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第16章 冬から春へ、時は流れます

第418話 湯けむりの中で

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 聖下をホテルにお迎えした後。
 私は館へ戻ってジョージさん一行とおじいさまをホテルへご案内しました。

 そして今、私はと言うと…、

「このお風呂、本当に広々して良いわね。
 あなたの館の温泉も良いけど、このホテルの温泉は格別だわ。
 何よりも、目の前のアルム山脈の景色が最高。
 何時までも、温泉に浸かっていたいですわ。」

 私の右側、湯船の縁に背中をもたれかけ、トリアさんは上機嫌です。
 何故か、トリアさんと一緒に湖を望むホテルの温泉に浸かっています。
 私はお三方のおもてなしをしようと思っていたのですが…。

 ご招待した皆さんに、ホテル内のご案内を一通り済ませたところで。

「ねえ、後は皆さん、ご自由にのんびり過ごして頂くのが良いのでは。
 皆さん、お忙しい中、せっかくとれた休暇なのですもの。
 ロッテさんが、付きっ切りですとかえって気が休まらないのでは。
 ロッテさんも少しお休みになって、私と温泉にでも入りませんか?」

 そんな提案をトリアさんがしました。

「おお、それが良いだろう。
 ロッテお嬢ちゃんも、今朝は夜明け前から遠出してきたんだ。
 疲れただろうから、少し休んだ方が良い。
 ヴィクトリアと一緒に温泉にでも浸かって来れば良いのではないか。
 私達年寄りはのんびりとさせてもらうよ。」

 トリアさんの言葉に、ジョージさんが相槌を打ちます。
 これは、体よく人払いですか…。

 と言うことで、私は昼の日中から温泉三昧です。

「私も、この温泉に浸かるのは初めてですけど、素敵な眺めですね。
 毎日見慣れた風景ですのに、温泉に浸かりながら眺めると新鮮に感じます。」

 私の左側では、リーナが浴室からの眺望に感心しています。
 トリアさんのリクエストで、急遽呼ぶことになりました。
 トリアさんが、せっかくだから一緒に入りたいと、希望したのです。

「リーナ、急に呼んじゃって悪かったわね。
 仕事、忙しかったのでしょう。」

「良いのよ、最近少し疲れ気味だから休みたいと思ってたところなの。
 逗留している貴族のお客さん達の相手は、本当に肩が凝るわ。
 こうして温泉に浸かっていると肩の凝りがスッと抜けていくようよ。
 早くこのホテルがオープンしてくれると助かるわ。」

 今年は、雪解け早々、教会へ礼拝に訪れる人が増えているようで。
 リーナの館にも、泊めて欲しいとう貴族の依頼が次々と届くそうです。
 このところ、その対応でリーナは四苦八苦していた様子です。

「そうね。
 この温泉に浸かっていると、ホント、肩の凝りがほぐれるわね。
 私、肩こりが酷いものですから、助かりますわ。」

 リーナの肩が凝るとの言葉に引っかけて、トリアさんがそんな声を上げました。
 その声に引かれるように、トリアさんの方を振り返ると…。

 浮いていました…。

 そうでしょうとも。
 日頃そんなたいそうなモノを下げてれば、さぞ肩も凝る事でしょう。
 私の慎ましいソレは、肩こりとは無縁で良かったです。
 
 負け惜しみじゃありませんよ。

    ********

 などと、埒もない事を考えていると。

「リーナさんは、貧しい平民の方にも教育を施そうと考えているのでしょう。
 領民学校の設立に向けて教員の養成を始めたと聞いているわ。
 それって、素晴らしい事だと思う。」

 不意にそんなことを口にしたトリアさん。
 そのことは以前から話しているはずなのに、今更唐突ですね。

「はい、前にも話しましたが、私の領地は凄く貧しくて。
 女の子を身売りに出したり、男の子を傭兵に出したりが当たり前なのです。
 そんな状況を何とかしたくて…。
 せめて読み書き計算くらい出来れば、娼婦にならなくても他に出来る仕事があるかと。
 とは言え、資金面を中心に制約が大きくて、ロッテに助けてもらってばかりですけど。」

 リーナも何で今更という顔で、いつも通りの説明を返します。

「そうよね、領民全員が読み書き計算をできるようにしようと思ったら。
 お金も、人材も、時間もたくさん掛かるわね。
 でも、リーナさんのやろうとしている事は、多分正解だと私は思うの。」

