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第13章 春、芽生えの季節に

第315話 牧場でやる事と言えば

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 『わくわく、農村体験ツアー』二日目。

「おはようごぜえますだ。
 うんじゃあ、牧場へご案内します。
 しっかし、牛なんか見てもあんまり面白いもんじゃございませんぜ。」

 朝、朝食が済むのを見計らうように、約束通りノノちゃんのお父さんが姿を見せました。

「良いのよ、ここにいる人達は牛なんか見たことない人ばかりですもの。
 大きな動物が放し飼いになってだけでビックリするわ。」

「はあ…、そんなものですかい。」

 私の言葉を聞いて、ノノちゃんのお父さんは釈然とない表情をします。
 ノノちゃんのお父さんにとっては牛がいるのは当たり前の風景です。
 都会の人が牛など目にしたことが無いなどとは思いもよらないのでしょう。

 不思議そうな顔をしつつも、これも仕事だからとノノちゃんのお父さんは私達を先導して歩き始めます。
 木立の中の細い散歩道を抜けると、そこはもうノノちゃんの生まれた村です。
 小さな子供を連れていても、ものの十分もかかりません。

 そう、私がヘレーネさんから売りつけられたのは、ノノちゃんの村に隣接する森林と山。
 本当は、ノノちゃんの村にピッタリくっつけてログハウスを建てたかったのですが。
 樹木の精霊ドリーちゃんによって建物が建てられるのを見られるのも上手くありません。

 なので、村に隣接する木立を少し残して、ログハウスを造る事にしたのです。

「あら、ノノちゃんのご家族、何処からいらしたのかと思ってましたが。
 こんな近くに村があったのね。
 農村体験ツアーなのに木立に囲まれた屋敷に来て、農村はどうしたのかと思ってましたわ。」

 木立を抜けるとすぐ目の前に広がる農村の風景を目をにして一人のお母さんが言いました。

 すると私達の来訪に気付いた村長さんが近づいてきます。

 そして、

「アルムハイム伯様、そして皆様、本日はようこそ、この村においでくださりました。」

 そう歓迎の言葉を掛けてくれました。
 どうやら、私達を出迎えるために村の外れで待っていたようです。
 
 あいさつに続いて村長は、子供に退屈させないように手短に村の説明をしました。
 この村のある場所は寒冷な気候に加え土地が瘦せていて農耕に向かないこと。
 なので酪農で生活していることの二点に尽きますが。

「で、実際牧場で牛が放牧されているのを見て頂きます。
 その後で、皆さんには実際に牛の乳搾りを体験して頂こうと思います。」

 村長さんが説明をそう締めると、

「きゃあ、素敵、牛のミルクを実際に搾れますの?
 でも、暴れたりしませんの?
 危なくないのなら、ぜひ私もやりたいですわ、」

 一人のお母さんが目を輝かせて言いました。期待に胸を膨らませたその表情はまるで子供のようです。

     ********

 そして、やって来ました村の裏側、アルム山脈側に広がる広い牧草地。
 そこに、大きな牛がぽつりぽつりと牧草を食んでいました。

「ねえ、ねえ、ノノおねえちゃん、なんか、でっかい動物がいる。
 あれ、何だ?」

 ノノちゃんの腕にぶら下がるようにして歩いていた男の子が牛を指差して尋ねます。

「あれが牛よ。
 あの牛から搾ったミルクが、チーズやバターになるのよ。
 朝食によく食べるでしょう。」

「うん、バターは好き。
 だけど…、チーズは苦手、だって臭いんだもん。」

 ノノちゃんの説明を聞き、男の子は顔をしかめます。
 どうやら、臭いの強いチーズがお気に召さないようです。

「そう、じゃあ、今晩はお姉ちゃんがチーズを使った美味しい料理を食べさせてあげるね。
 あんまり匂いの強くないチーズを使うから、気にならないと思うよ。」

「えええっ!チーズをたべるの?
 ぼく食べられるかな。
 本当に臭くない?」

 ノノちゃんの言葉を聞いて、不安そうな男の子にかかる声があります。

「心配しなくても大丈夫だよ。
 お姉ちゃんが作るチーズ料理はとっても美味しいの。
 期待していて良いよ。」

 小さな女の子の手を引いたナナちゃんです。
 ナナちゃんは、子供たちに気に入られてしまい、そのままログハウスに泊まっていったのです。
 ちょうど良いので、子供たちの遊び相手に臨時で雇ってみました。

