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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第481話 ナナちゃんの弟君二人とケリー君

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 子供達に服を買い与えた帰り道のことです。
 服屋へ行く時は、初めて乗る馬車に興奮気味であったようで、子供達は余り外の風景は見ていませんでした。
 帰り道は、馬車の窓から周囲を眺める余裕が出てきた様子で…。

「人がたくさんいる、村じゃ見たこと無いくらい。」

「家がみんな立派、大きいし、キレイだし。
 この馬車の窓と同じ、ガラスってのがついてる。
 わたしもあんな家に住んでみたい。」

「家もたくさんあるね、隙間が無いくらいくっついて建ってる。」

 三人の女の子が口々に、自分達の村と王都の違いに驚きの声を上げています。
 住んでみたいなんて言って目を輝かせている子もいますしね。

 一方で、ナナちゃんの弟君二人はと言うと。

「俺達みたいな歳の子供が誰も走り回ってないじゃん。
 みんな、きれいな服を着て、すまして歩いてんの。
 俺、やだな、なんか固っ苦しい。」

「うん、男もいっぱいいるのに…。
 誰も走り回ってないなんて、変なの。」

 王都の道は馬車も沢山通っていて子供が走り回ったら危険です。
 それに、歩行者も多いので子供が走り回ったら迷惑になります。
 特に王都の北街区にあたるこの周辺は、平民の裕福層が多く住む新興の高級住宅街です。
 そのため、お子さんの躾もちゃんとしているのだと思います。

 馬車がほとんど通らないスラム街では、子供たちが路地を遊び場にして走り回っていますし。
 王都には幾つも広い公園があり、そこでは子供たちが自由に走り回っています。
 スラム街でなくても、王都の南側の街区にある下町では道を遊び場にしている子供達もいるみたいですしね。

 それはともかく、日頃村の中を飛び回って泥んこになっている弟君二人には王都が退屈な場所に見えるようです。

 私は男の子と女の子で、こんなに受け止め方が違うのだと感心してしまいました。

 館に戻った私は、ナナちゃんとリンダに子供達の世話を託し、一旦アルムハイムへ戻りました。
 侍女のベルタさんとおじいさまに、今日はアルビオン王国へ泊ると伝えておかないといけませんから。
 それと…。

「サリー、エリー。
 明日、ケリー君に会えるかもしれないわよ。
 これから、一緒にアルビオンへ行きましょう。」

 私がリビングにいたサリーとエリーに声をかけると。

「ケリーにいたんに会えるの?
 うん、行くー!」

「わたしも、わたしも!」

 ケリー君を慕っているチビッ子二人がはしゃいで喜びます。
 一方で、ケリー君に淡い恋心を抱いているらしきプリムちゃんやケリー君の幼馴染のロコちゃんも行きたそうな顔をしますが。
 気の毒ですが、今回は連れて行けません、馬車に乗り切れなくなりますから。

 サリーとエリーですら、私とナナちゃんが膝の上に抱えないと乗せ切れませんので。

      ********

 そして、翌日、アルビオン王国王宮、トリアさんの部屋。

「「びくとりあさま、おはようございます。」」

 サリーとエリーが二人揃って、お行儀よくトリアさんに挨拶をします。
 二人のとても愛らしい仕草に、トリアさんも思わずと言った感じで破顔しました。

「はい、二人とも、おはよう。
 ちゃんと、ご挨拶できて偉いですね。」

 二人の頭を撫でたトリアさんは、私に対してはやや不機嫌な表情で。

「あなたね、王宮にこんなに気軽に平民を連れて来て…。
 出入りの商人でもなければ、平民が簡単に王宮へ入れるものじゃないのよ。
 昨日、あなたのところの風のおチビちゃんがやって来たかと思えば。
 後学のために、平民の子供を連れて行くから、ケリーに会わせて欲しいだなんて。」

 本来、御用を言い付けれらた御用達商人以外が王宮に入るのには厳重な手続きがいるそうです。
 なのに、顔パスの私がポンポンと平民を連れ込んでしまうことをトリアさんは苦々しく思っているようです。

