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第13章 春、芽生えの季節に
第317話 アクアちゃんに𠮟られました
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「ジャガイモ!
ボク、しってるよ!
フィッシュ・アンド・チップスでしょう。
おいしいよね!」
子供たちを集めて、これからジャガイモ掘りをすると伝えると、一人の男の子がご機嫌そうに言いました。
「わたしも、すき!」
「ぼくも!」
すると、子供たちの間から、同調する声が上がります。
どうやら、子供たちはジャガイモの揚げたものが好きなようです。
「ホント、短い期間で随分と変わったものね。
私、まだ、二十五にもなっていないのだけど。
私がこの子達の年頃の時は、ジャガイモのことを『貧者のパン』と言ったのよ。
ジャガイモは貧しい人達の主食で、上流階級の人達はジャガイモが出されると顔を顰めていたの。
それが、フィッシュ・アンド・チップスが流行った途端に、上流階級の食卓にも上るようになって。
今じゃ、子供の大好物ですものね。
まあ、実は私も大好きなのだけど、あれがあるとお酒が進むのよね。
スタウトがあると最高!」
昨日の夕食の時、お酒が無いのを残念がっていたお母さんが言いました。
このお母さん、実は結構吞兵衛のようです。うちの森のフェニックスと気が合いそうです。
「そうね、最近は色々とジャガイモを使った美味しい料理が考えられているものね。
随分とジャガイモの地位も向上したわ。
それより、早くジャガイモ掘りしましょう。
私、畑の作物を収穫するのなんて初めてよ。
まさに農村体験って感じよね。
とっても楽しみだわ。」
そして、小さなジャガイモ畑の前に移動した面々。
やはりこの畑がいつ作られたものかと疑問を持つ人は誰もいませんでした。
まあ、疑問を持つとしたら、二人のお母さんしかいないのですが。
********
「じゃあ、私がジャガイモを掘って見せますね。
みんなは私の後で真似をして掘ってみてください。」
子供たちの前でそう言ったノノちゃんは、腰を落としてジャガイモの茎を一本両手で掴むと…。
一気にそれを引き抜きました。
畑の土は、植物の精霊ドリーちゃんがジャガイモを育てるのに最適な状態に調整した土です。
黒く軟らかな土は、差して力を込めることなくジャガイモを引き抜くことが出来るようでした。
スポっと抜けたジャガイモの茎の下には丸々としたジャガイモが三つ付いていました。
ノノちゃんはジャガイモが抜けて開いた穴に手を入れて周りの土を掘り始めす。
すると、土の中からゴロゴロと大きなジャガイモが転がり出て来ました。
「はーい、こんな風にジャガイモを掘ります。
じゃあ、みんなでジャガイモを掘ってみましょう。
沢山採れたら、これで美味しいランチを作りますからね。
それを楽しみにして、頑張りましょうね!」
ノノちゃんは採れたジャガイモを手に取って、子供たちにジャガイモ掘りを始めるように言いました。
ナナちゃんとアリィシャちゃんが手分けをして、子供たちの芋ほりを手伝ってくれます。
「うんしょ、うんしょ。」
ノノちゃんの傍らでせっせとジャガイモの茎を引っ張る女の子。
いつもノノちゃんにくっついている女の子です。
幾ら柔らかい土でも、さすがに三、四歳の子では引き抜くのが難しいように見えます。
それでもがんぱって力を込めると…。
いきなりジャガイモがスポッと抜け、体勢を崩して尻もちをつきました。
柔らかい地面なので痛くはないはずですが…。
泣くかなと思って女の子に注目してると、「きゃはは、ころんじゃった。」と笑い声を上げました。
そして、ジャガイモが抜けた穴をせっせと掘り拡げ始めたのです。
あっという間で泥だらけになってしまいましたが、その女の子は楽し気に土を掘り起こしています。
そして、掘り拡げた土の中から自分の拳よりもはるかに大きいジャガイモを拾い上げました。
