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第2章 戸籍を手に入れよう

第6話 華小路子爵家へ

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 当面の目標を話し合った由紀と桜子は、山本翁に客船の米を炊いて食べてもらった。
予想通り、食味優先で品種改良された現代日本の米は、この世界の米より数段美味しいらしい。
 山本翁は、たいそう気に入ったようなので、世話になったお礼にと五十キロほど進呈した。
その上で、これを売ることはできないかと聞いたところ、やはり米の流通は政府の統制下にあるようでおおぴらに売るのは難しいと山本翁は言った。

 加えて、山本翁は、

「これだけ美味い米は初めて食べた。是非とも親しい友人に食べさせたい。
公定価格でよければ、できる限り買わせてほしいが、どうだろうか?」

と聞いてきた。

 公定価格は、十キロ当り二圓四十銭らしいが、二圓五十銭で買いたいと提示されたので、由紀は一トン売却することで応じた。
 由紀のザックから、明らかのザック以上の体積の米が出てきたが、山本翁は異世界の技術ということで、黙って見過ごしてくれた。
 気を良くした山本翁は、二百五十圓を全て正貨で支払ってくれた。


 こうして、ある程度の社会常識と資金を手に入れた由紀と桜子は、山本翁の屋敷を辞することにした。
その際、由紀たちは、山本翁に一つお願いをし、あるものを山本翁の屋敷に置かせてもらうことにした。


 山本家を辞する前に、由紀はここが異世界であることが確実になったため、生態維持ナノマシーンを服用した方がよいのではないとか提案した。
 由紀の記憶では、戦前の日本は日本脳炎を始め、危険な病気が結構あったはずなので、この国でも変わらないのではないかと考えたのだ。
 これには、桜子も同意し、二人ともアンプルを服用することにした。


       **********


 汽車を乗り次いで上野に着いたのはもう日の暮れかかる時刻であった。
正月なので営業しているか不安であったが、上野の駅の近くのホテルを無事とることができた。
ツインルーム二食付二人で七圓だそうだ。安いのか高いのか、由紀には見当がつかなかった。

 チェックインを済ませた二人はすぐにレストランで夕食にした。
メニューは、コンソメスープ、牛肉のカツレツ、サラダ、パンで、まずますの味だった。
由紀は、大宮の街にある古い洋食屋の味がこんな感じだったなと思った。


 部屋に戻ってベッドに腰掛けた桜子は、由紀に言った。


「手持ちのアイテムに正装はないか。
私なら、パーティドレスだな。由紀なら燕尾服かタキシードか。」


 調べてみると、客船に貸衣装があることがわかり、とりあえずコピーして取り出してみた。
何種類かあったが、身長が百七十センチを超えている桜子に着れる服は、赤のイブニングドレスしかなく、桜子にはお気に召さないようだったが、渋々赤いイブニングドレスを体に合わせていた。
 由紀が着れるのはタキシードしかなく、桜子に「七五三のようだと。」とからかわれた。


 また、由紀は桜子から手土産になるものを用意しろと指示されたため、山本翁に買い取ってもらったティーセットに加えて、ディナーセットを十ピース一組にして用意した。
 更に、仕込み年が入っており未来から来たと印象付けられるスコッチやワインを何種類か見繕っておいた。


 翌朝、朝食をとった後、着替えるから外に出ていろと締め出されていた由紀は、「入れ」と言われて部屋に入りびっくりした。


 そこには、完璧にメイクアップされた桜子がいたカラスの濡れ羽色の黒髪にやや釣り目がちな大きな目、整った鼻梁は高貴さを感じさせる。
 赤いイブニングドレスは、背が高く贅肉のまったくない桜子の体にフィットし、正に女王様という感じに纏われていた。
 残念なのは、美しい黒髪がロングヘアでなくショートであることか。


 美しいというよりかっこいいという感じの桜子をみて、由紀は見惚れていたが、気を取り直して

「華小路さん、メイク用品持っていたんですね。」

と愚にもつかない感想を言って、桜子に呆れられた。



     **********


 ホテルをチェックアウトした二人は上野の駅前からタクシーを拾った。
サスペンションが悪いのだろう座り心地がごつごつするタクシーに揺られること十五分程すると、タクシーは大きな洋館の門の前に着いた。
 門の前には、門番が一人立っている。由紀を残してタクシーを降りた桜子は門番に話しかけ、何かを見せた。

 タクシーの中の由紀からは門番の表情は窺えなかったものの、門番はあわてて邸内に駆けていった。


 桜子がタクシーに戻ってきてしばらくすると、門番が門扉を開きタクシーを招き入れる仕草をした。
タクシーはそのまま門扉をくぐり、洋館の玄関前ローターリーに車をつけた。
 よくラノベなどで出てくる門から玄関までが見えないなんていうものではなかったが、門扉からロータリーまで三十メートルはあり、由紀はすごいお屋敷だなと驚いていた。
 ロータリーにタクシーが着くと、家宰らしき身なりの良い老人がドアを開いて桜子を招きいれた。
 由紀は、タクシーの運転手に一圓札を渡し、釣りはいらない旨を告げると慌てて桜子に続いた。


 二人は、応接間に通されると革張りの高級そうなソファーに座って待たされることになった。
ソファーは見た目の高級感に反して座り心地が悪く、由紀は今更ながらに現代日本とのギャップを感じていた。

