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第13章 春、芽生えの季節に

第319話 メアリーさん達も帰ります…、って何処へ?

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 ブライトさん一行を見送り、概ね思惑通りに事が進んだと胸を撫で下ろしていると。

「まあ、まあ、万事上手くいってホッとしているようね。
 顔にそう書いてあるわよ。」

 メアリーさんに図星を指されました。

「ええ、まあ。
 アルム地方振興の布石を打つといった目的は果たせたと思いますので。」

「そうね、あの方たちは私の国のブルジョアジーに顔の利く方ばかりだから。
 あの方達に気に入られたのは大きなアドバンテージだと思うわ。
 それに、あの人達の口コミで『シューネフルトの奇跡』の事も広がるでしょうしね。
 来年と言わず、冬前には人が集まって来るわよ。」

「そうなれば願ったり叶ったりなのですけど。」

「あらそうなの?
 でも、あまり人が集まって来ても受け入れの態勢が整っていないでしょう。
 宿なんかどうするの。」

「あの町、小さな町ですがシューネ湖畔にある村々から物資が集まる集積地として栄えた町なのですよ。
 小さな渡し舟を使って、湖畔の村々から人や物が集まって来ました。
 ですから、上流階級の方が好まれるようなホテルはありませんが、グレードを問わなければ宿の数はそこそこあります。
 すぐに集まって来るような方は、『奇跡』に縋りたい方ですもの。
 宿のグレードなど問わないと思いますが。
 それと、国内外の貴族の方については、身元のはっきりした方のご紹介があれば、リーナの館にお泊めする手筈にしています。
 次期女王として、内外の貴族にツテを作るいいチャンスでしょう。」

 『奇跡』の噂を聞き付けてすぐに来るような方は、余程敬虔な聖教の信徒か、何処かしら具合の悪い所がある方でしょう。
 大陸各地に『聖地』と呼ばれる巡礼地がありますが、私が知る限り巡礼宿は余り上等な宿ではないようです。
 大部屋で毛布一枚に包まり雑魚寝などという巡礼宿もあるみたいですし。

 それに比べたら、シューネフルトの町にある宿屋は随分とましな方だと思います。
 敬虔な信徒や『奇跡』に縋りたい方は、それに文句を付けることは無いと思います。

「まあ、お客様の足元を見るみたいな事を言って。
 シャルロッテちゃんたら、悪い子ね。」

 私の言葉に、メアリーさんは笑いながらそう言いました。
 本気で、『悪い子』だとは思っていないようです。

     ********

「ところで、私達も、もうそろそろお暇することになるのですけど。
 私ね、とても心残りなことがあるの。」

 私にそんなことを訴えるメアリーさん。

「何かやり残したことがございましたか。
 何かなさりたいことがあれば、手配いたしますが。」

 私が、メアリーさんに要望を訪ねると…。

「私も老い先短い身でしょう。
 今を逃したらもうチャンスは無いと思うの。
 生きている間に、ドラゴンやユニコーンに会ってみたいものだわ。」

 よりによって一番難儀な事を言い出しました…。
 若い生娘が大好きな似非えせユニコーンや似非ドラゴン、メアリーさんはその好みの対極にあるご年配の方です。

「以前申し上げたかと思いますが、ユニコーンもドラゴンも非常にアレな性格をしていまして…。
 申し訳ございませんが、それは難しいかと。
 ブライトさん達にもご遠慮いただきましたし。」

「あら、良いじゃない。見るだけよ、見るだけ。
 ユニコーンって伝承通り、生娘じゃないとさわれないのでしょう。
 触りたいなんて言わないから、シャルロッテちゃんがユニコーン達のご機嫌を取ってよ。」

 そんなことを言うメアリーさん。まあ、森に入るだけなら見逃してくれる様子ですから大丈夫でしょうか。

「なにやら面白い話をしておるの。
 それは、私も付いて行ってはダメかのう。
 ほれ、子供は男の子でも平気だったのじゃろう。
 私達、枯れた老人も、もう男も女も関係ないであろう。」