そのジャガイモをノノちゃん向かって差し出して見せると。
「じゃがいも、みいつけたっ!」
女の子は得意気に声を上げて、嬉しそうに笑いました。
この子の声に続くように、畑のあちこちで子供たちの喜ぶ声が上がります。
見ると、みんな自分の掘り起こしたジャガイモを得意気に掲げて見せています。
ノノちゃんはそんな子供たちに、「えらいね、大きなジャガイモが採れたね。」と声を掛け、頭を撫で回ります。
「ジャガイモってこんなに簡単に掘れるものなのね。
そもそも、こんな風に収穫できるものだって知らなかったのだけど。
とっても楽しいわ。」
そう言ったお母さんその一、せっせとジャガイモを掘り返しています。
子供たち同様に泥まみれになっていますが、全然気にしていないようです。
そして、お日様が高くなる頃にはジャガイモ畑はすっかり掘り起こされていました。
みんなの前には、小高く積まれたジャガイモの山。
それを前にして、みんな、とっても良い笑顔を見せてくれました。みんな泥だらけですが…。
さて、これからジャガイモを使ったランチですが…。
その前に、お風呂に入ってもらうことにしました。
みんな、余りに泥だらけで食事をするような姿ではありませんから。
********
そして、お風呂。そこで思わぬトラブルが発生します。
私は、皆さんがお風呂に入ると来ていた服を預かりました。
そして、皆さんがお風呂に入っているうちに、水の精霊アクアちゃんに服を洗ってもらったのです。
汚れた服をアクアちゃんの作った大きな水の玉の中に入れて、そこで水流を起こして汚れを落とします。
水を何度か替えて、汚れが完全に落ちたら、服から水気を全て取り除くのです。
水を自由自在に扱えるアクアちゃんならではの離れ業です。
皆さんから預かった服が洗い終わったので、私もお風呂に入ろうかと思ていると。
「うえええん!」
子供の泣き声が聞こえました。
何事かと思ってお風呂の方へ急ぐと、素肌に布を巻いただけのノノちゃんと出くわしました。
ノノちゃんは髪の毛から水が滴っていて、慌てて私を呼びに来たようです。
「シャルロッテ様、困ったことになりました。」
珍しく慌てた様子のノノちゃんに連れられてお風呂に行くと…。
年少の子達を中心に子供たちが泣いていました。
「いてて、これは困っちゃたわ。
お湯に入ったら、腕がしみて。ヒリヒリと痛くてかなわないわ。」
いえ、子供たちだけではありませんでして、二人のお母さんも涙目でした。
芋ほりをする時、二人のお母さん方は暑いからと言ってノースリーブの上着でした。
そう、大の大人が涙目の理由は日焼けです。
ここは高地、気温は多少低いですが、陽射しはとても強いのです。
考えてみれば、初日、昨日とノノちゃんが連れて行ってくれた小川は上手い具合に日陰になる場所でした。
昨日の牧場も、外を見たのは朝のうちだけでした。
今日は日当たりの良い場所に作った畑で何時間も芋ほりをしていたのです。
日焼けしないはずがありません。
因みに、私、アリィシャちゃん、ノノちゃん、ナナちゃんの地元組は長袖です。
それがすっかり当たり前になって、日焼けの事を失念していました。
お母さん方でも涙目になるほどの痛みです。
お湯を浴びた子供たちは我慢できなかった様子です。
これは、どうにかしないといけませんね。
どうするのが一番良いかと考えていると…。
********
「全く迂闊ですわ、ロッテちゃん。
小さな子供はお肌が弱いのですから、あなたが気を付けてあげないと。
まあ、小さな子があんなに日焼けして可哀想に。」
私を窘めながら、水の精霊アクアちゃんが姿を現しました。
いや、ここに出てこられると困るのですが…。
助けてくれるのは有り難いですが、アクアちゃんの方が迂闊です。
「うわっ、ビックリした。
誰、その方?小人さんかしら?」
私の傍に姿を現したアクアちゃんを見て驚きの声を上げたお母さんその一。
「きゃっ、可愛い!
