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第14章【間章】ノノちゃん旅日記

第343話 これでは叱れないじゃないですか

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「お姉ちゃん、凄いね。
 この子達が話している言葉と同じ言葉をしゃべれるんだものね。
 私、全然違う言葉をしゃべる子なんて初めて見たよ。
 私なんか、この子達が何を言っているのか、さっぱりなんだもの。」

 『わくわく、農村体験ツアー』の初日の晩、子供達と一緒に寝そべったナナが呟きました。
 子供達は遊び疲れたのでしょう、みんなスヤスヤと寝息を立てています。

 そう言われて初めて気付きました。
 アルビオン語など習ったことが無いナナが、子供達の話す言葉を理解できるはずがありません。
 クララちゃんやアリスちゃんとすっかり打ち解けていたので、失念していました。

「そう言えば、そうね。
 ナナがアルビオン語を理解できる訳がないモノね。
 でも、ナナ、クララちゃんやアリスちゃんに随分懐かれてたじゃない。
 わたし、言葉が通じているもんだと勘違いしてた。」

「イヤだな、お姉ちゃん。
 自分が村にいた時のことを思い出してよ。
 私らが世話している二つ、三つの子なんて、ロクに言葉なんて話せないじゃない。
 身振り手振りを見て、何を言いたいのか予想してたでしょう。
 あれと同じよ、小さな子の身振り手振りなんて、どこでもあまり変わんないみたいね。
 小っちゃい子の子守りの秘訣は、前にお姉ちゃんが教えてくれたんだよ。」

 ナナの言葉にハタと気付かされます。
 そう言えば、クララちゃん辺りが話す言葉は片言ですね。
 私も言葉そのものに加えて、クララちゃんの表情や身振りをみて判断していたように思います。

 村では父母共に村長さんの牧場で働いているので、小さな子の子守りは年長の子供達の役目です。
 よちよち歩きが出来るくらいの子もいますから、言葉もあまり話せません。
 子供の表情を見て、何が言いたいのか汲み取ってあげないといけないのです。
 そのことは、ナナにも教えた覚えがあります。

「だから、小っちゃい子とは仲良くなれるんだけどね…。
 やっぱり、ある程度大きな子と仲良くなるのは難しいね、言葉が分かんないと。
 身振り手振りが減って、言葉で伝えようとするから。
 私も言葉が通じれば、もっと大きな子とも仲良くしたいんだけど。」

 この国は、帝国語とセルベチア語が共通語となっていていますが。
 あいにく、この村は帝国系の住民しかおらず、セルベチア語を話す人はいません。
 そんな環境で育ったので、ナナは自分と違う言葉を話す今回のお客さん達に驚いたようです。

 わたしが自分と違う言葉を話す人がいる事を知ったのはいつの事でしたっけ…。
 わたしがご領主様のもとへ下働きに召し上げられた時に、ローザ先生から教えてもらったのが最初ですね。
 それまでは、わたしも世の中に何種類も言葉が有るなんて思いもしませんでした。

 アルビオン語を教えて頂いた際は、アガサさんが流暢な帝国語で説明してくださるのですんなりと頭に入ってきました。
 おかげで、こうして留学もさせて頂けましたし、アルビオンの方々との会話にも不自由しないで済みました。
 
 ナナの言う通りですね、コミュニケーションを取ろう思ったら言葉が通じないと困ります。
 シャルロッテ様や領主様が考えているアルム地方のリゾート地化が実現すると、方々からお客様が訪れるようになります。
 その時、宿屋や酒場、それにお店などで、言葉が通じないとお客様に不便をかけることになりますね。

 シャルロッテ様は常々その点を指摘していて、領主様が計画している領民学校で三ヶ国語を教えるように提案しているようです。
 三ヶ国語とは、帝国語、セルベチア語、それにアルビオン語です。
 シャルロッテ様の提案が実現すれば良いと、わたしも思います。
 ただ、…。

