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第九章【間章】『ゴムの実』奇譚(若き日の追憶)

第191話 破綻、そして都落ち

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 王太子妃様との蜜月の三日間を過ごしてから、一月ほど経ったある日のことらしいよ。
 コンカツの経営する『お見合い茶屋』に突然、近衛騎士団が踏み込んで来たそうなの。

 コンカツは戸惑ったようだと、にっぽん爺は言ってた。
 普通、冒険者ギルドが何か悪さをすると摘発に踏み込んでくるのは町の衛兵隊だからね。
 そのために、冒険者ギルドは何処も、常日頃から衛兵隊に鼻薬をきかせてるって。
 お目こぼししてらったり、事前に摘発情報を流してもらったりしてるんだって。

 王族の身辺警護が役割で、時に王の命で貴族の犯罪を摘発する近衛騎士団。
 そんなものが色街の店を摘発するなんて、前代未聞だって。

 踏み込んで来た近衛騎士団の小隊長が、店の支配人に言ったそうなの。
 『お見合い茶屋』を勅命により、営業禁止にすると。

 これも、おかしな話なんだって。
『勅命』と言うのは王様直々の命令で、最も強い命令なの。
 通常、国の一大事に関する事柄に下される命令で、色街の一店舗に出される類のモノではないらしいよ。

 途方に暮れる支配人に、小隊長は一応摘発の目的を教えてくれたみたい。

 『お見合い茶屋』は貴族社会の秩序を甚だしく乱すもので、看過できないため勅をもって禁じると。

 そして、近衛騎士団が摘発に来たのは、来店している貴族客を捕らえるためだって。
 『お見合い茶屋』は即刻閉鎖で、平民のお客は即刻退去させ、貴族客は捕らえて家人に突き出すんだって。
 その際に、不貞を厳重に注意して、今後このような不貞を冒さないように指導するらしいの。
 平民で組織される衛兵隊では貴族を捕まえることは出来ないから、近衛騎士団を動員したようだよ。

 騎士達は『お見合い茶屋』のブースと二階の個室を全て検め、お客さんを問答無用で叩き出したそうなの。
 二度と同種の店が出て来ないように、この店のお客さんを見せしめにしたかったみたいでね。
 お客さんが服を着る時間すら与えずに外へ放り出したんだって。

 服を腕に抱えたまま、一糸まとわぬ姿で店外に放り出されるお客さんが相次いだから。
 やじ馬が集まって来て、色街の通りは騒然としたらしいよ。

 当然、貴族のご令嬢や当主なんかも、ブースでお相手と仲良くしている最中に騎士に踏み込まれた訳で。
 他のお客さんと同様に、あられもない姿で放り出されたみたい。これこそ、家の恥だね。
 呆れたことに、つい先日、『お見合い茶屋』で火遊びをしていたご令嬢が二百人近く発覚したというのに…。
 いまだに、『お見合い茶屋』で平民の男の人相手に淫蕩を繰り返すご令嬢がいたみたいだよ。
 当然、平民の娘相手に漁色に耽っていた懲りない貴族の当主も…。

 確かにそんな状況じゃ、『勅命』みたいな強権で禁止したくなるだろうと、にっぽん爺は言ってたよ。
 それを引き起こした当事者なのに、人ごとみたいに…。

      **********

 時を同じくして、『きゃんぎゃる喫茶』と『エステ』には王都の衛兵隊が踏み込んで来たらしいの。
 『お見合い茶屋』に踏み込んだ近衛騎士団と同じで、店の営業禁止を宣言してお客さんを叩き出したそうだよ。

 こっちは、貴族のお客さんはいないだろうと言うことで衛兵隊だったみたい。
 王宮からすぐに摘発に入れと命じられたようで、コンカツに摘発情報をリークしてくれる暇が無かったみたい。
 鼻薬を利かせた意味がなかったって、コンカツが嘆いていたそうだよ。

 営業禁止の理由は、王都の風紀を著しく乱している事らしいよ。
 王都の住民の貞操観念に著しい悪影響を与えていて。
 ひいては口コミとかを通じて貴族階級の貞操観念にも悪影響を与えているって。

 『きゃんぎゃる喫茶』と『エステ』だけが営業禁止になったんじゃくて。
 きちんとした法が定められて、同種の商売が一括りに禁止されたみたい。

 扇情的な服装で接客をする茶屋とかはダメだって、下着未着用なんてもっての他らしいよ。
 他にも素人さんを安易に色街の仕事に引き込めないように、細かい禁止事項がつけられてたみたい。

 そして、『風呂屋』だけど、昔からあるお仕事なんで営業禁止にはならなかったの。
 貴族階級にも常連客がとても多いので、営業禁止には出来なかったそうだよ。
 それに締め過ぎちゃうと、捌け口を無くした男の人がその辺を歩ているご婦人を襲うようになるかもしれないからって。

