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第13章 春、芽生えの季節に
第297話 おじいさまにお願い
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ミィシャさんを連れて、アルムハイムの館に戻ってくると。
「あれ、おかあさん、一座のみんなの所に帰ったんじゃなかったの?」
大きな荷物を抱えて戻ってきたミィシャさんを見て、アリィシャちゃんが不思議そうな表情で尋ねて来ました。
ミィシャさんはそんなアリィシャちゃんを抱きよせて伝えます。
「アリィシャ、おかあさん、ずっとあなたの傍にいられることになったの。
これから、おかあさんもアルムハイム伯に仕えるのよ。」
「えっ、本当なの?」
「ええ、本当よ。
ミィシャさんには、私が建てるホテルで歌ってもらおうかと考えているの。
差し当たっては、この夏にいらっしゃるお客様の前で歌って頂こうかと思っているわ。
ただね、アリィシャちゃんには悪いけど、その後しばらくは帝都に行ってもらうつもりなの。」
私は、半信半疑で問い掛けて来たアリィシャちゃんに肯定の返事を返しました。
そして、この大陸の音楽はアリィシャちゃんの国の音楽と少し違うという事を教えます。
この大陸の音楽を勉強しに、しばらくの間、帝都へ行ってもらう事を伝えました。
実際のところ、馴染みのない私には音楽がどう違うのかは分からないのですが…。
「でも、その勉強が終ったら、ずっと一緒にいられるんでしょう?」
「ええ、そうよ。
それに、時々は魔法を使ってミィシャさんと会わせてあげるわ。」
「わーい!うれしい!
おかあさんと一緒にいられるんだ!
ロッテお姉ちゃん、ありがとう!」
アリィシャちゃんはとっても良い笑顔を見せてくれました。
その笑顔が見られただけで、ミィシャさんを引き抜いた甲斐がありました。
そのアリィシャちゃん、ふと左右を見回して尋ねました。
「ねえ、おかあさん。おとうさんはいないの?
わんちゃんのお世話って忙しいのかな。
わたし、一座で動物の曲芸を始めたなんて知らなかった。
なんか、虎に火の輪を潜らせたりする一座があるって、ご本で読んだのだけど。
わんちゃんってどんな芸をするんだろうね。」
無邪気に尋ねて来たアリィシャちゃんが眩しいです。
いつまでも、そのピュアな心でいて欲しいものです。
一方で、尋ねられたミィシャちゃんは微妙な顔をしていました。
なんて答えたものかと、困っているようです。
「そ、そうね…。
おとうさんは、お仕事が忙しくって劇団を抜ける事は出来ないの。
アリィシャは、私一人じゃ嫌だったかしら?」
「ううん、おかあさんがいてくれるだけで嬉しいよ。
お仕事で抜けられないなら、仕方がないもんね。」
返答に窮したミィシャさんは差し障りのない言葉で返しました。
一方のアリィシャちゃんは、ミィシャさんが来てくれたことの嬉しさが勝っているようです。
細かい事は気にならないようで、微妙にはぐらかされたことに気付いていないようです。
アリィシャちゃんがもう少し大きくなった時に、この事が蒸し返されないことを祈ります。
********
そして、七月も終わりに近づいて、この夏の最初のお客様をお迎えします。
「ロッテや、久し振りに長い休みが取れたぞ。
これも、そなたが戦争を終結に導いてくれたおかげだ、感謝しているぞ。
しかも、可愛い孫娘と一緒に夏休みを過ごせるなんて夢のようだわい。
さあ、さあ、行こうぞ。」
皇宮に着くやいなや、そうまくし立てるおじいさま、もちろん、ノック無しで部屋に入って来ました。
手にはもう旅行カバンをぶら下げていて、さっそく出掛ける気満々です。
「おじいさま、気が急くのは分かりますが。
