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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます
第469話【閑話】お別れの時が来たそうです
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さて、こうしてアンネリーゼが生まれてからもしばらく皇宮に留まっていたアーデルハイトであったが。
帝国諸侯とコネクションを作ろうという気は全くなかったようで、夜会などは一度も顔を出さなかったのだ。
「ねえ、ハイジ、あなたはパーティーなど出席しなくて良いのかしら。
アルムハイムは遠いわ。
こうして、ここにいる間しか、帝国諸侯とコネクションを作る機会はないのよ?」
一緒にお茶をした際に、后が尋ねたことがあるそうなのだが。
「パーティーなんて、別に出なくてもかまわないさ。
帝国諸侯との顔つなぎだけなら、旱魃の時に諸侯を巡って歩いたからね。
挨拶は、その時に一通りしてあるよ。
それにね、私の一族はあんまり諸侯と馴れ合わないようにしてるのさ。
こんな不思議な力を持っているだろう、アテにされても困るからね。」
そんな風に言っては夜会に誘う后に断りを入れていたものだ。
元が引き籠り体質なので、人付き合いが嫌いなのかというと…。
旱魃で帝国各地を回った時、ちょくちょく地元の農民や町の住民と共に陽気に酒を酌み交わしておった。
私のもとへ来る前も、大陸各地を巡って地元の民衆に混じり色々と情報を集めていたようでもある。
そう言った意味では、社交性はあるのだろう。
しいて言えば、アーデルハイトは、しがらみを嫌い、貴族の付き合いに重きを置いてなかったのであろう。
それよりも、民に混じって世の中の動きを知る事や民の暮らしぶりを知る事の方が、アーデルハイトにとっては有意義であったのだと思う。
まあ、
「だいたい、コルセットで腰をギュッと締め付けられて、夜会の間メシを前にしてお預けをくうってどんな拷問だい。
夜会の間中、空腹を我慢して愛想笑いを浮かべてないといけないなんてぞっとしないよ。」
などど言っていたとも聞くし、堅苦しい席が嫌であっただけかも知れぬがのう。
********
もっとカジュアルなご婦人方のお茶会には、后に誘われてちょくちょく顔を出していたようであった。
アーデルハイトが滞在したのは数年だったが、裏庭に造ったハーブ園が春を迎える毎に広がって行ったのだ。
「そうやって、ハーブを手入れするそなたを見ていると、諸侯というより農民のようであるな。
いったい、こんなにハーブ園を広げてどうするのだ。」
アンネリーゼを傍らに置いてハーブの手入れをするアーデルハイトに声をかけると。
「当たり前だろ、私の国には税を払ってくれる民がいないんだよ。
自分で稼がないでどうするんだ。
ハーブ製品がアルムハイムを支えてるんだから、とうぜん農民のような生活になるさ。
これはね、お茶会のメンバーに精油を分けてあげようかと思ってハーブの作付けを増やしてるんだよ。
后様に誘われて、ちょこちょこお茶会に顔を出しているんだけどね。
私や后様がつけている精油の香りが良いって評判でね。
欲しいというご婦人が多いから作付けを増やさないと、ハーブが足りないんだよ。」
などと楽し気に言っておったよ。
その言葉通り、アーデルハイトは、収穫したハーブでせっせと精油やアロマキャンドルを増産しておった。
それをお茶会の席で、貴族の夫人たちに配ってとても喜ばれていたらしい。
そう言った意味では貴族の付き合いを完全に拒絶していた訳では無く、気安い付き合いはしていたのだ。
后の話では、アーデルハイトの作る精油は他では手に入らない高品質なモノで、とても貴重なモノらしい。
そんな精油やそれをふんだんに混ぜ込んだアロマキャンドルを惜しげもなく配るものだから。
アーデルハイトは、お茶会に出席していたご婦人を中心に、一部の貴族婦人から絶大な人気を誇ったらしい。
もっとも、本人に言わせてみれば。
「別に大して手間のかかるモノで無し、コストもほとんどかかっていないからね。
アンネリーゼにハーブの手入れを見せる機会が増えるから私の利もあるしね。
それで喜んでもらえるのなら何よりだよ。
それに、こうやってアルムハイムのハーブ製品を宣伝しておけば。
私がアルムハイムへ帰った後、貴重なお客さんになってくれるだろう。」
などと、抜け目ないことも言っておった。
