上 下
324 / 580
第13章 春、芽生えの季節に

第321話 心優しい精霊でも時には怒ります

しおりを挟む
 聖下がいらして二日目、朝からシューネフルトの教会を訪ねました。
 礼拝堂からではなく、ラビエル大司教の居住区画となっている棟にある入り口に馬車を着けます。
 ラビエル大司教に迎えられた私達は、さっそく教会の内部を案内して頂くことになりました。

「カロリーネ姫様が、王宮に掛け合ってくださって、多額の修繕費を用立ててくださったそうです。
 そのおかげで、外観は百年以上前のままですが、内部は新築同様に補修されています。
 私も、何一つ不自由すること無く過ごす事が出来て有り難い限りです。」

 教会の各所を案内しながら、ラビエル大司教は聖下にそんなことを話しました。

「たしかに、とても奇麗で、真新しい感じがするのう。
 とても、百年以上経っている教会の内部とは思えん。
 それに、扉一つ、調度品一つとっても、とても格調の高い物が設えてある。
 格別の配慮をして頂いたようで、カロリーネ姫には頭が上がらないのう。」

 教会の内部を見回しながら、聖下が呟きました。
 リーナから聞いている話では、平素のクラーシュバルツ王国の財政状態ではとても捻出できなかったそうです。
 セルベチアからの賠償金があったおかげで、何とか予算を付けてもらう事が出来たともらしていました。
 それだけこの教会に、リーナは期待を寄せているのです。

 そして、私達はこの教会の一番重要な施設、礼拝堂に足を向けました。
 一般の礼拝者とは反対側の扉から礼拝堂に足を踏み入れると、

「なんと、これは…。」

 聖下は目の前の光景に言葉を失いました。
 聖下が目を奪われたのは、見事なステンドグラスでも、真新しくリニューアルされた祭壇でもありません。
 第一、私達、祭壇の裏から出て来たので、真新しい煌びやかな祭壇は見えません。

 聖下が目を奪われたのは礼拝に訪れている信徒の方々です。
 今日は安息日とされている日曜日ではありません。
 なのに、礼拝堂で祈りを捧げている信徒の数や、まるで日曜の礼拝のようです。

 広く立派な礼拝堂なので錯覚しそうですが、ここは小さな田舎町なのです。
 田舎町の教会の礼拝堂、平日の朝からこれだけの信徒が礼拝に訪れている事に聖下は言葉を失ったのです。

 ええ、私もビックリしましたとも…。

    ********

 こう言っては何ですが、この町シューネフルトはどん詰まりの町です。
 この町はシューネ湖の湖上交易の中心だったとはいえ、ここから先は小さな村しかありません。

 いくら敬虔な信徒が多い町だと言っても、平日の朝からこんなに押し掛ける信徒がいるはずがないのです。
 それに、よく見るとけっこう若い方が目立ちます。

 礼拝堂、マナーとして静粛に振る舞うものですが、どこにでも例外はあるもので。
 とても敬虔な信徒には見えない若者の声がもれ聞こえました。

「あれ、おんめー、隣村のゴンベーじゃねえか。
 どしたんだ、こんな所で。
 おめえ、たしか、何処かに傭兵に行ったんじゃなかったべか。」

「なんだ、そういうおめーはヨータか?
 随分、ひさしぶりだな。
 おりゃ、プルーシャに傭兵に出てたんだがな。
 セルベチアとの戦争で鉄砲の弾くらっちまって。
 当たり所が悪かったんだと思うが、ほれこの通り右腕が全く動かんのよ。
 プルーシャとセルベチアの戦争が終っちまったんで戻って来たんだが。
 利き腕が動かんと仕事にありつくことができねえ。
 困ったもんだと思ってたら、この教会で『奇跡』が起こったと聞いてな。
 あやかりてぇと思って来てみたんだ。
 礼拝なんて、生まれて初めてだが、神様にゃそんなことわからんだろうからな。
 おめえこそ、どうしたんだ。礼拝なんてガラじゃないだろが。」

