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第13章 春、芽生えの季節に

第300話 この人達も夏休みです

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 さて、夕食後のひと時、ここで初日最後のおもてなしです。

 リビングの一角に佇む見慣れない服装をした女性が一人。
 鮮やかな青い布地を肩から垂らす様にして、異国風のロングドレスを身に着けたミィシャさんです。

 あの服、何でも長さ九ヤードにも及ぶ一枚の布なのだそうです。縫ってなんかいないそうです。
 それを器用に体に巻き付けるようにまとって、余った部分を最後に肩から垂らすのですって。 
 ミィシャさんを引き抜いた時に、一座の座長にお願いして譲って頂いたのです。

「あら、素敵なドレスね。初めて見るデザインの衣装だわ。」

「今度は何が始まるのかしら。」

「この辺の国の方ではなさそうね、どちらから来られたのかしら。」

 ミィシャさんを見た奥様方の中から、そんなひそひそ話が聞こえて来ます。

 それを無視するように…。

「~♪~~~♪~~♪~♪~~♪~~~♪~♪~~♪」

 ミィシャさんの澄み渡るような歌声が、リビングに広がりました。
 とても透明感のある澄んだ歌声で奏でられるのは、異国の旋律、異国の歌。
 その瞬間、その場にいる誰もが口を噤みました。
 
 ミィシャさんの紡ぐ歌の意味は、ここにいる人は誰も分からないでしょう。
 でも、そんなことは二の次のようです、誰もが沈黙し、その歌声に耳を傾けています。

 ご婦人方のみんなが聞き入る中、立て続けにミィシャさんの歌が三曲ほど披露されました。

 ミィシャさんが一息ついた時、リビングは拍手の渦が巻に飲み込まれます。

「これは素晴らしいわ。とってもきれいな歌声、それに素敵な曲ね。
 異国の服をまとった歌姫が異国の歌を聞かせてくれるなんて、粋なはからいだわ。
 この辺の歌ではないようだけど、異国情緒あふれる歌が、遠くへ来たんだって感じさせてくれる。」

 メアリーさんがそう言って、とても喜んでくれました。
 ミィシャさんの紹介を挟んで、また数曲歌って歌ってもらいました。

 その後は、ミィシャさん、ご婦人方の話し相手にされてしまいました。
 ミィシャさんを『流浪の民』の一座から引き抜いたと紹介すると、みなさん、興味津々にミィシャさんに尋ねていました。
 ミィシャさんの故郷の事や『流浪の民』の旅の事などを。
 話題は尽きないようで、ミィシャさん、しばらくはご婦人方の話し相手をさせられそうです。

「そうそう、シャルロッテちゃん。
 さっき、ミィシャさんから聞いたわ。
 ミィシャさんがいた『流浪の民』の一座、近くの町にいらしているのですって。
 異国の踊りや曲芸が見られると聞いたわ。
 ぜひ一度見てみたいと思うの、手配はして頂けるかしら。」

 思った通り、ご婦人方の方から『流浪の民』の一座の興行を見たいと言ってくださいました。
 座長さんに声を掛けて来てもらった甲斐がありました。
 もちろん、公演一回分を確保してあります。

「もちろんです。
 そうおっしゃると思い、予め予約を入れてあります。
 十日後の午後の興行を貸し切りにしてありますので、ご堪能下さい。
 その際は、別口でお招きしているアルビオンの資本家の方と同席になりますが、ご了承ください。」

「あら、手回しが良いのね。
 もちろんよ、今時、平民の方と同席するのが嫌だなんて古臭いこと言わないわ。
 平民の資本家の方々が、今の我が国を支えてくれているのですから。
 そう、それでその方達はいつお見えになるのかしら。」

 私は、資本家の方々は船旅でこちらに向かっていて、到着は一週間後になると伝えます。
 同時に、転移の魔法の事を知る人は最小限にしたいので、メアリーさん達一行は本当に特別扱いなことを繰り返しました。

「あらあら、お気遣いいただいて悪いわね。
 たしかに、私達年寄りに一週間の旅は辛いですものね。
 じゃあ、その方々が到着したら知らせてくれるかしら。
 私も一緒にご挨拶させて頂くわ。
 こうみえても、私、そちらの方にも顔が利くのですよ。」

