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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第521話 ミリアムさんは疲れていました

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 小アルビオン島を回って、飢饉にあえぐ人達にささやかな手を差し伸べて歩く日々ですが。
 少しずつ様子が変わってきました。
 メアリーさんと王室が旗振り役となった慈善団体の活動が本格化したからです。
 私とノノちゃん、ナナちゃんがしていた炊き出しは、メアリーさんの集めた方が中心になりました。
 私の仕事はその人達と物資を小アルビオン島へ送ることが中心となり、まるで運送屋さんのようです。

 当面の飢餓対策が軌道に乗ってくると、次に検討しないといけないのはジャガイモ依存の食生活からの脱却です。
 そもそも、ここ小アルビオン島には、今年だって豊富な作物の実りがあったのです。
 それは一面に広がる麦畑から収穫できる小麦などの穀物です。
 ですが、過大な地代と税により大部分が取り上げられてしまい。
 小作人が口に出来るのはジャガイモだけどいう過酷な状況です。

 その結果が今回の飢饉を招いたのです。
 十分な麦類が収穫され本島に送られていくのに、ここでは多くの餓死者を出しているという理不尽な飢饉を。

 作付面積の大部分を占める麦が、地主に取り上げられてしまうものですから。
 単位面積当たりの収量が多く、痩せた土地や寒冷地でも作れるジャガイモに、過度な依存をする羽目になっているのです。
 この状況を改めて、ジャガイモ依存度を下げていかないと、また同じような飢饉を招くことになります。
 ジャガイモは連作障害が強く、同じ畑で作り続けると収穫量の低減や病気を招きやすくなるそうですから。
 そのためには、小作人の人達にも自分達が作った麦を口にすることが出来るようにしませんと。
 やはり、地代や租税を適正な水準まで、引き下げることが不可欠なのだと思うのです。

「メアリーさん、地代と税の水準の見直しの件は何かジョージさんからは聞いていませんか?」

 炊き出しの最中に、尋ねてみると。

「私も、政には関与していないから詳しいことは知らないのだけど。
 昨日も、ジョージがボヤいていたわ。
 議会で多くの議席を占めている地主階級の議員や地主を支持者とする議員の反対で、話が前に進まないって。
 もっとも、ジョージが議会に出席している訳でもないし、実権がある訳でもないから。
 本当の意味で、大変な思いをしているのは、首相のミリアムさんなのでしょうけど。」

 普段は王都の近郊にあるマナーハウスで隠居生活を送っているメアリーさんに、詳しい情報は入ってこないようですが。
 どうやら、議論は難航しているようですね。

    **********

 そんな訳で、炊き出しの合い間をみて私はミリアムさんの許を訪れることにしました。

「あー、レディーが来てくれると、本当に助かるよ。
 このところ、忙しくて寝ている暇も有りはしない。
 私もいい歳なのだから、年の瀬くらいはのんびりさせて貰いたいものだ。」

 水の精霊アクアちゃんの癒しの光を浴びながら、ミリアムさんが心地良さそうな声を上げました。
 ミリアムさんの部屋に通されると、大分やつれた様子に見えたものですから。
 挨拶もそこそこに、アクアちゃんに『癒し』を掛けてもらいました。

「メアリーさんから伺いました。大分、苦戦されている様子ですね。」

「ああ、そうなんだ。
 今回も、レディーには大変お世話になってしまったね。
 レディーがいなければ、あの島で飢饉が起きていることに気付かなかったよ。
 その間に、どれだけ犠牲者が増えていたことか。
 お亡くなりになった方には申し訳ないことをしたが、それでも早期に知らせてもらえて助かったよ。」

 ミリアムさんは、先ずは私に感謝の言葉を返してくれます。

「ええ、たまたま、メアリーさんとお出掛けをしたところで、助けを求める少女に出くわしましたので。
 事情を聞いて捨ててはおけなかったものですから、私に出来る範囲の手助けはさせて頂きました。」