なにそれ、なにそれ。」
子供のように無邪気にはしゃぐお母さんその二。なにそれって物ではないのですから…。
「なにそれって、失礼ですわね。
私は物ではありませんわよ。
私は精霊、水の精霊アクア。よろしくお見知りおきを。」
ほら、アクアちゃんが気分を害したではないですか。
「精霊と言うと、ブラウニーとか、おとぎ話によく出てくる精霊のことかしら。
本当にいたんだ…。」
お母さんその一の呟きが聞こえました。
ブライトさん一行には精霊の事は内緒にしていましたからね。
「あら、そうでしたの。
気を悪くさせてしまったのなら、ごめんなさいね。
でも、本当に可愛いわね。」
アクアちゃんに謝るお母さんその二、あまり反省しているようには見えません。
「まあ、いいわ。
それよりも、酷い日焼けで子供たちが可哀想だわ。
さっさと、治してしまいましょう。」
あっ、ダメ。私はすかさずアクアちゃんを止めようとしましたが…。
私が声を発するより早く、アクアちゃんの癒しの光が日焼けを痛がるみんなに降り注ぎました。
「うええ…、えっ、いたくなくなった?」
「本当だ、水がしみなない。」
「あら、真っ赤になっていた肩の日焼けがすっかり取れているわ。」
「本当ね、すっかり元通りの肌だわ。全然ヒリヒリしないし。」
ほどなくして、全員の日焼けはおさまった様子で、そんな声が聞こえてきました。
そして、感の良いお母さんが一人。
「でも、この光…。
何日か前に、教会に降って来た光にそっくりね。」
そう言って私の方を見ています。ほら、やっぱり気付かれた。
だから、アクアちゃんの存在を明かさずに、日焼けを癒すにはどうするのが一番良いかを考えていたのに…。
「ねえ、シャルロッテ様。
先日の教会で起こった奇跡って…。
実は、その精霊さんが起こしたものではなくって?
アルム地方に人を呼び込むネタとして。
たしか、リゾート地としてアルム地方に人を集める活動をしているのですよね。」
ギクッ。
「あら、何の事かしら?」
惚ける私をジト目で見つめるお母さん、やがてため息を付くと。
「ふっ、まあ良いわ。
こうして日焼けを治してもらったのだもの。
恩を仇で返すようなことは出来ないわ。
アクアちゃんの存在は見なかったことにするわ。
もちろん、誰にも話さないから安心して。」
そう言った後、もう一人のお母さんに向かって言いました。
「あなたも、誰にも言ったらダメよ。旦那にも内緒よ。」
「分かっているわよ。
こんな可愛い子に迷惑になる事なんて出来る訳ないじゃない。」
そう答えたもう一人のお母さん、アクアちゃんを掌の上に乗せて顔をだらしなく緩めていました。
ここは、この二人を信用しておきましょう。
********
日焼けで傷んだ肌もすっかり元通りとなり、体の汚れも落としたらいよいよランチタイムです。
ノノちゃんの指示で、皆さんが入浴している間にジャガイモが茹でられていました。
全員がテーブルにつくと、銘々の前に大きなジャガイモの乗った皿が置かれました。
茹でたてのジャガイモは皿の上でホカホカと湯気を立てています。
ノノちゃんはと言うと、テーブルの端に置かれた昨日の夕食に使った卓上カマドの横に立っていました。
そして、全員に茹でたジャガイモが行き渡るとを確認すると、大きなチーズの塊をカマドの炭火にかざします。
「みんなの目の前にあるのは、さっきみんなで掘ったジャガイモですよ。
今から、このチーズをジャガイモにかけて回ります。
熱々のトロトロのうちに食べるのが一番美味しいので、かけた方から召し上がってくださいね。」
ノノちゃんは、炭火であぶったチーズの溶けた部分をヘラでこそげ落とし、トロリとジャガイモの上にかけて回りました。
ノノちゃんに言われた通り、チーズを掛けてもらった子からすぐさま食べ始めます。
「美味しい、昨日のチーズも美味しかったけど。
このチーズもとっても美味しい。
なんか、うちで食べるチーズと全然違う。」
十歳くらいでしょうか、今回参加した子の中で一番年長の女の子がそんな感想をもらします。
