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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第365話 やっと一息つけました

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 唐突に、大公に昇爵してしまいましたが、それで何か変わるかと言うと何も変わらない訳で…。
 私は冬を前に、最後のハーブ畑の世話に勤しんでいます。

 今年の夏はアルビオン王国から沢山のお客様を招いたため、忙しい日が多かったのですが。
 おばあ様やお母様が残してくれた大切なハーブ畑を台無しにする訳にはいきません。
 忙しい合間を縫って手入れをし、旬のラベンダーやカモミールの精油や乾燥ハーブなどもせっせと作りました。
 
 そして、秋も深まり、良く茂ったミントの最後の摘み取りをしていると。

「ふふふ、大公様は朝からハーブの摘み取りに大忙しですね。」

 背後から聞きなれた声がします。
 もちろん、振り向かなくとも声の主は分かります。

「おはよう、リーナ。
 もう少しで終わるからちょっと待っていて。
 これが終ったらお茶にしましょう。
 摘み立てのミントを使ったフレッシュミントティーよ。」

「あら、それは素敵ね。
 じゃあ、私も少し手伝うわ。」

 少し離れたことろで身をかがめ、手慣れた様子でミントを摘み始めたリーナ。
 リーナは離宮で暮らしていた時、母親のリリ王妃と二人でよくミントを摘んだと言います。

 リーナが手伝ってくれたおかげで、思いのほか作業が捗り、いつもより早めにお茶の時間となりました。
 今日のお茶は、摘み立てのフレッシュミントを使ったミントティーです。

 鼻をくすぐる爽やかなミントの香りを楽しんでいると、リーナが言います。

「ロッテは、大公様になっても全然変わらないのね。
 いつも通り、ハーブ畑の世話をして、こうしてのんびりとお茶を飲んで。
 大公って言えば、帝国貴族の中では最上位なのでしょう。」

「変わる訳ないじゃない。
 国民のいない国の君主が、大公ですってふんぞり返っていたら良い笑い者だわ。
 なんちゃんて伯爵が、なんちゃって大公に看板を付け替えただけですもの。
 どっちにしろ、なんちゃって貴族なのだから変わりようがないわ。」

 元々、聖教の迫害を逃れる方便として帝国を構成する領邦となったものです。
 最初から国の体裁をなしていないのですから、肩書が変わったところで何という事もありません。

「それにしても、いきなり大公に昇爵なんて唐突よね。
 それに、ロッテの話では皇帝陛下のお言葉に何か含みがあるようですしね。
 いったい、何があるのかしら?」

 私がおじいさまから昇爵の詔書を頂いた時の様子を話すとリーナがそんな感想を漏らします。

「本当よね。
 何があるのか気に掛かるけど、教えてくださらないのよ。
 一、二年すればわかるとしか言ってくださらないの。
 私としては、おじいさまが無事なのであればそれで良いのですけど。」

 全く事情が分からないので、二人で首を傾げてしまいました。
 まあ、一、二年すればわかるのなら、それを待つしかないですね。

     ********

「ところで、町の住む職人の顔役から、建築関係の職人を確保したという知らせが入ったわ。
 どうしましょうか。
 もう集めちゃって良いのかしら。」

 リーナは、これを伝えるためにやって来たようです。
 ホテル建設の進捗はと言うと、先日フランクさんによる内装の設計が終り、資材の発注も済ましました。
 建築に必要な資材は、シューネフルトに店を構える商会に発注しました。
 帝都やアルビオン王国の王都で発注した方が手っ取り早いのですが。
 少しでも、アルム地方にお金が落ちるようにシューネフルトで発注したのです。
 とは言え、片田舎の街ですので、揃わないモノも沢山ありました。
 そういったモノは帝都で、ハンスさんにお願いしました。
 揃ったものから順次運び入れるそうで、冬前までにはすべて揃えると約束してくださいました。

「そうね、フランクさんの方では図面が引き終わっているから。
 もう集めてもらっても良いわ。
 集まって来た人から作業に入ってもらいましょう。
 フランクさんにはそう伝えておくわ。
 それと、この前発注した資材の手当てを急がせてね。」

「わかったわ、では顔役にはそのように指示しておきます。
 でも、本当に助かったわ。
 アルム地方は雪深くて、冬場に工事なんてできなかったでしょう。
 職人達が仕事が無くて困っていたのよ。
 あんな巨大な建物の中で、冬を徹しての工事なんて今までなかったから。
 それと、資材もうちの街の中から買い上げてくれたでしょう。
 物が動かなくなる冬を前に、抱えていた在庫を掃けたって商人たちが喜んでいたの。」