それまでもアルムハイム産のハーブ製品は高品質で知る人ぞ知る名品だったそうだが。
こうして、アーデルハイトが手製の精油やアロマキャンドルを配ったのが功を奏したのだろう。
アーデルハイトの言葉通り、アルムハイム産のハーブ製品は帝都の貴族の間で広く知られることとなった。
アルムハイム産のハーブ製品は、私の子飼いの諜報員であるハンスが表の顔として営む商会を通して帝都で売られておるが。
元々生産量が多くないことに加え、アーデルハイトと親交のあった貴族に優先的に販売されることもあって。
今では、中々手に入らない貴族のご婦人垂涎の品になっておるようだ。
********
さて、アーデルハイトが皇宮に滞在している唯一の理由であるアンネリーゼであるが。
二歳を過ぎる頃には、歩き方も危なげないものとなり、言葉もしっかりとしてきおった。
そして、自我も生まれてくるもので…。
「アンネリーゼ、こっちを着るんだよ。
魔女の家の服は、黒と相場が決まっているんだよ。」
アーデルハイトは自分とお揃いの黒のドレスをアンネリーゼに着せようとするのであるが。
「いや、あんねりぃ、こっちがいい。」
そのころ、アンネリーゼがお気に入りだったのは薄くピンクがかった白のドレスであった。
黒い色はお気に召さないようで、着替え途中の下着姿で白いドレスを持って部屋の中を逃げ回っていたものだ。
「ハイジ、幼子は暗色、特に黒は好まなないよ。
アルムハイムへ帰れば、ハイジも、おばあちゃんも黒い服を着ているんだ。
そのうち、自然と黒い服を着るようになるから。
そんなに無理に押し付けるんじゃないの。」
例によって水の精霊さんが注意すると、アーデルハイトは渋々従っておったよ。
結局、皇宮にいる間、アンネリーゼは黒とは対極にある白系統の服ばかり好んで着ていたよ。
「こんな娘を連れて帰ってたら母さんになんて言われるか。
私がしこたま怒られるかと思うと気が重いよ。」
そんな風にアーデルハイトはボヤいておったものだ。
ただ、それ以上にアーデルハイトを悩ませていたのは。
「ぶるーだぁひぇん(お兄ちゃん)、おそと、あそびにいこ。」
自由に空を飛び回るようになったアンネリーゼは、窓の外からカールの部屋を訪ねるようになり。
勝手にカールを連れ出すようになったのだ。
最初の時は、部屋にいたはずの王子が居なくなったと皇宮中が大騒ぎになったものだ。
そのうち、アンネリーゼと二人で箒に乗って裏庭を飛んでいるのが目撃され騒ぎは収まったのだが。
その光景が、皇宮の新たな名物になるくらい頻繁にみられるようになり。
更には、遊び疲れるとカールかアンネリーゼの部屋で一緒に昼寝をするようになったのだ。
アンネリーゼは、完全にカールのことを兄弟と認識してしまったようなのだ。
后は、
「実際に、血の繋がった兄妹なのですから、そんな目くじら立てぬとも良いではないですか。」
と言うのであるが、
「帝国の王子を兄と認識してしまったら困るよ。
私は陛下のタネを貰えればそれで良かったので、血の繋がりを求めた訳じゃないんだから。」
アーデルハイトの方はそう言ってとても困っておった。
「今はこのままでも良いではないですか。
そう言ったことは、もう少し大きくなって分別が付くようになってから教え込めば良いでしょう。
子供は同じくらいの歳の子が一緒にいた方が知能の発育が良いそうですよ。
アルムハイムへ戻ったら、アンネリーちゃん一人でしょう。
ここにいる間は、カールと一緒に遊んでいた方が、二人の成長によいと思うわ。」
后にそう言われたアーデルハイトは、ここでも渋々従っておったわ。
アーデルハイトは、あまり我が一族と馴れ合うのは拙いと焦りを感じておったのだが。
初めて子育てをするアーデルハイトには、実際のところどう対処したら良いかわからなかったのであろう。
********
そして、月日は流れ…。
「アンネリーゼ、いいかい、私達はもうすぐアルムハイムへ帰るんだよ。
そうしたら、もうここへは戻ってこないからね。
皇帝陛下ともカール王子とももうすぐお別れだよ。
わかるかい?」
アーデルハイトがそう伝えたのは、アンネリーゼが三歳を過ぎ半年ほど経った時であった。
その頃には、言葉もしっかりして、色々と躾が出来るようになっていたのであるが。
「お父さんやお兄ちゃんに会えないの?」
そう聞き返すアンネリーゼにアーデルハイトは。
「そうだよ。
アンネリーゼには前から言い聞かせて来たよね。
ここはアンネリーゼのお家じゃないんだ。
お父さんもお兄ちゃんも、血は繋がっているけど家族じゃないんだよ。」
「いや!