 リーナの説明を受けて、トリアさんはそんな風に話し始めると。
 それから、アルビオン王国の最近の経済発展について話を続けました。
 アルビオン王国の経済発展を担っているのは市民階級であり。
 優秀な市民が、新たな発見をし、工夫を凝らして近代化を推し進めたと言います。
 そして、それは旧態依然とした貴族たちには成しえなかっただろうと。

 まっ、そこまではありきたりのことだったのですが…。

「貴族だろうと、平民だろうと、優秀な人の割合は変わらないと思うの。
 ロッテさんに紹介してもらったケリー君、とっても優秀だわ。
 ノノちゃんだってそう。
 人の優劣に、スラムだろうが、貧民だろうが、生まれには関係ないわ。
 ただし、それはきちんと教育できたらの話だけどね。
 勿体ないと思わない、出自に拘って優秀な人材を埋もれさせちゃったら。」

 そう続けたトリアさん。
 一部の貴族に重点的に教育を行うより、数の多い平民に教育を施した方が優秀な人材を多く育成できると言います。
 ただ、そうすると市民階級が力を付けて来るのは当然だし、貴族の影響力が低下するのも自明の理だと。
 トリアさんは、それでも国全体が富むのであれば仕方がないと考えているようでした。

「だいたい、貴族なんて、一握りしかいないのよ。
 貴族だから優秀だなんてあり得ないでしょう。
 ぼんくら貴族だって沢山いるわ。
 そんな一握りの貴族たちだけで、国の舵取りが出来る訳ないでしょう。
 ただでさえ、最近の近代化で社会が複雑になっているのですもの。
 優秀な市民を登用してどんどん意見を取り入れないと。
 でもね、そんな当たり前のことが分からない困ったちゃんがいるのよ。」

 トリアさんの話しが、ありきたりでない方向へ流れたのです。

「トリアさん、それって、プルーシャ王のことでは?」

「ええ?
 私は誰とは言っていませんわよ。
 優秀な君主に権力を集中して強力な中央集権国家を作るのだとか。
 近代化は民に任せるのではなく、王や貴族が率先して民を導くのだとか。
 王や貴族の権限を強化して、民の発言力を押さえ込むのだとか。
 そんな、時代錯誤なことを声高々に叫んでいる困ったちゃんがいると言っているだけです。」

 いえ、それもうハッキリと言ってますよね。
 だいたい、何で、お風呂でそんな物騒な話をするのですか。
 のんびりと羽を伸ばすのではなかったのですか。

「トリアさん、ジョージさんはまだ趨勢がハッキリしていないと。
 今、憶測で話をすると誤解を生む可能性があるから。
 事態の成り行きがハッキリしたら話すと言ってましたよね。
 トリアさんが、今話そうとしているのは拙い事ではないでしょうか?」

 昨日、あれほどジョージさんに釘を刺されてましたよね。

「おそらく、事態の趨勢は判明してからでは手遅れになるからですよ。
 早めに備えをしておかないと、リーナさんには困ったことになると思いますよ。」

「えっ、私ですか?」

 不意にトリアさんの矛先が自分に向いて、戸惑いの声を上げるリーナ。
 どうやら、リーナを呼んだのはこの事を話したかったようです。

「ええ、今、困ったちゃんがロクでもない企てをしています。
 勝ち目が無いように追い込んでから、ロッテさんの御爺様にチェスを挑もうとしています。
 まともに受けたら、勝ち目がないどころか戦禍が生じますよ。
 そこで、ロッテさんの御爺様はチェスの盤面をひっくり返してしまうおつもりです。
 それで、帝国内での争いは避けられるかも知れませんが。
 リーナさんの国は戦禍を避けられないのではと。
 だって、困ったちゃんが一番欲しいものをお持ちなのですもの。」

「エルゼス地方ですか?」

 私が尋ねると、トリアさんはそれには答えませんでした。
 代わりに、リーナに向かって言ったのです。

「備えなさい、早くしないと間に合いませんよ。」

 と。

   ********

*並行して新作を投稿しています。
 『ゴミスキルだって育てりゃ、けっこうお役立ちです!』
 ゴミスキルとバカにされるスキルをモグモグと育てた女の子の物語です。
 12時10分、20時30分の投稿です。
 お読み頂けたら幸いです。
 よろしくお願いいたします。 
 ↓ ↓ ↓ (PCの方の向け) 
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/255621303/784533340 
(本日投稿分、操作ミスで昨日一瞬公開してしまいました。
 そのため、新着にのらないかも知れませんが、投稿してあります。)
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