 その代わり、営業時間が以前と同じ夕方から朝までに規制されたんだって。
 にっぽん爺がコンカツに提案したパートタイム泡姫さんが事実上禁止されちゃったんだって。
 素人の若奥さんや娘さんが軽い気持ちで泡姫さんになるのを防止するために。
 
 それと、泡姫さんは役場に登録しないといけなくなったそうだよ。
 違反すると、厳しい罰則があるんだって。
 未登録の泡姫さんを使うとお店は営業禁止になったり、未登録の泡姫さんは投獄されたりするみたい。
 その登録がまた厳しくて、名前と住所と年齢だけじゃなくて…。
 背中とか本人には見えない所の黒子とか痣をさがして、登録名簿に記録するらしいよ。
 違法に未登録の泡姫さんを使っていないかを、抜き打ち検査をする時の本人確認のためだって。

 そして、この登録制度のキモは、役場に行けば誰でも登録名簿を見ることが出来るようにしたこと。
 隣の娘さんが泡姫になったとか、自分のお嫁さんが隠れて泡姫をしていたとかがバレちゃうの。
 そうすることによって、お国は崩れた貞操観念の立て直しを図ったそうなの。
 名前が晒されるとなると、小遣い銭稼ぎで泡姫になろうとする素人さんはいなくなっちゃったって。

 これによって、にっぽん爺の発案でコンカツが始めた新しい色街ビジネスは一網打尽にされちゃったんだ。
 もちろん、コンカツの『泡姫サプライチェーン』も破綻しちゃった。

 にっぽん爺も、『お見合い茶屋』、『きゃんぎゃる喫茶』、『エステ』という『ゴムの実』の大口販売先を失っちゃったそうだよ。

       **********

 そして、時を同じくしてモカさんが、にっぽん爺のもとにやって来たんだって。

「今、この時点をもって『ゴムの実』の一般への小売を禁止します。
 『ゴムの実』を王宮が認定する薬師以外に販売した場合、死罪を含む厳罰に処されます。」

 そう告げたモカさんの説明では。
 留守中、お妃様と褥を共にしていたにっぽん爺を、王太子は憎んでいるんだって。
 王太子が、何とかしてにっぽん爺に意趣返しをしたいと思っているところに。
 『ゴムの実』をご禁制にして、『お見合い茶屋』を営業禁止にしようとする、△△伯爵の動きを知ったんだって。

 王太子は、△△伯爵の主張を全面的に支持したそうなの。
 それで、『お見合い茶屋』、『きゃんぎゃる喫茶』、『エステ』の営業禁止はあっという間に決まったらしいよ。

 そして、にっぽん爺の本丸ともいえる『ゴムの実』だけど…。
 △△伯爵は全面的にご禁制にするべきだと主張したそうなんだ。
 でも、世継ぎを作るために必要だと切実に訴える貴族の当主が思いのほか多かったらしいの。
 王太子自身も世継ぎを作るために『ゴムの実』を食べて頑張っていたので、その主張には頷いていたそうだよ。

 同時に王都の治安を担当している役人にも言われたことがあるみたい。
 収入の関係で子供を養うことが出来ない若い夫婦から『ゴムの実』を取り上げることは出来ないと。
 『ゴムの実』を取り上げたら、捨て子が増える可能性があると。

 にっぽん爺が『ゴムの実』の販売を始めてから十五年が過ぎ。
 にっぽん爺が流行らせた『家族計画』と言う言葉が、王都の平民に定着してきたんだって。
 収入や先に生まれた子供の成長度合いにあわせて、計画的に子供を作ると言う意味らしいの。
 『ゴムの実』の販売を始めた頃に、『訪問販売』でそんな事をお客さんに教えたそうなの。
 実際、『ゴムの実』が流通するようなってから、王都では捨て子が減ったんだって。

 結局、王宮が出した結論が、『ゴムの実』を薬として扱おうと言うことだったみたい。。
 王宮が認定した薬師が、必要と判断した人にだけ処方することになったんだ。

 具体的には、男性機能に衰えがみられ、かつ世継ぎをもうける必要がある人。
 それから、経済的に今は子をもうけることが出来ない夫婦に限定されることになったみたい。
 一日に処方されるのは一つまでで、一回に最大十日分、処方した薬師は記録を残さないといけないみたい。
 
 常習化を防いだり、享楽的な遊びに使用されたりするを防ぐのが目的なんだって。
 『ゴムの実』を使ったデートをして、お小遣いを稼ごうと言うシフォン姉ちゃんはダメってことだね。

 それで、にっぽん爺は王宮が認定する薬師にしか、『ゴムの実』を売れなくなっちゃったんだって。 

       **********

 もっとも、薬師向けの売上げだけでも、にっぽん爺は十分暮らしていけたようなの。
 お嫁さんや身を寄せてきた三十人のおばさんを養うくらいはね。
 お金も貯まって、もうぼろ儲けする必要もなくなっていたって。

