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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第442話 最大の敵は筏だった?

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 橋のあった場所付近の対岸にいるプルーシャの軍勢は内紛が起こってしまったので放置することにして。
 私達はルーネス川の少し下流、プルーシャの別動隊が船で渡河してくることが予想される原野に向かいました。
 そこには既に多くの小船が押し寄せて、エルゼス側の岸にはびっしりと船が集まっています。

 予め、植物の精霊ベルデに別動隊を足止めするようにお願いしておいたのですが。
 ベルデは見事に役目を果たした様子で、一兵たりともこちら岸に上陸をさせていないようでした。

「どうだい、アタイの力も捨てたもんじゃないだろう。
 植物はみんな、アタイの友達みたいなもんだ。
 このくらいなら、幾らでも協力してくれるよ。」

 上空に到着したリーナにベルデが話しかけてきます。
 ベルデが指差す先には、プルーシャの別動隊が渡河して来ると予想された原野が…。
 非常にやせた土地で、昨日までは背の低い雑草しか生えていなかったそこにびっしりと人の背丈ほどの植物が茂っています。
 先ほどから、川で叫んでいるプルーシャの兵の声を聞いていると、それは茨のようです。
 しかも、その茨は人の侵入を拒むような鋭い棘を持っているみたいですね。

「ベルデちゃん、有り難う。
 プルーシャ軍の上陸を完全に拒んでくれたのね、助かったわ。」

「このくらいは、お易いもんさ。」

 二人がそんな会話を交わすうちにも、プルーシャ側から渡河して来る船は増えてきて…。
 終いには、川幅の広いルーネス川の川面を覆い尽くすような渋滞を引き起こしてしまいました。

 数万の軍勢を渡河するために集めた多数の小船。
 本来は岸に着いたらすぐに兵を降ろし、短時間でプルーシャ側に戻る予定だったのでしょう。
 複数の港町から出て、この場所で兵を終結させる作戦でしょうから。
 本当に多くの船が集まることになり、速やかに兵を降ろせないと大変なことになります。
 今の状況のように。

 さて、このルーネス川、この大陸有数の物流ルートで数多くの通商船が往来します。

「隊長殿、これは一旦上陸を諦めて渋滞状況を解消しませんと…。
 大型の帆船などが来ようものなら、大変なことになります。」

 そう、この密集した小船の所に大型の船が入り込んで来ようものなら、小船なんてひとたまりもありません。
 あっという間に、ここに渋滞している小船の多くが沈むことになるでしょう。

「バカもん!
 司令官殿から撤退命令が出ておらんのに勝手に上陸を諦めて引き返せだと。
 俺に命令違反で銃殺刑になれと言うのか!
 撤退など出来ん、とにかくその茨を何とかするのだ!
 そうだ、油を撒いて火を放て!」

 隊長と呼ばれた男は、部下の進言を入れようとせず、茨に火を放つように命じますが。

「ダメです、油などまいたところで、全然火が点きません。」

 隊長に命じられてすぐさま、数人の兵が川岸の茨に油をかけて火を点けますが…。

「アタイの可愛い茨ちゃんがそんな油ごときで燃える訳がないだろうに。」

 だそうです。ベルデが胸を張って言っていました。

「油でダメなら仕方がない。
 勿体ないが、上陸する方が優先だ。
 火薬を撒け、流石に火薬で火を点ければ燃えない事は無かろう。」

 現時点で火薬の原料となる硝石の大量生産技術は開発されていないため、火薬はとても貴重な物資です。
 おいそれとは、燃やすことは出来ないのですが背に腹は代えられないようです。

 ボワッ!