 
 さほど待つことなく仕立ての良いスーツをきた四十代と見られる紳士が、家宰を伴って現れた。
紳士は、由紀たちが座るソファーに対しローテーブルを挟んで対面に位置するソファーの桜子の正面に座り、口を開いた。


「さて、お嬢さん。正月早々、アポイントもなしに貴族の家を訪問するとはいかがなご用件かな。」


紳士はあからさまに不機嫌な様子で、桜子に言った。


「お初にお目にかかります、貴久様。
わたくしは、貴久様の玄孫、ご長男貴佳様の曾孫にあたります華小路桜子と申します。
こちらが、初代以来の慣習になっております嫡出の子に与えられるペンダントで、私が生まれた際に当主である貴佳ひいお爺様から賜ったものです。」


といって、桜子は首に下げていたペンダントを外して目の前の紳士に差し出した。
同時に、ダウンジャケットのポケットに入れてあったスマホの画面に、この建物の正面ロータリーの前で、老人と桜子が一緒に写る写真を表示して紳士に差し出した。


ペンダントを手にした紳士は、それをじっと眺めやがて驚愕した表情を見せた。
そして、スマホの画面に映る自分そっくりな老人を顔を見て更に驚いた。
紳士は、少し声を震わせて、


「信じられないことだが、このペンダントは決め事通りに表に我が家の家紋、裏に当人の姓名、生年月日、両親の名前、祖父の名前、曽祖父の名前を刻印してあり、更には偽造を防止するために隠すように彫られた刻印も刻んである。
 そして、この写真、これは晩年の貴佳なんであろう。
 なんてことだ、孫の顔も見てないのに玄孫の顔を見ることになるとは。」


 紳士は深呼吸をして、心を落ち着かせると


「で、私の玄孫である君は、なぜここにいるのだね。」

と桜子に尋ねた。

「その質問に答える前に、
この度は、当然訪問した無礼をお詫び申し上げます。
また、突然の訪問にもかかわらず、貴重なお時間をとって面談いただき心から感謝いたします。
それと、私の隣に座っているものをご紹介いたします。
彼の名は、山縣由紀と申し、わたくしと同じ時間同じ場所からここへ辿り着いた者です。」

と由紀を紹介した。

「おお、そうであったか。
そういえば、自己紹介がまだであったな。
私は、華小路貴久、華小路子爵家の現当主である。
よろしく頼む。」


 その後、桜子は貴久に対し大晦日の晩以降あった事を、巧みに嘘をまじえながら細かに説明した。
あくまで、この世界の未来から飛ばされてきたという素振りで話し続けた。


 それを聞いた貴久は、

「にわかには信じられん話であるが、難渋したのであるな。」

と述べた。


 桜子から、視線でサインを受けた由紀は、

「遅ればせながら、お近づきのご挨拶に心ばかりの品を献上させて頂きたいと思います。
お笑納いただければ幸いです。 」

と言いながら、ザックからテーブルウェアを十人分一セットと五十年物のスコッチウィスキー、三十年物のボルドー産ワイン、若いシャンパンをそれぞれ数本ずつ、更には客船オリジナルの焼き菓子の詰め合わせを二つ、ローテーブルに並べた。

 スコッチウィスキーのラベルに千九百七十五の数字を見た貴久は、更に桜子の話に対する確信を強めた。


「舶来物の洋食器であるか、見事なものであるな。ありがたく頂戴しておこう。
このスコッチも楽しみであるな。
このところ、西洋のものは忌避される風潮なので、ワインもスコッチも手を出し難いのだ。」


 スコッチを手して貴久の機嫌がよくなったところで、桜子が話を切り出した。


「それで、貴久様にお願いがあって、本日お目通り願った訳ですが、お話を聞いていただけませんか?」


「玄孫の願いであれば、よほど変な願いでなければ聞き届けられると思うが、どのような話だ。」


「率直に申しまして、わたくしと由紀の二人は現在戸籍がない状態なのです。
この時代に飛ばされてきて寄る辺のないわたくし達は、商会を起こして生業にしたいと考えているのですが、戸籍がないと会社の設立すらおぼつかいなのです。
何とか戸籍を手に入れるのに力を貸していただけないでしょうか?」


と希望を述べる桜子に対し、


「確かに、九十年後から飛ばされてきたのなら、戸籍も何もないな。
二人分の戸籍なら、造作もないことだ何とかしよう。
商会のほうも援助がほしいのか?」


と貴久は快諾した。


「いえ、資金的な目途は立っていますので援助は不要です。
ただ、もし協力いただけるのであれば、この時代の法律に不案内なもので、会社設立や専売品取り扱い認可等に関する助言をお願いできればと思うのですが。」


商売に関しては、由紀を中心に自由度を維持したい桜子は支援を固辞した。


「確かに、これだけのものを献上する余裕があるのであれば金の無心はないか。
法的手続きについては協力しよう。
うちの顧問弁護士を好きに使えばいい。
それと、戸籍ができるまでここに泊まっていけばよい。
どうせ宿も決まっていないのであろう。」


 こうして、一番の懸念事項であった戸籍の問題が何とかなると共に、しばらくの宿を手に入れた二人であった。




 
 
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