「ごめんなさいね。
 この二人に、是非ともケリー君を紹介したかったのよ。」

 私はトリアさんに今までの経緯を説明し。
 貧民の出身でも優秀であれば王宮に召し上げられる事もあるんだと実例を示したかったと伝えました。

 私の話を聞いたトリアさんは苦笑いを零し。

「ああ、この子達、あなたがいつもぼやいているおサルさんの予備軍なのね。
 脳筋の集団で、読み書き算術を教えようとしても身につかないという人達。
 手遅れにならないうちに矯正したいっていうのかしら。
 たしかに、ケリーだったら、良い見本になりそうだわ。
 まあ、良いわ、面白そうだから協力してあげる。」

 察しの良い人は助かります。
 トリアさんは、快くとまでは言いませんが、ケリー君をこの場に呼んでくれることになりました。

 待つことしばし、トリアさんに呼ばれたケリー君が部屋にやって来ました。

「わーい!ケリーにいたん、おはよう!」

「ケリーにいたん、カッコいい!」

 ケリー君が部屋に入るなり、そう言ってチビッ子二人が抱き付きました。

「ヴィクトリア様がお召しとのことでうかがったら…。
 サリーとエリーか、久しぶりだな、元気だったか。」

 ケリー君は二人に飛び付かれるとは思ってもいなかったようで、最初呆気にとられましたが。
 すぐに、表情を緩め、二人の頭を撫でました。

「うん、きょうは、ロッテママがケリーにいたんに御用なんだって。」

 エリーがここにいる理由を明かすと。

「シャルロッテ様、ご無沙汰しております。
 二人を連れて来てくださり、有り難うございます。
 ボクもサリーとエリーの元気な顔が見られて嬉しいです。
 それで、御用というのは?」

 ケリー君は私の方を向き直ると用件を尋ねてきました。
 
     ********

「という事でね、この二人の価値観を少し変えたいなと思ってね。
 学ぶことの大切さ、人を思いやる心の大切さを知ってもらうと思ってね。
 ケリー君が、子供にも一番わかりやすい例かなと思って。」

 私がケリー君に、ナナちゃんの村の事情やこれまでの経緯を説明すると。
 脇で、私達の会話を聞いていたナナちゃんの弟の一人が。

「ねえ、お兄ちゃん。
 お兄ちゃんの格好はお貴族様に見えるけど。
 すげー、貧乏な家の子だって本当なの?
 おれ、そんなの信じられないよ。
 だって、お兄ちゃん、すげー立派な格好してんだもん。」

 今回、ケリー君を紹介しようと考えた核心をつく問い掛けをしてきました。

「おう、そうだぞ。
 兄ちゃんは、スラムって言ってこの町で一番貧乏な家が集まる場所で生まれたんだ。
 一日二食のごはんすらまともに食べられない家の子だったんだよ。」

 ケリー君は少し砕けた言葉遣いになり、弟君たちにも親しみを覚えるような口調で語り掛けます。

「お兄ちゃんは王様って言うこの国で一番偉い人に雇われれているって本当なの。
 王様がお兄ちゃんを気に入って雇ったって、ナナ姉ちゃんが言ってたんだ。」

「そうだよ、お兄ちゃんは毎日、王様の側でお仕えしてるんだ。
 まだ子供だから、小間使いしか出来ないけどな。
 俺のような貧乏な生まれの子供が王様にお仕えするなんて、夢のようなことだよな。
 話しを聞いただけじゃ、二人が信じられないのもわかるよ。
 自分でさえ、まだ信じられないんだから。」

 ケリー君のわずかこの二言で、弟君たちはナナちゃんの言葉を信じることが出来たようです。
 今までナナちゃんが口で言っても信じてもらえなかったこと。
 頭が優秀であれば、貧乏人の子供でも、王様に召し抱えられることがあるという事を。