まず先に、この夏、私を手伝ってくださる侍女たちをアルムハイムへ送ってしまわないと。
侍女たちをご紹介いただけますか。
もう、向こうへ行く用意は出来ているのですよね。」
そう、今日はおじいさまを迎えに来ただけではありません。
この夏の間、お客様のおもてなしを手伝ってくれる侍女たちを迎えに来たのです。
二十人もの侍女をアルムハイムの館まで送るのです。先にこちらを済ませてしまわないと。
「おお、そうじゃった。
久々に長い休暇が取れて浮かれておったわい。
すぐに来させるから、少し待っておれ。」
そう言っておじいさまは部屋に備え付けられたハンドベルを鳴らしました。
しばらくると、目の前に二十人の女性が大きめの旅行カバンを抱えて勢揃いします。
「みな、優秀な者ばかりを選んであるので、安心するが良い。
それに、そなたが気易く接する事が出来るように、歳の近い者を揃えてある。
夏の間、そなたの手足となって働いてくれるはずだ、頼りにすれば良い。
なんなら、ずっと側においても良いのだぞ。
そなたのために設けてあった専属の侍女達なのだから。」
いえ、私の世話はブラウニー達がしてくれますから。
一人暮らしに二十人もの侍女はいりません、息苦しいです。
まっ、それはともかく。
アルムハイムの転移部屋との間を何往復かし、向こうに控えているベルタさんに侍女たちを引き渡して行きました。
無事に全員をアルムハイムへ送り、最後はおじいさまと一緒に私も帰ります。
「でも、良かったのですか、おじいさま。
一月もの長い間、帝都を留守にしてしまって。
公式には帝都を出ていない事にするのでしょう。」
「良いのだよ。
私はあの戦争のせいで、もう何年も休みなしで働いて来たのだ。
戦争が終わった今、その分をまとめて休ませてもらわんと体がもたんわ。
それにのう、今回そなたの許を訪れてくる方々はアルビオン王国の高位貴族のご婦人たちなのであろう。
非公式とは言え、お出迎えする者の方に私のような肩書の者がおった方が体裁が良いであろう。」
まあ、大陸に冠たる神聖帝国の皇帝がお出迎えしてくれるとあらば、特別感はあります。
もっとも、いきなりそんな人が顔を出そうものなら、驚いて腰を抜かす人が出るのではと心配ですが…。
また、おじいさまは館の中にいる間のご婦人方のお相手もして頂けると言います。
おじいさまは私に協力してくださるつもりで、長い夏休みを取った様子です。
おじいさまの心遣いには感謝です。
私は、そんなおじいさまと一緒にアルムハイムへ戻ったのです。
********
アルムハイムの館に着くと転移部屋には、ベルタさんがおじいさまをお迎えするために控えていました。
「あら、皇帝陛下、今回は随分と大荷物でございますね。
かなり長くのご逗留を予定されているとお見受けします。
ダメですよ、もうお年なのですから、ご婦人方にチヤホヤされたいなどとお考え遊ばされては。
ご婦人方もご年配の方ばかりのようですし、チヤホヤしてくださるとは思えませんよ。」
ベルタさんが、おじいさまから旅の荷物を受け取りながら軽口を叩きます。
「ベルタ、おぬし、余程私が邪魔なのだな。
そんなに、シャルロッテを独り占めしたいのか。
だいたい、私がいつご婦人方の気を引くような行動を取ったと言うのだ。
孫娘の前で誤解を招くような言い掛かりを付けるのはやめてくれんか。」
ベルタさんの軽口に不本意そうに言い返すおじいさま。
この二人、とても気安く話していますが、ベルタさんっていったいどんな高位貴族のご令嬢なのでしょう。
けっこう無礼な事をポンポン言いますが、それで咎められることが無いようですし。
事によると、私はとても身分の高い方を侍女として使ってしまっているのかも知れません。
これは、つまらない詮索をしない方が精神衛生上良さそうですね。
