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第16章 冬から春へ、時は流れます
第414話 おじいさまの心配り
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おじいさまを伴なってアルムハイムの館へ戻ると。
「陛下、いらっしゃいませ。
お荷物をお持ち致します。
って、これはまた、随分と大荷物ですね。
また、仕事サボって、ここでのんびり過ごすつもりですか?」
予め伝えておいたので、転移部屋で出迎えてくれたベルタさん。
やはり、おじいさまの荷物の多さに驚いた様子です。
「サボりだなんて、失礼だな。
皇帝の仕事が休み無しなのは、そなたも知っておろう。
長年、皇宮に勤めたのだから。
たまには、休みをもらわんと体がもたん。
これは、正当な休暇だよ。」
ベルタさんの軽口に、心外だという顔つきで返答するおじいさま。
流石に、外遊とは言えないですか。
「時にベルタよ。
そなたに、一つ知らせておくことがある。
少し時間を取ってくれまいか。」
手荷物を一つ渡しながら、おじいさまがそんなことを口にしました。
おじいさまが、ベルタさん個人に何かというのは珍しいですね。
********
落ち着いて話が出来る場所と言うことで、私の執務室を提供しました。
リビングでは、子供たちがいて騒がしいですから。
ソファーに腰を落ち着けたおじいさまが言います。
「かねてから、相談を受けていたそなたの息子の件だがな。
十日ほど前に、兵役に召集したよ。
召集令状の交付と同時に、身柄を押さえて南部国境方面の部隊へ送った。
逃亡されんように、駐屯地まで信頼出来る者に護送させた。
昨日、間違いなく着任したという報告を受けたよ。」
逃亡? 護送?
それ、言葉の選択が間違っていないですか。
それでは、兵役に召集すると言うより、罪人を護送するように聞こえますが…。
私が首を傾げていると。
「陛下、有り難うございます。
寛大なお心遣いに感謝いたします。
あんな、バカ息子でも血を分けた子ですので。」
そんな感謝の言葉と共に、ベルタさんはおじいさまに深く頭を下げました。
えっ、息子さん、何かしでかしたの?
「いや、そなたが頭を下げる必要はないぞ。
そなたの一族は千年の長きにわたり、我が領邦を支えてくれた忠臣だ。
大切な臣下が、世間知らずの若気の至りで取り潰しになろうものなら心が痛むわ。
そなたの息子の事は、こちらに任せておくれ。
軍で性根から叩き直して見せよう。」
おじいさまの言葉から察するに、何か事に及んだ訳では無いようです。
予防的措置と言ったところでしょうか。
アルビオンやセルベチアほどではありませんが、帝国にも徐々に近代化の波が押し寄せ。
それと共に、力を付けた市民が現れ始めています。
そんな状況を快く思っていない貴族が、厳格な身分制度が残る帝国には少なからずいます。
貴族の権限を強めて、緩んで来た身分制度の規律を再度締め直そうとする一派です。
市民階級を積極的に育成しようとする『開明派』との対比で、『伝統派』と呼ばれています。
そこに、君主を頂点とするピラミッド型の支配構造を目指すプルーシャ王が暗躍しているようで。
冬の間、貴族の若い子息を集めては、自分の思想を広めていたようです。
ベルタさんの息子さんは、『伝統派』貴族の考えに感化されてしまったようで。
冬場も、プルーシャ王の所に入り浸っていたようです。
『開明派』の筆頭であるおじいさまに対してとても批判的なのだそうです。
そんな息子さんをベルタさんはとても心配していました。
そのうち、軽はずみな行動を取るのではないかと。
冬の間、ベルタさんは、おじいさまに相談していたそうです。
どうにかして、『伝統派』貴族やプルーシャ王の息のかかった貴族と手を切れないモノかと。
ベルタさんの相談を受けたおじいさまが目を付けたのが、兵役です。
おじいさまが治める領邦には、平民に対する徴兵はありませんが。
貴族の子弟には、騎士の時代から続く貴族の義務としての兵役があります。
一定期間、軍の駐屯地で厳しい訓練を受けながら軍務に付くのだそうです。
この兵役、けっこうルーズに運用されていて、兵役逃れが横行しているそうです。
通常、召集令状が届いてから一月ほど余裕があるのですが。
この間に病気になったとかの理由を付けて兵役を逃れるのが常套手段のようです。
今回はベルタさんの息子さんに兵役逃れをする猶予を与えなかったそうです。
そのために、召集令状と共に軍人を遣わしたのですね。
その場で息子さんの身柄を押さえるために。
もちろん、ベルタさんの旦那さんには事前に許可を取ったそうです。
息子さんはそのまま辺境にある駐屯地に送られたのですって。
『伝統派』貴族との接触が出来ない場所に隔離です。
さて、今回のこの措置、ベルタさんの息子さんだけではないそうです。
この機会に、プルーシャ王の考えに感化された貴族の若者を一斉に兵役に招集したそうです。
そして、各人をバラバラに異なる辺境の駐屯地に送り、音信が付かないようにしたそうです。
北にあるプルーシャ公国とは出来る限り遠い駐屯地にしたのですって。
おじいさまが密偵を使って調べたところ。
今の所クーデターのような大それた企ては無いようです。
ですが、まとめておくと、些細なきっかけで暴発する恐れがあります。
一人ずつバラしてしまえば、何も出来ませんからね。
「だいたい、『伝統派』の連中は、貴族の特権ばかり主張しおる。
そのくせ、貴族の義務を逃れようとするのもこいつ等だから質が悪い。
一度、貴族に課された義務を身をもって体験してもらわねば。
日頃、口ばっかり達者で、体を動かすのを億劫がる連中だからな。
軍の訓練は、相当応えるであろうよ。」
甘い汁ばかり吸いたがる『伝統派』貴族には、おじいさまも腹に据えかねていたようです。