 川岸にびっしり生えた茨が黒煙を上げて燃え上がります。

「おっ、燃えたではないか。
 よし、そこから、どんどん火薬を撒いて燃やしていけ!
 我が隊だけでも上陸する空間を作るんだ!」

 隊長が兵達にハッパをかけますが…。

「なんの、なんの、そのくらいでアタイの茨ちゃんは負けないよ。」

 ベルデがそんな声を上げると、火が消えたそばから茨がニョキニョキと伸びて焼けて開けた場所を塞いでしまいました。

「ダメです、隊長。
 火が消えたら、また茨が伸びてきて道を塞いでしまいます。
 こいつら、まるで生きているみたいにニョキニョキ動いて気味が悪いですぜ。」

「いったい、何なのだ、これは…。
 これでは、子供のお伽話に出て来る茨の城の茨のようではないか。
 まるで、茨が意志を持って我々の上陸を阻んでいるようだ。」

 川岸からはそんな会話が聞こえてきますが、隊長はまだ上陸を諦めませんでした。

     ********

 そして、上陸が出来ないために川岸で渋滞を起こし、川幅いっぱいに広がってしまった小船に最悪の時が訪れました。
 上流からソレがやって来たのです。

 大型の帆船、それは小船にとって脅威です。
 衝突したらいとも簡単に沈められてしまいますから。
 ですけど、船ならまだ良いのです。
 舵もありますし、時間はかかりますが停船させることも出来ます。
 渋滞している小船に早く気付けば、小船の集団に飛び込む前に停船できるかもしれませんし。
 舵を切って、回避できるかも知れません。
 また、間に合わなかったとしても、少しの犠牲を出すくらいで停船できるかも知れないです。

 ですが、今、川を下って来たのは、筏です。
 筏と言っても馬鹿にしてはいけません。
 森林資源の豊富なルーネス川の上流から、寒冷かつ地味が悪くて木材が不足がちな下流に木材を流すための筏。
 その幅はゆうに十ヤードを超え、全長に至っては五百ヤードに及びます。

 破城槌ってご存知ですか?
 まだ、大砲が一般化してなかった時代に、丸太を用いて堅固な城門を破るために使った道具です。、
 打撃面を金属で覆って補強しては有りますが、その破壊力の源泉は巨大な丸太の質量です。

 何が言いたいのかと言うと…。
 ルーネス川を下る筏は一本一本が破城槌のような太さの丸太を束ねたようなモノなのです。
 当然、筏には舵のような上等なモノはついてませんし。
 大質量の丸太が大量に川の流れに任せて下って来るのですから、急に停まれる訳もありません。

「おい、こら、散開せんか!
 こんな所で密集していると、あの筏に蹴散らされるぞ!」

 どうやら、迫ってくる筏に気付いた隊長さんがいたようで、周囲に指示を飛ばしますが。
 エルゼス側の河岸に寄せて、船と船が接するくらいに密集しているのです。
 すぐさま、散開しろと言うのが無茶と言うもので…。

 小船がルーネス川を塞ぐほど密集していたのが幸いし。
 プルーシャ側の河岸近くに立ち往生していた船に乗っていた兵士達は、小船を伝わって河岸に退避できましたが。
 一番密集しているエルゼス側の川岸で立ち往生していた兵士達は上陸することも、筏を回避することも叶いませんでした。

 やがて、…。

 バリ!バリ!バリ!

 板をへし折るような音を立てて、筏が小船の集団に突っ込みました。
 目端の利く人が荷物を全て投げ出して筏に飛び移ると、次々と兵士達がそれに続きます。

「おいこら、武器を捨てるんじゃない。
 おまえら農奴上りの一兵卒の命よりも、銃や火薬の方のがずっと大事なのだぞ!
 こら、逃げるな! 敵前逃亡で銃殺刑にしてやるぞ!」

「何が、敵前逃亡だ!
 まだ、戦いが始まってもいねえじゃねえか。
 くそ重い銃なんか持ってたら川に沈んじまうぜ。
 司令官閣下も、早く銃なんか捨てて筏に乗り移った方が身のためですぜ。」

 ここでも、士官と一兵卒の罵りあいが聞こえます。
 筏が次々と小船を沈めていく様子を見ていると、かなり多くの兵士が筏に乗り移って難を逃れたようです。

 ですが、小船が連鎖的に衝突して沈んでいくと、筏に乗り移れない兵士が増えていき川に放り出される人が出て来ます。

「シアンちゃん、お願いします、兵士達を引き上げて。
 ベルデちゃんは引き上げた兵士達を置いておくスペースを開けて。
 抵抗できないように、茨の真ん中あたりに空き地を作ってちょうだい。」

「はい、承知しました。」

 リーナの言葉にシアンは従順に答え、

「はいよ!任せときな!」

 ベルデは快活に返事をしました。

 次の瞬間川に投げ出された数百人の兵士達が、川面に浮き上がると水面から放り出されます。
 向かうのは、原野の中央付近、四方を大人の背丈ほどの茨に囲まれた三十ヤード四方くらいの空き地です。

 次々と空き地に放り出される兵士達、ほとんどの人は一体何が起こったのかを理解できない様子で呆然としていました。
 概ね、川に投げ出された兵士を救い上げると、リーナは空き地の上空で高度を下げて告げました。

「私は、クラーシュバルツ王国第一王女、カロリーネ・フォン・アルツブルクです。
 あなた方は、今この時より我が国の捕虜となりました。
 まずは、何方か川に投げ出されて負傷した方はいますか。
 いるなら、この場で治療します。」

