上 下
29 / 848
第二章 ゴミスキルとおいらの平穏な日常

第29話 『異世界チート』、何それ?

しおりを挟む
*本日、お昼に1話投稿しています。
 まだ読み出ない方は、お手数をおかけしますが一話戻ってお読みください。
 よろしくお願いいたします。

     ********

 生卵に火を通さずに食べるという『勇者』の如き行動は断念したタロウ。
 その後は、しばらく大人しくしてたよ。

 おいらは、タロウとはあんまり関わりたくなかったんだけど。
 おいらがシューティング・ビーンズの狩り場にしているのは、妖精の森に面してる。
 妖精の森にある泉でスライムを捕っているタロウとは、目的地が同じ方向なんだ。

 いきおい、朝、広場の露店でごはん買う時に顔をあわせて、一緒に行くことになるんだ。
 タロウに妖精の泉を教えたのは失敗かも。
 これじゃあ、タロウを遠ざけることが出来ないよ。

 その日も、広場の露店で串焼きとパンを買って、二人並んで食べていると。

「このパン、美味いよな…。
 しかも、銅貨十枚でこんなに大きいのが買える。
 俺、串焼き二本食べるとパンが食い切れなくて。
 半分残して、昼めしにしてるよ。」

 タロウは、一欠けらのパンを見ながら、しみじみと言ったんだ。
 こいつ、今更なに感動しているかと思ったね。
 だって初日から食べているんだもん。

「うん、安くてお腹いっぱいになるから助かるね。」

 取り敢えず、相槌を打っておくと。

「そうなんだよ、安いんだよ。
 しかも、バターたっぷりで、フワフワの柔らかパンときていている。
 近所のベーカリーでホテルブレッドとか称して売ってる少し高いパンみたいだ。
 これで、日本円なら百円程度だってんだからな。
 これじゃあ、異世界チートの出番なしだぜ…。」

 タロウって、時々言ってるよね、その『異世界チート』って言葉。いったい何なんだろう。

「ねえ、タロウ、その『異世界チート』ってどういう意味?」

「チートっての元々ネトゲの、っても分かんねえか。
 まあ、ズルというか、ルール違反をする事だと思っときゃいいさ。
 それが転じて、ズルいほど凄い力のことを言うようになったんだがな。
 それで、『異世界チート』ってのはな、ラノベっていう俺達の世界の娯楽の中では定番なんだ。
 だいたい、異世界に飛ばされると日本よりも遅れてる世界って設定でさ。
 日本の知識を利用して活躍するんだ。
 その世界にはない、日本の進んだ知識を使っていることをチートって呼んでるんだ。」

 タロウが言うには、ラノベとかいうにっぽんの娯楽で異世界へ飛ばされた主人公の物語が流行りらしい。
 その中で、主人公が、神様やらなにやらから、凄い力をもらうパターンが一つのお約束。
 タロウが時々、『選ばれし勇者』なんて言う妄言を吐いているのがそれだね。
 もう一つが、今タロウが言ったにっぽんと異世界の知識格差を利用して大活躍するんだって。

 でも、実際には、にっぽんの物って機械が無いと作れない物が多いらしくて。
 素人のタロウに出来る物って、意外に少ないらしいよ。

 石鹸とか、マヨネーズとか、この前から言ってるモノならタロウにも作れるらしいけど…。
 石鹸は、タロウが作れるモノに引けをとらない代用品があったし。
 マヨネーズは一番肝心な原料の生卵が、生では食べられないし。
 そんな訳で、タロウの野望は出足から躓いたらしいの。

 それで、なんで今、パンを見詰めて黄昏ているかと言うと…。

「異世界に行くと、だいたい、硬いパンを食べてるってのが定番でよ。
 主人公が、天然酵母を持ち込んで、フワフワで柔らかいパンを作るんだ。
 それで大儲けしたり、貴族や王様の目に留まってご贔屓にされたりで。
 それを足掛かりに、出世していくってのがあるんだよ。
 俺、小学校の時、博物館だかがやってた夏休みの理科教室に参加したんだ。
 『天然酵母から作るパン作り』ってやつ。
 それで、今でも、天然酵母の作り方は覚えてるんだけどよ。
 正直、俺が作ったんじゃ、こんなに柔らかくフワフワにはならないんだよ。
 これじゃあ、日本でも一流のパン職人のパンだぜ。
 まあ、俺、一流のパン職人のパンなんて食ったことねえがな。」

 タロウが目論んでいた『異世界チート』がまた一つ挫折して落ち込んでたらしい。
 タロウの話じゃ、今食べているパン。
 にっぽんではちゃんとしたお店を構えて銅貨四、五十枚で売っているって。
 とても、露店で銅貨十枚で売っているようなパンじゃないって。

「この世界のパン職人てレベル高いな…。
 露店売りのパンでこんなに美味いんだものな。」

「パン職人?」

 何か、話が噛み合わないと思ってたんだけど…。
 やっぱり、誤解があるみたい。

「うん? どうかしたか?」

「ちょっと、ついて来て。」

 おいらは、タロウを誘ったの。
 本当は、シューティング・ビーンズを狩りに行きたいんだけど。
 まあ、最近は懐に余裕も出て来たし、少しくらいの道草はかまわないと思ったの。

    ********

 おいらがタロウを連れて来たのは、町の市場。
 目的のお店の前で、おいらは店のおばちゃんに声をかけたの。

「おばちゃん、それ一つちょうだい。」

 指差したのは、おいらでは抱えきれないくらいの大きな緑色の実、黒い縞模様が入ってる。

「スイカか?」

 何て呟きをもらすタロウ。
 あれ? にっぽんにもあるの? 
 じゃあ、何であんなことを言うんだろう?