 リーナは、領民、そしてアルム地方に住む人たちに仕事、ひいてはお金が回る事をとても喜んでくれました。
 そうですね、今後も大きな物を建設するのは冬場にすることにしましょうか。
 手が空いている職人さんが多いですし、その分多少なりとも工賃を安くすることも出来そうです。

 リーナが帰ると、私はフランクさんに職人が集まってくることを告げ、ホテルの建設現場で出迎えるように指示しました。

 それから、数日もしないうちに職人が少しづつ集まり始めます。
 早速、作業に指示を飛ばしているフランクさん、様子を見に訪れた私の横に並んで言いました。

「こんなに早く職人を集めることが出来るなんて思いませんでした。
 これなら、木枯らしが吹く前に窓を全部嵌め込むことが出来そうです。
 冬の間、凍えずに作業が出来そうですよ。
 資材の手配も冬前までには全て終わりそうですし。
 春の完成を目指して頑張りますよ。」

 意気揚々と言ったフランクさん、先日までの資金繰りに困って意気消沈していたのが嘘のようです。
 これから先のホテルの建設については、フランクさんに任せておけば良いのでしょうね。

    ********

 ホテル建設の件、帝都の街灯の件が一段落して、取り敢えずの区切りがつきました。
 後は、それぞれ、フランさんとオークレフトさんにお任せになります。

 やっと時間がとれた私が訪れたのは、シューネフルトに開設された女学校の寄宿舎の一室です。

「ネネちゃん、ナナちゃんを預かってくれて有り難う。
 ナナちゃんを迎えに来たわ。」

「あっ、シャルロッテ様、いらっしゃい。
 いえ、私の方こそナナと会わせてくださり有り難うございました。
 久しぶりにナナとゆっくり話が出来て嬉しかったです。」

「はい、私もお姉ちゃんと一緒にいられて楽しかったです。」

 訪ねた部屋にいた姉妹に声を掛けると、二人から嬉しそうな返事が返ってきます。
 ナナちゃんを村から早々に連れ出したのは良かったのですが。
 その後、私は皇宮侍女の引き抜きの件や街灯設置工事の件で忙しく飛び回ることになりました。

 せっかく村から連れ出したのに、相手をする人がいないと退屈するだろうと思ったのです。
 それで思いついたのは、女学校の寄宿舎に住む姉のネネちゃんと一緒に過ごしてもらう事でした。

 女学校はまだ一学年しか生徒はいませんが、寄宿舎は予め五学年分の部屋を用意してあります。
 校長のアガサさんに頼み込んで、空き部屋を一つ借りてしばらく滞在させてもらう許可をもらったのです。

 とは言え、平日の日中はネネちゃんは女学校の授業を受けないといけません。
 その間、やはりナナちゃんを手持ち無沙汰にしまったのでないかと心配していたのですが。

「ネネお姉ちゃんが先生に頼んでくれて、授業を見せてもらいました。
 女学校って、読み書き計算を習うだけじゃなかったんですね。
 この辺の町や村でどんなモノが作られているのかとか。
 目の前の大きな湖にどんな生き物が住んでいるのとか。
 色々と知らない事が沢山あって面白かったです。
 それと、お姉ちゃんの学校が休みの日に街を案内してもらったんです。
 人がいっぱいでビックリしました。
 それに、電車も乗ったし、街灯が灯っているの見ました。
 凄いですね、世界中でここにしかないって。」

 目を輝かせてそんな話をするナナちゃん。
 どうやらネネちゃんが気を利かせて、先生に授業を見学させて欲しいと頼んだようです。

 首尾よく許可がもらえたナナちゃんですが、授業で教えてもらった内容いとても関心がある様子です。
 ナナちゃんも、姉二人に似てとても向学心旺盛だと見受けられました。

 女学校の五年間のカリキュラムには、地理や歴史、社会制度といったものから自然環境などいうものも組まれています。
 何と言っても、アルム地方はリゾート地として色々な国や地域からお客様を迎えることになります。
 他所からやって来たお客様に、アルム地方の名所や物産品を誰もが説明できるようにするのが目標です。

 また、自国の社会制度を知り、周辺国の社会制度を知らないとお客様と思わぬ行き違いが生じるかも知れません。
 特に身分制度の違いなどは、十分に気を使わないといけないですから。
 その辺のこともきちんと授業のカリキュラムに組み込んでいるのです。

「そう、良かったわね。
 じゃあ、冬の間、ナナちゃんにはもっともっと色々な事を教えてあげるし。
 色々なモノを見せてあげるわ。
 楽しみにしておいてね。」

 ええ、冬の間、アルビオン王国の王都にある屋敷へ連れて行って、ノノちゃんにも会わせてあげる計画です。
 当然、王都を見せてあげるつもりですし、機会があれば帝都へも連れて行こうかと思っています。

 きっとビックリするでしょうね。
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