 それから、二ヶ月ほどして王都に大きなニュースが流れたんだって。
 「王太子妃様、ご懐妊」と。
 王都は祝賀ムードに湧いたみたいだけど…。
 にっぽん爺はそのニュースを耳にして冷や汗をかいていたんだって。
 ヤバいかもしれないって。

 それから、また数か月経つと、にっぽん爺のお嫁さん三人が続けて赤ちゃんを産んだみたい。
 三人とも、にっぽん爺にそっくりな黒髪の赤ちゃんだったそうだよ。
 それから数か月は、かわいい赤ちゃんをあやして平穏な日々が遅れたそうだけど…。

 いよいよ、破綻の時を迎えたんだって。
 王太子妃様の寝所に呼ばれてから十ヶ月ほどしてして、王家に待望の世継ぎが生まれたそうなんだ。
 …黒髪の男の子。

 王太子妃様がご出産をしたその日、王都に世継ぎ誕生のニュースが駆け巡ったらしいの。
 これ、王太子妃のお父さん、公爵様が大々的に王都のお披露目しちゃったらしいんだけどね。
 その後まもなく焦ってやってきたモカさんから聞かされたそうなの。

 かいつまんで言うと、王太子妃が出産した直後、赤ちゃんの顔を見せてもらったのは二人。
 王太子と公爵、それと王太子の付き人としてモカさんも赤ちゃんのいる部屋には入ったそうなの。

 王太子妃の胸に抱かれた赤子を見た王太子は、「これは余の子ではない」と怒り狂ったそうなんだ。
 王太子が赤ちゃんの首を絞めようとしたそうで、慌ててモカさんが王太子を拘束したみたいだよ。
 暴れる王太子をモカさんが押さえつけている間に、公爵は王宮に仕えている者に有無を言わさず命じたらしいの。
 王都の民衆に向けて、大々的に「王家に世継ぎ誕生」のお触れを出せと。
 王太子が赤子を害することが出来ないように、世間に公表して「王家に世継ぎ誕生」を既成事実にするために。

 実はこの時、公爵にとっては王太子妃が子を産むことが大切で、別に父親は王太子でなくても良かったみたい。
 そして、それはモカさんも。
 王宮にいる王太子の近習たちは、王継が出来ないのは王太子妃が悪いと言うけど。
 モカさんは、王太子の方に問題があるのではと疑っていたそうなの。

 その時、仮に王太子が子を成さずに亡くなったとすると、王位継承権はどうなっているかと言うと。
 一位が王太子の叔母に当たる王太子妃のお母さん、二位が王太子妃だったそうなの。
 ただし、これは男の相続人がいない場合、この国では男児優先で女児の順位は数えないから。
 このところ王家は少産で一人っ子という世代が続いたらしいの。
 当時の王様は久しぶりの二人兄妹で、妹が公爵家に嫁いだそうなんだ。
 それ以外に王位継承権をもつ者はいないそうで。
 仮に王太子妃が男の子を産むと、父親が誰であろとその男児が継承権第一位なんだって。

 公爵家にとっては、むしろ王太子妃の産む子が王太子の子でない方が都合が良いくらいなんだって。
 事実上、公爵家が王家を乗っ取る形にできるから…。

 モカさんは別に公爵家に加担している訳ではなく、王太子に子を成す能力が無いとした場合。
 王太子妃が誰とでも良いから子を成さない限り、王家の血が途絶えてしまい…。
 国が乱れる原因になると常々思っていたんだって。
 加えて、王太子のバカさ加減にはウンザリしてたから。
 こんな奴の血なんて継がない方が良いのでは思ってたみたい。

 そんな裏事情を明かしたモカさんは、にっぽん爺に告げたんだって。
 今すぐ王都から逃げろと。

 実はモカさん、王太子妃様から命じられていたそうなの。
 もし王太子が害そうとしたら、にっぽん爺を逃すようにと。
 激怒した王太子が、当時の騎士団長ににっぽん爺を捕らえるのを命じたのを耳にして。
 こっそり、王宮を抜け出してにっぽん爺に伝えに来てくれたんだって。

 にっぽん爺は、すぐさま、お嫁さん三人に、屋敷と『ゴムの実』事業を譲って逃げ出したそうなんだ。
 途中、逃げ出すことを知らせようとコンカツのもとに寄ったそうなの。
 かいつまんで事情を聞いたコンカツは、行くアテのないにっぽん爺に辺境の町を紹介し。
 大至急で、幌付き荷馬車を仕立ててくれたそうなの、勿論御者も付けてくれたそうだよ。
 にっぽん爺は、荷台の荷物の中に隠れて王都を脱出したんだって。

 荷馬車の荷台には、沢山の食料と水、それに幾つかの大きな木箱いっぱいに入った銀貨が積んであったみたい。
 世話になったにっぽん爺への餞別だと言っていたそうだよ。

 にっぽん爺は、荷馬車の荷台に隠れていたので、王太子の放った追っ手を躱すことがことが出来たそうなんだ。
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