 リーナの呼びかけに、数名の兵士が手を上げました。
 筏との小船の衝突の衝撃で体を酷く打ち付けた人や空き地に投げ出された時に体を打ち付けた人がいるようです。

 リーナがシアンに指示すると、その兵士達に銀色の光の粒が雨のように降り注ぎました。

「治った、しこたま打ち付けた肩が全然痛くねえぞ。」

「俺は、腰だ。今の今まで痛くて起き上がれなかったのに、全く痛まねえや。」

 兵士達の中からそんな声が聞こえると、リーナは続けて言いました。

「今から、あなた方に二つ選択肢を与えます。
 一つは、捕虜として戦争が終結するまで、ここで過ごす事。
 その場合は、食事と天幕はこれからこちらへ運んで参ります。
 もう一つは、軍を除隊した上で誓いを立ててプルーシャに帰ることです。
 誓いは二つ。
 二度とクラーシュバルツ王国の土は踏まない事。
 二度と武器を手にしない事です。
 この二つを守り、軍を辞めるのであれば、今すぐに釈放いたします。」

 すると、一人の兵士がその場に平伏して言いました。

「川で溺れ死ぬかと思っていたところをお救いいただき感謝します。
 また、今しがたは船の間に挟まれて骨折した足を治していただき有り難うございます。
 誰がこのような慈悲深い聖女様に仇なすことが出来ましょうか。
 私は、直ちに軍を辞し、二度と武器を手にしない事を誓います。」

 その言葉を引き金に、次々と兵士達が平伏していきます。

「こら、おまえら、何で、こんな小娘に従っているんだ。
 おまえらに命令権があるのは、指揮官であるこの俺だぞ。
 勝手に除隊することなど認めんぞ。
 誇りあるプルーシャ貴族の俺に二度と武器は取るなだと。
 ふざけるな、そんな要求は飲まんぞ!」

 たった一人、立ったままだった指揮官という男がリーナに食って掛かりました。

「分かりました。
 では、あなたには戦争が終結するまで、ここで一人で過ごしてもらいましょう。
 安心してください、十分な保存食と天幕は投下して差し上げますので。
 飢え死にすることはございませんよ。」

 リーナがそう告げると、司令官の周りだけ茨が生えてきて身動きを取れないようにしました。

「では、他の方はプルーシャへお帰りになって結構です。
 決して誓いを忘れるのではありませんよ。」

 リーナがそう告げると、周囲を囲った茨の一部が開いて道となりました。

「おお、クラーシュバルツの姫様は茨を従えることが出来るのか。
 水を操り、茨を従え、怪我まで治す、何より天馬に座しておられる。
 これを神の御使いと呼ばずに何とする。
 俺達は、逆らっちゃいけない方に仇なしてしまったんだ。
 こいつは、みんなに知らせないといけない。
 クラーシュバルツ王国に手出ししちゃあならねえとな。」

 そんな声が兵士の一人から上がると、次々に同調する声が上がります。

「おい、おまえら、何を勝手なことを言ってるんだ。
 戻ってくるんだ、除隊なんて認めんぞ、おかしな噂を流したら利敵行為で銃殺するぞ!」

 一人捕えられた指揮官がそんな声を上げますが、誰も振り返る人はいませんでした。
 そして、全員が広場を立ち去ると、茨の道は固く閉ざされたのです。

    ********

 この日、船を使ってルーネス川を渡河しようとした兵士は約二万、そのうち約半数はプルーシャ側の川岸に逃れました。
 また、約五千人は筏に乗り移って難を逃れましたが、筏と共に遥か下流まで流されることになり戦線を離脱しました。
 そして、残りの五千はエルゼス側の川岸にいましたが、リーナに救われた兵士達が神にも等しいリーナの行いを吹聴しました。
 その結果、貴族出身の士官を除く全員が武器を捨て除隊することになりました。

 当然、貴族出身の士官がそれを許すはずもなく、口論から実力行使に移ってしまい…。
 最終的には落ちた橋のたもとで起こった事態と同様、貴族出身の士官がむくろを晒す結果となりました。

 そして、エルゼス側の河岸に集結していた小船は、三々五々来た時とは違いてんでバラバラの方向に散っていきました。
 リーナと交わした誓いに従い、基地に帰るのではなく、きっと故郷へ向かったのでしょう。

 プルーシャ公国と戦端が開かれた日、この日は戦いにすらならずプルーシャ側の自滅という結果になりました。 
   ********

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