「おや、マロンじゃないか。
 久しぶりだね、うちに買いに来るなんて。
 父ちゃんがいなくなってから、一人じゃ食い切れないって。
 ずっと、屋台で買ってたんだろう。」

「うん、おいら一人じゃ、とても無理。
 今日は、お隣のタロウと半分こにしようと思って。
 包丁あるでしょう、半分にしてもらえる?」

「あいよ! じゃあ、銅貨二十枚だよ。
 先に貰えるかい。」

 おいらが銅貨二十枚を渡すと、おばちゃんは一番大きな実を見繕ってくれたの。

「おい、マロン、これから仕事に行くのにスイカなんてどうするんだよ。」

「いいから、ちょっと見てて。」

 おばちゃんは、その大きな実を抱えて一旦店の奥に入るとすぐに戻って来た。
 
「ハイよ、半分に割って来たよ。
 半分は、こっちの兄ちゃんに渡せば良いのかい?」

「うん、お願い。おいらじゃ、二つも抱えられないから。」

 おいらは、おばちゃんに差し出された半切れを受け取ったの。
 これでも、抱えるほどの大きさなんだけど、重さは意外と軽いの。

 半切れを受け取ったタロウは目を丸くして…。

「なんだ、このスイカは中身が真っ白じゃねえか!
 しかも、全然、瑞々しくないぞ!
 こんなスイカ食えるんか!」

 また、大声を出す…。
 店の人の前で、『食えるんか』は失礼だよ。

「なんだい、この兄ちゃん。
 パンを知らないなんて、どんな貧乏人だい。
 パンが白くなくてどんな色をしてるってんだ。」

 おばちゃん、怒るかと思ったけど…。
 タロウの余りにも的外れな言葉を耳にして、怒る以前に呆れちゃったみたい。

「ゴメンね、おばちゃん。
 タロウはちょっと物知らずなんで、許してあげて。」

 おいらは、おばちゃんに謝ると早々に市場から退散したよ。
 まったく、こんな人混みの中で大声出すんだもの、恥ずかしいな…。

    ********

 タロウを引き摺るようにして、市場の外れの空き地までやって来た。

「タロウ、『パンの実』のお代、半分の銅貨十枚ちょうだい。」

 そう言ってタロウに手を差し出したおいら。

「勝手に買っておいて、金払えって、おまえ、何言って…。
 って、えっ、『パンの実』だってぇ!」

 何を今更…。

「そう、『パンの実』。
 誤解があるみたいだから、教えてあげようと思ったの。
 良いでしょう、銅貨十枚くらい払っても。
 同じ値段で露店で買う大きさの倍以上あるんだから、凄いお得だよ。
 どうせ今晩も買うつもりだったんでしょう。」

 おいらの言葉を聞いたタロウは、『パンの実』を一摘み千切って口に運んだの。

「うめぇー…。
 これ、さっき露店で買ったパンと同じだ…。」

「そうだよ、これ、『パンの木』農家が栽培してる『パンの実』。
 町外れに大きな農園があるよ。
 この町、一、二を争うお金持ちなんだ。
 町の人の食生活を一手に引き受けてるんだからね。
 『パンの木』って、毎日『実』を付けるんだって。」

 そう、この町にパン職人なんて存在しないよ。
 あの露天は、市場で買った『パンの実』を小分けにして売っているだけ。

 この『パンの実』少し硬い皮を割ると、中身がスッポリ取れるの。
 大きさに多少のバラツキはあるけど、食べられる部分はだいたい露店の四倍。
 それで、値段は露店の倍だから、とってもお得なの。
 家族持ちは、露天なんかじゃ買わずに、みんな市場で買ってるよ。

 でも、おいら、一人じゃ食べきれなくて、カビさせちゃたりするんだ。
 だから、割高だけどおいらは露店で買ってるの。
 その場ですぐに食べられるしね。
 一人暮らしの人はみんな露店で買うから、割高でも商売が成り立つんだって。

「何だよ、この世界じゃ、パンは焼くもんじゃなくて、木に生るんかよ!
 最初から、天然酵母の出番なしじゃないか!」

 うん、やっと理解してもらえたようだね。
 分かったなら、早く銅貨十枚ちょうだい。  
   
しおりを挟む
感想 128

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

元チート大賢者の転生幼女物語

こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。) とある孤児院で私は暮らしていた。 ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。 そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。 「あれ?私って…」 そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

処理中です...