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第14章【間章】ノノちゃん旅日記
第323話 旅立ちの前に
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シャルロッテ様のお屋敷からの帰り道。
お屋敷を訪問した時は、必ずシャルロッテ様が馬車で寄宿舎まで送ってくださるのです。
帝国を構成する領邦の君主様だというのに、私のような下々の者にもとても親切にしてくださいます。
ただ…、美しい白馬が引く豪華な馬車で寄宿舎へ乗りつけると、目立つことこの上ないのが困りものです。
「ノノちゃん、何か、とてもご機嫌そうに見えるけど。
今日依頼したお仕事、そんなに楽しみにしてくれているのかしら。」
シャルロッテ様が言われる通り、この時の私は自分でも分かるくらい上機嫌でした。
だって、
「はい、今まで乗った事もない豪華な船での旅も楽しみですが。
何より、三年振りに妹や弟に会えるのがとても楽しみなんです。
そうだ、あの子達の何かお土産でも買っていってあげようっと。」
「あら、それは良いわね。
弟さん、妹さん、きっと喜ぶわよ。
そうだ、荷物が多いと大変でしょう。
そのお土産とか、他に帰省の荷物とかがあれば、魔法でアルムハイムまで送っておいてあげるわ。
そうそう、ナンシーさんの引っ越し荷物もアルムハイムまで魔法で送るからね。
ノノちゃんも、ナンシーさんも、着替えとか旅に必要な荷物だけを持って船に乗りなさい。」
私の返答を聞いたシャルロッテ様は、とても有り難いことを言ってくださいました。
沢山の荷物を抱えて船に乗るのは大変だなと思っていたのです。
ホント、至れり尽くせりです。
********
で、出発までの二月ほど何をしていたかと言うと。
特段する事はありませんでした、全てシャルロッテ様がお膳立てしてくださったから。
私がしたことと言えば、お客様の代表者であるブライトさんにご挨拶に伺ったことくらいでしょうか。
それから、故郷の家族にお土産を買いに行った事くらいです。
そう、やはり、出発の日に港で初めて顔を合わせるのでは不安です。
王都の港で行き違いになって、お客様をご案内できませんでしたではシャレになりません。
という事で、お客様の代表であるブライトさんに面通しを兼ねてご挨拶に伺ったのです。
事前にシャルロッテ様がアポイントを取ってくださった時間にブライトさんを訪ねると。
「悪いね、こんな郊外まで来てもらって。
街中にある事務所の方が交通便が良かったのだが。
港でスムーズに落ち合うために面識を持ちたいと言うのであれば。
同行する妻と娘にも会っておいてもらった方が良いかと思って家に来てもらったんだ。」
応接に通されて挨拶を済ませるとブライトさんが軽く謝罪を口にしました。
その言葉通りに、ブライトさんの横には奥様とお子様と思われる女性が二人腰掛けています。
「いいえ、むしろ助かりました。
私達が住む女学校の寄宿舎は、こちらのお宅の近くなのです。
今日は徒歩で参りましたが、十五分も掛かりませんでした。」
ブライトさんのお宅は王都の北側、閑静な住宅街にありました。
同じく王都の北側の郊外にある寄宿舎とそれほど遠い場所ではなかったのです。
「この近くと言うとあの女学校か、これは優秀な才媛方だ。
しかし、シャルロッテ様からは部下を寄こすと聞いていたのだが。」
「はい、私は今月女学校を卒業してアルムハイム伯にお仕えします。
ブライトさん達御一行をアルムハイム伯国までご案内するのが私の初仕事なのです。
隣にいるノノちゃんは私の女学校の後輩で、アルムハイム伯の後見で女学校に通っています。
