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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第527話 ほら、バチがあたった

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 一月の半ば以降、植物の精霊ドリーちゃんに頑張ってもらって、小アルビオン島で小麦を作りまくりました。
 その間、メアリーさん達の組織した慈善団体はというと。
 私とは別行動で、小アルビオン島を回っては炊き出しを行っていました。
 王族が旗振り役になって行っている慈善活動ですから、そちらに周囲の注目が集まりました。
 当然、新聞社の取材もそちらに集中する訳で、私は全くのノーマークでした。

 かなり、派手に小麦を作ったのですが。
 炊き出し隊と一緒に行動してジャガイモの促成栽培をした時のように、奇跡だと騒がれることはありませんでした。
 
 大アルビオン島に住む不在地主達は、まさかこの真冬に自分の所有する土地で小麦の収穫がされているとは想像すらしていないでしょう。
 新聞にも取り上げられていないので、私の行動に気付くはずもありません。
 
 そして二月、それは徐々に這い寄って来たのです。
 まずは、メイちゃんの隣村から小麦の出荷が始まります。
 あらかじめ、一つの町で売るのではなく、近隣の複数の町に分散させて販売するようにお願いしておきました。
 今飢饉が起きているはずの村から、大量の小麦が出荷されると不審に思われるので販売先を分散されるようにしたのです。

 小アルビオン島の中で、この半月に収穫された小麦は大アルビオン島の年間消費量の何割にも匹敵する量なのですが。
 一つの村が出荷する量はさして大きなモノでもなく、それも販売先は分散されています。
 そして、買い取る穀物商の方も、本島にもっていけば幾らで引き取ってもらえると思っています。

 実際、大アルビオン島の穀物市場に持っていけば、瞬く間に売り切れてしまったのです。
 少し考えれば、おかしいと気付くはずなのですが…。
 こんな季節に多くの小麦が出荷されて来ることや、飢饉に見舞われている小アルビオン島から次々に小麦が出荷されて来ることが。

 二百年ほど昔のことですが、大陸でチューリップの大ブームが起こったことがあります。
 記録では、チューリップの球根一つに十エーカー以上の土地と同じ値段が付いたとか伝えられており。
 その熱狂の中心となった地では、チューリップの球根一つを売ったお金で手に入れたと言われる大豪邸が今でも残っているそうです。

 その本を目にした時、何をそんなバカなことをと思いましたが。
 熱狂の最中において、欲に目が眩んだ人々は意外とその異常性に気付かないようです。

     **********

 さて、私が王都の商品取引所が指定する保管倉庫に、先渡し取引の小麦を運び入れた頃のことです。

 王都に穀物商の間で、在庫がダブついてきた様子でそれまで買い一辺倒だった小麦の放出が始まったようでした。
 その頃には、小アルビオン島の村々でこっそり作った小麦は王都の市場に吸い込まれてしまって。
 後は、誰がババを引くかを待つだけの状況になっていたのです。

 その日、議会の壇上に立ったミリアム首相が宣言したそうです。

 小アルビオン島で発生した大飢饉が終息したと。

 それは、国にとって、とても喜ばしい情報だったはずなのですが…。
 国会議事堂の中がパニックに陥ったそうです。
 主に、地主の利権を代表している議員連中が。

 それらの議員たちは、ミリアムさんが国内市場での小麦買い付けをいつ提案するのかと待ちわびていた人達です。
 強欲な地主達は、政府による小麦買い上げを期待して、売り控えに走るどころか、買い占めまで行っていました。
 次に、ミリアムさんから出される提案は、国内市場での小麦買い付けだと信じて疑っていなかったのです。

 それが飢饉の終息宣言ですから、寝耳に水も良いところです。
 これで政府による小麦の買い付けは必要なくなったのですから、在庫を抱えていた地主連中は真っ青です。

 その日、小アルビオン島の飢饉終息のニュースは早馬で各地の地主に伝えられることになります。
 それに続くように始まったのは、小麦相場の大暴落です。

 元々、アルビオン王国では、悪名高い『穀物法』のせいで国際相場よりも三割ほど高い価格で取引がされていました。
 それが、政府による買い上げを期待した投機的な行動により国際相場の五割増しまで上昇していたのです。
 この高騰分が、一気に剥げ落ちることになります。

 数日後、小麦の先渡し取引の決済日、私は売却代金を受け取りに王都の商品取引所を訪れました。
 この取引、私の取引相手はあくまで商品取引所です。
 商品取引所では、私からの売り注文に対して、買い手が見つかれば取引成立となりますが。
 この時、商品取引所は、私と買い手の取引を取り次いでいるのではなく。
 一旦、私から買い取った小麦を、買い手に対して転売しているのです。

