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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第542話 そんな新聞だったなんて…

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 マーブル青年が差し出してきたのは、もう二ヶ月ほどの前の新聞です。
 
 その新聞の一面を、『奇跡の力で飢饉を救う黒き魔女』という大きな見出しが飾っています。
 内容は、偶々飢饉の取材に訪れた新聞記者が、ジャガイモの促成栽培をする私の姿を目撃したとするもので。

 見出しに続くリード文では、

『記者が飢饉の実態を把握すべく北部の村に向かって馬を進めていると。
 記者の頭にコツンとジャガイモの欠片が降って来たのだった。
 降って来た方角を見ると、畑一面にそれが雨の様に降り注いでいたのだ。
 そこで記者は目にすることになった、ジャガイモの雨を降らしている特異な存在を。
 それは、死を予感させる黒尽くめドレスに身を包んだ魔女の姿であった。
 驚くことに魔女のまいたジャガイモは、すぐさま芽を出してすくすくと成長し始めたのだ。
 そして、瞬くうちに葉が茂り、花が咲き、そして萎れ始めた。
 わずかの間にジャガイモの収穫時期が時期が到来したのだ。
 一仕事終えた魔女は箒に跨ると、艶やかな黒髪をなびかせて、何処かへ飛び去ってしまったのだ。』
 
 と書かれており、その後に詳しい本分が書かれる形となっていました。

 ジャガイモを収穫時期まで成長させ、一息ついている時に突然声を掛けられて焦りましたが。
 私は、取材させて欲しいと声を掛けながら近づいてきた記者を無視して立ち去ることにしたのです。

 私は、一旦、メアリーさん達が炊き出しをしている村とは別方向に飛び、記者の目をごまかしました。
 その後、メアリーさん達のもとに戻った私は、ジャガイモが収穫できる状態になったことを伝えたのですが。
 同時に、その現場を新聞記者に目撃されたことも伝え、村人を含めその場の全員に口裏を合わせてもらいました。

 『突然現れた魔女が村のためにジャガイモを与えてくれ、名前も告げずに立ち去った。』と。

 広く私の事が知れ渡ってしまうと、新聞記者のような人達に付きまとわれて活動がし難くなること。
 そうなると、飢餓に苦しむ他の村の支援が出来なくなるかも知れないと伝えると、みなさん、快く協力してくれました。

 おかげで、その新聞記事には『慈悲深い謎の魔女』とされていました。

 私は、二ヶ月も前の新聞を今頃持ち出してきたことに、半ば呆れながら言います。

「はい、その新聞にかかれているのは私の事ですね。
 炊き出しや支援物資だけでは飢えを凌ぐには到底間にあわないので。
 私が、魔法を使って短時間でジャガイモを育てたのです。
 魔法でジャガイモを促成栽培している現場を新聞記者に目撃されてしまい。
 騒がれるの面倒なので、しばらく姿を消していました。
 でも、今頃になって、それに気付きますか。
 新聞屋さんて、そんなに情報感度が鈍くても務まるものですか?」

 私の指摘に、マーブル青年はとても心外そうな表情になり。

「いえ、この記事のことは、発行されたその日に知っていたのです。
 ですが、私を含め、この記事を読んだ大部分の人がこの記事をデマだと思ったことでしょう。
 だって、『アルスポ』の記事ですから…。
 『アルスポ』で魔女が起こした奇跡なんて書かれていたら。
 またいい加減な記事を書いてとしか思いませんよ、普通。」

「はい? 『アルスポ』ですか?」

 私はオウム返しに問い返してしまいました。
 私の記事が掲載された新聞のスクラップを、メアリーさんから見せて頂いたのですが。
 掲載されて新聞名までは注意していませんでした。

「ええ、『アルビオンスポーツ』、略して『アルスポ』。
 貴族や著名人の下半身スキャンダルが紙面の中心を飾る新聞で。
 我が国のイエロージャーナリズムの代表のような新聞です。
 憶測記事や捏造記事のオンパレードで、記事の八割が嘘っぱちだとも言われています。」

