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第11章 実りの季節に

第261話【おまけ】少しは反省してください

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 さて、アリィシャちゃんに対する『悪魔憑き』という誤解も払拭できたし、今後についても決まりました。
 この一座をシューネフルトに呼び寄せる布石も打ったことですし、私達は早々にお暇することにします。

 この場では、これから重要な話をしないといけないでしょう。ここに居並ぶ七人の男女についてです。
 その話に私は無用ですし、その手のドロドロとした話題は好きではありません。

 巻き込まれる前に退散しようとしていたのですが。
 ここでも、空気を読まない精霊がかましてくれました。

「アリィシャちゃんの父さんのお相手って、あちらの女性ですわよね。
 先程、目配せをしていましたし。」

 何か思案していたシャインちゃんが、唐突に言ったのです。
 ダメでしょう、そんなデリケートな問題に首を突っ込んだら。

 私は急ぎ座長に挨拶して立ち去ろうとしたのですが…。

 私が先程指差した一番若い青年、近くにいたこともあり、シャインちゃんの言葉をハッキリと聞き取れたようです。

「この野郎!俺の女に手を出しただって!
 冴えねえ中年オヤジのくせして良い度胸じゃねえか!」

 いきなり激昂した青年が、アリィシャちゃんのお父さんの胸ぐらに掴みかかったのです。
 やはり修羅場になりますか…。
 こういう状況を見たくなかったので、早々に立ち去ろうと思っていたのですが。

 どうしたものかと思っていると、くだんの派手な印象を受ける女性が割って入りました。

「やめて!」

 そう言うと女性は、アリィシャちゃんのお父さんを掴んだ青年の手を振り払いました。
 そして、意外な事にアリィシャちゃんのお父さんを庇うように青年の前に立ち塞がったのです。

 おや、年の近い青年ではなく、だいぶ年上のアリィシャちゃんのお父さんの方に付くのですか。

「たった一回誘っただけで、俺の女扱いするのは止めて!
 たまには若い男も良いかと思って、ちょっと摘まんだだけじゃない。
 そしたら何よ、ガツガツとガッツくだけで、乱暴なだけ。
 あんたみたいなヘタクソ、一回でコリゴリよ!
 もう誘う事は無いから、俺の女呼ばわりするのは止めてね。
 不愉快だわ!」

 派手子さんから投げつけられた辛辣な言葉に、青年は項垂れてしまいました。
 おや、打たれ弱いですね、そこで更なる修羅場にはなりませんか。

 まあ、あのくらいの年齢の男の人って根拠のない自信を持っているものだと耳にします。
 それが、人前で『ヘタクソ』と罵られては、肩も落としますか。

 派手子さんは、アリィシャちゃんのお父さんにしな垂れかかるような仕種で更に続けます。

「その点、おじさまはとても優しくて、上手なの。
 あんたの様なヘタクソとは大違いよ!
 この一座の中では、今一番のお気に入りなんだから、乱暴なマネをしたら許さないわよ!」

 可哀そうに、ヘタクソと連呼された青年はへなへなとしゃがみ込んでしまいます。

 この言葉の中で、派手子さんは聞き捨てならない事を言いました。
『今一番の』という事は、比較対象がいるという事です。
 もちろん、項垂れている青年もその一人でしょう。

 私が男性諸氏を見渡すと、全員が気まずそうに俯いていました。
 座長がそれを白い目で見ています。
 そう言う事なのですね。

 ですが、もっと聞き捨てならない言葉がありました。
 そう、『この一座の中では』という事です。
 それって、一座の外にも比較対象がいるという事ですよね…。

 その時です、何かを思案していたシャインちゃんが再び口を開きました。

「病気の治療をするときから気になっていたことがありました。
 先程座長さんが、アリィシャちゃんのお父さんが病気を一座に持ち込んだかのように言っていましたが…。
 症状の進行度合いから推測すると、そちらの派手な雰囲気の女性が一番早く感染したように見受けられたのです。
 もちろん、年齢や健康状態によって病気の進行速度は異なりますので、症状だけからは断言はできません。
 ただ、お若くて病気に抵抗力のあるはずのそちらの女性が一番症状が進行していたので、最初に感染したのではと。」

 どうやら、座長さんがアリィシャちゃんのお父さんにお説教をしている時からずっと気になっていたようです。
 シャインちゃんの言葉に、その場にいた全員の目が派手子さんに集まりました。

「テヘ、ゴメン、下手をうっちゃった。」

 派手子さんが茶目っ気たっぷりに言います。そこには悪びれる様子は全く見られませんでした。
 口ではゴメンと言いながら全然反省していませんね。

     ********

 そこから、座長さんによる真相究明が始まりました。

 私はと言うと、退去の挨拶をする前に始まってしまったので立ち去る事が出来ない状況に置かれ…。
 結局、全部聞かされることになってしまいました。

 例によって従者のフリをして私の後ろに控えていたオークレフトさん、子供の教育に悪いと感じるや、さっさとアリィシャちゃんを外に連れ出してくれました。
 ナイスです。ですが、機転を利かせて私も外へ出して欲しかったです。

 さて、この派手子さん、殿方との睦事が大変好きだとのことです。
 公演の休みの日や移動の途中で町に立ち寄った日、こっそりと一座を抜けだしては街角に立っていたようです。
 趣味と実益を兼ねて。