アンネリー、お父さんやお兄ちゃんと一緒にいたい。」
まあ、三歳や四歳の子供にアーデルハイトの言うことを理解させるのは酷というモノだな。
私としては、これ幸いとアーデルハイトを引き留めたいところであったが。
アルムハイム家のことに干渉しないという約束であるし、アーデルハイトへの褒賞という立場上強くも言えんしと思っていたのだ。
すると、
「アンネリーちゃん、お母さんもそろそろアルムハイムへ帰らないといけないのよ。
安心しなさい、アンネリーちゃんのこの部屋はいつまでも残しておくわ。
遊びにきたければ、お母さんに連れて来てもらえば良いわ。
私もカールも、もちろん、お父さんも何時でも歓迎するわよ。」
后がアンネリーゼに向かってそう言ったのだ。
すると、アンネリーゼは后に向かって。
「ほんとうに、またきていいの?」
「ええ、本当よ。私もまたアンネリーちゃんに会いたいわ。」
后の答えを聞いたアンネリーゼは今度はアーデルハイトに向かって尋ねたのだ。
「お母さん、また、ここへ連れて来てくれる?」
アーデルハイトは二度と戻らないつもりであったのか苦い顔をしたのだが。
「ハイジ、せっかく仲良くなれたんですものたまには顔を見せなさいよ。
陛下とハイジはタネのやり取りだけの関係かも知れないけど。
私とハイジはずっとお友達よ。
お茶会のみんなだってそう思っているはず。
もうハイジに会えないと知ったらみんな悲しむわ。」
后にそう言われたアーデルハイトは、后の顔とアンネリーゼの顔を何度か交互に見た後で…。
「仕方ないね、たまににはここに顔を出すことにするよ。
その時は、アンネリーゼも連れてくる事にする。
アンネリーゼ、もう戻ってこないと言うのは無しだ。
たまには、ここに遊びに来るから、我慢してアルムハイムへ来ておくれ。」
結局、アーデルハイトが少し妥協することになったのだ。
それで、アンネリーゼの方はというと。
「わかった、あるむはいむへ行く。
でも、約束だよ、お父さんやお兄ちゃんに会いに連れて来てね。」
アーデルハイトに従ってアルムハイムへ行くことを受け入れたのだ。
こうして、その数日後、足掛け五年にわたる滞在を終えてアーデルハイトは皇宮を後にしたのだ。
********
その後、アーデルハイトはなるべくアンネリーゼを皇宮に近づけたくなかったようで。
年に二回ほど、本当にアンネリーゼが癇癪を起す前に渋々連れて遊びに来る程度であった。
数日皇宮に滞在して行くのであるが、后やお茶会仲間とお茶を楽しむことがあっても私とゆっくり話すことはついぞなかった。
その分、アンネリーゼは遊びに来ると、私の仕事中はずっとカールと遊び、私の仕事が終わると私にべったりであった。
年に二回ほどの少ない機会であったが、アンネリーゼと過ごす時間が私の一番の楽しみになっておった。
そして、アーデルハイトとアンネリーゼが皇宮を去って数年後のこと。
「お父さん、遊びに来ちゃった。」
なんと、まだ五、六歳のアンネリーゼが転移の魔法を覚えてコッソリと遊びに来たのだ。
これ以降、アンネリーゼはアーデルハイトの目を盗んでしばしば遊びに来るようになった。
その時から私の憩いの時間が増えることになったのだ。
さてと、大分話し込んでしまったな。
アーデルハイトとの馴れ初めの話はこのくらいにしておこうか。
帝国諸侯とコネクションを作ろうという気は全くなかったようで、夜会などは一度も顔を出さなかったのだ。
「ねえ、ハイジ、あなたはパーティーなど出席しなくて良いのかしら。
アルムハイムは遠いわ。
こうして、ここにいる間しか、帝国諸侯とコネクションを作る機会はないのよ?」
一緒にお茶をした際に、后が尋ねたことがあるそうなのだが。
「パーティーなんて、別に出なくてもかまわないさ。
帝国諸侯との顔つなぎだけなら、旱魃の時に諸侯を巡って歩いたからね。
挨拶は、その時に一通りしてあるよ。
それにね、私の一族はあんまり諸侯と馴れ合わないようにしてるのさ。
