上 下
566 / 580
第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第562話 煙突掃除は本当に命懸けのようです

しおりを挟む
 『アルスポ』の記者から約束の銅貨二枚をせしめて、嬉しそうに戻って来た少年達。
 取り敢えず、着替えが届くまで来客用のリビングで体を休めておくように指示しました。
 深夜から早朝まで働いていたようですので、相当に疲労しているはずですから。

 その間、私は水の精霊アクアちゃんから報告を聞くことにします。
 少年達は、余りにも汚れていたのですぐにお風呂に入ってもらいました。
 そのまま、すぐに食事となったものですから、健康状態について聞く時間が無かったのです。

「それで、あの少年達の体の具合はどうだった?」

 私が尋ねると、アクアちゃんはいつになく不機嫌そうな口調で答えました。

「どうだったじゃないですわ。
 あの子達、健康な子など一人としていませんでしたわ。
 むしろ、この先長くない子供から上げた方が早いくらいです。
 二十人中五人は酷く肺を患っているし、四人は質の悪い腫れ物を患っていますわ。
 その九人は、もって四年、いえ三年と言うところかしら。
 後の子は、命に関わる者は無いけど、全員、骨と目に異常がありますわ。」

 驚きました、全員栄養状態が悪いせいで痩せてはいますが、命に関わる病気を患っているようには見えませんでした。
 肺を患っている少年は、毎日煙突の中で煤を吸い込んでいるためだろうとのことで。
 他の子も遅かれ早かれ、同じ病気に罹る可能性があると言います。

 そして、質の悪い腫れ物ですが、放っておくあちこちに転移して数年のうちに命を落とす病気だといます。
 腫れ物を切除してもすぐに再発して、現状では治療方法はないとのことで。
 アクアちゃんの見立てでは、石炭を燃やした時に発生する有害物質のせいではないかと言います。
 これも、石炭を燃料とする暖炉の煙突に入って掃除をしている以上、誰が罹患してもおかしくないそうです。

 そんな質の悪い病気を持っていない子も、決して健康とは言えないそうで…。
 長時間煤の中にいるためか、ほとんどの子が目に炎症を起こしているとのことです。
 また、発育途上のうちから狭い煙突の中で無理な姿勢の作業を強いられたせいではないかとの推測ですが。
 少年の多くに、膝や足首の関節に変形が見られると言います。
 その子達にしても、煙突掃除の仕事を続ければ、いつ命に係わる病気を患っても不思議ではないと言います。

「それで、治せるの?」

「もちろんですわ、お任せください。
 と言いたいところですが…。
 質の悪い病気と目の炎症は直せますが。
 変形して育ってしまった骨の方は無理ですね。」

 異常のある部位を正常に戻すのは可能なのだそうです。
 また、骨の腫瘍とか、骨折とか、骨そのものの異常なら治せるそうですが。
 骨そのものではなく、異常な形に育ってしまった骨の形を正すのは出来ないそうです。

 それでもかまわないので治療して欲しいとお願いすると、アクアちゃんは快く引き受けてくれました。

       **********

「みんな、これから、ちょっと不思議な事が起こるけど。
 驚いて騒がないでね、別に危ない事とかではないから。」

 私はリビングに入ると、寛いでいる少年達にそんな声を掛けました。
 流石に、少年達に向かってあなたは余命いくばくないから治療してあげますとは言えませんし。
 アクアちゃんには姿を消したまま治癒の力を使ってもらうことにしましたので。
 不思議な事が起こる以上の説明は抜きにしました。

 全員が私の方に視線を向けた時に、それは起こりました。
 天井付近から、少年達の頭上に降り注ぐ銀色の光のシャワーが。

「何だこりゃ?」

 今まで目にしたことが無い現象にそんな驚きの声を上げる少年もいましたが。
 大部分の少年は幻想的な光景に目をとらわれ、言葉を失っていました。

 その光もほどなくして消えると…。

「今の光はいったい何だったんだ?」

 そんな風に首を傾げる少年がいる中で…。

「何か、今まで感じていた息苦しさがスウッとどっかに消えちまった気がする。
 こんなに楽に息が出来るのは久しぶりだぜ。」

 きっと、肺を患っていたのでしょう。
 アクアちゃんの癒しの力が効いて、無事に死の淵から抜け出せた様子です。

「おっ、変な腫れ物が治ってらぁ。
 あれ、すっげえ痛かったんだよな。
 あそこに腫れ物が出来てすげえ痛てえんだって、ダチに言ったらよ。
 安い立ちんぼなんて買うから変な病気をうつされるんだって茶化しやがる。
 そんなの買う金があれば、腹いっぱいメシを食うぜって言ってやったんだけどな。」

