を教えてもらって助かったよ。
 『山の民』の作品専門店は凄いね。
 良い品が多くて目移りしてしまったよ。
 何でもっと仕入れ代金を持って来なかったのかと後悔してしまった。」

 若旦那がおいらを見つけて声を掛けてきたんだ。
 おいらと別れた若旦那は真っ先に『山の民』の作品専門店に行ったらしいよ。
 そこに並べられている剣や武具を見て思わず唾を飲み込んだって。
 どれも、イナッカの町へ持って帰れば高く売れそうだってね。

 すぐに、隣の木炭販売所に行って、必要量のトレントの木炭を買ったらしいの。
 そうしないと、トレントの木炭を買うお金まで『山の民』の作品に注ぎ込んじゃいそうだったから。
 とりあえず、大旦那から言い付けられた木炭を買い付けて。
 残ったお金で、若旦那が高く売れると踏んだ『山の民』の作品を仕入れることにしたんだって。

「ところが、『トレントの木炭』も最高品質のモノだろう。
 それに、相場よりも幾分安いし。
 親父に言いつけられた数量を買うだけじゃ勿体ないくらいだったよ。
 もっと、沢山買い付けたかったけど、『山の民』の作品も仕入れたいし…。
 今度は、仕入れ代金を倍は持ってこようと心に決めたよ。」

 若旦那は、またこの町に買い付けに来る気満々だった。
 今回は、宿代と風呂屋代を残して殆んどお金を使っちゃったらしいよ。
 『トレントの木炭』と『山の民』の作品の買い付けにね。
 本当は他にも珍しいモノがあれば、仕入れて帰る予定だったらしいけど。
 それが、出来なくなったって。

 危うく風呂屋で遊ぶお金が無くなるところで焦ったって言ってたよ。

 そこ、そんなに大事なんだ…。
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