 でも、公演が休みの日や移動の途中に町に寄る事は多くありません。
 町から町への移動では何もない野原に天幕を張ることの方が多いのです。

 では、この派手子さん、いつもはどうしているかと言うと…。
 そう、一座の中で摘み食いをしていたのです。  

 そして、持ち込んでしまった病気ですが、男性に比べて女性の方は症状が出難いのだそうです。
 派手子さんがヤバいと気付いた時には、時すでに遅し、一座の中にうつしまくった後だったそうです。

 周囲の人、特に座長にバレないようにと願いながら、ひた隠しにしていたようです。

「精霊ちゃん、ありがとう!
 本当に助かっちゃったよ。
 このまま一座の中に広まっちゃったらどうしようかって困ってたの。」

 あっけらかんと言う派手子さん。本当に反省の色が見えません。

「この大バカ者!
 俺はいつも言っているだろう、『芸は売っても体は売るな』と。
 俺はな、どんなに興行が不振な時でも女衆に体を売らせなかったのが誇りなんだ。
 それを自分から自分を貶めるような真似をしてどうするんだ。
 体を売って人気を取るなんてのは、三流の芸人のする事だぞ!」

 派手子さんの態度に呆れた座長さんが声が荒げますが…。

「座長がそう言うから、一座の者だとバレないようにしてますよ。
 化粧も髪型も変えているし、町娘の様な格好をしてるんで絶対にバレませんよ。
 第一、顔を売るため、人気を取るために体を売っている訳じゃないし。
 わたしゃ、ちょっと良い男といたすのが目的で、金が欲しい訳じゃないからね。
 小遣い銭稼ぎはついでですよ、つ・い・で。
 ちょっとハスッパな町娘には珍しいことじゃないでしょう。」

 自分の事をハスッパなんて言う人初めて見ました、自覚はあるのですね。

「おまえなあ、なにが『つ・い・で』だ、ちっとは反省したらどうだ。
 一座の中に、たちの悪い病気を持ち込みやがって。
 なんなら、今度はおまえをこの帝都に置き去りにしてやろうか。
 アリィシャと違って大人のおまえなら、行き倒れる事は有るまい。
 そんなに睦事が好きなら、娼婦にでも何でもなれば良い。」
 
 座長さんの堪忍袋の緒が切れたようです。
 かなり本気で一座から追い出そうと考えている様子です。

「座長、それだけは勘弁してください。
 わたしゃ、これでも一座で踊る事が気に入っているんでさぁ。
 それにアレは自分の気の向いた時に、気の向いた相手といたすから良いんで。
 娼婦なんてなっちまったら、嫌な男や醜男ぶおとこまで乗っけないといけなくなっちまう。
 そんなのまっぴらごめんだよ。
 もう、街角に立つのは止めるから、どうか勘弁してください。
(ほとぼりが冷めるまではね。)」

 座長がマジで怒っていると気が付いた派手子さん、追い出されたらシャレにならないと思ったのでしょう。
 手のひらを返したように、平身低頭しています。
 でも、最後、良からぬことを小声で言ってましたね、聞こえましたよ。

「ああ、分かったなら良い。今回は勘弁してやる。
 いいか、二度とやるなよ。
 今度やったら、本当に一座から追い出すからな!」

 平身低頭する派手子さんを見て、座長は矛先を納めることにしたようです。
 最後の呟きをは聞こえなかったのですね。この人、ほとぼりが冷めたらまたやるつもりなのに…。

 座長さんの裁定が出て、これで終わりかなと思っていたのですが。

「あんたね、親友の旦那に手を出すって、いったいなのつもりなの。
 私、さっきここに呼ばれて、病気だなんて言われても何の事だか分らなかったわ。
 今までの話を聞いていたら、あんたが私の旦那を摘まんで病気をうつして。
 それが旦那から私にうつったってことじゃない。」

 今まで黙っていた地味な感じの女性が、座長の話が終るのを待って口を開きました。
 どうやら、地味子さん、自覚症状が出ていなかったようで、病気と言われてもピンと来なかったようです。
 身持ちが堅そうだという第一印象通りの方のようですね。

「あっ、ゴメン、ホントにゴメン。
 あなたがあんまり旦那の事を惚気るもんだから、そんなに良いのかと思って。
 ちょっと味見させてもらったの…。
 もう二度としないから赦して。
 (あんまり良くなかったし…、まあ、蓼食う虫も好き好きね。)」

 手を合わせて謝られた地味子さんは、呆れ顔で言いました。

「もう、あんたはいつもしょうもない事ばっかり…。
 もう良いわ、赦してあげるから。
 二度とうちの旦那に手を出さないでね。」

 派手子さんはいつもこの調子なのでしょうか。
 陽性で、お気楽で、ちゃらんぽらんだけど、何処か憎めない雰囲気と言いましょうか。

 地味子さんは、あっけなく派手子さんを赦してしまいました。
 自分の旦那さんと関係を持っていたのにあっさりと赦すとは、なんて心の広い人でしょう。
 最後に結構酷いことを言ったのに聞こえなかったのですね。

 派手子さんの破天荒な話には面食らいましたが、この問題も片付いたようですのでお暇することにしました。
 座長さんに挨拶をすると、見送りに出て来てくれるそうです。
 座長さんと共に、一足先に馬車へ向かったアリィシャちゃんとアリィシャちゃんのお母さんの許へ行こうとすると。

 背後で派手子さんの声が聞こえました。

「おじさま、わたし、これからはおじさまだけよ。
 うんと可愛がってくださいね。」

 そういえば、派手子さん、アリィシャちゃんのお父さんにしな垂れかかったままでしたね。

 この後、どんな修羅場があったかは知りません。

 ただ一つ派手子さんに言いたいです。少しは反省というモノをして欲しいと。 

 
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