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第三章 女騎士(クッころさん)奮闘記

第31話 『クッころさん』とお呼び! …えっ、いいの?

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 追い出しに失敗して、おいらの家に居着くことになったエクレア様。
 でも、まだ肝心なことを聞いていない。

「それで、エクレア様はこんな辺境の地にどんな用があって来たの?
 二ヶ月もこの町に留まるなんて、さぞかし大事な用があるんでしょう。」

 そう、エクレア様の用件をまだ聞いてなかったんだ。
 厄介ごとを持ち込まなきゃ良いんだけど…。

「そういえば、まだ言ってなかったですわね。
 この町にワイバーンが襲来したとの噂を耳にしまして。
 この地の民はさぞかし不安だろうとおもいましたの。
 民の安寧を守るのは騎士の役目ですから。
 ワイバーンを討伐して差し上げようかと思いましたのよ。
 それで、このわたくしが出向いて来たのですわ。」

 ほら、特大の厄介ごとを抱えて来た…。
 だいたい、厄災と言われているワイバーンを討伐するのに一人で来るって…。
 普通、騎士団とかを率いて来るんじゃないの?

「ええっと、エクレア様、それは王命か何かでいらしたのでしょうか?」

「いいえ、ワイバーン襲来の情報があっても王都では誰も動こうとしませんでしたわ。
 ですから、騎士道精神に基づいてわたくしが参ったのです。」

 やっぱり、独断でやって来たんだ。

「エクレア様は、お強いのですか? 何か特別な技でも持っているとか?
 厄災と言われるほどのワイバーンをお一人で討伐する自信があるのですよね。」

 甲冑を身に付けたら歩けないほどひ弱なんだから、とても強そうには見えないけど。
 もしかしたら、おいらのように凄いスキルを持ってるのかも知れないしね。

「マロン、騎士は自分の手の内を軽々しくは口にしないモノなの。
 騎士に対して手の内を探ろうとするのはマナー違反よ。
 覚えておきなさい。」

 おいらが問い掛けると、エクレア様はとても真剣な表情でそう言ったの。
 それって、他人にレベルのことを聞いたらダメと言うのと同じかな。
 そう言われてしまうと、それ以上聞く訳にもいかず…。
 ワイバーン討伐の話はそれで終いになったの。

 まあ、二ヶ月もここにいて襲来が無ければ諦めて王都へ帰るだろうね。
 もうワイバーンはいないのだし、エクレア様が強かろうが、弱かろうが関係ないよね。

     ********

 エクレア様と話をしているうちに日が傾いて来たよ。
 早くお風呂に行かないと暗くなっちゃう。

「エクレア様、おいらお風呂に入りに行くんだけど。
 エクレア様も一緒に行きますか?」

「それは、どういう事でしょうか。
 まるで、わたくしを連れて行ってくださらないような言い方ですね。
 もちろん、わたくしも参りますわ。
 旅の汚れを洗い流したいですもの。
 マロン、案内してください。」

「でも、おいらが行くお風呂は共同浴場で、男の人も一緒に入りますよ。
 エクレア様は男の人は苦手なんじゃないですか。」

「殿方は苦手ですわ。
 ですが、話しかけてきたり、触られたりしなければ気にしませんわ。
 マロン、殿方が近づいてこないように警戒してくださいね。」

 って、おいら頼りなのね。
 エクレア様は、男の人が一緒でも近づかなければ気にならないらしい。
 常日頃、お世話をする人に裸体を晒しているんで、見られることには抵抗がないみたいだ。
 それが、例え男の人であっても。
 
 そんな訳で、エクレア様を共同浴場に案内することになったんだ。
 当然、浴衣はおろか、桶や泡泡の実も持ってないから、市場を回ったよ。

「マロン、湯浴みをするのにこんなものを着るのですか?
 こんなものを着たら、洗い難いでしょうし、お湯に濡れたら重いでしょう。
 別に、わたくしは他人に見られても気にしませんことよ。
 見られて恥ずかしいような体はしていませんもの。」