「このチーズ、ラクレットと言うチーズだけど、いやな臭いはしないし、味もまろやかでしょう。
この辺では、こうして直火であぶって溶かしたラクレットをジャガイモにかけて食べるの。
料理もラクレットって呼んでいるのよ。」
ノノちゃんが料理の説明をしますが、その時にはみんな、ラクレットを夢中で頬張っていました。
「お替わり、ちょうだい!」
お母さんの一人が真っ先にそう言うと、子供たちも次々にお替わりを要求します。
ノノちゃんは自分が落ち着いてラクレットを食べる暇がないくらい、チーズをサーブして回ることになりました。
皆さん、自分が収穫したジャガイモをお腹いっぱい食べて、とても満足そうでした。
そして、
「シャルロッテ様、お給金ばかりか、こんなにジャガイモを頂いて有り難うございました。
うちはお腹を空かせた弟が二人もいるのでとても助かります。
それと、お姉ちゃん、久しぶりに会えて凄く嬉しかった。
また、しばらく会えないんだろうけど、元気でね。」
『わくわく、農村体験ツアー』も終了の時間となり、ナナちゃんともお別れの時間となりました。
三日間、良く子供たちの世話をしてくれたナナちゃんには少し色をつけたお給金を渡しました。
それと、今日収穫したジャガイモ。
今日のお土産に参加者には持って帰ってもらいますが、量が余りに多過ぎました。
なので、ナナちゃんに持って帰ってもらう事にしたのです。
ジャガイモの詰まった大きな麻袋を肩から背負うようにしたナナちゃん。
ちょっと重いかなと思いましたが、「田舎の子供はこのくらいへっちゃらです。」と言うので持って帰ってもらいます。
そして、手を振りながら去っていくナナちゃんを見送った後、私達もアルムハイムへ帰還です。
「シャルロッテ様、今回は有り難うございました。
家族に会えたばかりか、ナナと三日間も一緒に過ごすことが出来ました。
おまけに、ナナにお給金やジャガイモまで頂いてしまって本当に申し訳ないです。」
ノノちゃんが、恐縮しながらお礼を言ってくれました。
「何言っているのよ。
本来なら仕事抜きで帰省させてあげる約束だったのだから、私が謝らないと。
それに、ナナちゃんには本当に助かったわ。
いつも、小さな弟の世話をしているからか、小さな子の相手が上手ね。
良い妹さんね。」
お世辞抜きで、ナナちゃんがいてくれて助かりました。
ノノちゃんとアリィシャちゃんの二人で、六人の子供の世話をするのでは手が足りませんでした。
私がナナちゃんを褒めると、ノノちゃんはとても良い笑顔を見せてくれました。
そして、
「はい、ナナはとっても良い子なんです!」
と、嬉しそうに言ったのです。
さあ、アルムハイムへ帰りましょう。
ボク、しってるよ!
フィッシュ・アンド・チップスでしょう。
おいしいよね!」
子供たちを集めて、これからジャガイモ掘りをすると伝えると、一人の男の子がご機嫌そうに言いました。
「わたしも、すき!」
「ぼくも!」
すると、子供たちの間から、同調する声が上がります。
どうやら、子供たちはジャガイモの揚げたものが好きなようです。
「ホント、短い期間で随分と変わったものね。
私、まだ、二十五にもなっていないのだけど。
私がこの子達の年頃の時は、ジャガイモのことを『貧者のパン』と言ったのよ。
ジャガイモは貧しい人達の主食で、上流階級の人達はジャガイモが出されると顔を顰めていたの。
それが、フィッシュ・アンド・チップスが流行った途端に、上流階級の食卓にも上るようになって。
今じゃ、子供の大好物ですものね。
まあ、実は私も大好きなのだけど、あれがあるとお酒が進むのよね。
スタウトがあると最高!」
昨日の夕食の時、お酒が無いのを残念がっていたお母さんが言いました。
このお母さん、実は結構吞兵衛のようです。うちの森のフェニックスと気が合いそうです。
「そうね、最近は色々とジャガイモを使った美味しい料理が考えられているものね。
随分とジャガイモの地位も向上したわ。
それより、早くジャガイモ掘りしましょう。