私が戻った時には、既にベルタさんは二十人の配下を割り振って、各所でお客様を迎える準備を始めていました。
「姫様、侍女達にはそれぞれ配置についてもらいました。
ここに並ぶのが、それぞれの役割の責任者です。
みな、私が信頼を置く者なのでご安心ください。
お客様が見えられるとき迄には、おもてなしの準備を完璧に整えておきますのでお任せください。」
ベルタさんはそう言うと、各所の責任者を紹介してくださいました。
ベルタさんが任せろと言うのですから、間違いないでしょう。余計な口は出さずにお任せすることにします。
まず最初に、おじいさまにはお願いしておくことがあります。
私は、おじいさまを伴ってアリィシャちゃん達がいるリビングへ向かいました。
「あっ、おじいちゃん、いらっしゃい!」
おじいさまに気付いたアリィシャちゃんが元気に出迎えてくれました。
その微笑ましい姿に、おじいさまは相好を崩します。
「おお、アリィシャちゃん、元気だったかい。
おや、そちらのご婦人は初めて見る顔だな。
うーん、よく見るとアリィシャに似ておるな。
そなた、アリィシャの母親であるか。」
「うん、わたしのおかあさん。
これから、ロッテお姉ちゃんの所で歌わせてもらうんだ。」
ミィシャさんのことを尋ねるおじいさまに、アリィシャちゃんが答えます。
「実は、おじいさまにお願いがあるのですが。」
私は、歌い手として、ミィシャさんを『流浪の民』の一座から引き抜いたことおじいさまに伝えます。
そして、この周辺にある国の上流階級に好まれる音楽を、帝都でミィシャさんに、指導して欲しいとお願いしたのです。
「なんと、ベルタがアリィシャの母親を引き抜けと勧めたのか。
実は私も、歌舞音曲の方はからっきしでのう。
だが、ベルタの奴が進めるのであれば間違いないであろう。あやつの耳は確かだ。
だが難しいのう、宮廷音楽の師匠となるとプライドの高い者が多くてのう。
『流浪の民』の指導を快く引き受けてくれる者がおるかどうか…。」
何でも、宮廷楽師は、貴族から子女の音楽の家庭教師を依頼される事が多いとのこと。
そんな中で、いかに有力貴族からお声が掛かるかも自信のステータスに影響してくるそうです。
もちろん実力本位の世界ですので、演奏など音楽の実力が一番大事なことですが。
今回指導を依頼したいのは、平民、しかも、差別的な目で見られがちな異民族の女性です。
プライドの高い宮廷楽師が指導を引き受けてくれるだろうかと、おじいさまは首を捻りました。
「陛下、それでは、ヨハン先生にお願いしてみましょう。
ヨハン先生は、貧しい家の生まれで若い頃は酒場のバイオリン弾きで生計を立てていたのです。
そんな先生なら、出自など気にせず、実力本位で考えてくださるはずです。
私は、幼少の頃からヨハン先生にご指導いただきましたので、懇意にさせて頂いてます。
一度、先生を皇宮にお呼びして、一緒にお願いさせて頂けませんか。」
ヨハン先生、誰それ?
と思っていると…。
「なに、ベルタ、おぬし、あやつの弟子であったか。
皇帝である私が依頼すれば、断る者はいなかろうが、きちんと指導してもらえんと意味が無いからの。
ベルタがそう言うのであれば、あやつを呼んで頼んでみる事にするか。
言っておくが、私はアリィシャの母親の実力など分らんからの。
おぬしが、ヨハンにしっかりと説明して、ちゃんとした指導が受けられる様にするのだぞ。」
ヨハン先生という方は、おじいさまもご存じの様子です。
寡聞にして無知な私は知りませんでしたが、ヨハンさんは現在の帝都で人気を二分する作曲家だそうです。
また、オーケストラで指揮を執る一方で、ご自身でもバイオリンを演奏する事があるそうです。
私は全く知りませんでしたが、かなりの大家のようでした。
でも、良いのでしょうか、ミィシャさんに指導して欲しいのは声楽のはず。
バイオリン奏者ですか?