 浴衣を買おうとしたら、エクレア様はそんなことを言ったの。
 いや、エクレア様は気にしないかも知れないけど、周りが気にしちゃうよ。
 男の人、特にタロウみたいな節操のない人が困ったことになっちゃう。

 おいらは、ルールだからで押し通して浴衣を買ってもらったの。

     ********

 共同浴場の脱衣室、日が傾きかけているだけあって人がけっこういたんだ。
 そんな中へ、エクレア様を連れて入ったら視線を集めちゃったよ。
 いかにもお金持ちのお嬢様って感じだものね。

 おいらが、エクレア様の服を脱がしていると。

「おや、マロン、随分とかいがいしいね。
 そちらのお嬢様はどちらの人だい。」

 声を掛けてきたのは、タロウのことをご近所中に広めてくれた噂好きのおばちゃん。

「この方は、エクレア様。
 王都から来たお貴族様なんだ。
 しばらくおいらの家に住むんで、お世話しているの。」

 エクレア様の紹介と併せて、お貴族様には召使いによるお世話が必要な事を話したよ。
 そうしないと、今エクレア様の服を脱がしている行動が意味不明だものね。

「そうなんかい、高貴な方は着替えも召使いにさせるんだね。
 じゃあ、マロン、しっかり、お役目を果たすんだよ。」

 おばちゃんはそう言うとさっさと浴室の方へ歩いて行っちゃった。
 すぐにでも、エクレア様のことを周りに言い触らしたそうな表情だった。
 これで、明日にはエクレア様の事がご近所中に知れ渡るね。

 おばちゃんが行ってしまったので、エクレア様の脱衣を続けると…。
 形の良い大きなモモが二つ飛び出してきたよ、これ、タロウには目の毒だね。
 エクレアさんは、線が細くてとてもひ弱そうだけど、立派な胸をお持ちだったよ。

 でも、本当に線が細くて、全く鍛えている様子が見えないの。
 それに肌が抜けるように白くて、傷一つ見つけることは出来ない。
 これって、騎士としてどうなの?

 エクレアさんに浴衣を着けさせて浴場へ入り、体を洗うために湯船の縁にしゃがむと。

「マロン、今日は遅かったな。
 なんだ、クッころさんも連れて来たんか。」

 先に湯船に浸かっていたタロウが声を掛けてきたよ。
 だから、その『クッころさん』ってどこから出てきたの…。

 すると、エクレア様がタロウに向かって尋ねたんだ。

「そこの少年、その『クッころさん』とはわたくしのことですか。
 先程もわたくしを見てそう叫んでいたようですが。」

 ストレートに問われたタロウは一瞬狼狽うろたえた後。

「俺、最近この町に来たんだけど。
 俺の生まれた辺りじゃ、女性騎士様の事を『クッころさん』って呼ぶんだ。
 さっきは興奮して叫んじゃって済まない。
 『クッころさん』は故郷じゃ凄く人気があってな。
 滅多にお目に掛れないもんだから、つい興奮しちまったんだ。」

 そんな風に釈明したんだ。
 さっきの狼狽うろたえ振りから察すると、それ、絶対ウソだよね。
 どうせ、本当は良からぬ意味の言葉だろうと、タロウをジト目で見ていたんだけど。

「まあ、少年たら、分かっているじゃないですか。
 やはり少年の故郷でも、女騎士は周囲の羨望の的なのですね。
 そうでしたの、少年の故郷では女騎士を、『クッころさん』と呼ぶのね。
 親しみがあって、中々良い響きですわ。
 では、マロンもこれからはわたくしのことを『クッころさん』とお呼びなさい。」

 エクレアさんはタロウの言葉をすっかり信じちゃったよ。
 しかも、『クッころさん』という言葉の響きを気に入ったみたいだし。
 
 知らないよ、ロクでもない意味の言葉でも…。
 
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