「そうね、やっぱり言葉が通じないと不便よね。
 今、領主様が計画している領民学校でアルビオン語も教えようかという話もあるけど。
 領民学校が出来るのは早くても五年後、ナナは対象年齢じゃなくなっちゃうね。」

 そう、領民学校が実現する頃には、ナナはその恩恵を受けられる年を過ぎているのです。

「残念だなー、お姉ちゃん達が羨ましい。
 ネネお姉ちゃんも、色々な言葉を習うんだよね。いいなー。
 私も、ノノお姉ちゃんやネネお姉ちゃんみたいに学校ってところに行ってみたいな。」

 とてもがっかりした表情を見せるナナ。
 何とかしてあげたいですが、お世話になっている身のわたしにはどうする事も出来ません。
 わたしは無力です…。

「ねえ、ナナ。
 今から二日でアルビオン語を話せるようになるのは無理だけど。
 『おはよう』とか挨拶で使う言葉を教えてあげる。
 挨拶はコミュニケーションの第一歩よ。
 それがきっかけで打ち解けられるかも知れないしね。」

 何の慰めにもならないかも知れませんが、わたしはナナに提案して見ました。
 年長の子とはいえ子供同士ですから。
 きっかけさえあれば身振り手振りによるコミュニケーションも可能になるでしょう。

「そうだね、大きな子達とも少しでも仲良くなれたら良いからね。
 お願い、お姉ちゃん。挨拶の言葉だけでも教えてちょうだい。」

 ナナは大分ポジティブ思考なようで、くよくよした様子も見せずに返答します。

     ********

 そして、『おはよう』、『こんにちは』、『こんばんは』、『さようなら』、『また会いましょう』とか。
 ひとしきり、思いつくままに、挨拶表現を教えていきます。

 わたしの後について、ナナは何度も繰り返し発音しては挨拶を覚えようとしていました。

 すると、

「あら、感心ね。
 アルビオン語を習っているの?」

 不意に背後から聞き覚えのある声がします。
 振り返るといつの間にか、そこにはシャルロッテ様がいてお口の前で人差し指を縦に立てています。

 あっ、子供達を起こさないように、大きな声を立てるなと言う事ですね。

「あなた達、まだ眠くないなら私の部屋に来なさい。
 子供達を起こさないように静かにね。」

 そう言ってシャルロッテ様が手招きをしました。
 
 シャルロッテ様の部屋に行くと、手ずからお茶を淹れてくださいました。
 シャルロッテ様、ご自慢のハーブティーです。

 そして、

「あなた達の話はこの子から聞かせてもらったわ。」

 シャルロッテ様はブラウニーのモモちゃんを掌に乗せて言いました。

「きゃあ、可愛い!
 その子、何なんですか?」

 歓喜を上げるナナに、シャルロッテ様は唇に手を当て声を大きな声を出さないように指示しました。
 静まり返った夜は、声は響きますからね。

「この子は、ブラウニーのモモちゃん。
 この辺りにはブラウニーのお伽噺はなかったかしら。
 家付きの精霊で元は私の館にいたんだけど、家出しちゃって…。
 今はノノちゃんの部屋に住んでるの。」

「家出とは失礼しちゃうわ。
 私はノノちゃんの寄宿舎に興味があったから付いて行っただけじゃない。
 はーい!ナナちゃん、よろしくね。」

 シャルロッテ様の紹介に不平をもらしつつ、ナナに片手を上げるモモちゃん。
 フランクなモモちゃんの仕草に目を丸くするナナ。

「へー、精霊ですか…。
 この辺りでは泉の精霊とか、お伽噺に出て来ますが。
 泉に斧を落とすと現れて、おまえが落としたのは金の斧か、銀の斧かと聞いてくるの。
 本当に精霊を視る日が来るとは思いませんでした。」

 ナナ、本当に動じませんね。
 わたしが最初にブラウニー達を見た時にはもっと驚きましたけど…。

「それでね、モモちゃんが言いに来たの。
 ナナちゃん、今回のお客さんと仲良くなりたいんですって。
 そのためにアルビオン語を話せるようになりたいってことよね。
 それに、アルビオン語以外にも色々な言葉を学びたがっているとも聞いたわ。
 リーナが計画している学校開設に間に合わない事をガッカリしているとも。」