今回、兵役に送った人達は、若い貴族の子弟ばかり。
しかも、ベルタさんの旦那さんを始め、当主は『開明派』の一族の子弟だと言います。
最初に、おじいさまが言ってましたね。
若い子弟のしでかしたことで、一族に類が及ぶのを避けるためだそうです。
逆に言えば、当主が『伝統派』の子弟は敢えて野放しにしていると言うことで。
もし、何か暴挙に及ぼうものなら、…。
それを口実に、『伝統派』の貴族を取り潰そうと虎視眈々と狙っているそうです。
そのために、きめ細かく密偵を放っているそうですから。
人が悪いですね、おじいさま。
********
*並行して新作を投稿しています。
『ゴミスキルだって育てりゃ、けっこうお役立ちです!』
ゴミスキルとバカにされるスキルをモグモグと育てた女の子の物語です。
12時10分、20時30分の投稿です。
お読み頂けたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
↓ ↓ ↓ (PCの方の向け)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/255621303/784533340
「陛下、いらっしゃいませ。
お荷物をお持ち致します。
って、これはまた、随分と大荷物ですね。
また、仕事サボって、ここでのんびり過ごすつもりですか?」
予め伝えておいたので、転移部屋で出迎えてくれたベルタさん。
やはり、おじいさまの荷物の多さに驚いた様子です。
「サボりだなんて、失礼だな。
皇帝の仕事が休み無しなのは、そなたも知っておろう。
長年、皇宮に勤めたのだから。
たまには、休みをもらわんと体がもたん。
これは、正当な休暇だよ。」
ベルタさんの軽口に、心外だという顔つきで返答するおじいさま。
流石に、外遊とは言えないですか。
「時にベルタよ。
そなたに、一つ知らせておくことがある。
少し時間を取ってくれまいか。」
手荷物を一つ渡しながら、おじいさまがそんなことを口にしました。
おじいさまが、ベルタさん個人に何かというのは珍しいですね。
********
落ち着いて話が出来る場所と言うことで、私の執務室を提供しました。
リビングでは、子供たちがいて騒がしいですから。
ソファーに腰を落ち着けたおじいさまが言います。
「かねてから、相談を受けていたそなたの息子の件だがな。
十日ほど前に、兵役に召集したよ。
召集令状の交付と同時に、身柄を押さえて南部国境方面の部隊へ送った。
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私が首を傾げていると。
「陛下、有り難うございます。
寛大なお心遣いに感謝いたします。
あんな、バカ息子でも血を分けた子ですので。」
そんな感謝の言葉と共に、ベルタさんはおじいさまに深く頭を下げました。
えっ、息子さん、何かしでかしたの?
「いや、そなたが頭を下げる必要はないぞ。
そなたの一族は千年の長きにわたり、我が領邦を支えてくれた忠臣だ。
大切な臣下が、世間知らずの若気の至りで取り潰しになろうものなら心が痛むわ。
そなたの息子の事は、こちらに任せておくれ。
軍で性根から叩き直して見せよう。」
おじいさまの言葉から察するに、何か事に及んだ訳では無いようです。
予防的措置と言ったところでしょうか。
アルビオンやセルベチアほどではありませんが、帝国にも徐々に近代化の波が押し寄せ。
それと共に、力を付けた市民が現れ始めています。
そんな状況を快く思っていない貴族が、厳格な身分制度が残る帝国には少なからずいます。
貴族の権限を強めて、緩んで来た身分制度の規律を再度締め直そうとする一派です。
市民階級を積極的に育成しようとする『開明派』との対比で、『伝統派』と呼ばれています。
そこに、君主を頂点とするピラミッド型の支配構造を目指すプルーシャ王が暗躍しているようで。
冬の間、貴族の若い子息を集めては、自分の思想を広めていたようです。
ベルタさんの息子さんは、『伝統派』貴族の考えに感化されてしまったようで。
冬場も、プルーシャ王の所に入り浸っていたようです。
『開明派』の筆頭であるおじいさまに対してとても批判的なのだそうです。
そんな息子さんをベルタさんはとても心配していました。
そのうち、軽はずみな行動を取るのではないかと。
冬の間、ベルタさんは、おじいさまに相談していたそうです。
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一度、貴族に課された義務を身をもって体験してもらわねば。
日頃、口ばっかり達者で、体を動かすのを億劫がる連中だからな。
軍の訓練は、相当応えるであろうよ。」
甘い汁ばかり吸いたがる『伝統派』貴族には、おじいさまも腹に据えかねていたようです。
今回、兵役に送った人達は、若い貴族の子弟ばかり。
しかも、ベルタさんの旦那さんを始め、当主は『開明派』の一族の子弟だと言います。
最初に、おじいさまが言ってましたね。
若い子弟のしでかしたことで、一族に類が及ぶのを避けるためだそうです。
逆に言えば、当主が『伝統派』の子弟は敢えて野放しにしていると言うことで。
もし、何か暴挙に及ぼうものなら、…。
それを口実に、『伝統派』の貴族を取り潰そうと虎視眈々と狙っているそうです。
そのために、きめ細かく密偵を放っているそうですから。
人が悪いですね、おじいさま。
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*並行して新作を投稿しています。
『ゴミスキルだって育てりゃ、けっこうお役立ちです!』
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