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第16章 冬から春へ、時は流れます

第409話 溢れるほどの愛を

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 帝国の水面下で何かが起こっているらしい…。
 それが何か分からないでモヤモヤしますが。
 考えて見れば、つい数年前までは帝国など関わることなく生きて来たのです。
 帝国の動静など、遠く離れた飛び地のアルムハイムには然したる影響はないですね。
 私が気にする必要もないのかも知れませんね。
 唯一の肉親であるおじいさまの身にさえ危険が及ばないのであれば…。

 何か腑に落ちないモノを感じつつも、自分に言い聞かせてアルムハイムの館に戻ってきました。
 転移部屋を出て浴室の前を通りかかると。

「ばあば、おふよ、ぬくいね。」

「うん、ぬくぬく、おふよ、すき!」

「そうだね、良い湯加減だね。
 二人とも、風邪をひかないように肩まで浸かるんだよ。」

 どうやら、カミラさんが、サリーちゃんとエリーちゃんをお風呂に入れいているようでした。
 私も、一日中動き回って疲れましたので、温泉に浸かる事にします。

 浴室へ入ると、カミラさんと幼子二人だけではなく、年長の三人も入浴中でした。
 アリィシャちゃん、コロちゃん、プリムちゃん、歳の近い三人は少し離れてところでおしゃべりに興じています。

「あら、二人とも良いわね。
 カミラさんにお風呂に入れてもらってるの?」

「あ、まま、おかえんなしゃい!」

「うん、ばあばとおふよ!」

 私が声を掛けると、二人の元気な返事が返って来ます。
 サリーもエリーも、保護した時は病的に痩せてましたが。
 二月足らずで大分肉付きも良くなり、とても健康に見えます。

「カミラさん、二人をお風呂に入れて頂き有り難うございます。」

「大公様にお礼を言われると恐縮してしまいますよ。
 これも、私のお役目の一つですからね。
 大公様が言ってらしたわね。
 この子達、本来親から受けるはずの幼児期の教育を受けていないと。
 でもね、この子達にはね、教育以前に決定的に不足しているモノがあるわ。」

「決定的に不足してるものですか?」

 確かに、プリムちゃんも含めて不足しているモノだらけでした。
 食べ物も満足に食べられない状態だったし、薄い服一枚しか着ていませんでした。
 私は、その辺に気を付けて不足が無いようにして来たつもりですが…。

「そうですよ。
 この子達に不足しているのは肉親の愛情。
 そして、家庭の温もりです。
 大公様が、一緒にお風呂に入ったり、添い寝をしたりして。
 愛情を注いでくださっていますけど。
 このくらいの歳の子にはまだまだ足りないですよ。」

 カミラさんの話では、このくらいの幼子は一時たりとも肉親が目を離したらいけないそうです。
 ですが、私がこの子達のお相手をしてあげられるのは、朝、晩くらいです。
 私にも色々と仕事がありますから。

 私が仕事をしている間は、年長の子供三人に二人の相手を任せていました。

「この子達が何時スラムに置き去りにされたのかは知らないわ。
 でもこんな、幼い子がスラムの路地で冬を越せる訳ないでしょう。
 だから、放置されて一年は経っていないはず。
 なのに、この子達の語彙の少なさは異常だわ。」

 この子達は、今四、五歳に見えるのですが、極端に話せる言葉が少ないのです。
 私は、両親が教えなかったためと、簡単に考えていたのですが。
 子供というのは、一歳くらいから言葉を話し始めるもので。
 母親や肉親が愛情を持って接しているうちに、自然と言葉を覚えていくそうです。

「この二人、教育が施されていないと言う以前にね。
 二人とも、肉親との接触の中で自然に覚える言葉を知らないのよ。
 肉親とのコミュニケーションが一番必要な時に放置されていたと言うか…。
 肉親から当然に注がれるべき愛情を注がれてないような気がするの。
 それって、この二人の人格形成にとても良くない事だと思うのよ。
 だから、この子達を本当の孫だと思って、溢れるほどの愛情を注ぐことにしたの。
 今まで、不足している分を取り戻すためにね。」