 自分の体に違和感があったのでしょう、ズボンの中を覗き込んだ少年がそんな声を上げました。
 いったい何処に腫れ物があったのでしょうか?

「ロッテさんには、障りがあると思ったので言いませんでしたが。
 どうやら、有害物質は殿方の大事な部分に腫瘍を作る様子で…。
 全員が同じような部位で発症していました。
 悪い遊びをしてうつされた訳では有りませんよ。」

 アクアちゃんの説明では、少年が言うような病気は体の中に病原菌が巣くっているそうで。
 ここにいる少年達にそのような病原菌を持つ者はいないと言います。
 しかし、イヤな場所に発症する腫れ物ですね。

 そして、…。

「何か、急に目の前がキレイになった気がする…。
 いつも、目の前がけぶってぼんやりしていたのに。」

 あどけない顔の美少年が居ました。
 さきほどまで、腫れぼったい目をしていた冴えない少年でした。
 徹夜仕事のせいで寝ぼけ眼なのだと思っていましたが、実は目が炎症を起こしていた様子です。
 目の腫れがひくと、つぶらな瞳をした十二、三歳のあどけない少年であることがわかりました。
 腫れぼったい目のせいで、もっと老けて見えていたのです。

 他の少年達も、先程までは大なり小なり自分の体に不調を感じていた様子です。
 それが、きれいさっぱり取れたものですから、みんながみんな不思議そうな顔をしていました。

「なあ、貴族の姉ちゃん、さっきの光はいったい何だったんだ。
 あの光を浴びたら、体の調子がやに良くなった気がするんだけど。」

 まっ、そうですね、普通ならあの光との因果関係に思い至りますよね。

「さあ、何でしょうね。
 きっと、神様が、あなた達の新しい門出を祝福してくださったのではないですか。」

 そう言って誤魔化しておくことにしました。
 この少年達に精霊のことを教えるのはまだ早い気がしますから。

 少年達は納得がいかない様子でしたが、それ以上は尋ねて来ませんでした。
 それほど関心が無かったのか、それともそれ以上は教えてもらえないと悟ったのかはわかりませんが。

 程なくして、服屋が服を届けにやって来ました。
 今まで着たこともない新品の服、しかも、冬でも寒くない服を着て少年達は大喜び。
 その嬉しさに上書きされて、体を癒した光の事は頭から消えてしまった様子です。

 温かい服装に着替えたら、『スノーフェスティバル』へ行って思う存分遊んでもらいます。
 遊び疲れたのでしょう、前の晩徹夜で煙突掃除をした疲れも手伝って、少年達は早々と寝静まってしまいました。

      **********

 そして、翌朝。

「ね~、ロッテちゃ~ん。
 門の前に~、何か変な人がいるよ~。
 薄汚い格好して~、なんか怒鳴ってる~。」

 朝食後に寛いでいると、風の精霊ブリーゼが来客を知らせてくれます。
 あまり、歓迎したいタイプのお客さんではなさそうですが。

 私が門の前まで出向くと。

「おい、ここで煙突掃除のガキを監禁していると聞いたぞ。
 何でも、ガキ共が気にくわないからって癇癪を起した大公が命じたと。
 おかげでこちとら商売あがったりだ。
 とっととガキ共をけえしてくれ!
 大公だか何だか知らねえが。
 あんまり無体な事をすると、出るところへ出てやるぞ。」

 女の私が大公だとは思わないのか、いきなり噛み付いてきました。
 どうやら、少年達の親方のようです。
 いったい、どこがどうなって私が少年達を監禁したことになったのでしょうか。
 まあ、『アルスポ』の記者が苦し紛れにそんなことを吹き込んで責任逃れを図ったのでしょうけど。
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...