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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第450話 空の旅はお気に召さなかったようです

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 捕らえた士官たちを連行しておじいさまの許へ向かおうとしましたが、ハタと思いました。
 今いる街道は、ノルドライヒ方面からアストライヒやクラーシュバルツへ抜ける大事な街道です。
 十万人もの兵士が寝転がっていたら、一般の方々の往来の邪魔ですよね。
 現に私の足元には、人が通行する隙間が無いほどの兵士が転がっています。

「これどうしましょうか?」

 と呟きを漏らすと…。

「なに、ロッテちゃん、こいつらを片付けたいの?
 手伝ってあげようか。」

 植物の精霊ドリーちゃんがイタズラな笑顔を浮かべながら現れました。
 こんな笑顔を浮かべている時は、たいてい悪ノリしている時なのですが…。

「何か、良い考えはあるの?
 大切な街道とは言うものの、山道なので大した道幅も無いし。
 道の片側は深い谷になっていて、十万人もの人をまとめておく場所も無いわよ。」

「大丈夫!任せて!
 場所を取らない良い方法があるから。
 ちょっと見ていて。」

 ドリーちゃんがそう言うと崖側の斜面から蔦がニョキニョキと伸びてきて一人の兵に巻き付きました。
 蔦は兵士の胴体に幾重にも巻き付くと、ズルズルと兵士を崖の方向に引き摺って行きます。
 そして、ポイっと崖の下のほうったのです。

「えっ!」

 余りに予想外でしたので呆気にとられましたが、慌てて崖へ駆けよって下を覗き込むと。
 そこには、胴体に巻き付いた蔦によって、崖にぶら下がる兵士の姿が…。

「これなら、場所を取らないよ。
 ちょっとやそっとじゃ切れない丈夫な蔦で、全員こうやってぶら下げておくよ。
 手足を自由にしておけば目を覚ましたら勝手に崖を登るでしょう。」

 ドリーちゃんの言う通り、それなら場所はとらないでしょう。
 それに、今みたいに蔦が動いて勝手に退かしてくれるのなら、余分な手間をかけずに済みますしね。

「そうね、じゃあ、ドリーちゃんにお願いしようかしら。」

「はーい!任せといて!」

 私がお願いした後のドリーちゃんの動きは迅速でした。
 次々と崖から伸びて来た蔦が、兵士を一人ずつ絡めとって崖下へ放り出していきます。
 あっという間に、路上に寝転がっていた兵士が片付けられていき、街道はすっかり通行可能な状態です。

 ただ…、崖に沢山の兵士達がぶら下げられているのは、とても奇妙な光景と目に映ります。
 これが、約一マイルも続いているのです、さぞかし通行人は驚くでしょうね。
 もっとも、目を覚ましたら断崖にぶら下がっているのですから、兵士はもっと驚くでしょうが。

    ********

 街道を塞いでいた兵士の後片付けが済んだので、今度こそ帝都へ向かって出発です。

「それじゃあ、ヴァイス、くれぐれもぶら下がっている士官を障害物にぶつけないようにね。」

「まあ、任せておけ、野郎に気遣うのは業腹であるが。
 たまには、主に良い所を見せておかんとな。
 最近は、馬車を使わんと、背に跨ってくれるので我はご機嫌なのだ。」

 まあ、こう言うのですから、任せても平気なのでしょうね。
 ここから、おじいさまの住む王都までは、ヴァイスであれば二時間ほどでしょうか。
 ぶら下げられている士官たち、目を覚ましたらどんなリアクションをするか、ちょっと楽しみです。

 アスターライヒ王国の王都を目指して飛ぶヴァイス、いつもと違うのは胴体の左右前後に人間をぶら下げたロープを垂らしていること。
 一本のロープに二十五人ずつぶら下げておきました。
 ヴァイスは一本のロープに百人まとめてぶら下げておけば良いと言いましたが、流石にそれだとロープが長くなりすぎて怖いです。

 そして、王都を目指して飛ぶこと約一時間、丁度中間点くらいでしょうか。
 ぶら下げた士官達がぽつぽつ目を覚まし始めました。

「うわっ、何だこれは!」

「おい冗談はやめてくれ!こんな高い所にぶら下げるなんて。」

「怖えええぇ!」

 なんて、言う悲鳴にも近い声が聞こえ、ジタバタと暴れる人もいました。
 さすが、自信満々だったヴァイスです。
 ぶら下げた人が暴れても、ヴァイスは全然動じることは無く、私が感じる乗り心地も至って快適でした。
 ですが、ぶら下がった人達はそうではないようで…。

「こら!暴れるな!ロープが切れたらどうするんだ!」

「暴れたら、ロープが揺れて、余計に怖いじゃないか!」

 暴れる人がいるとぶら下げられたロープ全体が酷く揺れるようで、相当恐怖を感じるようです。
 今まで空を飛んだ人はみんな喜んでいたのですが…、やはり宙吊りはいただけませんか。