 私とメアリーさんの会話を耳にしたおじいさまがそんなことを言います。
 確かに、もう邪気などはありませんね…。

 こうして、メアリーさん達一行とおじいさまを連れて聖獣の森へ行くことになりました。

     ********

 例によって、子供たちを連れて行った箱に皆さんを乗せて私の魔法で飛んでいきます。
 ヴァイスの引く馬車では4人しか乗れませんから。

「シャルロッテちゃんの魔法って大したものね。
 大人二十人以上乗せた箱で、空を飛ぶなんて芸当が出来るとは思わなかったわ。
 天馬の引く馬車も素敵だけど、こうして直接風に晒されると空を飛んでいるって実感できるわね。」

 メアリーさんは風を遮るモノがない箱に乗ってとても楽しそうです。
 他の方々も、遮る壁がなく四方に視界が開けた箱から見る景色に見入っていました。

 そして、着いた大きな池の畔。

「なんだ、シャルロッテ、そなた、我に喧嘩を売っているのか。
 この間はトウの立った年増女を連れて来たかと思えば…。
 今度は枯れた婆さんだと、しかもじじいまでいるではないか。
 我は、清らかな乙女を連れてこいと言っておるのだぞ。
 そなた一人しかおらんではないか。」

 開口一番、失礼な事をいうユニコーン(もどき)。
 一応アリィシャちゃんも連れて来ているのですが…、まごう事なき生娘ですよ。

「あら、口の悪いユニコーンさんね。
 はじめまして、私、メアリーと申します。
 別に良いではないですか、誰もあなたに触ろうだなんて思っていませんよ。
 生娘以外に触れられるのが嫌なのでしょう。
 私達は皆、老い先短い身。
 ここに伝説の聖獣がいると耳にして、冥途の土産にと思い見に来ただけです。
 年寄りを労わると思って、そのくらい許してくださいよ。」

「なんだ、馴れ馴れしい婆さんだな。
 ま、まあ、我に触れようとしないのであれば、別に気にもせんが。
 おい、シャルロッテ、我にこれらの相手をしろと言うのではないのか?」