 ノノちゃんと一緒にいられる上に、僅かですがお給金ももらえるという事で大喜びで誘いに乗ってきたのです。

「ほんとう?
 じゃあ、楽しみにしている!」

 ナナちゃんの言葉の真偽を尋ねる男の子にナナちゃんが力ず良く頷くと、男の子は笑顔を見せて言いました。

 さて、牧場ですが、正直、だだっ広い草むらに牛が点在しているだけの景色です。
 しかも、大部分の牛は動き回るでもなし、黙々と草を食んでます。

 確かに、ノノちゃんのお父さんの言う通り皆さん退屈するかなと思っていると…。

「すっごい!
 牛ってあんなに大きな生き物だったの。
 私、羊くらいの大きさかと思っていたわ。
 あんな大きな生き物のミルクを搾るんだ、私出来るかな。」

 お母さんのはしゃぐ声が聞こえてきました…。
 退屈させないだろうかというのは私の杞憂だったようです。

 その後、ノノちゃんのお父さんが、特に大人しい牛の近くに案内してくれます。
 そして、牛の首筋を撫でてて宥めながら、近くにいた子供を牛に乗せてくれたのです。

「わっ!高い!
 あっ、動いた、すごい、すごい!」

 牛の背に座った子供は大喜びです。
 すると、ノノちゃんのお父さんに、『わたしも、わたしも』と子供たちが詰め寄りました。
 
 …、結局、子供全員が乗ることになりました。
 私達、年長者はその光景を眺めている訳ですが…。

「私も乗りたい…。
 でも…。
 どう考えても私の体重じゃ無理よね…。」

 お母さんの一人が子供たちを羨まし気に眺めながら呟きます。
 いや、牛って荷車を引くぐらい力持ちですから、お母さんの一人や二人乗っても平気でしょうが…。
 周囲には牧場で働く村人がいますよ。体重よりも人目の方を気にしましょうよ。

 そして、その大人しい牛は最後に乗った一番年少の女の子二人を背中に乗っけたまま牛舎へ向かって歩き始めます。
 さっきボヤいていたお母さん、諦めきれないような目で牛の背に座る女の子を見ながら付いて行くのでした。

     ********

「うんじゃまあ、これから実際に乳搾りをやって見せます。」

 そう言って先程の牛の横に屈んだノノちゃんのお父さん、ミルクを上手に木桶の中へ搾っていきます。
 一通り実演すると近くにいた子供を手招きし、牛の乳首を握らせました。
 そして、子供の手に自分のを添えると、ミルクを搾るように動かしてあげて感覚を覚えさせます。