とても優秀な子ですのよ、今年の学年主席ですから。」
「ほお、あの学校で主席とは大したものだ。
しかし、ノノ君があの学校の生徒だったとは驚いた。
あの学校は入学時の年齢が十三歳からだったはず。
私も娘を来年から通わせたいと考えていたのだから。
気分を害したら申し訳ないが、正直、家の娘と同じような歳だと思っていたのだよ。
ナンシーさんの下で働く小間使いかと思っていたのだが。」
わたしの事を聞いて驚くブライトさん、この反応はもう慣れました。
わたしは今十四歳ですが、皆さん、私を見て十一、二歳ではないかと言うのです。
私は貧乏生活の中で栄養状態が悪かったことから、成長が遅いのだろうと思っていたのですが…。
実のところ、本当に十二歳くらいなのかもしれません。
女学校に入学した時に、クラスメートから「誕生日はいつ?」と聞かれた時に気付いたのです。
「タンジョウビ?なにそれ美味しいの?」とは聞きませんでしたが、初めて耳にする言葉でした。
その時、初めて知りました。
この国では、生まれた時はゼロ歳で、誕生日を迎えるごとに一つ歳を重ねるという事を。
わたしの故郷では生まれ落ちた時点で一歳と数えます。ゼロの概念が無いのですから。
そして、村にはカレンダーは村長の家にしかありません。
村長の家の人以外は、文字も数字も読めないのでカレンダーなどあっても宝の持ち腐れです。
ですから、村人たちは誕生日など意識しません
では、歳はどうやって数えるのか?村の人は新年を迎えると共に全員が一つ歳をとるのです。
この時点で、まずはこの国の数え方では十三歳なのは間違いがないです。
でも、もう一つ、わたしは冬の生まれだと聞いてます。
もう雪が降っていて、産湯がすぐに冷たくなって大変だったと良く言われるのです。
もし、わたしが生まれたのが十二月だとすると、生まれて一月も経たずに二歳になっていたのです。
今のわたしくらいの年齢は成長期です。一歳の歳の差が顕著に体つきに現れます。
以来、わたしは思っているのです、本当は二つ歳が嵩増しされているのではないかと。
確証がないので、口に出しては言いませんが。
まっ、それはともかく。
「まあ、でも、うちのアニーと歳が近いようだし。
道中の話し相手にでも、なってもらえると有り難い。
アニーも来年、あの学校へ通わせるつもりなので、学校の雰囲気などを話してやってくれ。」
ブライトさんの言葉に続いて、
「私、今、家庭教師についてもらって入学の準備を進めているのですが…。
あまり、学習の進捗がはかばかしくなくて…、入学しても付いて行けるか不安なのです。
船の中ででも、相談に乗って頂けると助かります。」
少し恥ずかしそうな表情でアニーさんが言います。
アニーさんは物静かな雰囲気で、いかにも深窓のご令嬢という感じに見受けられました。
その後少しお話させて頂きましたが、奥様もアニーさんもとても穏やかな方でした。
この方々であれば、旅の間仲良く出来そうだと安心したのです。
********
七月、学年末試験も無事にやり過ごしました。
私も、ナンシー先輩も、学年主席を守り通す事が出来ました。
そして、これによりナンシー先輩の卒業が確定したのです。
後は夏休みを待つだけと言う休日のことです。
「服が買いたい?ご家族にお土産に?」
「はい、ここアルビオンでは布地の大量生産のおかげで、比較的安価に服が手に入ると聞きました。
しかも、大陸では手に入り難い、肌触りの良い木綿の服が。
王都の一般的な市民が普段着に着るような服が欲しいのですが。
服なんて買ったことが無いので、何処へ行けばよいのか分からないのです。」
私が何処か良い服屋が無いかとナンシー先輩に尋ねると。
「私が服屋なんて知っていると思う?