 どういうことか。
 私は買い手のリスクを一切負わないという事です。
 そのために商品取引所は手数料や保証金を要求するのですから。
 つまり、期日通りに約定の小麦を指定の倉庫に持ち込んだ以上、私は売却代金を受け取れるのです。
 買い手がお金を払おうが、払うまいがにかかわらず。

「おい、こんなのおかしいだろう。
 この一週間で小麦の値段が半値だと、こんないかさま認めんぞ!」

「いかさまも何も、お客様、ご自分で契約書にサインなされているではないですか。
 今の相場が幾らかだなんて、この取引には関係ございませんよ。
 そこは、お客様の自己責任です。
 ちゃんと、約定通りの商品は倉庫にありますので。
 契約に従ってお支払いいただかないと困ります。
 もし、お支払い頂けないのであれば、…。
 約定に基づきお客様の資産を差し押さえさせて頂きます。」 
 
 商品取引所のカウンターに行くと、隣でそんな声が聞こえてきました。

「何か、トラブルでもありましたか?」

 私がカウンターで受付の方に尋ねると。

「ああ、お騒がせして申し訳ございません。
 このところ、小麦の相場が暴落しているでございましょう。
 先物で買い付けていた商人などが、支払いを渋っているのです。
 まあ、相場が暴落する時にはよく見る光景ですよ。
 お気になさらないでください。」

 どうやら、私が先渡し取引で売った小麦の買い手のようでした。
 代金の受け渡しのため奥の個室に案内してくださった方が言っていました。

「小アルビオン島で飢饉が起きているというのに。
 それに便乗して一儲けなんて企むからバチが当たるんです。」

 ため息をつきながら。

      **********

 さて、それからどうなったかと言うと。
 私が小アルビオン島で促成栽培をした小麦は思ったより量が多かったようで。
 買い手がつかない状況になってしまいました。

 地主連中が、政府が小麦の買い付けを行って、価格維持に努めろと要求を出した様子ですが。
 ミリアム首相は、これを一笑に付しました。
 政府に高値で売りつけようとして買い占めしておいて虫の良い事を言うなと。
 
 小麦って、鉄や石炭と違って、賞味期限があるのですよね。
 つまり、塩漬けにしておくことが出来ないのです。
 損切となっても手放してしまわないと丸損です。

 そして、この時の国内相場ですが、『穀物法』の下限を大幅に下回ってしまいました。
 国内で買い手がいないので、輸出してしまおうと考えた時にこの『穀物法』が邪魔になりました。
 アルビオン王国は一定価格以下の小麦の輸入は認めておらず、高い保護関税をかけているのです。
 逆にアルビオン王国が小麦を相場より安く輸出するなどと都合の良い事を諸外国が認める訳がありません。
 対抗して、高い保護関税を掛けるのは至極当たり前のことです。
 
 結局、背に腹は変えられないと言うことで、地主寄りの議員の方から『穀物法』の撤廃を言い出して来たのです。
 こうして、悪法の極みと言われた『穀物法』は、制定後数年で撤廃されることとなりました。

 ですが、地主達の受難はこれだけでは収まりませんでした。
 そう、これに先立って成立した法案『今後五年間の地代凍結』、これが効いて来たのです。
 小麦の相場の暴落により、面積当たり一定量の物納で地代を決めている地主の収入が大幅に減少することになりますが。
 地代が凍結されているため、地代水準や納付方法の変更が一切できないのです。

 結局、この冬、小アルビオン島に土地を有する不在地主を中心に、幾つもの大地主が消えていくことになりました。
 当然、その方達の意を受けた議員さんの力は大きく削がれることになります。
 ミリアム首相は、その混乱に乗じてちゃっかり、農地の地代に上限規制を設ける法案を通してしまいました。
 もちろん、その上限は現行の水準よりかなり低い水準に抑えたものです。
 これで、小アルビオン島の小作人たちも普通に小麦を食べられるようになると思います。
 
 そして、一時は混乱を極めた小麦の相場ですが、国際相場と同水準であっさりと安定してしまいました。
 元々、アルビオン王国の人々は『穀物法』のせいで高いパンを買わされていたのです。
 そのパンが、小麦価格の下落で大分値を下げることになります。
 
 この頃は工場に働く労働者の増加により、労働者の購買力はそれなりに高まっていたのですが。
 小麦のパンが余りにも高いため、硬いライ麦パンで我慢したり、ジャガイモや豆を食べたりして、消費を抑えている状況でした。
 小麦のパンの値下がりによって、その枷が外れます。
 懐具合が改善しつつある労働者の旺盛な食欲により、小麦の価格も安定したのです。

 何の事はありません、余り欲をかかなければみんな幸せだったのです。
 一部の人の強欲が、飢饉を招き、労働者の方々にも貧しい食生活を強いていたという。
 何とも腹立たしい話でした。
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