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第12章 冬来たりなば

第283話【閑話】ノノちゃんの真意

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 朝から丸洗いされた私は、無事(?)仕事がもらえることになりました。
 今日の展示即売会について簡単な説明を受けてから、会場となる首相官邸に向かいます。

 会場に着いた私達は、アルムハイム伯の指示に従って会場の奥の方に置かれた横長の机に時計を並べていきます。
 その数は三十種類ほど、どれも中身は同じもので、七宝焼きで作られた表蓋の絵柄が違うだけとの説明でした。

 どれも、表蓋にはとても繊細な絵が描かれていて、とても素敵な時計です。
 ですが、この時計の真価は美しい外観ではなく、一日の誤差二十秒という卓越した精度にあるとのことです。
 もっとも、その分価格も驚くほど高く、一つ金貨三十五枚と下級官吏の給金のほぼ半年分に当たる金額でした。

 朝九時、開場を待ちわびたかのように、十人ほどのご婦人が会場に入って来ました。

 そのご婦人方、展示された時計を一つ一つ手に取ってじっくりと品定めすると…。
 
 一人のご婦人が展示品の時計を三つ私に差し出します。 

「この三つを頂いて帰りますわ。
 どれも素敵な時計で迷ってしまいました。
 でも、全て頂いて行くと主人に叱られてしまいそうですしね。」

 驚きました。一つ金貨三十五枚もする時計を三つも購入されるとおっしゃいます。
 私は、ご用命の時計が予め納められている小箱を差し出しました。
 すると、ご婦人は中身に相違がないか確認して、テーブルに置いたのです、金貨百五枚を。
 恥ずかしながら、貴族の端くれのくせに、百枚を超える金貨など初めて見ました。
 枚数を確認する時は、思わず手が震えてしまったくらいです。

 でも、そんなお客様は一人や二人ではありませんでした。
 高額な品にも関わらず、来場されたご婦人方は、みなさん、二つ、三つと買って行きます。

 私の横でノノちゃんは、そんなお客様に、いつもの人懐っこい笑顔で対応しています。
 とても落ち着いた所作で、百枚を超える金貨を目の前にしても全く動じる様子は見えません。
 金貨を目にしたくらいで動揺している場合ではありません、私もノノちゃんを見習わないと、笑顔、笑顔。
 私は、自分にそう言い聞かせて、努めて笑顔で接客を続けました。 

     ********

 ちょっとしたトラブルもありましたが、その後も時計は順調に売れ続け、展示即売会は大成功との事でした。
 アルムハイム伯の屋敷に戻ると私とノノちゃんはリビングルームに通されます。

「あなた方のおかげで即売会は大成功だったわ。本当に有り難う。
 これ今日のお給金ね。
 予想以上の売り上げがあったので、少し色を付けておいたから。」

 アルムハイム伯は労いの言葉と共に、私達にお給金を渡してくださいました。
 私とノノちゃん、それぞれに給金の入った小袋が手渡たされます。

 手のひらに乗せられた小袋はズシリと重く、「あれ、金貨二枚ってこんなに重いものでしたっけ」と思いました。
 恥ずかしながら、金貨など久しく持ったことが無かったので、中身がいかほどか見当が付かなかったのです。

 ですがノノちゃんは違いました、小袋を受け取るや中身が金貨二枚の数倍入っていると言い当てました。
 そして、これでは貰い過ぎだと遠慮したのです。
 どうやら、少し色を付けたでは済まないくらいの金貨が入れられている様子です。

 そんなノノちゃんに、アルムハイム伯は展示即売会の売上げが予想を遥かに上回ったので給金を増やしたと説明されたのです。
 そして、遠慮せずに取っておくようにとおっしゃりました。
 
 私達はアルムハイム伯のご厚意に甘えて、有り難く頂戴したのですが…。

「四、五、六、…十枚。
 こんなに頂いてしまって良いのですか?」

 中身を確認すると何と金貨十枚も入っています。私は間違いではないかと、再度確認してしまいました。
 私の問いに、アルムハイム伯はとても優しい笑顔で頷いてくださいます。

 金貨十枚あれば、卒業までの間、石鹸と筆記用具を買うだけではなく、下着も買い揃えられます。
 卒業まで何とか凌げる見通しが立ち、ホッとした私は、

「嬉しい、これだけあれば、卒業まで学校に在籍できます。
 良かったぁ…、これで夜の街角に立たないで済む…。」

と無意識にこぼしてしまったのです。

 本当に小さな呟きだったはずですが、アルムハイム伯にはばっちり聞こえてしまった様子です。
 それまでの笑顔が、微妙な顔つきに変わりました。

 ですが、私の体面に気遣ってくださったのでしょう。
 アルムハイム伯は「お金に困っているの?」と尋ねてくることはありませんでした。

 その代わり、ノノちゃんにこんな風に尋ねたのです。

「ねえ、ノノちゃん、今朝チラッと耳にしたのですけど。
 マロニエの実って何に使うのかしら。」

 今朝、私が身ぎれいにしていなかった言い訳に使った言葉をノノちゃんに尋ねたのです。
 どうやら、遠回しに事情を話せとおっしゃっている様子でした。
 
 ノノちゃんがマロニエの実の使い方を説明したのに続いて、私は事情を打ち明けることにしました。
 私は全てを話し、学校を止めるか、街角で花を売るかの瀬戸際だったと言いました。