 メアリーさんの言葉に毒気を抜かれたように、ユニコーン(もどき)が尋ねて来ます。

「そうね、今日来た人達はあなた達を見に来ただけだわ。
 子供や若奥様のように乗せろとは言わないわ。」

 第一、ご年配の方がドラゴンに乗って空を飛ぶなんてことになったら、見ている私が気が気でありませんから。

「ならば、勝手にせい。
 我は相手をせんぞ…。」

 そう言ったユニコーン(もどき)でしたが、アリィシャちゃんにせがまれて背に乗せていました。
 その姿を見たご婦人の中から。

「まあ、素敵ね。
 清らかな乙女を背に乗せて優雅に歩くユニコーンなんて、お伽噺の一場面みたいだわ。」
 
 そんな声が漏れました。
 別に自分が乗らなくても、ユニコーンが人を乗せている光景を見られただけで感慨深いようです。

 そして、湖畔が賑やかになると姿を現すのが…。

「何だ、何だ、今度は随分と枯れた連中を連れて来たものだな。
 今日は、ノノはおらんのか?」

 バシャっという大きな水飛沫を上げて池の中から白銀に輝くドラゴン(もどき)。
 お気に入りのノノちゃんがいないので、残念そうです。

「ごめんね、ノノちゃんは帰っちゃったの。
 また今度連れて来るからそれまで待っていてね。」

「なに、帰ったと。では、俺の方から会いに行くとするか。」

 止めてください、ドラゴン(もどき)が姿を表したら王都がパニックになります。
 私は、今度必ず連れて来るからと言ってドラゴン(もどき)を宥めるのに難渋しました。

「おお、これは神々しい。
 白銀に輝く竜だなんて、まるで神話の中から飛び出て来たかのようだ。
 これを拝めただけでも、ついて来た甲斐があったというものだ。」

 おじいさまがドラゴン(もどき)を見て、感激に打ち震えています。

「うん、なんだ、この爺は?」

「あっ、紹介するね私のおじいさま。
 私の大切な家族なのだから、男だからと言って邪険にしないでくださいね。」

「うん、シャルロッテのじい様だと?
 と言うことは、おまえのばあ様の純潔を奪った憎っくき男か。
 これは赦しておけぬ、俺が成敗してやろう。」

 あっ、このドラゴン(もどき)はおばあ様に誘われてこの森に移って来たのでしたっけ。
 そう言えば、最初にあった時、私のおばあ様を美しい娘だったと言っていましたね。

「ダメよ。私の大切なおじい様なの。
 だいたい、おじい様がいなければ、私は生まれていなかったのよ。
 おばあ様の代わりに私がこうして遊びに来ているから良いじゃない。
 今度、また、ノノちゃんを連れてきてあげるから。」

「うーん、確かにこ奴がいなければ、あの娘の血が途絶えていたのか。
 シャルロッテがいなければ、ノノに巡り会う事も出来なんだか。
 仕方がない、ここは大目に見てやるか。
 その代わり、必ずノノを連れて遊びに来るのだぞ。」

 このドラゴン(もどき)、けっこうチョロかったです。
 ノノちゃんを連れて来ると言うだけで折れてくれました。

「ドラゴン殿、寛大なお心に感謝します。
 それと、何時ぞやは、ここに押し入った賊を退治してくださって有り難うございました。
 おかげで、大切な孫娘が害されることなく済みました。」

 そんなドラゴン(もどき)におじい様が感謝の言葉を伝えます。

「賊というのは、大挙してこの森に侵入した愚か者共の事か。
 それなら気にするでない、あの愚か者共はこの地を汚そうとしたのだ。
 俺達はそれを排除しただけだからな。」

 そう言いながらも、おじい様に感謝の言葉を掛けられて、ドラゴン(もどき)はまんざらでもない様子です。

 そして、手土産に持って来た酒の匂いに連れられてアレも現れます。

「おお、シャルロッテ。
 この間は、良い女を連れて来てくれて感謝しておるぞ。
 程よく熟した奇麗な女に酌をしてもらったのなんて何百年振りであった事か。
 酒が進んだわい。」

 いきなり、そんなことを言うフェニックス(もどき)、先日の若奥様を相当お気に召したようです。
 そんなフェニックスは私の連れている人達を見て…。

「なんだ、今日は随分と枯れた連中を連れて来たものだな。
 一本角の機嫌を損ねているのではないか。
 あいつは生娘でないと嫌だなんて性根が偏狭な奴だからな。
 その点、儂はそんな偏狭な事は言わんぞ。
 婆さんだって酌さえしてくれれば、大歓迎だ。
 ささ、酒をよこさんか。」

 そう言うと思っていました。この似非えせフェニックス、酒さえあれば何でも良いのですね。
 フェニックス(もどき)の言葉を聞いたメアリーさん、酒樽を抱えて歩み寄ります。

「あら、嬉しいわね。
 フェニックさんだけは歓迎してくださるのね。
 私はメアリー、とても遠くから来たの。
 この森に伝説上の聖獣が、生息していると聞いてね。
 生きている間に、一度お目にかかりたいと思ったのよ。
 良いお酒を持って来たから、ぜひ召し上がって。」

 そう言いながら木の器にお酒を注いで差し出すメアリーさん。

「おお、気が利くではないか。
 さすが、年輪を重ねて酸いも甘いも嚙み分けている。
 尻の青い娘は、こういう気配りが出来ないで困るわ。」

 お酒を差し出されて上機嫌のフェニック(もどき)はさっそく器に嘴を突っ込みます。

 さて、一緒に来たアリィシャちゃんですが、ユニコーンに続いてドラゴンに乗って空を飛んでいます。
 ご婦人方にドラゴンに乗って空を飛ぶところを見せて欲しいとせがまれたのです。