私はそんな素朴な疑問が脳裏をよぎりましたが、全く素人の私が口を差し挟む余地はありませんでした。
ベルタさんが自信たっぷりに言うのですから、任せておきますか。
「あれ、おかあさん、一座のみんなの所に帰ったんじゃなかったの?」
大きな荷物を抱えて戻ってきたミィシャさんを見て、アリィシャちゃんが不思議そうな表情で尋ねて来ました。
ミィシャさんはそんなアリィシャちゃんを抱きよせて伝えます。
「アリィシャ、おかあさん、ずっとあなたの傍にいられることになったの。
これから、おかあさんもアルムハイム伯に仕えるのよ。」
「えっ、本当なの?」
「ええ、本当よ。
ミィシャさんには、私が建てるホテルで歌ってもらおうかと考えているの。
差し当たっては、この夏にいらっしゃるお客様の前で歌って頂こうかと思っているわ。
ただね、アリィシャちゃんには悪いけど、その後しばらくは帝都に行ってもらうつもりなの。」
私は、半信半疑で問い掛けて来たアリィシャちゃんに肯定の返事を返しました。
そして、この大陸の音楽はアリィシャちゃんの国の音楽と少し違うという事を教えます。
この大陸の音楽を勉強しに、しばらくの間、帝都へ行ってもらう事を伝えました。
実際のところ、馴染みのない私には音楽がどう違うのかは分からないのですが…。
「でも、その勉強が終ったら、ずっと一緒にいられるんでしょう?」
「ええ、そうよ。
それに、時々は魔法を使ってミィシャさんと会わせてあげるわ。」
「わーい!うれしい!
おかあさんと一緒にいられるんだ!
ロッテお姉ちゃん、ありがとう!」
アリィシャちゃんはとっても良い笑顔を見せてくれました。
その笑顔が見られただけで、ミィシャさんを引き抜いた甲斐がありました。
そのアリィシャちゃん、ふと左右を見回して尋ねました。
「ねえ、おかあさん。おとうさんはいないの?
わんちゃんのお世話って忙しいのかな。
わたし、一座で動物の曲芸を始めたなんて知らなかった。
なんか、虎に火の輪を潜らせたりする一座があるって、ご本で読んだのだけど。
わんちゃんってどんな芸をするんだろうね。」
無邪気に尋ねて来たアリィシャちゃんが眩しいです。
いつまでも、そのピュアな心でいて欲しいものです。
一方で、尋ねられたミィシャちゃんは微妙な顔をしていました。
なんて答えたものかと、困っているようです。
「そ、そうね…。
おとうさんは、お仕事が忙しくって劇団を抜ける事は出来ないの。
アリィシャは、私一人じゃ嫌だったかしら?」
「ううん、おかあさんがいてくれるだけで嬉しいよ。
お仕事で抜けられないなら、仕方がないもんね。」
返答に窮したミィシャさんは差し障りのない言葉で返しました。
一方のアリィシャちゃんは、ミィシャさんが来てくれたことの嬉しさが勝っているようです。
細かい事は気にならないようで、微妙にはぐらかされたことに気付いていないようです。
アリィシャちゃんがもう少し大きくなった時に、この事が蒸し返されないことを祈ります。
********
そして、七月も終わりに近づいて、この夏の最初のお客様をお迎えします。
「ロッテや、久し振りに長い休みが取れたぞ。
これも、そなたが戦争を終結に導いてくれたおかげだ、感謝しているぞ。
しかも、可愛い孫娘と一緒に夏休みを過ごせるなんて夢のようだわい。
さあ、さあ、行こうぞ。」
皇宮に着くやいなや、そうまくし立てるおじいさま、もちろん、ノック無しで部屋に入って来ました。
手にはもう旅行カバンをぶら下げていて、さっそく出掛ける気満々です。
「おじいさま、気が急くのは分かりますが。
まず先に、この夏、私を手伝ってくださる侍女たちをアルムハイムへ送ってしまわないと。
侍女たちをご紹介いただけますか。
もう、向こうへ行く用意は出来ているのですよね。」
そう、今日はおじいさまを迎えに来ただけではありません。