「いやあ、レディーは王侯貴族の鑑のような方だ。
 我が国で貴ばれる『ノブレス・オブリージュ』の精神を地でいってる。
 地代の低減などけまかりならんと言っている我が国の強欲な地主共に、レディーの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいです。
 連中、『穀物法』などと言う悪法を制定させただけではまだ足らんようです。
 おかげで、我が国の国民は周辺国で突出して高いパンを食べるハメになっていると言うのに。
 今度は小作人が飢えようが知った事ではないと言ったそぶりなんです。」

 どうやら、地代の水準に上限規制を設けようとするするミリアムさんに強硬に反対している人達がいる様子で。
 その人達とは、『穀物法』という法の制定の是非を巡って、過去にも対立したことがるようです。
 ミリアムさんは、その法律に否定的な立場だったようですが、辛酸を舐めることになったようです。

「『穀物法』ですか?
 不勉強で申し訳ありませんが、初めて耳にしました。」

 私の問い掛けに、ミリアムさんは苦い顔をして答えます。

「さすがに、博識なレディーも我が国の些末な法律まではご存じありませんでしたか。
 数年前に制定された法なのですが、きっかけはセルベチア戦役の終結なんですよ。
 あの戦争が終わり、それまで滞っていた大陸からの小麦の輸入が再開したのです。
 当然小麦の価格は下落しますよね、労働者や我々のような都市生活者には大歓迎なのですが。
 地主連中とそれを支持層とする政治家が猛反発しましてね。
 一定価格以下での輸入を認めないように関税を課すことを主張したんです。
 私は反対の立場でしたが、議会の多数派は地主階級とその支持を受けている者達でね。
 見事に押し切られてしまいました。」

 そもそもの発端は、セルベチア皇帝が引き起こしたあの戦争。
 セルベチア皇帝はアルビオン王国も敵視していましたから。
 その支配地域からアルビオン王国への小麦の輸出を禁じたそうです。
 結果としてアルビオン王国では小麦の価格が急騰したのですが、それを喜んだ連中がいます。
 多くの小麦畑を抱え、小麦からの収益に依存している大地主達です。

 やがて、戦争が終結すると自由な取引が再開され、アルビオン王国に大陸から安い小麦が流入してきます。
 欲深な地主達は、それを良しとはしなかったのです。
 安価な小麦の流入により、自分達の儲けが減ることに猛反発したそうです。
 そして、提起されたのが、安価な小麦の流入を止めるための法案『穀物法』です。

 これって、酷い話です。
 元々、セルベチア皇帝の大バカのせいで実勢以上に小麦の値段が跳ね上がっていただけなのです。
 セルベチア皇帝の退場により、小麦の価格が正常に戻ろうとしただけなのに。
 欲深な地主達は、それがあたかも既得特権のように主張して、関税を課すと言うのですから。

 どうでも良いですが、セルベチア皇帝ってこんな所でも迷惑を掛けていたんですね。
 あのおバカさんが、残した負の遺産はけっこう色々なところにあるようです。

 ミリアムさんがこれに反対したのは、何も正義感からと言うことではないそうです。
 この人も、海千山千の政治家ですので、自分の利になる方へ動いただけと言います。

 どういうことかと言うと、ミリアムさんの支持層は、都市生活者と新興の資本家たちなのです。
 アルビオン王国が安い小麦に高い関税をかけることになると、懸念されることがあります。
 逆に小麦の輸出国が、報復的に安いアルビオン王国の綿織物等に掛ける恐れがあるのです。
 そうなると、新興の資本家にとっては大打撃です。
 また、現時点において、アルビオン王国のパンは周辺国で一番高いそうです。
 これが、労働者階級の生活を圧迫しており、不満が高まっていると言います。
 不満の矛先が、資本家に向かうのを恐れたのです。
 『賃金が安いのがいけないのだ』と言って打ち壊し運動でも起きたら大損しますから。

 それでも、現在のアルビオン王国で力を持っているのは地主階級で、『穀物法』は成立してしまったと言います。
 そして、その強欲な地主たちが、今度は小アルビオン島救済のための諸政策に反対しているのだそうです。

 どうやら、一筋縄ではいかないようですね。
  
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