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第10章 動き出す時間

第231話 ある男の後悔

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 選りすぐった精鋭の兵士千人をもって村にも及ばぬような小国を踏み潰す。
 そんな簡単な作戦のはずだったのだ…。

「いったい、これは何なのだ…。」
 
 だが、余は今目の前で繰り広げられる惨劇に言葉を失ってしまっていた。
 こちらを見れば生きたまま煉獄の炎に焼かれる兵士、あちらを見れば体がバラバラになって弾け飛ぶ兵士。
 まさに、この世の地獄としか言いようのない光景が繰り広げられているのだ。

 いったい何でこんなことになったのだ。
 とは言わない、全ては余の過ちから招いたことであるから。
 余がつまらぬ欲を出さなければ、こんな事にはならなかったのだ。

 いや、それでも、何でこんな事に…。

     **********

 余が指揮する近衛隊千人は順調に進軍していた。
 資料室に残されていた地図は非常に正確で、記されていた通り難所は無かった。
 道こそは無いが、小川沿いに馬上で進むことが出来るほど平坦な土地が続いたのだ。

 やがて小川はその水源となる大きな池に我々を導いたのだが、そこにいたのだ…。

 静かな湖畔に優雅にたたずむ白馬が一頭、それは極上の絵画のようであった。
 その白く美しい体躯を持つ馬の額には、なんと一本の角が生えていたのだ。

「ユニコーンだ…。」

 兵士の中から、そんな呟きが聞こえた。

 一本(ユニ)角(コーン)なので、語義的には間違いではないが。
 兵士の言っているのはそう言う意味ではないだろう。
 十中八九、伝説上の動物の事を指して言っているのだと思われる。
 何を馬鹿な事を言っているのだ、ユニコーンなどいる訳ないわ。
 目の前の白馬は、頭蓋骨に変形を生じた、単なる突然変異体に決まっている。
 角というのは頭蓋の変形で、稀に本来角のない動物で角のある変異体が生じることがあると生物の本で読んだぞ。

 本当に美しい白馬であった、特に象牙のような風合いをもつ一本の角が均整の取れた体躯にとても良くマッチしていた。
 その時、余は欲に目がくらんで、用兵の基本を違えてしまった。

 作戦行動中は作戦と関係のない事で作戦の進行を妨げてはならない。

 このごく当たり前の規律を破ってしまったのだ。
 それが取り返しのつかない結果を招くとも知らずに。

 その角を持つ美しい白馬を余の騎馬にしたいとの思いに囚われてしまったのだ。
 伝説のユニコーン(のような白馬)に乗って颯爽と凱旋する自分の姿とそれを称賛する国民の大歓声。
 そんなことを想像し、是が非でも目の前に佇む白馬を手に入れたいと思ってしまったのだ。

「あの白馬を捕らえろ、余の騎馬にするので傷一つ付けるでないぞ。」

 余は、我欲に駆られて軍の規律に反する命令を下してしまった。
 作戦行動中に、兵に狩りのマネをさせるという。 

 近衛隊長に命じられた兵士十名がそうっと白馬を取り囲むように近付き、首に縄を掛けようと白馬に触った瞬間であった。
 突如として白馬が狂ったように暴れ出したのだ。
 そして、目にも止まらぬ速さで、縄を掛けようとした兵士をその角で貫いたのだ。
 腹部を串刺しにされた兵士、あれでは助からんだろう。
 
 余が呆気に取られていると、白馬は素早い身のこなしで取り囲んでいた残り九名の兵士も次々に串刺しにしてのけた。
 そして、十名を一掃すると猛然と余がいる本隊に突進してきたのだ。

 狼狽した一人の兵士が射撃許可もないのに白馬に向かって発砲したのだが。
 闇雲に放った弾丸が命中する訳もなく、その銃声がさらなる厄災を呼ぶことになったのだ。

     **********

 突然、池から水飛沫が立ち上がったかと思うと巨大な何かが姿を現した。
 身の丈二十ヤードはゆうに超える白く輝く体躯、一見すると蛇の様なのだが…。

 それは、蛇にはあるはずのない翅と腕を持っていた。
 流石にあれを突然変異とは言わないであろう。

 蛇とはまったく別種の生き物である、しいて言うなら…。

「竜だ!竜が出たぞ!」

 その時、兵士の一人が大声を上げた。
 そう、お伽噺によく出てくる竜の姿そのものである。

 普段の余であれば、竜などと世迷言は申すなと言うところである。
 しかし、余はリアリストである。故に自分の目に映る事象に目を背けることはしない。

 お伽噺とは違うかもしれないが、蛇でなければ竜としか呼びようがない姿なのだ。

 竜は目敏く先程発砲した兵士に目を向けると、口から何かを吐き出した。
 それは、弾丸のような速さでその兵士を直撃したのだが…。
 その瞬間、弾け飛んだのだ、兵士の肉体が、バラバラになって…。

 それで兵士達はパニック状態に陥ってしまった、何の統率もなくてんでバラバラに竜に向かい発砲を始めたのだ。
 しかし、近衛隊に配備した最新のマスケット銃の弾丸は竜に傷一つ負わせることは出来なかった。
 ただ、竜を怒らせるだけだったのだ。

 しかし、悪夢はそれで終わりではなかった。
 白馬と竜、それだけでも手に負えないというのに、第三の厄災が飛来することになる。

 余が見ている前で、兵士の一人が突然炎上したのだ。
 最初、余は何が起こったのかさっぱりわからなかったのだが。
 兵士の中で空を指差して何か騒いでいる者たちがおり、その指差す方向を見ると…。
 