 でも、これはこれで良いですね。今度、リーナにも教えてあげましょう。
 リーナが拘束している捕虜もこうして、プルーシャの王都ベアーリンまで運んだらどうかって。

 その後も、ヴァイスは軽快に飛翔し、やがてアスターライヒ王国の王都の上空に至りました。
 いつもなら、王都の郊外、人目が無いところを選んで着地して陸路、皇宮まで行くのですが。
 百人もの人間をズルズルと引き摺って行く訳にはいきませんので、直接皇宮に降りる事にしました。

 なるべく目立たないようにと、皇宮の中庭に降り立ったのですが…。

「あー、あー、お嬢さん、ここは国王陛下がお住まいになる王宮なのですが…。
 いったい、どのような用件で、このような場所に現れたのでしょうか?」

 宮殿の警備隊の人が、おっかなびっくり、声をかけてきました。
 まあ、空から天馬に乗って舞い降りて来れば、普通はこんなリアクションになりますよね。
 今ぶら下げてきた士官の一人みたいに、いきなり奇怪な奴とか喧嘩腰で声をかける人は少ないと思います。

「私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム。
 おじいさま、いえ、国王陛下に至急お取次ぎをお願いします。
 国境を侵犯したプルーシャ軍の士官百名を捕えて連行してまいりました。」

「シャルロッテ姫様でございましたか。
 これは、大変ご無礼を致しました。
 大至急陛下にお伝えしますので、どうかそのままでお待ちを。」

 私が身分を明かし、来訪の目的を告げると警備隊の人は急ぎ足で中庭を出て行きました。

 程なくして。

「ロッテ、ようきた、ようきた。一月振りであるな。
 そなたの顔を見ることが出来て、私は嬉しいぞ。
 して、後ろに転がっているのが、そなたが捕らえたというプルーシャの軍の者であるか。
 プルーシャの軍勢が我が国の国境を侵犯したと伝言を受けたが、いったい何事であるか。」

 おじいさまは上機嫌で私を迎えてくださいました。
 ですが、私の後ろに転がるプルーシャ軍の士官達を目にして怪訝な顔に変わります。

 おじいさまの視線の先にあるプルーシャ軍の士官達ですが。
 高い空の上を一本のロープでぶら下げられたのは、余程の恐怖を覚えたのでしょう。
 皆放心した状態で一言も発しませんし、色々と垂れ流した状態で非常に見苦しいありさまになっています。
 この人達、尋問する前に着替えさせないと、汚くて近寄れないですね。

「はい、ここでは落ち着いて話も出来ませんので場所を移しませんか。
 この者達は、牢にでも放り込んでおいてください。」

    ********

 私は、プルーシャ軍の士官達を警備隊の人に預けるとおじいさまの執務室に場所を移しました。
 
「なに、十万の軍勢が我が国の領土に侵入したと。
 その情報を、ロッテの精霊さんが掴んで撃退したと申すか。
 それは、愉快な話だわい。
 まさか、国境を越えたところでそなたが待ち構えているなどとは、プルーシャ王も思いはしまい。
 目的はクラーシュバルツ王国かも知れんが、十万もの軍勢に我が国の領土を通過させようとは…。
 我が国も舐められたものであるな。」

 まあ、舐められたと言うより、単にバレないと高を括っただけだと思いますが。
 旧帝国の領域内で国境に警備兵や関所を設けているところはありません。
 帝国内は自由通行が原則でしたので、帝国崩壊後もなあなあでそれが続いているのです。
 ましてや、先程の国境地帯は周囲に民家のない山中にあります。
 ズーリック方面への分岐までの一マイル程度であれば気付かれる前に通り過ぎると踏んでいたようです。

 私がそう説明すると。

「なるほどのう。
 しかし、こっそり通過しようとしたところを、そなたの精霊さんに見つかるとは。
 プルーシャ王もついておらんな。」

 おじいさまは愉快そうに言った後。

「それで、クラーシュバルツの姫君の方はどうしとるのだ。
 元々、戦などは無縁の大人しい娘であったものな。」

 現在のクラーシュバルツとプルーシャの戦況について尋ねてきました。

「全く、戦争にもなっていない状況ですね。
 プルーシャは開戦早々、リーナの契約する精霊に翻弄されてグダグダの状態で。
 エルゼス地方には一歩たりとも侵攻できていないありさまです。」

 それに続けて、リーナが行った夜襲のこと、周辺の民衆を味方に付けたことなどを話し。
 プルーシャ軍が、その対応にしくじった結果、民衆の暴動が発生したこと。
 更には、暴動鎮圧のために送られてきた部隊もリーナに撃退されてしまったことなど。

 私は、現時点までの戦況をかいつまんでおじいさまに報告しました。

「ほほう、クラーシュバルツの姫、見た目に反して随分と強かよのう。
 本命のエルゼス方面は、姫を相手に手も足も出ない状態なのだな。
 それで、プルーシャ王のやつ、今度は後方かく乱でも企んだのか。
 起死回生の策だったのだろうが、それもそなたに一網打尽にされてしまうとは。
 強気一点張りのプルーシャ王も、若い娘二人に手玉に取られて形無しであるな。」

 私の報告を聞き終えたおじいさまは、そう言ってとても愉快そうな表情をしていました。
 
 
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