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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第461話【閑話】まさか、そう返されるとは…

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 アーデルハイトは、約一月かけて帝国の南の端から北の端まで隈なく回ったのだ。
 行く先々で恵みの雨を降らせて、乾いた大地を潤しては元気のない作物を蘇らせていったのだ。
 帝国全土を回り終わる頃には、『アルムの魔女』の名は大陸中に知れ渡っておったよ。

 聖教の司祭たちですら、枯れた大地に慈雨をもたらすアーデルハイトに跪き祈りを捧げる始末であったからな。
 旅の最後の方では、『女神』と崇める聖職者まで出て来て、アーデルハイトは辟易としておった。

 私はと言えば、保護者役としてアーデルハイトについて回っていただけなのであるが。
 それでも、皇帝の仕事を続けるに当たって、先々でこの旅の経験はとても役立ったのだ。

 何と言っても、帝国はとても広い。
 歴代の皇帝で帝国全土を行幸した者などいないのだ。
 もちろん、お忍びで回っていた訳で正式な行幸ではなかったが。
 その分、アーデルハイトの言う通り、帝国の人民の生活を垣間見ることが出来たし。
 単に書類上の知識ではなく、帝国各地の産品を実際に目にする事が出来たのは貴重な体験であった。
 また、各地の諸侯の屋敷を泊まり歩くことで、帝国の諸侯との顔つなぎも出来たし。
 アーデルハイトを連れて行くことで、諸侯に恩を売ること出来た。
 それらは、私の治世の上でとてもプラスとなったのだ。

 そして何よりも、束の間の休息の時間に帝国各地の名所を訪ね、地元の料理を口にしたこと。
 私は、皇帝一族という窮屈な立場に生まれ、自由に歩き回ることも、毒味無しにモノを食べる事も出来なかった。
 もちろん、食べるに事欠く貧しい民に比べれば天と地ほどに恵まれているのは理解してはいたが。
 やはり、不自由で、窮屈な思いは常々感じておったのだ。

 一月ほどの間ではあったが、そんな生活を一変させてくれたのがアーデルハイトであった。
 好奇心旺盛なアーデルハイトは何か興味を引くものがあると、私の手を引いて立ち寄って行くのだ。
 町を見下ろす丘の上や古城跡、それこそ彼女とは相容れないはずの各地の大聖堂まで。
 同様に、どこの町にでもあるマーケット広場、彼女は必ず私の手を引き屋台の食べ物をねだって来るのだ。
 
「何も、屋台などの食べ物を食べんでも。
 朝晩、領主の屋敷で贅を凝らしたもてなしを受けているであろう。」

 私は一度そう言ったのであるが。

「何を言ってるんだい。
 こうやって、屋台で売っているモノが地元で一番馴染みの深い料理ってことだろう。
 せっかく、帝国各地を巡ってるんだから地元の食べ物を食べないでどうするんだい。
 それに、貴族の料理は贅沢は贅沢だけど…。
 あんな毒味で冷めたモノを食べても、私には美味しいとは思えないんだ。
 その点、屋台ならこうして出来立ての熱々のモノを食べられるからね。
 まさか、毒を入れて売っている屋台は無いだろう。」

 そう言って、アーデルハイトは私を笑い飛ばしたのだ。
 確かに、アーデルハイトは嗅覚に優れていたようで、彼女が選んだ屋台のモノはどれも美味かったよ。

 各地の名所や屋台を巡る度に私の手を引いて歩くアーデルハイト、その手の温もりは今でも忘れられないのだ。

      ********

 そして、夢のような一ヶ月はあっという間に過ぎ去り。
 アーデルハイトは、最初の言葉通り帝国中の農地を蘇らせてその旅を終えたのだ。

 当然、付き添いの私の旅も終わりを迎える訳で…。
 正直なところ、私はとても残念に思っていたのだ。
 もうこうしてアーデルハイトと触れ合う機会は無いのだと思っていたから。
 