「おう、俺か?
 おりゃ、ちょいと隣村の娘に夜這いを掛けたんだ。
 二階の窓から押し入って、頂いちまおうかと思ってよ。
 ちょうど良い具合にあった木に登って、二階の窓に飛びついたんだよ。
 そしたらよ、その娘、まだ起きてやがった。
 物音に気付いて木窓を開けたんだよ、勢い良くな。
 おかげで、木窓で思いっ切りアゴを打ち付けられて、そのまま地面にズドンだ。
 そん時、腰を打ち付けちまってよ。それから、片足が動かねえんだ。
 野良仕事が出来なくなったもんだから、肩身が狭くてよ。
 で、俺も聞いたんだ、この教会の『奇跡』の噂。
 信仰心なんか、これっぽちも持っちゃいないが。
 俺も子供の頃に洗礼だけは受けているから、一応信者ということになってるからな。
 適当に拝んどけばあやかれるんじゃねえかと思って来てみたんだ。」

 静粛な礼拝堂の中で、そんな不信心な言葉を吐く若者二人。
 周囲の信者たちからヒンシュクの目が集まりますが、そんなのお構いなしに大声で会話を続けています。
 『奇跡』の噂が広まれば、こういう不信心な者も出て来くることは予想が出来ましたが…。
 それにしても、随分と早く出て来たものですね。
 もちろん、礼拝堂を訪れた大部分の信者の方は熱心に祈りを捧げています。
 ですが、若い方を中心に、このような不心得者がまばらに見受けられました。

 そして、若い方が多い理由にも思い至りました。
 先程の不心得者ではありませんが、祈りを捧げている若者は皆さん、何処かしら負傷している様子です。
 恐らく、セルベチアとの戦争が終結して引き揚げて来た兵士達なのでしょう。
 戦争で酷い負傷を追った方々が『奇跡』の噂を聞き付けてやって来たのだと思います。

 聖下も、ラビエル大司教も二人の若者に呆れていますが、一々目くじらを立てても仕方がないと思ったのでしょう。
 周囲の信者の方々に直接迷惑を掛けることが無ければ、事を荒立てまいと思っている様子でした。

      ********

 ですが、不心得者を赦さない人(?)もいました。

 礼拝堂の高い天井、光が届かない暗がりの中から不意に光が舞い落ちて来ました。
 これには、私もビックリしました。
 アクアちゃん達から、何も聞かされていませんでしたから。

 天上から降り注ぐ、金と銀に輝く光の粒、それはいつも違う挙動を取ったのです。
 光は祭壇に向かって熱心に祈りを捧げる人々に降り注ぎます。

 ただし、その光は不思議な事に、先程の二人を含む数名の不心得者を上手く避けるように降り注いだのです。

「目、目が見える…。
 戦争で負傷して、見えなくなった目が見える…。
 何という神々しい光…。
 神よ!この奇跡に感謝いたします!」

 そんな声が祭壇の前から聞こえたかと思うと、礼拝堂のそこかしこで歓喜の声が上がります。

「お、おい、これはどういうこった。
 なんで、俺っちの腕は治らねえんだ?」

「おい、ゴンベーよ!
 あの光を浴びないとダメなんじゃねえか?
 俺達のところは降ってねえぜ。」

「おっ、そうだな。
 よし、俺らも、あの光を浴びに行こうぜ。」

 そう言って二人は光りが降り注ぐ場所へ移動します。
 ですが、面白いように二人の行く先は、舞い散る光りの粒がピタリと止むのです。

「お、おい、なんだこりゃ。
 俺達は『奇跡』のおこぼれに与かれねえってか。」

「何だ、何だ、せっかく来てやったってのにこの仕打ちは。
 神様ってのは、万民に慈悲を振りまくもんじゃねえのか。」

 二人組がそんな不平をもらしている間に、降り注ぐ光の粒は減っていき、やがて降り止みました。

 多くの人々が、祭壇に向かって跪き、賜った『奇跡』に対する感謝の祈りを捧げています。
 その中で、あの二人を含む五、六名の若者たちが呆然と立ち尽くしていました。
 礼拝堂の中で大声を上げておしゃべりをしていた人達です、不心得な事を堂々と。