こんな不思議な力を持っているだろう、アテにされても困るからね。」
そんな風に言っては夜会に誘う后に断りを入れていたものだ。
元が引き籠り体質なので、人付き合いが嫌いなのかというと…。
旱魃で帝国各地を回った時、ちょくちょく地元の農民や町の住民と共に陽気に酒を酌み交わしておった。
私のもとへ来る前も、大陸各地を巡って地元の民衆に混じり色々と情報を集めていたようでもある。
そう言った意味では、社交性はあるのだろう。
しいて言えば、アーデルハイトは、しがらみを嫌い、貴族の付き合いに重きを置いてなかったのであろう。
それよりも、民に混じって世の中の動きを知る事や民の暮らしぶりを知る事の方が、アーデルハイトにとっては有意義であったのだと思う。
まあ、
「だいたい、コルセットで腰をギュッと締め付けられて、夜会の間メシを前にしてお預けをくうってどんな拷問だい。
夜会の間中、空腹を我慢して愛想笑いを浮かべてないといけないなんてぞっとしないよ。」
などど言っていたとも聞くし、堅苦しい席が嫌であっただけかも知れぬがのう。
********
もっとカジュアルなご婦人方のお茶会には、后に誘われてちょくちょく顔を出していたようであった。
アーデルハイトが滞在したのは数年だったが、裏庭に造ったハーブ園が春を迎える毎に広がって行ったのだ。
「そうやって、ハーブを手入れするそなたを見ていると、諸侯というより農民のようであるな。
いったい、こんなにハーブ園を広げてどうするのだ。」
アンネリーゼを傍らに置いてハーブの手入れをするアーデルハイトに声をかけると。
「当たり前だろ、私の国には税を払ってくれる民がいないんだよ。
自分で稼がないでどうするんだ。
ハーブ製品がアルムハイムを支えてるんだから、とうぜん農民のような生活になるさ。
これはね、お茶会のメンバーに精油を分けてあげようかと思ってハーブの作付けを増やしてるんだよ。
后様に誘われて、ちょこちょこお茶会に顔を出しているんだけどね。
私や后様がつけている精油の香りが良いって評判でね。
欲しいというご婦人が多いから作付けを増やさないと、ハーブが足りないんだよ。」
などと楽し気に言っておったよ。
その言葉通り、アーデルハイトは、収穫したハーブでせっせと精油やアロマキャンドルを増産しておった。
それをお茶会の席で、貴族の夫人たちに配ってとても喜ばれていたらしい。
そう言った意味では貴族の付き合いを完全に拒絶していた訳では無く、気安い付き合いはしていたのだ。
后の話では、アーデルハイトの作る精油は他では手に入らない高品質なモノで、とても貴重なモノらしい。
そんな精油やそれをふんだんに混ぜ込んだアロマキャンドルを惜しげもなく配るものだから。
アーデルハイトは、お茶会に出席していたご婦人を中心に、一部の貴族婦人から絶大な人気を誇ったらしい。
もっとも、本人に言わせてみれば。
「別に大して手間のかかるモノで無し、コストもほとんどかかっていないからね。
アンネリーゼにハーブの手入れを見せる機会が増えるから私の利もあるしね。
それで喜んでもらえるのなら何よりだよ。
それに、こうやってアルムハイムのハーブ製品を宣伝しておけば。
私がアルムハイムへ帰った後、貴重なお客さんになってくれるだろう。」
などと、抜け目ないことも言っておった。
それまでもアルムハイム産のハーブ製品は高品質で知る人ぞ知る名品だったそうだが。
こうして、アーデルハイトが手製の精油やアロマキャンドルを配ったのが功を奏したのだろう。
アーデルハイトの言葉通り、アルムハイム産のハーブ製品は帝都の貴族の間で広く知られることとなった。
アルムハイム産のハーブ製品は、私の子飼いの諜報員であるハンスが表の顔として営む商会を通して帝都で売られておるが。
元々生産量が多くないことに加え、アーデルハイトと親交のあった貴族に優先的に販売されることもあって。
今では、中々手に入らない貴族のご婦人垂涎の品になっておるようだ。
