上 下
376 / 580
第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第373話【閑話】小さな池のメダカ、大海を知る

しおりを挟む
 私は小さな水溜りのような池にいるメダカのような存在でした…。

「さあ、ナナちゃん、行くわよ。
 早く、馬車に乗って。」

 そう言って手招きしてくれたのは、シャルロッテ様。
 四つ年上のお姉ちゃんを、遠い異国に留学させてくださっているお貴族様です。

 シャルロッテ様に、促されて乗り込んだ馬車ですが。
 村を出て人目に付かない場所まで来ると大空に飛翔しました。
 それには本当にビックリしたんですが、それはおいといて。
  
 私達を乗せた馬車はどんどん空高く上がっていきます。
 それと同時に馬車の窓から見える村はどんどん小さくなっていき…。

「ナナちゃん、あれがあなたが生まれ育った村よ。
 村の大きさを良く目に焼き付けておきなさい。」

 シャルロッテ様が小さくなっていく村を指差しながら言いました。
 それがどんな意味を持っているのか、私には分かりませんでした。
 ですがシャルロッテ様がわざわざ言うのです、私は言われた通り村の景色を心に刻み込みました。

 ナナ、十歳の晩秋、生まれて初めて村から足を踏み出したのです。

    ********

 きっかけはその年の夏の事です。
 遠い異国へ行っているはずのノノお姉ちゃんが、シャルロッテ様と一緒にふらりと帰ってきました。
 沢山の小さな子供達を連れて…。

 何でも、シャルロッテ様がお招きしたお客様の子供達だそうです。
 子供達は皆都会っ子なので、田舎の暮らしを体験させたいのだそうです。
 私には、それの何処が楽しいのか分かりませんでしたが。
 しばらくの間、都会から来た子の遊び相手になって欲しいと頼まれました。
 遊び相手をすれば、大好きなノノお姉ちゃんと一緒にいられると言います
 それを聞いた私は、一も二もなく遊び相手を引き受けました。

 うちにも小さな弟が二人います。日頃、弟二人の相手をしてたのが良かったのか。
 言葉もロクに通じないのに、小さな子達がとても懐いてくれました。

 そのことが、シャルロッテ様のお気に召したようで。
 シャルロッテ様は、冬の間、読み書きを始めとして色々なことを教えてくださると言います。
 何でも、これから毎年、夏に都会っ子を連れて来る企画を催したいと考えているそうで。
 私にシャルロッテ様の手伝いをしないかと誘ってくださったのです。

 お誘いを受けるとなると、遊び相手となる都会っ子はお金持ちの子ばかりです。
 最低限の教養は必要だし、異国の言葉も話せた方が良いだろうと、シャルロッテ様から言われたのです。
 そんな訳で、私は冬の間だけシャルロッテ様の許でお世話になることになりました。

 村を出てしばらく空を飛んでいると、前方に大きな町が見えてきました。
 この町に比べれば、私の村など指先程にもならない大きな町です。 

「今見えてきた町がシューネフルト、この辺りの領地の領都となっている町よ。
 ナナちゃん以外は、当面の間は研修を兼ねてシューネフルトの領主館で働いてもらうわ。」

 私の他に村から出て来たのは、村長さんの娘さん二人と村一番の美人と言われてるお姉さんの三人。
 三人とも、シャルロッテ様が経営するホテルの従業員として雇われたのです。
 実際にホテルが出来るのは春になってからと言うことで、それまで領主様の館で仕事を覚えるんだって。

 それで、私はと言うと。

「アガサさん、この子、ナナちゃんと言ってノノちゃん、ネネちゃんの妹さんなのだけど。
 冬の間、私が預かって色々と教える事にしたのよ。
 本当はもう一月ほど後に連れて来るつもりだったのだけど。
 色々あって早めに連れてきちゃったの。
 とは言え、私、あちこち出歩かないといけなくて。
 一週間ほど、かまってあげる時間が無いの。
 それで、女学校の寄宿舎に空き部屋があったでしょう。
 一部屋借りられないかな。
 そこを一週間だけネネちゃんと相部屋にしてもらえれば助かるわ。」

 連れて来られたのは、ネネお姉ちゃんが通う女学校の校長室。
 校長というのは女学校で一番偉い人だと教えてもらいました。

 その校長先生をいきなり訪ねて、気軽に部屋を貸せなんて言うシャルロッテ様。
 たしかに、お貴族様のシャルロッテ様の方が偉いのでしょうが。
 良いのでしょうか?

「何だい、今度はナナっていう名前かい。
 ノノ、ネネ、ナナって間違えちゃいそうだよ。
 しかし、ロッテお嬢ちゃんは三番目を青田買いかい。
 上二人は、うちの姫さんに確保されちゃったからね。
 別に寄宿舎の部屋くらい幾らでも使ってもらって良いさ。
 ようこそ、女学校へ、よく来たね。
 私はアガサ、ノノはしばらく私の下に仕えていたんだ。
 よろしくしておくれ。」

 シャルロッテ様は突然部屋に押し掛けて、部屋を貸せなんて無茶を言ったのですが。
 アガサさんは、気を悪くするでもなく、気さくに部屋の使用を許可してくれたのです。
 シャルロッテ様とアガサさんはとても仲が良いみたいです。
 