この夏の間、お客様のおもてなしを手伝ってくれる侍女たちを迎えに来たのです。
二十人もの侍女をアルムハイムの館まで送るのです。先にこちらを済ませてしまわないと。
「おお、そうじゃった。
久々に長い休暇が取れて浮かれておったわい。
すぐに来させるから、少し待っておれ。」
そう言っておじいさまは部屋に備え付けられたハンドベルを鳴らしました。
しばらくると、目の前に二十人の女性が大きめの旅行カバンを抱えて勢揃いします。
「みな、優秀な者ばかりを選んであるので、安心するが良い。
それに、そなたが気易く接する事が出来るように、歳の近い者を揃えてある。
夏の間、そなたの手足となって働いてくれるはずだ、頼りにすれば良い。
なんなら、ずっと側においても良いのだぞ。
そなたのために設けてあった専属の侍女達なのだから。」
いえ、私の世話はブラウニー達がしてくれますから。
一人暮らしに二十人もの侍女はいりません、息苦しいです。
まっ、それはともかく。
アルムハイムの転移部屋との間を何往復かし、向こうに控えているベルタさんに侍女たちを引き渡して行きました。
無事に全員をアルムハイムへ送り、最後はおじいさまと一緒に私も帰ります。
「でも、良かったのですか、おじいさま。
一月もの長い間、帝都を留守にしてしまって。
公式には帝都を出ていない事にするのでしょう。」
「良いのだよ。
私はあの戦争のせいで、もう何年も休みなしで働いて来たのだ。
戦争が終わった今、その分をまとめて休ませてもらわんと体がもたんわ。
それにのう、今回そなたの許を訪れてくる方々はアルビオン王国の高位貴族のご婦人たちなのであろう。
非公式とは言え、お出迎えする者の方に私のような肩書の者がおった方が体裁が良いであろう。」
まあ、大陸に冠たる神聖帝国の皇帝がお出迎えしてくれるとあらば、特別感はあります。
もっとも、いきなりそんな人が顔を出そうものなら、驚いて腰を抜かす人が出るのではと心配ですが…。
また、おじいさまは館の中にいる間のご婦人方のお相手もして頂けると言います。
おじいさまは私に協力してくださるつもりで、長い夏休みを取った様子です。
おじいさまの心遣いには感謝です。
私は、そんなおじいさまと一緒にアルムハイムへ戻ったのです。
********
アルムハイムの館に着くと転移部屋には、ベルタさんがおじいさまをお迎えするために控えていました。
「あら、皇帝陛下、今回は随分と大荷物でございますね。
かなり長くのご逗留を予定されているとお見受けします。
ダメですよ、もうお年なのですから、ご婦人方にチヤホヤされたいなどとお考え遊ばされては。
ご婦人方もご年配の方ばかりのようですし、チヤホヤしてくださるとは思えませんよ。」
ベルタさんが、おじいさまから旅の荷物を受け取りながら軽口を叩きます。
「ベルタ、おぬし、余程私が邪魔なのだな。
そんなに、シャルロッテを独り占めしたいのか。
だいたい、私がいつご婦人方の気を引くような行動を取ったと言うのだ。
孫娘の前で誤解を招くような言い掛かりを付けるのはやめてくれんか。」
ベルタさんの軽口に不本意そうに言い返すおじいさま。
この二人、とても気安く話していますが、ベルタさんっていったいどんな高位貴族のご令嬢なのでしょう。
けっこう無礼な事をポンポン言いますが、それで咎められることが無いようですし。
事によると、私はとても身分の高い方を侍女として使ってしまっているのかも知れません。
これは、つまらない詮索をしない方が精神衛生上良さそうですね。
私が戻った時には、既にベルタさんは二十人の配下を割り振って、各所でお客様を迎える準備を始めていました。
「姫様、侍女達にはそれぞれ配置についてもらいました。
ここに並ぶのが、それぞれの役割の責任者です。
みな、私が信頼を置く者なのでご安心ください。