********
さて、アーデルハイトが皇宮に滞在している唯一の理由であるアンネリーゼであるが。
二歳を過ぎる頃には、歩き方も危なげないものとなり、言葉もしっかりとしてきおった。
そして、自我も生まれてくるもので…。
「アンネリーゼ、こっちを着るんだよ。
魔女の家の服は、黒と相場が決まっているんだよ。」
アーデルハイトは自分とお揃いの黒のドレスをアンネリーゼに着せようとするのであるが。
「いや、あんねりぃ、こっちがいい。」
そのころ、アンネリーゼがお気に入りだったのは薄くピンクがかった白のドレスであった。
黒い色はお気に召さないようで、着替え途中の下着姿で白いドレスを持って部屋の中を逃げ回っていたものだ。
「ハイジ、幼子は暗色、特に黒は好まなないよ。
アルムハイムへ帰れば、ハイジも、おばあちゃんも黒い服を着ているんだ。
そのうち、自然と黒い服を着るようになるから。
そんなに無理に押し付けるんじゃないの。」
例によって水の精霊さんが注意すると、アーデルハイトは渋々従っておったよ。
結局、皇宮にいる間、アンネリーゼは黒とは対極にある白系統の服ばかり好んで着ていたよ。
「こんな娘を連れて帰ってたら母さんになんて言われるか。
私がしこたま怒られるかと思うと気が重いよ。」
そんな風にアーデルハイトはボヤいておったものだ。
ただ、それ以上にアーデルハイトを悩ませていたのは。
「ぶるーだぁひぇん(お兄ちゃん)、おそと、あそびにいこ。」
自由に空を飛び回るようになったアンネリーゼは、窓の外からカールの部屋を訪ねるようになり。
勝手にカールを連れ出すようになったのだ。
最初の時は、部屋にいたはずの王子が居なくなったと皇宮中が大騒ぎになったものだ。
そのうち、アンネリーゼと二人で箒に乗って裏庭を飛んでいるのが目撃され騒ぎは収まったのだが。
その光景が、皇宮の新たな名物になるくらい頻繁にみられるようになり。
更には、遊び疲れるとカールかアンネリーゼの部屋で一緒に昼寝をするようになったのだ。
アンネリーゼは、完全にカールのことを兄弟と認識してしまったようなのだ。
后は、
「実際に、血の繋がった兄妹なのですから、そんな目くじら立てぬとも良いではないですか。」
と言うのであるが、
「帝国の王子を兄と認識してしまったら困るよ。
私は陛下のタネを貰えればそれで良かったので、血の繋がりを求めた訳じゃないんだから。」
アーデルハイトの方はそう言ってとても困っておった。
「今はこのままでも良いではないですか。
そう言ったことは、もう少し大きくなって分別が付くようになってから教え込めば良いでしょう。
子供は同じくらいの歳の子が一緒にいた方が知能の発育が良いそうですよ。
アルムハイムへ戻ったら、アンネリーちゃん一人でしょう。
ここにいる間は、カールと一緒に遊んでいた方が、二人の成長によいと思うわ。」
后にそう言われたアーデルハイトは、ここでも渋々従っておったわ。
アーデルハイトは、あまり我が一族と馴れ合うのは拙いと焦りを感じておったのだが。
初めて子育てをするアーデルハイトには、実際のところどう対処したら良いかわからなかったのであろう。
********
そして、月日は流れ…。
「アンネリーゼ、いいかい、私達はもうすぐアルムハイムへ帰るんだよ。
そうしたら、もうここへは戻ってこないからね。
皇帝陛下ともカール王子とももうすぐお別れだよ。
わかるかい?」
アーデルハイトがそう伝えたのは、アンネリーゼが三歳を過ぎ半年ほど経った時であった。
その頃には、言葉もしっかりして、色々と躾が出来るようになっていたのであるが。
「お父さんやお兄ちゃんに会えないの?」
そう聞き返すアンネリーゼにアーデルハイトは。
「そうだよ。
アンネリーゼには前から言い聞かせて来たよね。
ここはアンネリーゼのお家じゃないんだ。
お父さんもお兄ちゃんも、血は繋がっているけど家族じゃないんだよ。」
「いや!