 アガサさんはノノお姉ちゃんのことも良く知っているようで、とても気さくに私を迎え入れてくれました。

    ********

 アガサさんの部屋を出ると、シャルロッテ様と一緒に女学校の事務室を訪ねます。
 アガサさんから手渡された紙を差し出すとすぐに部屋を用意してくれました。
 シャルロッテ様がお帰りになられて間もなくネネお姉ちゃんが、部屋にやって来ます。 
 事務室の方から、私がしばらくこの部屋に滞在する事を知らされたようでした。

「アハハ、それでこの部屋にしばらく住むことになったんだ。
 よく来たねナナ、一年振りかしら。
 この間ノノお姉ちゃんが来たかと思えば、今度はナナの顔が見れて嬉しい。」

 ここに滞在することになった経緯を話すと、ネネお姉ちゃんは可笑しそうに笑います。
 そして、私がここに滞在することを喜んでくれました。

 シャルロッテ様がいきなり校長室に押し掛けた事に驚いたと話すと。

「アガサ先生は、教師を辞めてアルビオンの田舎で暮らしていたそうなの。
 そんなアガサ先生をここに誘ったのが、シャルロッテ様と領主様だったそうよ。
 お二方がアルビオン王国へ視察に行った時に、偶然知りあったんだって聞いたわ。
 それで、意気投合して、ここへ移って来たんだって。
 だから、シャルロッテ様と領主様のお二方は、アガサ先生と特に仲が良いのよ。」

 ネネお姉ちゃんは、女学校の夏休みにアガサさんのお手伝いをしていたと言います。
 その時に、アガサさんがこの町に来ることになった経緯を聞いたそうです。
 アガサさんは、しばらくシャルロッテ様のお屋敷で暮らしていたとも言います。
 道理で、お二方が気さくに話をしていると思いました。

 私の滞在を喜んでくれたネネお姉ちゃんでしたが、難しい顔をして言いました。

「でも、どうしましょうか。
 私、平日の昼間は女学校の授業を受けないといけないから。
 ナナの相手は出来ないの。
 ナナ、それじゃあ、退屈よね…。」

 そう言って、言葉を詰まらせたネネお姉ちゃん、しばらく考えた末に。

「そうだ、ちょっと付いて来て。」

 椅子から立ち上がったネネお姉ちゃんは、私の手を引いて何処かへ向かって歩き始めました。

     ********

「という訳なんですが、ネネに授業の見学をさせて頂けませんか。」

 やって来たのは女学校の先生のお部屋、ネネお姉ちゃんの担任の先生だそうです。
 私に授業を見学させたいというお願いを聞いた先生が尋ねてきました。

「ナナちゃんは文字の読み書きが出来るかしら?」

「ごめんなさい。全然できないです。」

 私の答えを聞いた先生が条件を付けます。

「まだ十歳だものね、出来ないのも仕方がないわね。
 文字の読み書きが出来ないと、授業を見ていても退屈しちゃうかもしれないけど。
 おしゃべりなんかしないで、大人しく座っていられる?
 約束できるのなら、見学を許可してあげるわ。」 

 静かに座っていられるなら見学しても良いと言う事です。
 一人で寄宿舎の部屋に閉じこもっているよりはよっぽどマシと思い、見学させてもらうことにしました。
 話しがまとまると、先生は机の上にあったガラス瓶からキレイな黄色い玉を取り出し。

「これ、飴って言うお菓子なの。
 食べてごらん、美味しいわよ。
 噛むと硬くて歯を折っちゃうかもしれないから。
 噛まずに口の中で溶かすように舐めるのよ。」

 私は先生に言われるままに飴を口にしました。

「甘くって、美味しい!」

 それは、今まで口にした事のない美味しさでした。
 とても甘くて、それでいて爽やかな酸味があります。
 いったい、どうやって作っているのでしょうか。

 私がその美味しさに夢心地でいると、先生が言いました。

「さて、今、この飴が十個あります。
 これを三人の子供に与えました。
 同じ数だけ分けるとすると、一人の取り分は幾つになるかわかる?」

「同じ数で分けるなんて、そんなの無理です。
 三つずつ分けたところで、最後の一つを争って喧嘩になっちゃいます。
 結局、喧嘩に勝った子供が十個独り占めしてちゃいますよ。
 こんな美味しいものを子供に与える時は、最初から大人が分けてくれないと。
 その時に、一つは大人が舐めちゃって、子供に与えるのは九つにしないとダメですよ。」

 私がとても当たり前のことを言うと…。

「アハハ!可笑しい!
 あなた達三姉妹って、同じことを言うのね。
 それって、ノノちゃんっていう一番上のお姉ちゃんから教えてもらったんでしょう。
 アガサ先生が、ノノちゃんの頭の良さに驚いていたわ。」

 これ、数年前にアガサさんがノノお姉ちゃんに尋ねたのが最初のようです。
 その後、この先生は、「マスの塩焼きを一人二匹食べるとすると、三人で食事をするには何匹必要かな』とか幾つか尋ねてきました。
 それらは、どれも簡単に答える事が出来るモノでした。

「本当に面白い姉妹ね。
 文字の読み書きは出来ないのに、算術は一通りできるんだ。
 何て言うか、生活の知恵なのかしら。
 まあ良いわ、それなりに分かる授業もありそうだから。
 短い期間かも知れないけど、学んでいってちょうだい。」

 そう言って先生は私を迎え入れてくれました。
 そして、見学した女学校の授業で、私は小さな池のメダカだと知ったのです。

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...