上 下
527 / 580
第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第523話 普通は信じられませんよね

しおりを挟む
 ナンシーさんのご実家を訪ねると、そこに現れたのはナンシーさんを呼び捨てにする農夫姿の中年男性でした。

「お父様、お久しぶりです。
 何の相談も無く、国を捨てることになり申し訳ございませんでした。
 ご紹介しましす。
 こちらは、私がお仕えしてる主、アルムハイム大公シャルロッテ様です。」

 思った通り、ナンシーさんのお父様とのことです。

「ありゃ、これはお恥ずかしい格好をお見せしてしまった。
 大公様が、こんなみすぼらしい子爵家に足を運んでくださるとは恐縮でございます。
 私は当代のノースウッヅ子爵クリントと申します。
 娘が良くして頂いている様子で本当に感謝申し上げます。」

 クリントさんは、私に軽く頭を下げると館の中へ通してくださいました。

 そして、

「おーい、オメー、ナンシーが帰って来たぞー!
 ナンシーを雇ってくださってる大公様をお連れだー!
 こっち来て、オメーも、ご挨拶申し上げろー!」

 クリントさんが、正面入り口を入ると薄暗いホールの奥に向かって呼びかけました。
 通常、貴族家では正面ホールに使用人が控えているのですが、ノースウッヅ家ではそうでないようです。

 館の奥の方でドタバタと音がしたかと思うと、今度は工房のお針子のような格好の婦人が現れました。
 前掛けをして、そのあちこちに糸くずをつけて。

「こんな格好でごめんなさいね。
 今、内職の縫い物の最中だったもんだから。
 あと十着、年内に納めないと、年越しにろくな食事を用意できないもんでね。
 年末年始くらいは、メインディッシュに肉料理を出したいだろう。」

 ええっと、ここ子爵家ですよね…。
 そう思って隣を見ると、ナンシーさんは顔を赤らめて俯いていました。

「お父様も、お母様も、少しは体面を気にしてください。
 お客様の前ですよ。」

 ナンシーさんが、ご両親に注意すると…。

「いあや、この屋敷を見せちまって、体面も何も無かろうって。
 我が家はもう風前の灯火だよ。
 おまえの兄貴達だって、この冬は工場に出稼ぎに出ているんだぞ。
 貴族の身分を隠してな。」

 クリントさんはそんなことをおっしゃっていて、…。
 この家、かなりの末期症状のようです。

     **********

 応接室に通され、所々ほつれが目立つソファーに腰を落ち着けると。

「汚い所で申し訳ないですな。
 ここ数代で身代が傾いてたんですが、もう限界に来てまして。
 娘に仕送りさえしてやれないありさまだったものですから。
 屋敷の補修なんて、全く手が及ばないもんでして。
 そうそう、娘が女学校に通ってる時に、過分な支援を賜ったようで心から感謝申し上げます。」

 クリントさんは、いの一番にそう言って頭を下げてくださいました。
 娘のナンシーさんへ仕送りが出来ないのは、とても辛いことだったそうですが。
 あの時は、女学校の授業料を工面するのに精一杯だったそうです。
 何でも、先祖代々の宝物を売り払ったとか。
 足元を見られて二束三文だったと、古物商に対する文句を呟いてました。

「わたしゃ、言ったんですよ。
 娘なんだから、何としてでも仕送りをしてやらないとってね。
 街角で花でも売るようになったら大変だと。
 でもね、どうあがいても工面できないでね…。」

 クリントさんの隣に腰掛けたナンシーさんのお母様がそんな言葉を挟みました。
 ええ、ナンシーさん、あの時私に出会わなければ、間違いなく夜の町で春を売ってましたね。

「いえ、ナンシーさんは名門の女学校で五年連続主席だったのですから。
 ナンシーさんに私のもとに来て頂けるのなら、半年くらいの支援は安いものです。
 今は、私も経営する時計店を切り盛りして頂いてとても助かっています。」

 お世辞抜きに、ナンシーさんは得難い人材ですので半年くらいの支援で青田買い出来たのはお買い得でした。
 こんな優秀な方を、夜の街角に立たせてしまうなど、人材の浪費です。