 そんなヨタ新聞誰が買うのでしょうか。
 私がそんな疑問を口にすると、青年は結構売れていて相当な発行部数を誇ると言います。
 『アルスポ』には、お得意なプレゼンテーションの仕方があって…。
 一面に大きく『○○氏、有名女優△△と不適切な関係が発覚』とか見出しを入れて耳目を集めるそうです。
 ですが、その見出し、実は折り返して最終面にはみ出しているそうで…。

 そこには、『か?』と書かれていると言います。

 何の事はありません。
 『○○氏、有名女優△△と不適切な関係が発覚か?』と言う憶測記事、若しくは捏造記事なのです。
 それをあたかも大スクープを入手したかのように、見出しで煽るのを得意としているそうです。
 センセーショナルな見出しに釣られて購入する方も多いそうですし。
 今ではむしろデマと分かっていて、『アルスポ』の捏造や煽りの仕方を楽しみに買われる人までいると言います。

 そして、私の事を目撃したのがくだんの『アルスポ』の記者でした。
 私が読む限り、嘘偽りは書いてないのですが…。

 『アルスポ』の一面を飾ったニュース、しかもその内容が『魔法使いの起こした奇跡』です。
 そんな『とんでも話』、誰も信用していなのはないかと青年は言います。
 青年の同僚などは、他社の記事をチェックしていて、「また、『アルスポ』か…。」の一言で投げ捨てたそうです。

 どうりで、新聞に書かれた後も、私を探ろうとする人が出て来なかった訳です。

 私、新聞記者に目撃されてから、付きまとわれるのを心配してメアリーさん達と別行動していたのですが。
 全くの杞憂だったようです。

 結構まともに書いてあるのですが、多くの人は信用しなかったのですね。あの記者さん可哀想に…。

      **********

「ボクも、この記事を目にした時は、こんなお伽話のようなこと有り得ないと思っていました。
 『アルスポ』の連中、紙面を埋める記事に詰まってでっち上げたのだと。
 ですが、昨日、小アルビオン島から帰って来た特派員の話を聞き。
 今日、議会での飢饉終息宣言の話を聞いて思ったのです。
 そんなことが出来るのはアルムハイム大公しかいないのではないかと。
 それで、この記事を思い出して資料室から引っ張り出してきたのです。
 黒尽くめ服装に、艶やかな黒髪、まさにアルムハイム大公、あなたのことではないですか。」

 小アルビオン島を襲った大飢饉への支援に関してですが。
 地主階級のエゴに阻まれ政府はロクな対応策を打ち出せていません。
 現状は、メアリーさんが旗振り役となった慈善団体が炊き出しや物資の配給をしているだけです。

 そんな状況で、昨年の十一月に始まって数か月で千人を超える餓死者を出した飢饉です。
 一慈善団体が行う炊き出しや物資の支援で終息できる訳がありません。
 もっと、抜本的な対策を打たない限り打開のしようが無いはずだと青年は考えたそうです。

 そして、思い至ったのが、ついさっき出会った存在。
 サクラソウの丘を一日で雪国に変え、遠くアルム地方まで一瞬で移動する超常の力。
 そんな力を有する私であれば、もしかしたら何とかなるではないかと。
 そこで初めて、ヨタ記事と一笑に付した二ヶ月前の新聞を思い出したのだそうです。
 やっと見つけたその新聞に記されていた魔女の容姿から、私に違いないと確信したそうです。

「大公は、御婆様と一緒に炊き出しを行う傍らで、小アルビオン島の全土でジャガイモを実らせたのですね。
 この新聞記事に書かれている通りに、そのジャガイモによって小アルビオン島の人々は飢饉を脱することが出来た。
 それが、今日の飢饉終結宣言となったですね。
 最近数日の間で、全ての村のジャガイモの収穫を終えたという事でしょうか。」

 マーブル青年は、私がジャガイモの促成栽培を終えたのが昨日か一昨日程度の最近だと思っている様子でした。
 全ての村でジャガイモの収穫を終えて食べ物が行き渡ったので、今日の終結宣言になったと。