私、ノノちゃんよりよっぽどみすぼらしい格好をしていたのよ。
服なんて買う余裕は全くなかったの。
ですから、王都の店なんてほとんど知らないのよ。
今着ている服も全てシャルロッテ様に仕立てて頂いたものですもの。
お役に立てなくてゴメンね。」
ナンシー先輩が申し訳さなさそうな表情をします。
私の着ている服も同じで、シャルロッテ様に用意して頂いたものばかりです。
という事で。
「凄い!こんなお店があったのね。
王都に五年住んでいるけど知らなかったわ。」
やって来ました、王都の中心街。
あれから、寄宿舎の方々に良い店を教えて頂きました。
せっかくですので、ナンシー先輩もご一緒していただくことにしたのです。
ナンシー先輩は卒業したら、当面アルムハイムで過ごすことになります。
王都の中心街も知らずに、王都を去るのは気の毒ですから。
「本当ですね。
わたし、服ってのは仕立て屋さんで仕立ててもらうか。
布地を買って、自分で縫うのかと思っていました。
さもなければ、古着ですね。
村では、行商人が持ってくる古着が一番身近な服でした。
こんな風に、仕立て済みの新品の服がたくさん置いてあるなんて知りませんでした。
しかも、同じデザインの服でも、サイズが、S、M、Lと三通りあるので自分の体にあった服が選べます。」
「そうね、私も噂には聞いていたけど、初めて目にしたわ。
最近、この手のお店が増えて来て、一般の平民でも新しい服が手に入れ易くなったのですって。」
ナンシー先輩が一枚のブラウスを手に取って言いました。
そう、このお店は仕立て済みの服、しかも、一般市民が普段着に着れるような服を揃えているお店です。
蒸気機関を使った紡績機や織機によって布地の大量生産が可能になりました。
その結果、布地の価格が下がってこんなお店が出始めたそうです。
素材も、村で着ていたごわごわの麻ではなく、肌触りの柔らかい木綿で出来ています。
それが、婦人物のワンピースで、銀貨二枚ほどから買えてとてもお得です。
冬場に雪祭りのご褒美に頂戴した金貨や時計の展示即売会の時に頂いた給金には手を付けていませんでした。
私は、それを使って、両親や弟妹達の服を下着から上着まで十分な数を買い入れました。
巷で言われている『大人買い』というやつですね、わたしはまだ子供ですけど。
********
とても、良い買い物ができたと上機嫌で寄宿舎へ帰ったわたし。
そんな、わたしの気分に水を差す奴がいました。
「あら、随分とシンプルなデザインの服ね。
ご家族へのお土産なんでしょう、もう少しオシャレな服とかあったんじゃない。
ロッテちゃんから、沢山お金渡されているんでしょう。」
私が買って来た服を整理していると、モモちゃんがそんなことを言いました。
モモちゃんの服装、白いブラウスの上にこげ茶のジャンバースカートを着て、白いエプロンを着けています。
一見、家事仕事をするメイドのように見え、さして良い服装には見えませんが。
その実、ジャンバースカートはウール、エプロンはリネンで、共にとても上質で柔らかい素材に見えます。
極めつけはブラウスで、レースの付け襟が付けられてたそれは光沢があり恐らくシルクです、しかも上等な。
更に、エプロンはフリルと細かい花柄の刺繍が施されていてとても可愛いのです。
いったい、このブラウニー、どこでこんな上等な服を手に入れてるのでしょうか。
因みに、この国の伝承に出てくるブラウニーはどれも、醜い顔をしてボロを纏っているのですが。
モモちゃんは、伝承とは対極にあるような、良い身なりをしたキュートな女の子です。
「失礼ね。
モモちゃんは、いつもオシャレな服を着ているから想像できないでしょうけど。
私の生まれた村はとても貧しい村で、継ぎ当てだらけの服を着ているのが当たり前なの。
こんな新品の服なんて、村では滅多に手に入らないのよ。
良い服を着ているなんて村長さんくらいなの。
そんなところにオシャレな服なんて買って行ってどうするの。
