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第十章 続・ハテノ男爵領再興記

第195話 子供じゃなくて、お爺ちゃんだった…

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 タロウを水鳥の狩場に案内した帰り道。

「ねえ、タロウ、あそこ、人が倒れてるんじゃない?」

「おっ、本当だな、ありゃ子供か? マロンより少し大きいくらいか。」

 道端に倒れている子供に遭遇したんだ。
 こんな辺境の道端に子供が一人で倒れているなんておかしいと思いつつも。
 子供が行き倒れているのを放っておくことは出来ないんで駆け寄ってみたら…。

「ねえ、タロウ、これ子供?
 おいらにはヒゲもじゃのおっちゃんに見えるんだけど…。」

 倒れていたのは、とても子供には見えない顔つきのおっちゃんだったよ。
 おっちゃんと言うより、おじいちゃんに近いかも知れない。
 体のバランスが少し変な感じで、背丈がおいらより少し大きいくらいなのに妙に横幅があるの。
 腕や足も太くて、何て表現して良いのかな…、ずんぐりむっくり?

「何だ、何だ、すげえ酒臭さいな。
 この爺さん、行き倒れてるんじゃなくて。
 酔っ払って、ここで寝こんじまったんか?」

 タロウにも子供には見えなかったようで、いきなり『爺さん』とか呼んでるよ。
 タロウの言葉通り、おっちゃんは凄く酒臭くて鼻を摘まみたくなるくらいだったの。

「おっちゃん、おっちゃん、目を覚まして。
 こんなところで寝てたら、風邪を引くよ!」

 風邪を引くどころか、この辺でも稀に魔物や肉食の野生動物が出没するからね…。
 こんなに無防備に寝ていたら危ないよ。

 何度か、おいらが声をかけると…。

「うん、何じゃ、騒がしいな…。
 誰だ、人が気持ちよく寝ているのを起こすのは…。
 ハッ! 儂は何でこんなところで寝ているんだ。」

 それは、おいらが聞きたいよ…。
 おっちゃん、昼寝を邪魔されて不機嫌そうに目を覚ましたけど。
 周囲を見回してやっと自分が道端に寝込んでいたのに気付いたみたいだよ。

「そうじゃ、思い出したわい。
 朝から歩き詰めで疲れたんで、一休みしようと思ってな。
 ここでしゃがんで喉を潤していたら、つい飲み過ぎてしまったようだわい。」
 
 このおっちゃん、当たり前のように言ったけど、喉を潤すのが水じゃなくてお酒なんだ…。
 相当な吞兵衛なんだね。

      **********

「そうだ、若いの、この辺に『トレントの木炭』が幾らでも手に入る街があると聞いてな。
 わざわざ、里から十日も掛けて買い付けに来たのだ。
 その町まで、案内してはもらえんだろうか?
 儂ら、『山の民』にとっては、『トレントの木炭』は喉から手が出るほど欲しいもんなのだよ。
 若いモンが町の外で狩りをしていると言うことは、もう町が近いのであろう。」

「『山の民』?」

「なんじゃ、お嬢ちゃんは儂らのことを聞いたことが無いかい。
 儂ら山の民は、鍛冶屋で身を立てているモノの集まりでな。
 特定の国に属さず、また国を造らず…。
 鉄がある山を転々と移動して歩く民族なんじゃ。」

 鉄のある山を掘り、鉄を作り、刃物や鍋釜などを造るのを生業なりわいとする『山の民』。
 鉄を掘り尽くすと散り散りにいなくなり、良い鉄が採れる山があるといつの間にか集落を造るんだって。
 人が定めた国境なんかには囚われないで移動するものだから、国も税を課したりできないみたい。
 ただ、鉄の採れる山は大概人里離れた山深い場所にあり、人とトラブルを起こすことも少ないし。
 質の良い武具をもたらしてくれるので、『山の民』が自国の領域に集落を造るのを歓迎してる国が多いそうだよ。

「何だ、何だ、エルフの次はドワーフかよ。
 そんなところは、ファンタジーのお約束踏んでるんだな、この世界。」

 おっさんの話を黙って聞いていたタロウがそんな言葉をもらしたの。

「ドワーフ? 儂らをそんな風に呼ぶ人族は初めてだな。
 儂らが背の低いことをバカにして、『短躯族』などと呼ぶ輩はいるが。
 『短躯族』などと呼んだら、ハンマーで頭をかち割るってやるから覚えておけよ。」