私、畑の作物を収穫するのなんて初めてよ。
まさに農村体験って感じよね。
とっても楽しみだわ。」
そして、小さなジャガイモ畑の前に移動した面々。
やはりこの畑がいつ作られたものかと疑問を持つ人は誰もいませんでした。
まあ、疑問を持つとしたら、二人のお母さんしかいないのですが。
********
「じゃあ、私がジャガイモを掘って見せますね。
みんなは私の後で真似をして掘ってみてください。」
子供たちの前でそう言ったノノちゃんは、腰を落としてジャガイモの茎を一本両手で掴むと…。
一気にそれを引き抜きました。
畑の土は、植物の精霊ドリーちゃんがジャガイモを育てるのに最適な状態に調整した土です。
黒く軟らかな土は、差して力を込めることなくジャガイモを引き抜くことが出来るようでした。
スポっと抜けたジャガイモの茎の下には丸々としたジャガイモが三つ付いていました。
ノノちゃんはジャガイモが抜けて開いた穴に手を入れて周りの土を掘り始めす。
すると、土の中からゴロゴロと大きなジャガイモが転がり出て来ました。
「はーい、こんな風にジャガイモを掘ります。
じゃあ、みんなでジャガイモを掘ってみましょう。
沢山採れたら、これで美味しいランチを作りますからね。
それを楽しみにして、頑張りましょうね!」
ノノちゃんは採れたジャガイモを手に取って、子供たちにジャガイモ掘りを始めるように言いました。
ナナちゃんとアリィシャちゃんが手分けをして、子供たちの芋ほりを手伝ってくれます。
「うんしょ、うんしょ。」
ノノちゃんの傍らでせっせとジャガイモの茎を引っ張る女の子。
いつもノノちゃんにくっついている女の子です。
幾ら柔らかい土でも、さすがに三、四歳の子では引き抜くのが難しいように見えます。
それでもがんぱって力を込めると…。
いきなりジャガイモがスポッと抜け、体勢を崩して尻もちをつきました。
柔らかい地面なので痛くはないはずですが…。
泣くかなと思って女の子に注目してると、「きゃはは、ころんじゃった。」と笑い声を上げました。
そして、ジャガイモが抜けた穴をせっせと掘り拡げ始めたのです。
あっという間で泥だらけになってしまいましたが、その女の子は楽し気に土を掘り起こしています。
そして、掘り拡げた土の中から自分の拳よりもはるかに大きいジャガイモを拾い上げました。
そのジャガイモをノノちゃん向かって差し出して見せると。
「じゃがいも、みいつけたっ!」
女の子は得意気に声を上げて、嬉しそうに笑いました。
この子の声に続くように、畑のあちこちで子供たちの喜ぶ声が上がります。
見ると、みんな自分の掘り起こしたジャガイモを得意気に掲げて見せています。
ノノちゃんはそんな子供たちに、「えらいね、大きなジャガイモが採れたね。」と声を掛け、頭を撫で回ります。
「ジャガイモってこんなに簡単に掘れるものなのね。
そもそも、こんな風に収穫できるものだって知らなかったのだけど。
とっても楽しいわ。」
そう言ったお母さんその一、せっせとジャガイモを掘り返しています。
子供たち同様に泥まみれになっていますが、全然気にしていないようです。
そして、お日様が高くなる頃にはジャガイモ畑はすっかり掘り起こされていました。
みんなの前には、小高く積まれたジャガイモの山。
それを前にして、みんな、とっても良い笑顔を見せてくれました。みんな泥だらけですが…。
さて、これからジャガイモを使ったランチですが…。
その前に、お風呂に入ってもらうことにしました。
みんな、余りに泥だらけで食事をするような姿ではありませんから。
********
そして、お風呂。そこで思わぬトラブルが発生します。
私は、皆さんがお風呂に入ると来ていた服を預かりました。
そして、皆さんがお風呂に入っているうちに、水の精霊アクアちゃんに服を洗ってもらったのです。
汚れた服をアクアちゃんの作った大きな水の玉の中に入れて、そこで水流を起こして汚れを落とします。
水を何度か替えて、汚れが完全に落ちたら、服から水気を全て取り除くのです。