いつ着れば良いのよ、衣装箱の肥やしになるのが目に見えるようだよ。
こういうシンプルな服の方が、普段から着ることができて良いでしょう。
これでも、村で着ているとやっかまれるんじゃないかと心配なくらいよ。」
それに、シャルロッテ様から渡されているお金は学資です。
お土産代などに使って良いものではありません。
私が気分を害したのが分かったのでしょう。
「ゴメン、ゴメン、謝るからそんなに怒らないで。
私、ノノちゃんの生まれた村のこと知らなかったから、無神経な事言って悪かったわ。」
私の目の前で、モモちゃんがペコペコと頭を下げます。
その仕草がとても愛らしくて、怒りが何処かに行っていました。
まあ、浮かれ気分に水を差されて、ちょっとムッとしただけですからね。
そんな訳で買い込んだお土産もシャルロッテ様の魔法で予めアルムハイムへ送って頂きました。
そして、八月、いよいよお客様をご案内してアルム地方へ旅立ちです。
お屋敷を訪問した時は、必ずシャルロッテ様が馬車で寄宿舎まで送ってくださるのです。
帝国を構成する領邦の君主様だというのに、私のような下々の者にもとても親切にしてくださいます。
ただ…、美しい白馬が引く豪華な馬車で寄宿舎へ乗りつけると、目立つことこの上ないのが困りものです。
「ノノちゃん、何か、とてもご機嫌そうに見えるけど。
今日依頼したお仕事、そんなに楽しみにしてくれているのかしら。」
シャルロッテ様が言われる通り、この時の私は自分でも分かるくらい上機嫌でした。
だって、
「はい、今まで乗った事もない豪華な船での旅も楽しみですが。
何より、三年振りに妹や弟に会えるのがとても楽しみなんです。
そうだ、あの子達の何かお土産でも買っていってあげようっと。」
「あら、それは良いわね。
弟さん、妹さん、きっと喜ぶわよ。
そうだ、荷物が多いと大変でしょう。
そのお土産とか、他に帰省の荷物とかがあれば、魔法でアルムハイムまで送っておいてあげるわ。
そうそう、ナンシーさんの引っ越し荷物もアルムハイムまで魔法で送るからね。
ノノちゃんも、ナンシーさんも、着替えとか旅に必要な荷物だけを持って船に乗りなさい。」
私の返答を聞いたシャルロッテ様は、とても有り難いことを言ってくださいました。
沢山の荷物を抱えて船に乗るのは大変だなと思っていたのです。
ホント、至れり尽くせりです。
********
で、出発までの二月ほど何をしていたかと言うと。
特段する事はありませんでした、全てシャルロッテ様がお膳立てしてくださったから。
私がしたことと言えば、お客様の代表者であるブライトさんにご挨拶に伺ったことくらいでしょうか。
それから、故郷の家族にお土産を買いに行った事くらいです。
そう、やはり、出発の日に港で初めて顔を合わせるのでは不安です。
王都の港で行き違いになって、お客様をご案内できませんでしたではシャレになりません。
という事で、お客様の代表であるブライトさんに面通しを兼ねてご挨拶に伺ったのです。
事前にシャルロッテ様がアポイントを取ってくださった時間にブライトさんを訪ねると。
「悪いね、こんな郊外まで来てもらって。
街中にある事務所の方が交通便が良かったのだが。
港でスムーズに落ち合うために面識を持ちたいと言うのであれば。
同行する妻と娘にも会っておいてもらった方が良いかと思って家に来てもらったんだ。」
応接に通されて挨拶を済ませるとブライトさんが軽く謝罪を口にしました。
その言葉通りに、ブライトさんの横には奥様とお子様と思われる女性が二人腰掛けています。
「いいえ、むしろ助かりました。
私達が住む女学校の寄宿舎は、こちらのお宅の近くなのです。
今日は徒歩で参りましたが、十五分も掛かりませんでした。」
ブライトさんのお宅は王都の北側、閑静な住宅街にありました。
同じく王都の北側の郊外にある寄宿舎とそれほど遠い場所ではなかったのです。
「この近くと言うとあの女学校か、これは優秀な才媛方だ。
しかし、シャルロッテ様からは部下を寄こすと聞いていたのだが。」