 ハンマーで頭をかち割るって…、意外と気性が荒いんだね、このおっちゃん。
 今の言葉からも分かるように、『山の民』はみんな背が低いんだって。
 だいたい、人間の十歳過ぎくらいの背丈で成長は止まるんだって、その分、横に広がるみたい。
 おっちゃんは、狭い坑道でも自由に動けるように体が適応したんじゃないかって言ってたよ。

「ねえ、おっちゃん、トレントの木炭ってこれで良いのかな?」

 おいらは、上着のポッケから出すふりをして、『積載庫』から一欠けら取り出して見せたんだ。
 おっちゃんは、受け取った木炭をジッと睨み付け…。

「おおう、これじゃ、これ。
 素晴らしい、最上級品ではないか、このトレントの木炭。
 これを売っている町に案内して欲しいんだ。」

「うんとね、そんなに沢山でなくても良ければ、おいらが分けてあげられるけど…。
 たくさん欲しいのなら、おいら達じゃ、売ってる町まで案内するのは無理かな。
 トレントの木炭を好きなだけ買える町は、ここから馬車で一日くらいかかる町なんだよ。」

 実のところ、おいらが持っているトレントの木炭もけっこう膨大な量があるけど。
 『積載庫』の秘密を知られる訳にはいかないし。
 せっかくの商機なのに、ライム姉ちゃんの商売の邪魔する訳にはいかないもんね。
 たくさん欲しいのなら、やっぱり領都まで買い付けに行ってもらわないと。

「なに、まだ、そんなに遠いのか…。
 もう十日も歩き詰めで疲れたし、…。
 大分汗もかいたんで、一っ風呂浴びて汗も流したいな。
 よし、取り敢えず、嬢ちゃん達の町に案内してもらえんか。
 その後のことは、町でゆっくり考えることにしよう。」

 おっちゃんは、おいら達の住む町で何日か休むことにしたみたい。
 おいらが、どのくらいの量の木炭をおっちゃんに分けることが出来るか。
 それを確認してから、領都に行くかどうか決めるかどうか決めるみたいだよ。

      **********

 町へ帰る道すがら…。

「時に、若いの、これから行く町には風呂屋はあるんだろうな?」

 おっちゃんは振り返って、後ろを歩くタロウに尋ねたんだ。
 なんで、隣を歩くおいらに聞かないで、わざわざタロウに聞くかな。
 つい今まで、おいらと話しながら歩いていたのに。
 おいらだって、お風呂があるかどうかくらい答えられるのよ。

「うん? 公衆浴場か?
 あるぜ、だだっ広い露天風呂が。
 天然温泉、かけ流し、入浴料無料という優れモノが。」

 タロウの返答に、おっちゃんは露骨な呆れ顔を見せたんだ。そして…。

「良い若いモンが、何を惚けたこと言ってんだ。
 風呂屋と言えばだな。
 泡姫の姉ちゃんがねっとりとご奉仕してくれる風呂屋に決まってるだろうが。
 儂は、たまに人の住む町を訪れる時には、風呂屋に行くのが一番の楽しみなんだ。
 『山の民』の女は気が強いモンばかりで…。
 あんな至れり尽くせりのご奉仕は、望むべくも無いからな。」

 おっちゃん、『風呂屋』は人族が生み出した最高の文化だと絶賛していたよ。
 それと、人族のお姉ちゃんはメリハリが利いていていて良いんだって。
 『山の民』の女の人は気が強いだけじゃなくて、みんな樽みたいな体格をしているらしいの。
 何処が腹か、何処が乳か、分らない体形で興が乗らないって言ってたよ。

「おい、こら、爺さん。
 あんた、子供の前でなんてことを言うんだ。
 それに、もういい歳だろうが。
 その歳で、まだそんな遊びをしようってのか。」

 今のおっちゃんの言葉はおいらに聞かせてはいけないようなことだったみたい。
 でも、この間、にっぽん爺、延々とそんな話をしてたよね。アルトが凄い怒ってた。

「何を言う、儂はまだ七十過ぎたばかりだ。
 三百年の年月を生きる『山の民』の中ではまだ若造だぞ。
 当然、あっちの方もまだまだ現役だ。」

 びっくりだよ、『山の民』って耳長族と同じくらい長生きなんだって。
 しかも、六、七十歳くらいまでは、人と同じくらいの歳の取り方をして。
 そこから、三百歳くらいまで、同じような外見で変わらないみたいなの。
 だから、『山の民』の里は、お爺ちゃん、お婆ちゃんばっかりに見えるんだって。 

「いや、そこは、見た目相応の落ち着きを見せろよ…。」

 タロウは、げんなりとした顔で、そんな呟きを漏らしてたよ。
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