水を自由自在に扱えるアクアちゃんならではの離れ業です。
皆さんから預かった服が洗い終わったので、私もお風呂に入ろうかと思ていると。
「うえええん!」
子供の泣き声が聞こえました。
何事かと思ってお風呂の方へ急ぐと、素肌に布を巻いただけのノノちゃんと出くわしました。
ノノちゃんは髪の毛から水が滴っていて、慌てて私を呼びに来たようです。
「シャルロッテ様、困ったことになりました。」
珍しく慌てた様子のノノちゃんに連れられてお風呂に行くと…。
年少の子達を中心に子供たちが泣いていました。
「いてて、これは困っちゃたわ。
お湯に入ったら、腕がしみて。ヒリヒリと痛くてかなわないわ。」
いえ、子供たちだけではありませんでして、二人のお母さんも涙目でした。
芋ほりをする時、二人のお母さん方は暑いからと言ってノースリーブの上着でした。
そう、大の大人が涙目の理由は日焼けです。
ここは高地、気温は多少低いですが、陽射しはとても強いのです。
考えてみれば、初日、昨日とノノちゃんが連れて行ってくれた小川は上手い具合に日陰になる場所でした。
昨日の牧場も、外を見たのは朝のうちだけでした。
今日は日当たりの良い場所に作った畑で何時間も芋ほりをしていたのです。
日焼けしないはずがありません。
因みに、私、アリィシャちゃん、ノノちゃん、ナナちゃんの地元組は長袖です。
それがすっかり当たり前になって、日焼けの事を失念していました。
お母さん方でも涙目になるほどの痛みです。
お湯を浴びた子供たちは我慢できなかった様子です。
これは、どうにかしないといけませんね。
どうするのが一番良いかと考えていると…。
********
「全く迂闊ですわ、ロッテちゃん。
小さな子供はお肌が弱いのですから、あなたが気を付けてあげないと。
まあ、小さな子があんなに日焼けして可哀想に。」
私を窘めながら、水の精霊アクアちゃんが姿を現しました。
いや、ここに出てこられると困るのですが…。
助けてくれるのは有り難いですが、アクアちゃんの方が迂闊です。
「うわっ、ビックリした。
誰、その方?小人さんかしら?」
私の傍に姿を現したアクアちゃんを見て驚きの声を上げたお母さんその一。
「きゃっ、可愛い!
なにそれ、なにそれ。」
子供のように無邪気にはしゃぐお母さんその二。なにそれって物ではないのですから…。
「なにそれって、失礼ですわね。
私は物ではありませんわよ。
私は精霊、水の精霊アクア。よろしくお見知りおきを。」
ほら、アクアちゃんが気分を害したではないですか。
「精霊と言うと、ブラウニーとか、おとぎ話によく出てくる精霊のことかしら。
本当にいたんだ…。」
お母さんその一の呟きが聞こえました。
ブライトさん一行には精霊の事は内緒にしていましたからね。
「あら、そうでしたの。
気を悪くさせてしまったのなら、ごめんなさいね。
でも、本当に可愛いわね。」
アクアちゃんに謝るお母さんその二、あまり反省しているようには見えません。
「まあ、いいわ。
それよりも、酷い日焼けで子供たちが可哀想だわ。
さっさと、治してしまいましょう。」
あっ、ダメ。私はすかさずアクアちゃんを止めようとしましたが…。
私が声を発するより早く、アクアちゃんの癒しの光が日焼けを痛がるみんなに降り注ぎました。
「うええ…、えっ、いたくなくなった?」
「本当だ、水がしみなない。」
「あら、真っ赤になっていた肩の日焼けがすっかり取れているわ。」
「本当ね、すっかり元通りの肌だわ。全然ヒリヒリしないし。」
ほどなくして、全員の日焼けはおさまった様子で、そんな声が聞こえてきました。
そして、感の良いお母さんが一人。
「でも、この光…。
何日か前に、教会に降って来た光にそっくりね。」
そう言って私の方を見ています。ほら、やっぱり気付かれた。
だから、アクアちゃんの存在を明かさずに、日焼けを癒すにはどうするのが一番良いかを考えていたのに…。
「ねえ、シャルロッテ様。
先日の教会で起こった奇跡って…。
実は、その精霊さんが起こしたものではなくって?