「ねえ、お兄ちゃん、王様にお仕えするには読み書きや算術が必要って本当なの。
 お姉ちゃんは偉くなるには勉強が出来ないとダメって言うんだ。
 おれ達の村じゃ、喧嘩の強い男や力持ちの男が威張っているのに。
 それじゃあ、ダメだって言うの。
 おれ、そんなの信じられないよ。」

 またまた、弟君が率直に尋ねてきます。

「読み書き算術なんて、出来て当たり前なんだよ。
 それだけじゃ、全然足りない。
 礼儀作法も学ばないといけないし、話し方も使い分けないといけないんだぜ。
 俺が今二人に話してるような言葉遣いを仕事の時にしたら、凄く怒られちゃうんだ。
 そもそも、すぐに喧嘩をするような奴は問題外、王宮じゃなくても爪弾きになるぜ。
 そもそも、喧嘩の強い男や力持ちの男が威張っているって…。
 いったい、二人はどんな無法地帯から来たんだよ。
 うん? ナナの弟と言ったっけ、あの飛び切り頭の良いノノさんの弟は思えないな。」

 でも、ケリー君は本当に優秀です。
 この二人は気付いてないようですが、ケリー君は覚えたての帝国語で話しているのですから。
 弟君たちには、この国の言葉は自分達が話す言葉とは違うとは思いもしないでしょう。
 私からするとまだまだ拙い帝国語ですが。
 まだまだ覚えている母国語の語彙数が少ない弟君達と会話するのには支障のないレベルに達しています。

「えーー!
 読み書き算術だけじゃ足りないの?
 おれ、ナナ姉ちゃんが教えてくれる読み書き算術だけでもつまらないのに。
 だいたい、他の奴らからそんなの習って何になるんだって言われて。
 勉強してると仲間外れになるんだぜ。」

「それに、村じゃあ、揉めると喧嘩で決着つけるのが当たり前だよ。
 村の兄ちゃんから言われるんだ、いい女を嫁に欲しかったら喧嘩に強くなれって。
 嫁を貰う年になって、嫁に欲しい女が重なったら喧嘩で決着つけるって言ってたぜ。
 喧嘩がダメだなんて言われたら、どうやって揉め事に決着つけるんだよ。」

 弟君二人の言葉を聞いてケリー君は頭を抱えてしまいました。

「ごめんね、ケリー君。
 こんな弟なものだから、少し価値観を変えてもらおうと思ったんだけど。
 うちの村って、実際弟の言う通りなところがあるのよ。
 あんな環境で育ったのに、頭が切れて柔軟性に富む、ノノお姉ちゃんが異常な方なの。
 でも、今日、ケリー君を実際に目にして、話を聞いて、少しは考えてくれると思う。
 もしかしたら、うちの村の方が変なんじゃないかって。」

 ナナちゃんがケリー君に申し訳なさそうに言っていました。
 
「でも、分かったよ。
 そのチビ達が良く懐いてるのを見て、お兄ちゃんみたいな方が女に好かれるって。
 うちの村にいるお兄ちゃんくらいの歳の男で、ちっちゃな女の子にそんなに懐かれる奴いないもん。
 ちっちゃな女の子はみんな逃げちゃうし、同じくらいの歳の女だってあんまり寄ってこないんだ。
 村の兄ちゃん達、男が女に甘い顔するのは情けないんて言ってるけど。
 やっぱり、女って喧嘩ばっかりしている男より、優しい男の方が良いのかな?」

 少しませている下の弟君が、サリーとエリーにしがみ付かれたままのケリー君を見て言いました。
 うーん、この子は女性にモテるかどうかが大事なのですね。工房のサル共と本質は変わりませんか。

 その後も、弟君たちは色々な事をケリー君に尋ねていました。

「お兄ちゃん、今日は有り難う。
 おれ、勉強は嫌いだけど、我慢して続けることにするよ。
 村の兄ちゃん見習うより、兄ちゃんを見習った方がモテるようになれそうだもん。」

 帰り際、下の弟君がそんな事を言っていました。
 まあ、動機はともあれ、やる気を出してくれたのは良いことです。
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