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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第366話 目立たないですが、頑張ってます

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 さて、月も改まって十月一日。

「ナナちゃん、私、アルビオン王国に時計の納品をしに行くのよ。
 ちょうど良い機会だから一緒に行きましょう。
 ノノちゃんに会う時間を作って上げるわ。」

 毎月一日は恒例となっているアルビオン海軍に軍用品の時計を納入しに行く日です。
 朝食の最中に私は、ナナちゃんを誘いました。
 
 冬になれば、大半の時間をアルビオン王国の王都で過ごすことになります。
 その前に、転移魔法の事を教えてしまっても良いだろうと思いました。

「えっ、アルビオン王国って、凄く遠いところにあるのですよね。
 ノノお姉ちゃんが、馬車と船で一週間掛かって帰って来たって言ってました。」

「ふふん、実はあっという間にアルビオンまで行くとっておきの魔法があるのよ。
 ただ、それを教えているのはごく一部の人だけ。
 親交のない人にまで教えられないから、アルビオンからのお客様は船と馬車で来て頂いたの。
 ノノちゃんはその案内の仕事をしたので、船と馬車で来たのよ。
 ノノちゃんだって、最初にアルビオンへ行った時は魔法で連れて行ったのよ。」

「へええ、シャルロッテ様の魔法って凄いですね。
 でも、それだと遠くへ来たっていう実感が湧かないかも…。」

 ナナちゃんを村から連れ出した時はヴァイスの引く馬車で空を飛んで連れてきました。
 ナナちゃんは、村が少しずつ小さくなり、やがて見えなくなると、遠くへ行くのだと感じたそうです。
 そして、眼下を過ぎ行く風景に、とてもワクワクしたと言います。
 確かに、転移魔法で一瞬で行き来できると、そんな旅の醍醐味は味わえないかも知れませんね。
 お便利魔法も、良し悪しですね。

 それはともかく、朝食後、私はナナちゃんとアリィシャちゃんを伴ってアルビオンの屋敷にへ転移しました。
 アルビオンの館に着くと早速ブラウニーのステラちゃんが出迎えてくれました。

「おはよう、ロッテちゃん、いらっしゃい。
 あら、今日は初めて見る顔があるわね。
 私はブラウニーのステラ、この館の管理をしているの。
 よろしくね。」

 転移魔法でアルビオンまで来たことに実感が湧かない様子で、目をパチクリさせていたナナちゃんですが。
 ステラちゃんに声を掛けられて、我に返った様子です。

「はじめまして、私はナナと言います。
 この館のブラウニーさんですか、お世話になります。」

 ステラちゃんがいきなり現れても動じることなく挨拶を返しています。
 ナナちゃんも私の館に滞在して早十日が過ぎました。
 その間にナナちゃんも順応し、精霊がいる事がごく当たり前になっているようです。

     ********

「ブリーゼちゃん、ちょっとノノちゃんの部屋に行ってもらえるかしら。
 ここに来くるように伝えて欲しいのだけど。」

「任せて~!じゃあ、いってくる~!」

 私のお願いを聞いて、早速飛び出して行った風の精霊ブリーゼちゃん。
 ブリーゼちゃんが何時も連絡係をしてくれます。

 時間はまだ、朝の九時前。
 時計を納めに行くには早い時間ですから、先にノノちゃんを呼ぶことにしました。
 今日は日曜日、ナナちゃんの女学校はお休み、この時間なら寄宿舎にいるはずです。

 しばらくして、戻って来たブリーゼちゃん、口の周りお菓子の屑をつけています。
 どうやら、ノノちゃんからお駄賃にお菓子をもらったようです。 
 
「ノノちゃん、一時間くらいしたら来れるって~。
 少し待っててって、言ってたよ~! 」

 ノノちゃんの住む寄宿舎は、彼女の足でも三十分はかからない所にあります。
 いつもであれば、呼んで三十分もすれば姿を見せるのですが。
 流石に朝早くでは出掛ける支度が出来ないのか、すぐに来ることは出来ないようです。

 そして、待つこと小一時間。

「お待たせしてしまって申し訳ございません。
 この子達の足では、ここまで一時間近く掛かっちゃうもので。」

 そう言って姿を見せたノノちゃん、何故か両手に小さな女の子を二人くっつけています。
 その二人の顔は忘れもしません、夏にお招きした資本家の方の娘さん達です。

「あら、クララちゃんとアリスちゃんじゃない。
 どうしたの、その子達?」

「実は、昨日の晩から遊びに来ていまして…。」

 アルビオン王国へ戻って一ヶ月経ちますが、この間、週末毎にこの二人の遊び相手をしていたそうです。
 幸いと言うか、アリスちゃんとクララちゃんのご家族は懇意にしていて家も近いそうです。
 なので、ノノちゃんがどちらかの家に訪問し、もう一方の子が遊びに来るという形にしていたそうです。

 先週、クララちゃんが泊って行けとぐずったそうで、寄宿舎を無断外泊できないノノちゃんは困ったそうです。
 それでノノちゃんは、今週お泊りに来ても良いと約束してしまったとのことでした。