 筒抜けでした。

「えへへ…。」

 と言って頭を掻くモモちゃん。
 モモちゃんったら、あれほど他人ひと様の家の事情を無暗に他人に話したらダメだと叱っているのに…。

「確かに、今の計画ではナナちゃんくらいの世代の子が隙間になっちゃうのよね。
 新しい事を始めるのだから、仕方がないと言えば、仕方がないのだけど。
 でも、その間の優秀な子や向学心のある子を腐らせるのは損失だと思うの。
 昨年開設した女学校は、領民救済を兼ねているから。
 身売りに出されそうな女の子を生徒として集めているのよね。
 ノノちゃんの妹さんばかりを優遇する訳にはいかないわ。
 ノノちゃんが仕送りをして、ネネちゃんの食い扶持が無くなったのだから。
 ナナちゃんのお宅は金銭的に大分余裕が出てくるはずよね。
 ナナちゃんが女学校の対象年齢になるのは二年後。
 その時には、ナナちゃんが受け入れ対象になるとは限らないわね。」

 シャルロッテ様はそんな説明を始めました。
 シャルロッテ様も領民学校開設までの間に、教育を受けられない世代が出てくるのを気にされているようです。

「ねえ、ナナちゃん。
 私、このログハウスを使って、『わくわく、農村体験ツアー』を毎年やろうと思っているの。
 対象は今年と同じ小さな子供達よ。
 もし良かったら、こらから毎年、子供達のお世話を手伝ってくれないかな。
 もし引き受けてくれるのなら、私があなたを預かって読み書きを教えてあげるわ。
 お給金は出せないけど、衣食住の全てを私が負担すると言えばご両親もイヤとは言わないでしょう。」

 なんと、シャルロッテ様がナナに読み書きを教えてくれると言います。
 先程言った三ヶ国語に加えて、ロマリア語まで。
 現に今、保護したアリィシャちゃんに勉強を教えていて、ネネの通う学校より高度な教育を施していると言います。
 『高度な』って、『魔法』というオチではないですよね…。

「凄く嬉しいのですが。
 うち、弟がまだ小さくて、お父さんとお母さんが働いている間、世話をしないといけないんです。
 幾ら生活を面倒見てもらえると言っても、ウンと言うかどうか。」

 わたしとネネがいなくなって、ただでさえ食事の用意や洗濯をする女手が足りなくなっているそうです。
 そんな中で、金銭的負担が減るとはいえ、小さな弟二人を世話するナナがいなくなったら困るだろうと言うのです。

「あら、そうなの。良い話だと思ったのだけど…。
 じゃあ、こんなのはどうかしら?
 この辺りは積雪が深くて、冬場は仕事にならないでしょう。
 親御さんも家にいるはずよね。
 その間は、親御さんに弟さんの世話をしてもらって。
 冬の間、ナナちゃんは私のところで勉強するの。
 もちろん、その間の衣食住はわたしが支給するわよ。
 ノノちゃんにも会わせてあげるわ。」

 ええと…、冬の間って、シャルロッテ様はアルビオンの王都で過ごすのですよね。
 しかも、わたしに会わせると言っているし。
 ナナを魔法でアルビオンまで連れてくるつもりですか。

「それなら大丈夫かもしれないです。
 それ、叶えば嬉しいです。」

 シャルロッテ様の提案を聞いて喜ぶナナ。

「そう、じゃあ、帰ったら親御さんに言っておいて。
 夏場の『わくわく、農村体験ツアー』の時はちゃんとお給金を出すって。
 それと、秋口にでも一度説明しに伺うわ。」

 そう言って微笑むシャルロッテ様。
 「ゆくゆくはログハウスの管理人でもやってもらおうかしら」なんて呟いていました。

 また、モモちゃんの悪い趣味に助けられてしまったようです。
 うむむ…。
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