「はい、私は今月女学校を卒業してアルムハイム伯にお仕えします。
ブライトさん達御一行をアルムハイム伯国までご案内するのが私の初仕事なのです。
隣にいるノノちゃんは私の女学校の後輩で、アルムハイム伯の後見で女学校に通っています。
とても優秀な子ですのよ、今年の学年主席ですから。」
「ほお、あの学校で主席とは大したものだ。
しかし、ノノ君があの学校の生徒だったとは驚いた。
あの学校は入学時の年齢が十三歳からだったはず。
私も娘を来年から通わせたいと考えていたのだから。
気分を害したら申し訳ないが、正直、家の娘と同じような歳だと思っていたのだよ。
ナンシーさんの下で働く小間使いかと思っていたのだが。」
わたしの事を聞いて驚くブライトさん、この反応はもう慣れました。
わたしは今十四歳ですが、皆さん、私を見て十一、二歳ではないかと言うのです。
私は貧乏生活の中で栄養状態が悪かったことから、成長が遅いのだろうと思っていたのですが…。
実のところ、本当に十二歳くらいなのかもしれません。
女学校に入学した時に、クラスメートから「誕生日はいつ?」と聞かれた時に気付いたのです。
「タンジョウビ?なにそれ美味しいの?」とは聞きませんでしたが、初めて耳にする言葉でした。
その時、初めて知りました。
この国では、生まれた時はゼロ歳で、誕生日を迎えるごとに一つ歳を重ねるという事を。
わたしの故郷では生まれ落ちた時点で一歳と数えます。ゼロの概念が無いのですから。
そして、村にはカレンダーは村長の家にしかありません。
村長の家の人以外は、文字も数字も読めないのでカレンダーなどあっても宝の持ち腐れです。
ですから、村人たちは誕生日など意識しません
では、歳はどうやって数えるのか?村の人は新年を迎えると共に全員が一つ歳をとるのです。
この時点で、まずはこの国の数え方では十三歳なのは間違いがないです。
でも、もう一つ、わたしは冬の生まれだと聞いてます。
もう雪が降っていて、産湯がすぐに冷たくなって大変だったと良く言われるのです。
もし、わたしが生まれたのが十二月だとすると、生まれて一月も経たずに二歳になっていたのです。
今のわたしくらいの年齢は成長期です。一歳の歳の差が顕著に体つきに現れます。
以来、わたしは思っているのです、本当は二つ歳が嵩増しされているのではないかと。
確証がないので、口に出しては言いませんが。
まっ、それはともかく。
「まあ、でも、うちのアニーと歳が近いようだし。
道中の話し相手にでも、なってもらえると有り難い。
アニーも来年、あの学校へ通わせるつもりなので、学校の雰囲気などを話してやってくれ。」
ブライトさんの言葉に続いて、
「私、今、家庭教師についてもらって入学の準備を進めているのですが…。
あまり、学習の進捗がはかばかしくなくて…、入学しても付いて行けるか不安なのです。
船の中ででも、相談に乗って頂けると助かります。」
少し恥ずかしそうな表情でアニーさんが言います。
アニーさんは物静かな雰囲気で、いかにも深窓のご令嬢という感じに見受けられました。
その後少しお話させて頂きましたが、奥様もアニーさんもとても穏やかな方でした。
この方々であれば、旅の間仲良く出来そうだと安心したのです。
********
七月、学年末試験も無事にやり過ごしました。
私も、ナンシー先輩も、学年主席を守り通す事が出来ました。
そして、これによりナンシー先輩の卒業が確定したのです。
後は夏休みを待つだけと言う休日のことです。
「服が買いたい?ご家族にお土産に?」
「はい、ここアルビオンでは布地の大量生産のおかげで、比較的安価に服が手に入ると聞きました。
しかも、大陸では手に入り難い、肌触りの良い木綿の服が。
王都の一般的な市民が普段着に着るような服が欲しいのですが。
服なんて買ったことが無いので、何処へ行けばよいのか分からないのです。」
私が何処か良い服屋が無いかとナンシー先輩に尋ねると。
「私が服屋なんて知っていると思う?