 帝都へ戻って来て、褒賞の話となり。
 最初に宰相が提案したのは、アーデルハイトに対しアルムハイム伯とは別に単独の爵位と領地を与えるというモノだった。

 だが。

「爵位と領地なんて面倒なモノは要らないよ。
 私は今のアルムハイム伯、おふくろの一粒種だからね。
 放っておいても、爵位と領地は転がり込んでくるんだ。
 私にはそれで十分、それ以上は身の丈に余るってもんだ。
 褒賞なんて、普通に褒賞金で良いよ。
 金額も、贅沢は言わないから慣例通りにしておきな。」

 だいたいに於いて、貴族という生き物は爵位と領地を欲しがるものなのだが。
 アーデルハイトは拒絶しおった、それに褒賞金もこちらに任せると欲のないことを言うのだ。

 それで、宰相は過去の慣例に照らし合わせて褒賞金を弾き出して提示したのであるが…。
 この時、珍しく注文をつけおった。

「金額には文句はないよ、それだけもらえれば貰い過ぎなくらいだ。
 だが、一つ頼みを聞いてもらえないか。
 手数料で目減りしてもかまわないから、それはソブリン金貨で貰いたいんだ。」

 ソブリン金貨、アルビオン王国が鋳造している硬貨で、周辺国唯一の金貨だ。
 周辺国でもっとも価値が安定していて、一番信用がおけるとされている貨幣である。

 それを聞いた宰相は、我が国の銀貨は信用がおけないと言われたと思ったかムッとした表情で尋ねたのだ。

「それは、我が国の貨幣には信用がおけないという事ですか?」

「違うよ、そんな失礼なことは言わないよ。
 あんたら、聞いてないのかい。
 新大陸の植民地で、もの凄い埋蔵量の銀山が見つかったってのを。
 これから、銀の価値が急落するよ。
 あんたらも、国庫の備蓄貨幣は出来る限り金貨に替えておいた方が良いよ。」

 そんなことを言ったアーデルハイト。
 そんな情報は一つも掴んでいなかった宰相はとても焦っていたよ。
 結局、アーデルハイトの希望通り褒賞金はソブリン金貨で与えたのであるが。

 宰相が、アーデルハイトの言葉の裏を取らせたところ、それは紛れもない事実だった。
 その後、アーデルハイトの助言通り、相場を崩さないように、周りに気取られないように。
 我が国は、数か月かけて備蓄した銀を金に替えていったのだ。
 何とか、国庫の銀を金に替え終わって間もなくの事だったよ、銀の価値が暴落したのは。

 我が国は旱魃だけでなく、立て続けにアーデルハイトに救われることになったのだ。

「あの娘、まだ年端もいかないのに、中々の才覚ですな。
 我が国の者が誰も掴んでいない情報を知っているなんて驚きましたよ。
 単なる『魔女』ではなかったのですな。」

 宰相は感心しておったよ。
 後から、アーデルハイト本人に聞いてみたのであるが。、
 箒に乗って気ままにあちこちを飛び回っている間に何処かの港町で銀山の話を耳にしたらしい。
 持ち前の、人懐っこさで詳しい情報を聞き出してきたようだった。

 まあ、それまで余りアルムハイムを出たことが無かったアーデルハイトが、何故気ままにあちこちを飛び回っていたか。
 そのすぐ後で、その理由を知ることになるのであるが。

 この私に白羽の矢が立つ形で。 

     ********

 そして、アーデルハイトへの褒賞であるが。
 彼女の功績をお披露目することを兼ねて、皇宮の謁見の間にて諸侯を集めた正式な式典として執り行われたのだ。

 その頃には、既に『アルムの魔女』が起こした奇跡の話は大陸中に知れ渡っていて。
 彼女を一目見ようと、式典までに間に合う貴族は全て集まったと言っても良い盛大な式典になったのだ。