 どうやら、メアリーさんが私を後押ししていることを資本家のみなさんに印象付けてくださるようです。
 とても、有り難いことです。
 
    ********

 翌日。

 ご婦人方には、今日一日にアルムハイムの館でゆっくり静養して頂くことにします。
 みなさんのお相手は、おじいさまとブラウニー隊のみんな、そして侍女軍団にお任せです。

 一日自由に過ごして頂くことにすると、さっそく館の庭に散歩に出たご婦人が言っていました。

「空気って美味しいものでしたのね。
 王都の空気は、煙っぽいし、なにやら臭うしで…。
 すっかり、それに慣らされてしまっていましたわ。
 こんな清々しい気分、何十年振りでしょうか。」

 たしかに、アルビオン王国の王都は、各家庭でも暖炉で石炭を焚いているので空気が煙いです。
 この館は森に囲まれ、辺りに家一軒ありませんので空気はとても澄んでいますからね。
 さぞかし、空気を美味しく感じるのでしょう。

 ということで、ご婦人方にはアルムハイムの豊かな自然を満喫してもらうこととし、私は再びアルビオンへ向かいました。


「遅いですわ。いつまで待たせるおつもりですの。」

 王宮を訪れるとすっかり旅支度を整えたトリアさんが、プンプンと頬を膨らませていました。

「おはようございます、トリアさん。
 まだ、十時前ですよ。
 こんなに早く伺ったのに、遅いとおっしゃられても…。」

「黙らっしゃい。
 シャルちゃんと一緒に過ごせる貴重な時間なのですよ。
 一時たりとも、無駄には出来ませんわ。
 シャルちゃんが夏休みを取れる日をどんなに待ちわびたと思っているのですか。」

 恋する(?)乙女は盲目なようです…。

「はい、はい、わかりましたよ。
 じゃあ、旅の荷物をアルムへ送っちゃいますね。」

 私は、トリアさんの言葉を軽く受け流して、転移魔法の敷物を広げます。
 とっとと荷物を送って、シャルちゃんを迎えに行かないと、ますますご機嫌斜めになりそうですから。

 荷物を送り終わった私は、トリアさんを連れてセルベチアへ向かいました、ヴァイスの引く馬車で。

「この馬車、乗り心地も最高ですし、とっても速い。
 なによりも、空を飛べると言うのが最高に素敵ですけど…。
 旅行が目的なら最高の乗り物なのですが、一刻も早くとなるともどかしいですね。
 あの便利な敷物をシャルちゃんの宮殿に置くことは出来ませんの。」

 車窓の景色を眺めながら、トリアさんが呟きます。
 そう言えば、以前シャルちゃんを訪ねたのは昨年の末でした。
 もう、かれこれ半年以上シャルちゃんの許を訪れていません。
 トリアさんは余程シャルちゃん分が不足しているようでした。

「いくら遠縁の親戚とは言え、他国の王族が住む宮殿にそんなものを設置できる訳ないじゃありませんか。
 侵入し放題になってしまいますよ。」

「そのくらい、分かっていますわ。
 ちょっと言ってみただけす。
 ああ、これから一月もシャルちゃんを愛でられるなんて夢のようですわ。」

 また、女装させたシャルちゃんを膝の上に乗っけて可愛がるのですね。
 まるで、等身大のお人形を愛でるような感じに見えます。いわゆる、恋とは違うような…。
 先日、ノノちゃんにも似た様な事をしていましたし…。…可愛いモノマニア?

 気が急くトリアさんに同調した訳ではないと思いますが、ヴァイスが快調に飛ばし二時間もかからず到着したのです。

     ********

 セルベチアの王都郊外、シャルちゃんの住む離宮。

「シャルちゃん、会いたかったわ。
 元気にしていた?ちゃんと睡眠時間は取れている?
 お姉ちゃんは、シャルちゃんに会えなくて寂しかったわ。」

 そんな風に早口でまくしたてながら、トリアさんはシャルちゃんをその豊満な胸に抱きしめました。

「はい、トリアお姉ちゃん、私は息災にしています。
 私もトリアお姉ちゃんに会えなくてすごく寂しかったんです。
 これから一月も一緒にいられるかと思うと、昨日は待ち遠しくて中々寝付けなかったです。」