 その後、手を放すと。

「うわ、ミルクが出てきた!
 おもしろーい!ミルクってこんな風に搾るんだ!」

 ノノちゃんのお父さんが手を放しても、その子一人でミルクを搾り続けています。
 ある程度搾ると、他の子供に交替して同じことを繰り返すノノちゃんのお父さん。

 大きな牛の体に、最初はおっかなびっくりの子供もいましたが、ミルクを搾り始めるとみんな夢中になっていました。

「よし、今度こそは私もやるわ。」

 子供全員が一通り乳搾りを体験した後、待ちかねたように牛に近づいたお母さん。さっきの牛に乗りたがった方です。

「凄いわね、一頭の牛からこんなにミルクが搾れるんだ。
 魚の摑み獲りに、牛の乳搾り、初めてする事ばかりで楽しいわ。
 本当に付いて来て良かったわ。」

 上機嫌にそんな言葉を漏らしながら、夢中でミルクを搾るお母さん。昨日から子供たち以上に楽しんでいる様子です。

 充分に牧場を満喫した後、村長さんに頼んであったものを受け取って帰ることにします。

「村長さん、お願いしてあったモノは用意できているかしら?」

 私が尋ねると、村長さんは麻布で包んだ物を木箱から取り出して差し出しました。

「はい、ご指示通り、昨日絞めた子牛の肉の一番良い部位を用意しました。
 どうぞ、お納めください。」

 一番良い部位と言われても私には区別がつきません。
 私がノノちゃんに目配せすると、重そうにそれを受け取ったノノちゃん。
 少し麻布を開いて肉の様子を見ると、「はい、間違いなく一番上等な部位です。」と言いました。
 ノノちゃんが言うのですから、間違いないだろうと思っていると。

「村長さん、昨日子牛を絞めたのなら、脂身とか捨てる部分はもう捨てちゃいました。
 残っているなら、もらって帰りたいのですが。」

 などと言いだすノノちゃん。何でそんなことをと思っていると。

「なんだ、ノノよ。
 もう、あんなものを食べなくても、沢山給金は頂いているのだろう。
 それに、肉なら上等な部位がそれだけあるんだから十分ではないのか。」

「晩御飯の材料にそれを使いたいので、残っているなら欲しいのですが。」

「まあ、どうせ捨てるもんだし。
 その肉も良い値で買ってもらえたから、幾らでも持って行っていいが…。
 お前、お貴族様にあんな肉を食べさせるつもりか?」

 余り乗り気ではないようですが、村長さんはノノちゃんに捨てる部位のお肉を渡していました。
 その後、ノノちゃんは私の許可を求めると、村長さんに沢山のチーズと腸詰肉を注文していました。
 晩御飯の材料だそうですが、いったい何をするつもりでしょうか。

    ********

 晩御飯の事は一先ずおいといて、もう日がかなり高くなりそろそろお昼時です。
 朝から牧場を見て、乳搾りをして、皆さん、お腹を空かせているでしょう。

 ログハウスに戻ると、既に侍女たちがランチの準備を始めていました。
 ログハウスに作られた広いウッドデッキ、そこにテーブルと椅子が並べられています。

 そして、ウッドデッキから短い階段で庭に降りると、そこにはレンガ積みのカマドが設けられています。
 すでにカマドには薪がくべられ、炎が落ちてほど良い炭火になっていました。
 そう、今日は屋外でお肉を焼いて食べてもらいます。
 ノノちゃんから大きなお肉の塊を受け取ると、侍女は手慣れた手つきで肉を切り分けていきました。
 かなり分厚く切られたお肉が、次々と竈に渡された金網の上に置かれて行きます。

 そして、程なくして炭火で焼かれたお肉の良い匂いが漂い出して…。

「ねえ、おねえちゃん、ボク、おなかがすいた。」

 一人の男の子がノノちゃんに訴えかけた時、侍女たちがトレーに皿を乗せてやって来ました。

「お待たせしました。
 焼きたてのお肉です。冷めないうちに召し上がってください。」

 あっという間に全員の前に焼けたお肉を配ると、一人の侍女がそう告げました。

「「「「いっただきまーす!」」」」

 それと同時に、待ち切れなかった様子の子供たちの声が重なり、ランチタイムが始まります。

「とても柔らかいお肉。
 こんな分厚いステーキなのに、噛み切るのに全然力が要らないわ。」

「そうね、それに塩と胡椒だけの味付けなのにとっても深い味わい。
 きっと、お肉の味が良いのね。
 こんな美味しいステーキ、王都では食べられないわ。」

 二人のお母さんのそんな会話が聞こえてきますが、子供たちは静かです。
 どうしたのかと思えば…、一心不乱にステーキを頬張っていました。

 そうとうお腹を空かせていたのか、余程美味しいのか、みんな黙々と食べています。
 
「「「「「ごちそうさま!」」」」

 お腹がいっぱいになった子供たちは、とても満足そうに声を上げました。お腹をさすりながら…。

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