 そんな五、六人の若者をしり目に、祈りを終えた人々が礼拝堂を後にして行きます。

「うちの息子ったら、最近、礼拝に行こうとしないのよ。
 『神様なんてアテになんねえ』なんてバチ当たりな事を言っているのよ。
 帰ったら今目にしたことを話してあげましょう。
 不信心なことを言っていると奇跡の恩恵に与かれないわよって。」

「そうね。私も子供たちにきつく言っておくわ。
 あの人達みたいにバチ当たりな事を言っていると神様も救ってくださらないようですしね。」

 普段からこの教会に礼拝に訪れている敬虔な信者なのでしょう。
 そう言いながら、私の前を通り過ぎていきました。

 その日シューネフルトの教会で起こった第二の『奇跡』は、人々の間に衝撃をもたらしました。

『神は人々の行いを見ている。信仰心のない者が奇跡の恩恵に与かることは出来ない。』

 そう人々の心に刻み込んだのです。

 私に対しても事前に一言もなく、礼拝堂に『癒し』の光を降らせた水の精霊アクアちゃん。

「別に信仰心なんてどうでも良いですわ。
 私は聖教のことなど存じませんし。
 ですけど、あの方々は非常識ですわ。
 『奇跡』に縋ろうというのに、あの場であんなことを言うなんて。
 私は親切心で治癒を施して差し上げようとしているのに、あんな連中を見ると気が削がれますわ。
 あんな不心得者が増えないように、彼らは見せしめです。」

 そう言いながら、アクアちゃんはプンプンと怒っていました。
 アクアちゃんの言葉通り、それ以降あの若者たちのような不心得者が礼拝に訪れることは無くなったようです。

 ですが…。

「助かった。
 傭兵仕事で転々とする中、あちこちの酌婦を摘み食いしてたら。
 えらい病気をうつされて、もうダメかと思っていたんだ。
 行く先々で教会に寄っては、神様に病気を治して欲しいと祈った甲斐があったぜ。」

 そんな呟きをもらしながら、私の目の前を通り過ぎた若者がいたことは、アクアちゃんに内緒にしておきましょう。
 こんな不心得者まで治してしまったのかと、きっと嘆きますから。
 熱心に祈っているからと言って、行いが良いとは限りませんね。
 この人なんて自業自得ではないですか…。

  ********

 聖下にはアルムハイムで温泉に浸かってのんびり過ごして頂き、三日後。

「アルムハイム伯、すっかり世話になってしまい心から感謝する。
 今まで何かと煩わされることが多くて、こんなにゆっくりと休めたのは何十年振りだろうか。
 それと、アクア殿には今回も大変な助力をして頂きとても感謝していると伝えてはもらえぬか。
 本当に有り難うと。」

 聖都の教皇宮殿の裏庭にヴァイスの引く馬車を降ろし、聖下を無事送り届けました。
 別れ際、聖下はそう感謝の言葉をくださったのです。

 すると、

「そんなに気にしないでも良いですわ。
 私が勝手にしたことですし。
 おじいちゃんも、あまりご無理をしないでくださいね。
 また、お会いする機会があれば、癒しを施して差し上げますので。
 それまで、お元気で。」

 私の傍らに姿を現したアクアちゃんが、聖下に声を掛けました。
 子供やお年寄りに優しいアクアちゃんですが、聖下の事はことのほか気遣っているように見えます。

 後で、そのことを聞いてみたら。

「別にあの方が特段どうと言うことはありませんわ。
 ですが、あの歳まで体に鞭打って人のために務めるは気の毒ではないですか。
 本来ならば、引退して悠々自適としていて良い歳なのですから。
 私はロッテちゃんのおじいちゃんにも親切にしていますわよ。」

 やっぱり、お年寄りには親切なのですね。
 聖下に、おじいさま、終身その座を降りることが出来ない老人を気の毒に思っている様子です。

 こうして、アルムハイムの夏は過ぎていきました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...