私、ノノちゃんよりよっぽどみすぼらしい格好をしていたのよ。
服なんて買う余裕は全くなかったの。
ですから、王都の店なんてほとんど知らないのよ。
今着ている服も全てシャルロッテ様に仕立てて頂いたものですもの。
お役に立てなくてゴメンね。」
ナンシー先輩が申し訳さなさそうな表情をします。
私の着ている服も同じで、シャルロッテ様に用意して頂いたものばかりです。
という事で。
「凄い!こんなお店があったのね。
王都に五年住んでいるけど知らなかったわ。」
やって来ました、王都の中心街。
あれから、寄宿舎の方々に良い店を教えて頂きました。
せっかくですので、ナンシー先輩もご一緒していただくことにしたのです。
ナンシー先輩は卒業したら、当面アルムハイムで過ごすことになります。
王都の中心街も知らずに、王都を去るのは気の毒ですから。
「本当ですね。
わたし、服ってのは仕立て屋さんで仕立ててもらうか。
布地を買って、自分で縫うのかと思っていました。
さもなければ、古着ですね。
村では、行商人が持ってくる古着が一番身近な服でした。
こんな風に、仕立て済みの新品の服がたくさん置いてあるなんて知りませんでした。
しかも、同じデザインの服でも、サイズが、S、M、Lと三通りあるので自分の体にあった服が選べます。」
「そうね、私も噂には聞いていたけど、初めて目にしたわ。
最近、この手のお店が増えて来て、一般の平民でも新しい服が手に入れ易くなったのですって。」
ナンシー先輩が一枚のブラウスを手に取って言いました。
そう、このお店は仕立て済みの服、しかも、一般市民が普段着に着れるような服を揃えているお店です。
蒸気機関を使った紡績機や織機によって布地の大量生産が可能になりました。
その結果、布地の価格が下がってこんなお店が出始めたそうです。
素材も、村で着ていたごわごわの麻ではなく、肌触りの柔らかい木綿で出来ています。
それが、婦人物のワンピースで、銀貨二枚ほどから買えてとてもお得です。
冬場に雪祭りのご褒美に頂戴した金貨や時計の展示即売会の時に頂いた給金には手を付けていませんでした。
私は、それを使って、両親や弟妹達の服を下着から上着まで十分な数を買い入れました。
巷で言われている『大人買い』というやつですね、わたしはまだ子供ですけど。
********
とても、良い買い物ができたと上機嫌で寄宿舎へ帰ったわたし。
そんな、わたしの気分に水を差す奴がいました。
「あら、随分とシンプルなデザインの服ね。
ご家族へのお土産なんでしょう、もう少しオシャレな服とかあったんじゃない。
ロッテちゃんから、沢山お金渡されているんでしょう。」
私が買って来た服を整理していると、モモちゃんがそんなことを言いました。
モモちゃんの服装、白いブラウスの上にこげ茶のジャンバースカートを着て、白いエプロンを着けています。
一見、家事仕事をするメイドのように見え、さして良い服装には見えませんが。
その実、ジャンバースカートはウール、エプロンはリネンで、共にとても上質で柔らかい素材に見えます。
極めつけはブラウスで、レースの付け襟が付けられてたそれは光沢があり恐らくシルクです、しかも上等な。
更に、エプロンはフリルと細かい花柄の刺繍が施されていてとても可愛いのです。
いったい、このブラウニー、どこでこんな上等な服を手に入れてるのでしょうか。
因みに、この国の伝承に出てくるブラウニーはどれも、醜い顔をしてボロを纏っているのですが。
モモちゃんは、伝承とは対極にあるような、良い身なりをしたキュートな女の子です。
「失礼ね。
モモちゃんは、いつもオシャレな服を着ているから想像できないでしょうけど。
私の生まれた村はとても貧しい村で、継ぎ当てだらけの服を着ているのが当たり前なの。
こんな新品の服なんて、村では滅多に手に入らないのよ。
良い服を着ているなんて村長さんくらいなの。
そんなところにオシャレな服なんて買って行ってどうするの。
いつ着れば良いのよ、衣装箱の肥やしになるのが目に見えるようだよ。
こういうシンプルな服の方が、普段から着ることができて良いでしょう。
これでも、村で着ているとやっかまれるんじゃないかと心配なくらいよ。」
それに、シャルロッテ様から渡されているお金は学資です。
お土産代などに使って良いものではありません。
私が気分を害したのが分かったのでしょう。
「ゴメン、ゴメン、謝るからそんなに怒らないで。
私、ノノちゃんの生まれた村のこと知らなかったから、無神経な事言って悪かったわ。」
私の目の前で、モモちゃんがペコペコと頭を下げます。
その仕草がとても愛らしくて、怒りが何処かに行っていました。
まあ、浮かれ気分に水を差されて、ちょっとムッとしただけですからね。
そんな訳で買い込んだお土産もシャルロッテ様の魔法で予めアルムハイムへ送って頂きました。
そして、八月、いよいよお客様をご案内してアルム地方へ旅立ちです。
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