お客様が見えられるとき迄には、おもてなしの準備を完璧に整えておきますのでお任せください。」
ベルタさんはそう言うと、各所の責任者を紹介してくださいました。
ベルタさんが任せろと言うのですから、間違いないでしょう。余計な口は出さずにお任せすることにします。
まず最初に、おじいさまにはお願いしておくことがあります。
私は、おじいさまを伴ってアリィシャちゃん達がいるリビングへ向かいました。
「あっ、おじいちゃん、いらっしゃい!」
おじいさまに気付いたアリィシャちゃんが元気に出迎えてくれました。
その微笑ましい姿に、おじいさまは相好を崩します。
「おお、アリィシャちゃん、元気だったかい。
おや、そちらのご婦人は初めて見る顔だな。
うーん、よく見るとアリィシャに似ておるな。
そなた、アリィシャの母親であるか。」
「うん、わたしのおかあさん。
これから、ロッテお姉ちゃんの所で歌わせてもらうんだ。」
ミィシャさんのことを尋ねるおじいさまに、アリィシャちゃんが答えます。
「実は、おじいさまにお願いがあるのですが。」
私は、歌い手として、ミィシャさんを『流浪の民』の一座から引き抜いたことおじいさまに伝えます。
そして、この周辺にある国の上流階級に好まれる音楽を、帝都でミィシャさんに、指導して欲しいとお願いしたのです。
「なんと、ベルタがアリィシャの母親を引き抜けと勧めたのか。
実は私も、歌舞音曲の方はからっきしでのう。
だが、ベルタの奴が進めるのであれば間違いないであろう。あやつの耳は確かだ。
だが難しいのう、宮廷音楽の師匠となるとプライドの高い者が多くてのう。
『流浪の民』の指導を快く引き受けてくれる者がおるかどうか…。」
何でも、宮廷楽師は、貴族から子女の音楽の家庭教師を依頼される事が多いとのこと。
そんな中で、いかに有力貴族からお声が掛かるかも自信のステータスに影響してくるそうです。
もちろん実力本位の世界ですので、演奏など音楽の実力が一番大事なことですが。
今回指導を依頼したいのは、平民、しかも、差別的な目で見られがちな異民族の女性です。
プライドの高い宮廷楽師が指導を引き受けてくれるだろうかと、おじいさまは首を捻りました。
「陛下、それでは、ヨハン先生にお願いしてみましょう。
ヨハン先生は、貧しい家の生まれで若い頃は酒場のバイオリン弾きで生計を立てていたのです。
そんな先生なら、出自など気にせず、実力本位で考えてくださるはずです。
私は、幼少の頃からヨハン先生にご指導いただきましたので、懇意にさせて頂いてます。
一度、先生を皇宮にお呼びして、一緒にお願いさせて頂けませんか。」
ヨハン先生、誰それ?
と思っていると…。
「なに、ベルタ、おぬし、あやつの弟子であったか。
皇帝である私が依頼すれば、断る者はいなかろうが、きちんと指導してもらえんと意味が無いからの。
ベルタがそう言うのであれば、あやつを呼んで頼んでみる事にするか。
言っておくが、私はアリィシャの母親の実力など分らんからの。
おぬしが、ヨハンにしっかりと説明して、ちゃんとした指導が受けられる様にするのだぞ。」
ヨハン先生という方は、おじいさまもご存じの様子です。
寡聞にして無知な私は知りませんでしたが、ヨハンさんは現在の帝都で人気を二分する作曲家だそうです。
また、オーケストラで指揮を執る一方で、ご自身でもバイオリンを演奏する事があるそうです。
私は全く知りませんでしたが、かなりの大家のようでした。
でも、良いのでしょうか、ミィシャさんに指導して欲しいのは声楽のはず。
バイオリン奏者ですか?
私はそんな素朴な疑問が脳裏をよぎりましたが、全く素人の私が口を差し挟む余地はありませんでした。
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