アルム地方に人を呼び込むネタとして。
たしか、リゾート地としてアルム地方に人を集める活動をしているのですよね。」
ギクッ。
「あら、何の事かしら?」
惚ける私をジト目で見つめるお母さん、やがてため息を付くと。
「ふっ、まあ良いわ。
こうして日焼けを治してもらったのだもの。
恩を仇で返すようなことは出来ないわ。
アクアちゃんの存在は見なかったことにするわ。
もちろん、誰にも話さないから安心して。」
そう言った後、もう一人のお母さんに向かって言いました。
「あなたも、誰にも言ったらダメよ。旦那にも内緒よ。」
「分かっているわよ。
こんな可愛い子に迷惑になる事なんて出来る訳ないじゃない。」
そう答えたもう一人のお母さん、アクアちゃんを掌の上に乗せて顔をだらしなく緩めていました。
ここは、この二人を信用しておきましょう。
********
日焼けで傷んだ肌もすっかり元通りとなり、体の汚れも落としたらいよいよランチタイムです。
ノノちゃんの指示で、皆さんが入浴している間にジャガイモが茹でられていました。
全員がテーブルにつくと、銘々の前に大きなジャガイモの乗った皿が置かれました。
茹でたてのジャガイモは皿の上でホカホカと湯気を立てています。
ノノちゃんはと言うと、テーブルの端に置かれた昨日の夕食に使った卓上カマドの横に立っていました。
そして、全員に茹でたジャガイモが行き渡るとを確認すると、大きなチーズの塊をカマドの炭火にかざします。
「みんなの目の前にあるのは、さっきみんなで掘ったジャガイモですよ。
今から、このチーズをジャガイモにかけて回ります。
熱々のトロトロのうちに食べるのが一番美味しいので、かけた方から召し上がってくださいね。」
ノノちゃんは、炭火であぶったチーズの溶けた部分をヘラでこそげ落とし、トロリとジャガイモの上にかけて回りました。
ノノちゃんに言われた通り、チーズを掛けてもらった子からすぐさま食べ始めます。
「美味しい、昨日のチーズも美味しかったけど。
このチーズもとっても美味しい。
なんか、うちで食べるチーズと全然違う。」
十歳くらいでしょうか、今回参加した子の中で一番年長の女の子がそんな感想をもらします。
「このチーズ、ラクレットと言うチーズだけど、いやな臭いはしないし、味もまろやかでしょう。
この辺では、こうして直火であぶって溶かしたラクレットをジャガイモにかけて食べるの。
料理もラクレットって呼んでいるのよ。」
ノノちゃんが料理の説明をしますが、その時にはみんな、ラクレットを夢中で頬張っていました。
「お替わり、ちょうだい!」
お母さんの一人が真っ先にそう言うと、子供たちも次々にお替わりを要求します。
ノノちゃんは自分が落ち着いてラクレットを食べる暇がないくらい、チーズをサーブして回ることになりました。
皆さん、自分が収穫したジャガイモをお腹いっぱい食べて、とても満足そうでした。
そして、
「シャルロッテ様、お給金ばかりか、こんなにジャガイモを頂いて有り難うございました。
うちはお腹を空かせた弟が二人もいるのでとても助かります。
それと、お姉ちゃん、久しぶりに会えて凄く嬉しかった。
また、しばらく会えないんだろうけど、元気でね。」
『わくわく、農村体験ツアー』も終了の時間となり、ナナちゃんともお別れの時間となりました。
三日間、良く子供たちの世話をしてくれたナナちゃんには少し色をつけたお給金を渡しました。
それと、今日収穫したジャガイモ。
今日のお土産に参加者には持って帰ってもらいますが、量が余りに多過ぎました。
なので、ナナちゃんに持って帰ってもらう事にしたのです。
ジャガイモの詰まった大きな麻袋を肩から背負うようにしたナナちゃん。
ちょっと重いかなと思いましたが、「田舎の子供はこのくらいへっちゃらです。」と言うので持って帰ってもらいます。
そして、手を振りながら去っていくナナちゃんを見送った後、私達もアルムハイムへ帰還です。
「シャルロッテ様、今回は有り難うございました。
家族に会えたばかりか、ナナと三日間も一緒に過ごすことが出来ました。
おまけに、ナナにお給金やジャガイモまで頂いてしまって本当に申し訳ないです。」
ノノちゃんが、恐縮しながらお礼を言ってくれました。
「何言っているのよ。
本来なら仕事抜きで帰省させてあげる約束だったのだから、私が謝らないと。
それに、ナナちゃんには本当に助かったわ。
いつも、小さな弟の世話をしているからか、小さな子の相手が上手ね。
良い妹さんね。」
お世辞抜きで、ナナちゃんがいてくれて助かりました。
ノノちゃんとアリィシャちゃんの二人で、六人の子供の世話をするのでは手が足りませんでした。
私がナナちゃんを褒めると、ノノちゃんはとても良い笑顔を見せてくれました。
そして、
「はい、ナナはとっても良い子なんです!」
と、嬉しそうに言ったのです。
さあ、アルムハイムへ帰りましょう。
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転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
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