「そう言って頂けると、私らも多少は面目が立つってもんですよ。
 それで、大公様、今日はどのようなご用件でこんな片田舎までお越しになられたので?」
  
 クリントさんが用件を尋ねてきたので、私は単刀直入に言うこととします。

「今すぐに、ノースウッヅ家の所有する小麦畑で小麦が作りたいのです。」

 すると、クリントさんは首を傾げて。

「いや、小麦ならもう作っていますよ。
 私の領地はほぼ全て小麦畑ですので。
 今も、ちょうど麦踏みをして戻ってきたところです。」

 と言いました。
 この国では、小麦は秋播きが中心ですからそれが普通でしょう。
 私の言葉が単刀直入過ぎて要領を得なかった様子です。説明不足でしたね。

「いえ、私(の契約している精霊)が使う魔法で今すぐに小麦を実らせたいのです。
 出来れば、ここ数日で三回くらい。
 クリントさんにはその許可と収穫をお願いしたいのです。
 収穫した小麦は全てクリントさんの収入にしてくださって結構です。
 それと、お願いしたいことが一つ。
 収穫したら、ご自分と小作人の取り分を除いて即座に市場に売りに出して欲しいのです。
 抱えていたらダメです、即座に売らないと大損しますよ。」

 私は、自分が魔法使いであること、小麦を数時間の促成栽培で収穫できることを明かします。
 そして、今考えている計画を打ち明けました。
 
「うーむ、娘の大恩人を疑うのは心苦しいが…。
 麦ってのは、秋に植えて、夏前に収穫できるもんです。
 それは、人が生まれて、歳くって、死んでいく。
 それと同じ、世の中の理と言うもんです。
 それを数時間で収穫できると言われても…。」

 まあ、そうですね。
 普通は、初対面の人間にそんなことを言われれば、かつがれているとしか思いませんよね。

     **********

 百聞は一見に如かずという訳で、私は実際にクリントさんに見てもらう事にしました。
 やって来たのは子爵邸に一番近い麦畑、クリントさんが先程まで麦踏みをしていたと言う畑です。

 私はさっそく、植物の精霊ドリーちゃんにその麦を実らせて貰うことにします。
 いかな、ナンシーさんのお父様とはいえ、初対面の方に精霊の存在を知らせるのもどうかと思いました。
 なので、ドリーちゃんは姿を消したままで、あたかも私が魔法を使ったように見せかけました。

「おおおお、何だこりゃー!
 俺は夢でも見ているのか、目の前でズンズン麦が大きくなっていくなんて…。
 まるで、ガキの時にお袋に読んでもらった『豆の木』の童話みてえじゃないか。」

 あっという間に成長していく小麦の姿にクリントさんは目を丸くしていました。
 そうこうするうちに、小麦は穂を出し、あっという間に畑が黄金色に染まります。

「すげえぇ…、小麦が殻にパンパンに詰まってら…。
 これは、最高の出来だぜ、信じられねえ。」

 麦の穂を一本手に取ってクリントさんが驚愕の表情を見せます。

「よし、分りました、大公様の計画に乗らせて頂きます。
 でも、良いのですか、うちだけインサイダーみたいなことになって。
 正直、大公様の計画通りに行けば、うちはボロ儲けですよ。」

 やはり、クリントさんも遠慮気味な言葉を口にしました。
 どうやら、ナンシーさんの一族は皆さん、誠実なお人柄のようです。
 自分だけズルをして儲けることに気が引けるみたいです。
 世の中には、人を騙してでも儲けようとする人がいるというのに。

「良いのですよ。
 だって、この計画にクリントさんを巻き込んでおかないと。
 私の仕出かしたことで、ノースウッヅ家は潰れちゃうでしょう。
 私の腹心のナンシーさんのご実家に、私がトドメを刺す訳には参りませんわ。」

 私がそう答えるとクリントさんは、「面目ない。」と恥じ入っている様子でした。 
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

処理中です...