 カミラさんは、二人の頭を撫でながら言います。
 言われてみれば、私がこの子達の歳頃はいつも母が隣にいた気がします。

 私が不在の間、カミラさんは、付きっ切りで二人の相手をしてくださると言います。
 まずは、二人に本当のお婆ちゃんだと思ってもらうところから始めて。
 コミュニケーションの中で、自然に話せる言葉を増やしていくと。
 言葉遣いを教えるのは、その後で十分とカミラさんは笑っています。

「それは、とても助かります。
 この子達もとても喜ぶと思います。」

「良いのよ。
 私もそれが生き甲斐になるしね。
 この子達が立派な大人になるまで、頑張って長生きするわ。 
 幸い、まだ曲がって育つ年になっていなかったのが救いだわ。
 とっても無垢で、とっても素直。」

 そう言って、カミラさんはとても優しい表情で、再度、二人の頭を撫でました。

「ばあばのなでなで、しゅき!」

「あたしも!」

 二人がくすぐったそうに、目を細めて言いました。
 その嬉しそうな表情に、心がほっこりしました。

    ********

「おお、なんだ、なんだ、みんなで風呂に入ってたんか。
 いいなー、楽しそうで。
 私なんて、朝から何かするたびにベルタさんからダメ出し食らって。
 何回もやり直しさせされたんで、ヘトヘトだよ。」

 やっと、今日の仕事が終わったのでしょう。
 リンダさんが、ぼやきながら浴室に入って来ました。
 正式に何をしてもらうか決めるまでは、ベルタさんの手伝いを頼んだのですが。
 掃除にしても、食器洗いにしても、大雑把なので何度もやり直しをさせられたようです。

 スラムの宿の部屋、整理整頓が出来ていて感心したのですが。
 ロコちゃんがしていたとのことでした。

 スッポンポンで、前も隠さずに、大股で闊歩っして来たリンダさん。
 タオルを持っているのですから、少しは隠して欲しいです。

「リンダさん、何ですか、はしたない。
 歩く時はそんな大股で歩かない。
 それに、前ぐらい隠しなさい。
 ここにいる子供たちがマネしたらどうするのですか。
 子は親を映す鏡ですよ。」

 私が思っていたことを、全部カミラさんが言ってくれました。

「げっ、カミラのばーさん…。
 やっと、ベルタさんから解放されたと思ったら。
 ここにも口煩いのが…。」

 ベルタさんの注意を受けて渋い顔をするリンダさん。
 
「ほら、またそんな言葉遣いをして。
 その言葉遣いを、子供達がマネをしたら大変です。
 それに、リンダさんも大公様に仕えるのですから。
 言葉遣いは直さないといけませんね、
 そうしないと、何処で大公様に恥をかかせるかわかりません。」

 良くぞ言ってくれましたと、私は心の中でカミラさんに拍手喝采を送りました。

「いや、そう言われても。
 私は、もう二十年以上、この話し方が身についちまってて。
 今更、直せって言われてもなぁ…。」

 リンダさん、直す気ありませんね。
 読み書き計算と礼儀作法を習えば、もっと給金の高い仕事を与えると言ったのに。
 面倒くさい事をするくらいなら下働きのままで良いなどと、易きに流れるつもりですか。

「そうですか。
 では、私が言葉遣いを直して差し上げましょう。
 この館の中では、私とあなたが子供たちに一番接するのです。
 あなたの言葉遣いを矯正しないと、子供たちがマネしそうです。
 よろしいですわね、大公様?」

 リンダさんに言葉遣いの指導をして良いかと、私に念押しするカミラさん。

 もちろん、私の答えは決まっています。

「よろしくお願いします。」

 そう、頷くだけです。

「では、私にお任せください。
 店では、口の利き方も知らいない見習いを三十年ほど躾けてきましたから。
 言葉遣いを矯正するのは慣れてます。」

 私の返事を聞き、カミラさんは自信満々に引き受けてくださいました。
 あっ、丁稚奉公の指導ですか、工房の悪ガキを躾けるようなものですね。

 リンダさんの言葉遣いの矯正は私がしようかと考えてましたが。
 カミラさんが引き受けてくださるのであれば、とても助かります。
 

*本日、新作の第2話、第3話を投稿しました。
 『ゴミスキルだって育てりゃ、けっこうお役立ちです!』
 ゴミスキルとバカにされるスキルをモグモグと育てた女の子の物語です。
 12時10分(第2話)、20時30分(第3話)の投稿です。
 お読み頂けたら幸いです。
 よろしくお願いいたします。
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