 最初、アーデルハイトは式典など苦手だから嫌だと言っていたのであるが。
 褒賞金がとんでもない金額となったため、お披露目もなしにこっそり渡すのは拙いと宰相が何とか説得したのだ。
 それはそうだ、ソブリン金貨で十万枚もの金額が国庫から消えるのだ、きちんと周知しておかないと横領が疑われる。

 そう言われて渋々納得したアーデルハイトの式典での衣装は純白のドレスであった。まるで花嫁のような…。
 一ヶ月の間、一緒に行動している時、常に黒のドレスを身に纏っていたアーデルハイト。
 すっかり見慣れた黒のドレスとは対照的な純白のいでたちに、目を奪われていたら。

「そんなにジッと見るんじゃないよ、照れちまうじゃないかい。
 私は黒のドレスが良いと言ったんだけど。
 この宮殿の侍女が、フォーマルな式典では女性のドレスコードは白のドレスだと言って。
 このドレスを用意されたんだ。
 白いドレスなんて、生まれてこの方着たことが無かったから、落ち着かないぜ。」

 控え室を訪ねたら、そんなことを言っていたアーデルハイト。
 そんな、アーデルハイトを目にして、私は無意識のうちに呟いていたのだ。

「美しい…。」

 と一言。

「そうかい、そりゃあ良かった。
 着慣れないドレスなんで、どこかおかしいところがあるんじゃないかと心配してたんだ。
 有り難うよ。」

 どうやら、私の呟きはアーデルハイトに聞こえてしまったようであった。
 アーデルハイトは、そう言ってニンマリと笑ってくれたのだった。

 そして、旱魃から帝国を救ってくれたことに対する褒賞授与の式典。
 美しく堂々としたアーデルハイトの姿は、謁見の間に集った多くの貴族から称賛の的になっていた。
 つつがなく式典は進み、全ての式次第が終了した時のことである。
 私は、一つの思い付きで玉座の前に立つアーデルハイトに言ったのだ。ほんの軽い気持ちで。

「帝国としての褒賞は以上で終わりであるが。
 そなたの働きに対して、帝国からの褒章はいささか少ない気がする。
 ついては、朕から個人的に褒賞を取らせたいと思うが。
 何か望むモノがあれば、遠慮なく申すが良い。」

 実際、アーデルハイトは遠慮深く何も不満をもらしては無かったが。
 宰相の弾き出した褒章金は、アーデルハイトの働きに対して少なすぎる気がしていたのだ。
 ただ、帝国の台所事情を知っている私としては、厳しい予算をやり繰りしている宰相に異を唱えることは出来なかったのだ。

 すると、アーデルハイトはニヤリと今まで見せた事のない笑い顔を見せたのだ。
 しいて表現すれば、してやったりという笑顔であった。

 そして、アーデルハイトの口から紡がれた言葉は…。

「過分なお言葉を頂き光栄でございます。
 では、お言葉に甘えまして、一つ頂戴したいものがございます。
 ここで口にするのは、いささか、憚られるのでございますが…。
 申し上げてもよろしいのでしょうか。」

 今までの彼女の生活態度から考えると、あまり無茶な要求は無いと私は踏んでいたのだ。
 なので、私は…。

「かまわぬ、遠慮せずとも良い。この場で申してみよ。」

 と伝えたのだ。まさか、返ってくる言葉がとんでもないものだとは予想だにせず。

「では、遠慮なく。
 是非とも、皇帝陛下の子種をこの身に頂戴いたしたいと存じます。
 どうぞ、この私に皇帝陛下の一子を授けてください。」

 何事も無いように淡々と言い放ったアーデルハイト。

「へっ?」

 一瞬、何を言っているのか理解できず、間抜けな言葉で問い返してしまったぞ。

「ですから、皇帝陛下の子種が欲しいと申し上げております。」

 アーデルハイトは語気を強めて言うものだから…。

「「「「「うおーーー!」」」」」

 式典に参列している貴族たちの中から歓声が上がったぞ。
 こんな式典、前代未聞の事であったよ。
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