「もう、五十年以上も前のことね。
 私、竜に乗って空を飛ぶ騎士様の物語が好きだったの。
 私も竜に乗って空を飛べたらと思っていたわ。
 もう、竜に跨れる年じゃなくなっちゃったけど…。
 こうして思い描いた光景を実際に目に出来ただけでも幸せだわ。」

 一人のご婦人がそう呟くと何人かのご婦人方も同調したように頷いていました。
 どうやら、六十年くらい前にそのような物語が流行ったようです。

 その後は、フェニックスを囲んで酒盛りになりました。
 フェニックスが聞かせてくれる昔話に、ご婦人方は興味津々でした。
 幾らご年配の方々といっても、皆さん七十歳前後です。
 何百年もの時を過ごしたフェニックス(もどき)の昔話はスケールが違います。

 最後は、お酒が回って、興が乗ったフェニックスは、大空に絵を描くというお決まりの芸を披露します。
 これには、ご婦人方も甚く感激していて、芸を終えて戻って来たフェニックスは拍手喝采で迎えられていました。

 で、おじい様ですが…。
 私が気が付くと、ドラゴンのところで、おばあ様の思い出話に花を咲かせていました。

 今はもういないおばあ様の話をするおじい様は、少し寂しげな表情です。
 ですが、同じくおばあ様の事を知るドラゴンとの会話できるのが嬉しかったのでしょう。
 感慨深そうにおばあ様の思い出を語っていました。

 やがて、時間が過ぎ。

「今日は年寄りばかりでお邪魔しちゃって悪かったわね。
 でも、本当に良い思い出が出来たわ。
 フェニックスさんも、ドラゴンさんも、ユニコーンさんも有り難う。」

 三体の聖獣(もどき)に別れの挨拶をすると、メアリーさんは既に皆が乗っている箱に乗り込みます。
 そして、私達はアルムハイムの館に帰ったのです。

     ********

 その数日後、いよいよ貴族のご婦人方もお帰りになる時が迫ってきた日のことです。
 私とトリアさんを前にしてメアリーさんが言いました。

「ヴィクトリア、悪いのだけど、王都に戻ったらこれを配ってちょうだい。
 私達、皇帝陛下のご招待で、これから帝都に行くから。
 帰るのが一月ほど後になるので、家族が心配するかと思って。
 これ、各々の家族に宛てた手紙なの。」

 メアリーさんが、二十通の封筒をトリアさんに差し出します。

「ちょ、大叔母様、そんな勝手な。
 みんな心配しますよ。
 それにいきなり、大人数で皇宮に訪れたらご迷惑になります。」

「でもねえ、私、一度も帝都に行ったことが無いとお話したら。
 皇帝陛下が、是非にとご招待してくださったの。
 お断りするのも失礼でしょう。
 という事で、お願いね。
 シャルロッテちゃん、申し訳ないけど、皇帝陛下を帝都へお送りする時に私達も同行させてね。
 それと、一月ほどしたら迎えに来てもらえると助かるわ。
 その代わりと言ったら何だけど、アルム地方の良い噂はその辺中に広めてあげるから期待して良いわよ。」

 と言いながら笑うメアリーさん。
 おじい様はと言うと…。

「まっ、そう言う事だから、申し訳ないが頼まれてくれんか。」

 本当に申し訳なさそうにいます。
 どうやら、話の弾みで言ってしまったことに、ご婦人方が乗り気になってしまったようです。

 どうやら、トリアさんも事情を察したようで、呆れた様子で封筒を受け取っていました。
 まあ、おじい様がそれで良いのであれば、私はかまいませんが。

 更に、数日後、私はおじい様とメアリーさん一行の二十人を連れて帝都の皇宮へ転移しました。
 こうして、一月に及ぶメアリーさん達の滞在は終わりを告げたのです。

 はぁ…、それにしてもフリーダムなお婆ちゃん方です…。

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