「あっ、クララちゃんとアリスちゃんだ!
 久しぶり、元気してた。」

 そこに顔を出したナナちゃんが、通じるはずのない帝国語で、二人に話しかけました。

「あれ、ナナ、どうしてここに?」

 そんなナナちゃんを目にして、ノノちゃんが意外そうな呟きを漏らします。
 すると、それに続くように。

「あっ、ナナお姉ちゃんだ!」

「ななおねえちゃん?」

 アリスちゃんが嬉しそうな声を上げ、クララちゃんがナナちゃんを確かめるような呟きを漏らします。
 アリスちゃんは、走り出してナナちゃんに抱き付きました。

「ナナお姉ちゃん、こんにちは!」

「はい、こんにちは。アリスちゃん。」

 抱き付いたまま、ナナちゃんを見上げて挨拶をするアリスちゃん。
 そのアリスちゃんの頭を撫でながら、ナナちゃんは片言のアルビオン語で挨拶を返しました。
 なんというコミュ力でしょう、本当にこの姉妹は小さな子をあやすのが上手です。

 クララちゃんとアリスちゃんの事は、二人に任せておけば大丈夫なようです。
 なので、私は本来の用件、時計の納入に向かうことにしました。

     ********

 納入場所に指定されているのは、首相官邸のまま変わらずです。
 首相官邸でもすっかり顔馴染みになってしまって、受付を済ますとすぐさまミリアム首相の許に通されます。

「ミリアム閣下、お休みのところ申し訳ございません。」

 契約書には毎月一日に時計を納めることになっています。
 当初契約を交わす際に、私は一日が休日の場合は翌日にしたらどうかと提案しました。
 ですが、海軍の側で休日でも構わないと主張されました。
 あの時の海軍は、私の提供する時計を一刻も早く手に入れたくて、一日の遅延も望まなかったのです。

 その結果がこれです。
 まさか、海軍側も首相が自分の執務室を納品場所に指定するとは思っていなかったようです。

「別にレディーが謝る事ではないだろう。
 休日でも構わないから早く寄こせと言ったのはうちの海軍だし。
 ここを納入場所に指定したのは私だからね。
 私も日曜の朝から、見目麗しいレディーを拝顔できて眼福というモノだよ。」

 そんな風に、気さくに笑い飛ばしてくれるミリアム首相ですが。
 その隣では、海軍の担当者が肩身の狭そうな表情をしていました。
 何と言っても、海軍側の主張のせいで休みの日の首相に仕事をさせているのですから。

 そんな居心地の悪そうな海軍の購買担当者、品物の数量を確認を済ますと。

「はい、間違いなく納品を受けました。
 これが、今回の支払いになります。」

 そう言って、クレディズーリックの為替証書を差し出すと、そそくさと席を立とうとします。
 でも、今日は別件があるのです。

「お待ちください。
 少々別件がございまして、お話をさせて頂けませんか。」

「はて、どのような用件でしょうか。
 恥ずかしながら私、下っ端なものですから…。
 何かを決定するような権限は持ち合わせていないのですが。」

 一旦腰を上げかけたところで座り直した担当者が、迷惑そうな顔で答えました。
 下っ端と自認する担当の方は、首相の前に長居はしたくない様子です。

 私はバッグから長細い木箱を二つ取り出して、居心地悪そうな担当の方の前に差し出します。

「これは、これから販売しようと考えている新商品のサンプルです。
 海軍の技術担当の方に試験をして頂きたいのです。
 そして、販売して差し支えなければ、お墨付きをください。
 契約上、そうしないと販売できない取り決めですから。」

 そう言って私は二つとも木箱の蓋を外しました。
 中に収められていたのは、二種類のブレスレット。
 宝飾が施された煌びやかなブレスレッドですが、タダのブレスレットではありません。
 その真ん中には、懐中時計よりかなり小振りの時計が付けられています。

 そう、以前、行商人のハンスさんから言われていた腕に付ける形の時計です。
 何でも、貴族のご婦人の中から時計をブレスレットのようにして欲しいとの要望があったと言います。
 パーティードレスでは懐中時計をつけるのが難しいからと。

 それ以来、一年以上時計工房を任せているジョンさんが開発を進めてきました。
 何と言っても、懐中時計の大きさのモノを腕に付ける訳には参りません。
 重いし、邪魔だし、見栄えが悪いです。

 そのため時計の小型化に取り組んできたのです。
 小型化する中でも、アルムハイム時計工房のセールスポイントである精密さを犠牲にする事は出来ませんでした。
 ですが、限られた大きさの中に収めようとすると、それを維持するのは困難で…。
 最初に出来上がった試作品は一日に一分以上の狂いが出たのです。

 やっと出来た、ジョンさんの満足いく品が、この二つです。
 大きい方の殿方用が一日の誤差二十秒、一回り小さいご婦人用が一日の誤差三十秒だそうです。

 購買担当の方は、私の説明を聞きながら、無言で時計を観察していますが。

「ほほう、それは良いね。
 海軍から販売の許可が出たら、是非私も一つ欲しいものだよ。」

 普段は納品の際は立ち会うだけで、口を挟むことのないミリアム首相が関心を示してくださいました。

「お褒めにあずかり光栄ですわ、閣下。
 では、海軍の許可が下りた暁には、奥様の分とセットで献上させていただきますわね。」

「ほお、それは有り難い。
 おい、君、そう言う事だから早々に検査に回すように手配してくれよ。」

 ミリアム首相の半ば私情のこもった指示を受けた購買担当の方。
 技術部門に早急に試験をさせると約束してくださり、慌てて部屋を立ち去りました。

 これは、思ったより早く検査結果を頂けそうです。

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