「残念、惜しいですが、それでは六十点と言ったところですね。
 マーブルさんはメアリーさんのお孫さんだし。
 私のことは一切口外しないと約束してくださっているので全てを教えて差し上げますね。
 絶対に内緒ですよ。」

 私は、そう前置きをして、ジャガイモの収穫は昨年中に小アルビオン島の全土で終えていることを明かしました。
 実は小アルビオン島の飢饉は一月ほど前に終息していると。

 そして、この一月は小アルビオン島で小麦の促成栽培に取り組んで、村の人々に大量の小麦を分け与えたことも。

「では、終息宣言を出すのを一月以上先延ばしにしていたという事ですか。
 小アルビオン島の農民が、小麦の相場を崩すことなく売り切るのを待っていたと。
 小麦の相場引き上げに走り、飢饉対策に一切協力しようとしない地主層に対する意趣返しのために。
 我が国の上層部と結託して…。」

 流石に、小麦相場の大暴落まで私が仕組んだとことだとは思っていなかったようです。
 強欲な地主達が政府による買い上げを期待して小麦を買い溜めていたのは、青年も知っていました。
 今日の相場暴落は、期待が外れて投げ売りに出たためだと単純に考えていた模様です。

 実は地主によるその買い溜めが、私の介入によって膨大な量になっている事までは想像もしてなかった様子です。

「多くの人が餓死している状況を利用して一儲けしようなんて信じられません。
 そもそも、その地主達の利権を護るためだけに制定された『穀物法』。
 あれのせいで、今回の飢饉対策も難航しましたし。
 この本土に住む多くの都市住民も高いパンを買わされて迷惑しているそうじゃないですか。
 この際ですから、少し痛い目を見て頂こうかと思いまして。
 それに、私がこの一月で供給した小麦は尋常な量ではありませんから。
 地主達にも『穀物法』が邪魔になると思いますよ。
 早晩廃止されて、王都の人々も喜ぶかと。」

 私が小アルビオン島で促成栽培した小麦の量は膨大で、それを処分するには安売りしてでも輸出に回すしかありません。
 ですが、それをしようとすると、相手国から『穀物法』に対する報復関税を掛けられて頓挫するのが目に見えています。
 自分達の既得権益を守ろうと制定させた『穀物法』が足枷になってしまうのです。

 私がその話をすると。

「まさか、当面の飢饉対策だけではなく。
 飢饉対策に併せて、その背景にある地主階級の影響力を削ぐ事まで考えていたなんて。」

「ええ、地主階級、こと小アルビオン島の不在地主の力を削いでおかないと。
 これからも小アルビオン島では飢饉が繰り返されることになります。
 当面の飢饉対策も重要ですが、そちらにも手を打っておいた方が良いでしょう。」

「御婆様は、この国は度々大公に救われていると言ってましたが。
 今までも、陰でこの国の政治や社会に介入してきたのですか?
 いや、間違いなくそうなのですね。
 ブルーリボンは単なる外交儀礼で授与されるモノではないですからね。
 友好国の君主の中でも、この国に多大な貢献をした方だけに限定されていたはずですから。
 あなたは、一体何をしてきたのですか。」

 私が小アルビオン島の飢饉の背景にある状況を何とかしようと思ったことを告げると。
 マーブル青年は身を乗り出して、私がこの国でしてきたことを尋ねてきました。
 また、子供の様に目を輝かせながら。

 ですが、そうそう何でも教える訳には参りません。

「それは、ナイショです。
 私が話してしまうより、ご自分でお調べになった方が面白いと思います。
 マーブルさんがお好きな不思議なことがいっぱい出てくると思いますよ。
 そうですね、気が向いたら答え合わせにこちらに来られたらいかがしら。
 私のお手製のハーブティーでおもてなししますから。
 でも、絶対に新聞に載せたらダメですよ。」

 そう、女性は秘密が多いほど魅力的なのです。
   
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