 その上で、今日の給金のおかげで無事卒業できる見通しが立ったことを知らせました。
 そして、改めてアルムハイム伯とノノちゃんに感謝の言葉を伝えたのです。

 この後の、ノノちゃんとアルムハイム伯の話に私は驚かされることになります。
 元々、今日の仕事の話はアルムハイム伯がノノちゃん一人でと考えて持ち掛けた話です。

 ですが数日前に私が愚痴ったことで、ノノちゃんは知ってしまいました。
 私が経済的に困窮していること、学校を止めるかも知れないことを。
 ノノちゃんは少しでも私の助けになればと考えてくれました。
 それで、もう一人連れて来たいとアルムハイム伯にお願いしてくれたのです。

 そこまでは、今日のノノちゃんの接客態度を見ていて察しが付きました。
 その落ち着いた振る舞いを見て、『心細いから一緒に来て欲しい』と言うのは口実に過ぎないことが分かったのです。

 驚いたのは、ノノちゃんの次の言葉でした。
 
「あと、先日、シャルロッテ様から信頼できる人を探していると伺って。
 ナンシー先輩はどうかなと思ったんです。
 今日はナンシー先輩を紹介できる良い機会じゃないかと思いました。」

 今日の展示即売会、元々は王都に店を構えて欲しいというミリアム首相からの要請だったとのことです。
 ですが、アルムハイム伯の許には店を任せられる信頼できる人材がいないという理由で断ったそうです。
 これは、断る方便ではなく、アルムハイム伯自身も、帝都とこの町には店を構えたいと考えているとのこと。

 ノノちゃんはその話を聞き、信頼できる人物として私を候補に出来ないかと考えたとのことです。
 それで、私をアルムハイム伯に紹介しようと考え、今日が絶好のチャンスと思ったようです。
 私がアルムハイム伯のお眼鏡に適えば、卒業まで継続的に支援してもらえるのではないかと考えたようです。

 ノノちゃんは、当面を凌ぐために今日の仕事を紹介してくれた訳ではなく、より長いスパンで私の事を考えていたのです。
 私は、たった十四歳とは思えないノノちゃんの思慮深さに脱帽しました。

 そして、私はアルムハイム伯のお眼鏡に適ったようで、卒業後にアルムハイム伯の下で働かないかと勧誘を受けました。
 ノノちゃんの想定した通り、卒業までの生活支援付きです。

 お話を受けると、場合によってはこの国を出ることになるかも知れません。
 ですが、アルム地方の振興に力を入れているアルムハイム伯の活動は常々ノノちゃんから聞かされています。
 今日の時計もとても素晴らしい物で、先進的な事業を展開していると聞いていますがその一端が伺えました。
 この国に留まるより、アルムハイム伯の許に行った方が楽しいことがあるような予感がしたのです。 
 
 私は、その場でアルムハイム伯の勧誘をお受けすることしました。
 ノノちゃんの機転のおかげで、私は卒業後の進路と卒業までの支援を手にすることが出来ました。本当に感謝です。

     ********

 その翌日、私は指定された時間にアルムハイム伯の館を訪れました。
 冬休み中、アルムハイム伯の仕事を手伝うように仰せつかったからです。

 自動で開く不思議な門扉と自動で開く不思議な扉、それを潜って館の中に入るとアルムハイム伯が迎えてくれます。
 いったい、どうやって私の到着が分かるのでしょうか?

 私が通されたのはアルムハイム伯の執務室ではなく、リビングルームでした。
 
「これから、私の下で働いてもらうにあたり、知っておいてもらう事が沢山あります。
 あなたの冬休み中にそれを説明したいと思いますが、その前に今日は服を作ってしまいましょう。
 服の仕立てには結構時間が掛かるので、早く注文しておいた方が良いでしょうから。
 今、仕立て屋を手配していますので、そのうち来るでしょう。
 それまで、お茶でも飲んで待っていましょう。」

 アルムハイム伯の言葉を受けて、侍女のベルタさんがお茶を淹れてくれました。
 昨日、私のみすぼらしい服装を見て、一式仕立ててくださるとおっしゃってくださいました。
 早速、服の仕立てにかかってくださるようです。

「あら、早いわね。もう来たのかしら?
 うん、でも、この気配は…。」

 お茶を頂いていると、唐突にアルムハイム伯は言いました。
 ええと、誰が、何処に来たのでしょうか。私にはそんな気配はさっぱり分からないのですが…。

「ちょうど良いわ。
 ナンシーさんにも紹介するから、一緒にお出迎えしましょう。」

 そんなアルムハイム伯の指示で私は玄関ホールへ向かいます。
 玄関ホールで待ち構えていると、やはり自動で扉が開きました。

 そこに立っているのは、思いもよらぬ方でした。
 私などにとっては雲の上の存在、ヴィクトリア殿下です。
 機嫌が悪そうに見えるのは、私の気のせいでしょうか?
 
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