「まあ、シャルちゃんにそう言ってもらえて、お姉ちゃんもとっても嬉しいわ。
 これから一月、いっぱい楽しみましょうね。」

 はい、はい、好きにしてください。
 私の隣にいるシャルちゃんのお姉さん、フランシーヌさんも呆れているではないですか。

 私が、シャルちゃんとフランシーヌさんの旅の荷物をアルムへ送っていると…。

「あのう、シャルロッテ様…。」

 この国の宰相が、腫れ物に触るように、おそるおそる私に話しかけて来ました。
 先の戦争で、私がことごとくこの国の侵攻を妨げる行動を取ったものですから、ここでは疫病神扱いです。
 いや、そんなに怖がらなくても、取って食べたりはしませんから…。

「どうかなされましたか、宰相?」

「いえ、本当に大丈夫なのでしょうか。
 護衛もつけずに陛下を一月も、シャルロッテ様のところにお預けして。
 しかも、お忍びだなんて…。
 やっと、陛下のもとでセルベチアの内政も安定してきたのです。
 陛下にもしものことがあれば、この国は再び混乱してしまいます。」

 宰相の心配はもっともだと思います。
 普通、大国の元首が護衛も付けずに外を出歩くなんて考えられません。
 ましてや、他国に赴くとなったら百人を超えるようなお供が付くのが普通です。

 おじいさまにしても、ジョージさんにしても、気軽に国外へ出過ぎです。
 もちろん、口に出しては言いませんが。
 そんなことを言ったら、『おまえもな』と言葉のブーメランが飛んできそうです。

 ですから…。

「ご安心ください、宰相。
 この二人からは片時も目を離しませんから。
 外出する際は、必ず私がお供します。絶対に二人だけで外出させることはしません。
 それとも、『歩く厄災』の私が護衛では、心許ないでしょうか?」

 と言って冷笑して見ることにしました。
 すると…。

「ひっ!
 め、滅相もございません。
 シャルロッテ様が、一緒にいてくださるなら、一軍をもってしても陛下を害する事は不可能ですな…。
 は、は、は…。」

 いえ、わざと凄みを見せて言ったのですが…、そこまで怯えられると傷付きますよ。私だって…。
 ともあれ、こうして無理やり気味に宰相に納得させて、シャルちゃん達を連れ出したのです。

 因みに、セルベチアでは王侯貴族が八月一ヶ月休みを取るのは普通で、連絡が取れない事自体は良くあるそうです。
 大抵の場合、仕事に煩わされないように別荘に引っ込んで静養しているようですが。

     ********

 トリアさん、シャルちゃん、そしてフランシーヌさんの三人を連れ帰ったアルムハイムの館。

「大叔母様、ごきげんよう。
 この地の旅は楽しまれていますか。
 ロッテさんの館は色々と変わったことが多いので、退屈しませんでしょう?」

「あら、シャルロッテちゃんが新しいお客様を迎えに行くと言っていたから誰かと思っていたら。
 ヴェッキーちゃんだったのね。
 ダメじゃない、次期女王がフラフラと国から出て歩いたら。」

 メアリーさんは、とても常識的にトリアさんを窘めますが…。

「まあまあ、そんな硬いことをおしゃらなくても良いではないですか、大叔母さま。
 お父様だって、時折、ロッテさんにお願いしてここの温泉に浸かりに来ていますのよ。
 それより、紹介したい人がいるのです。」

 全然言い訳になっていない事を口にしたトリアさんが、シャルちゃんを自分の前に出しました。

「まあ、ジョージったら、そんなことをしていたの。
 呆れた、一国の王がそんなことをしていたら示しがつかないじゃない…。
 それで、紹介したっていのはそのなの?
 とても可愛らしいね、どちらのお嬢様かしら?」

 シャルちゃん、ここへ来る前に寄った私の王都の館でさっそく女装させられてしまいました。
 もちろん、トリアさんにです。

「紹介しますわ、将来の私の旦那様。
 シャルちゃん、シャルル=ルイ・ド・ベルホン=カンティちゃんです。
 すでに公表されていますが、中々ご紹介できる機会がございませんでしたでしょう。
 セルベチアの国王なんて、動き難い立場にいるものですから。」

 シャルちゃんの紹介を受けたメアリーさんは絶句してしまいました。
 はたして、セルベチア国王を連れ出してきた、トリアさんに心底呆れているのでしょうか。
 それとも、可愛らしい女の子かと思っていたシャルちゃんが男の子だったことに驚いているのでしょうか。
 
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