アンネリー、お父さんやお兄ちゃんと一緒にいたい。」
まあ、三歳や四歳の子供にアーデルハイトの言うことを理解させるのは酷というモノだな。
私としては、これ幸いとアーデルハイトを引き留めたいところであったが。
アルムハイム家のことに干渉しないという約束であるし、アーデルハイトへの褒賞という立場上強くも言えんしと思っていたのだ。
すると、
「アンネリーちゃん、お母さんもそろそろアルムハイムへ帰らないといけないのよ。
安心しなさい、アンネリーちゃんのこの部屋はいつまでも残しておくわ。
遊びにきたければ、お母さんに連れて来てもらえば良いわ。
私もカールも、もちろん、お父さんも何時でも歓迎するわよ。」
后がアンネリーゼに向かってそう言ったのだ。
すると、アンネリーゼは后に向かって。
「ほんとうに、またきていいの?」
「ええ、本当よ。私もまたアンネリーちゃんに会いたいわ。」
后の答えを聞いたアンネリーゼは今度はアーデルハイトに向かって尋ねたのだ。
「お母さん、また、ここへ連れて来てくれる?」
アーデルハイトは二度と戻らないつもりであったのか苦い顔をしたのだが。
「ハイジ、せっかく仲良くなれたんですものたまには顔を見せなさいよ。
陛下とハイジはタネのやり取りだけの関係かも知れないけど。
私とハイジはずっとお友達よ。
お茶会のみんなだってそう思っているはず。
もうハイジに会えないと知ったらみんな悲しむわ。」
后にそう言われたアーデルハイトは、后の顔とアンネリーゼの顔を何度か交互に見た後で…。
「仕方ないね、たまににはここに顔を出すことにするよ。
その時は、アンネリーゼも連れてくる事にする。
アンネリーゼ、もう戻ってこないと言うのは無しだ。
たまには、ここに遊びに来るから、我慢してアルムハイムへ来ておくれ。」
結局、アーデルハイトが少し妥協することになったのだ。
それで、アンネリーゼの方はというと。
「わかった、あるむはいむへ行く。
でも、約束だよ、お父さんやお兄ちゃんに会いに連れて来てね。」
アーデルハイトに従ってアルムハイムへ行くことを受け入れたのだ。
こうして、その数日後、足掛け五年にわたる滞在を終えてアーデルハイトは皇宮を後にしたのだ。
********
その後、アーデルハイトはなるべくアンネリーゼを皇宮に近づけたくなかったようで。
年に二回ほど、本当にアンネリーゼが癇癪を起す前に渋々連れて遊びに来る程度であった。
数日皇宮に滞在して行くのであるが、后やお茶会仲間とお茶を楽しむことがあっても私とゆっくり話すことはついぞなかった。
その分、アンネリーゼは遊びに来ると、私の仕事中はずっとカールと遊び、私の仕事が終わると私にべったりであった。
年に二回ほどの少ない機会であったが、アンネリーゼと過ごす時間が私の一番の楽しみになっておった。
そして、アーデルハイトとアンネリーゼが皇宮を去って数年後のこと。
「お父さん、遊びに来ちゃった。」
なんと、まだ五、六歳のアンネリーゼが転移の魔法を覚えてコッソリと遊びに来たのだ。
これ以降、アンネリーゼはアーデルハイトの目を盗んでしばしば遊びに来るようになった。
その時から私の憩いの時間が増えることになったのだ。
さてと、大分話し込んでしまったな。
アーデルハイトとの馴れ初めの話はこのくらいにしておこうか。
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