 何やら火の玉のようなモノが飛んでいるのが見えた。
 空をゆっくりと旋回していた火の玉は、突如進路を変えて兵士の方へ猛スピードで接近した来た。
 そして、兵士達の中を突っ切ったのだが、その瞬間再び何人かの兵士が火だるまになったのだ。

 鳥だった。鷲のような姿の鳥、それが炎を纏っている。
 もう、兵士達がその鳥をフェニックスと呼んでも、余は否定しない。
 普通の生物が炎を纏って生きている訳がない。
 あれは伝説上のフェニックスとしか言いようがないからだ。

 三体のバケモノが揃ってからは、一方的な蹂躙であった。
 余が手塩にかけて育てた精鋭部隊が手も足も出ずに、一人、また一人と葬られていく。

 そんな地獄絵図を今こうして目の当たりにしているのだ。
 余がつまらん欲をかいたためにとんでもなことになってしまった。
 これでは、女の色香に惑わされた指揮官と大差ないではないか…。

     **********

「ちょっと、もう止めてー!
 そこにいる人達、もう戦意喪失しているじゃない。
 一方的な惨殺は良くないわ。」

 余がなすすべもなく手をこまねいていると、何処からか若い女の声がした。
 気が付くと白馬の傍らに、黒髪に黒いドレスを着た若い娘が立っていた。一体いつの間に…。

 そして娘は、白馬達と何やら話し始めたのだが、どうやら攻撃を止めるように説得してくれているらしい。
 驚いたことに、三体のバケモノは人語を解するらしい。
 我が軍のことを指差し、弱い者苛めなどと言っているのが漏れ聞こえ、忸怩たる思いであるが仕方あるまい。

 一方的に蹂躙される様を見られたら、弱い者苛めと評されるのも甘受せざるを得ないのであろう。

 そして、驚いたことに娘は荒ぶる三体のバケモノ共を説得し攻撃を止めさせたのである。
 攻撃が止んだ時には、近衛隊の兵士まともに立っているのは百人にも満たなかった。
 生死はともかく、信じられないことに九割の兵士がわずかの間に戦闘不能に落ちいったのだ。
 倒れ伏している者、あの中でいったい何人が助かるだろうか…。

 余が近衛隊の惨状に頭を抱えていると、娘が部隊に近づいて来て言った、負傷者の治療をすると。

 ただ、その前にお願いと称して言った二つの言葉、それがふざけたモノであった。
 武器を手にするな、人に危害を加えるな、我々に向かってそんなことを言ったのだ。
 軍人に向かって無茶を言う、それでは軍人を止めろと言っているのと同じではないか。

 余がそんな願いは聞けんと苦言を呈そうとした時、それは起こった。

 娘の肩に乗っていた小さな人形のような生き物、容姿は人間そのものなのだが、サイズが明らかにおかしい。
 十インチほどしかない人間がいる訳ない、第一人は宙に浮かべる訳がない。
 とにかく、得体の知れない人間もどきが、娘の肩を離れ宙に浮かんで、兵士達に近づいて来たのだ。

 そして、何かを呟いて、天に手をかざすと、天から青白い光が降ってきた。
 その光は不思議な力を秘めており、光を浴びた者の怪我が見る間に治って行くのだ。
 地面に倒れ伏して虫の息だった者まで起き上がり、まるで怪我など無かったかのようにピンピンとしている。

 『奇跡』としか言いようがない光景だった。
 余は『奇跡』などと言うモノは全て作り話だと思っていた。
 それが現実に起こりうることで、自分が目にするとは思いもしなかった。

 天から降り注ぐ光が収まった時、およそ三百の兵士達がその場に立っていた。
 三百の兵士が残っていれば、村ほどの大きさの国を亡ぼすのには十分だ。
 その時、余は思ったのだ、何者かは知らぬが助かったぞと。

 だが、話はおかしな方向へ進んでいく。
 すっかり怪我が治った兵士達は、宙に浮く小さな少女を『天使』と、目の前の娘を『聖女』と呼び平伏してしまった。
 そんな兵士達に対し娘は指示したのだ、元来た道を引き返し速やかに森から立ち去るようにと。

 何を勝手なことを言っているのかと、今度こそ口に出して抗議したのであるが…。
 兵士共は余の言葉よりも、命を救ってくれた『聖女』の言葉に従うことにした様子で次々と森から立ち去って行ったのだ。

     **********

 残ったのは、余と宰相、それに近衛隊長の三人だけであった。
 不思議な事に、何故か余はその場から移動することが出来ないのだ。動こうとすると体が拒むような感じで…。
 どうやら、他の二人も同じのようだ。

 そんな、余たちのもとに娘がゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 そんな娘に余は苦言を呈したのだ、作戦継続中の兵士達を勝手に退去させるとは何事だと。

 すると娘はこう言ったのだ。

「いえ、あなたは負けたのです、セルベチア皇帝。
 現に、あなたは私に捕らえられてそこから一歩も動くことは出来ないでしょう。」

 こんな娘が余の事をセルベチア皇帝だと知っているだと…。
 しかも、余がこの場から動くことが出来ないことが分かっている?
 いや、自分が捕らえたとハッキリ言ったぞ、この娘。

 この時、余はこの娘が何者であるか、確信していた。
 でも、問わずにはいられなかった、貴様はいったい何者だと。

 娘から返ってきたのは、予想通りであり、かつ聞きたくなかった言葉であった。

「あら、これは失礼、ご挨拶がまだでしたね。
 私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム、当代の『アルムの魔女』。
 あなたが攻め込もうとした国の主です。」

 娘の言葉を聞いた時、余は悟った。
 余は、絶対に敵に回してはいけないものを敵に回してしまったのだと。

 『アルムの魔女』は実在していたではなく、今現に実在しているのだ。
 『アルムの魔女』の『魔法』は末裔にも受け継がれ、当代のアルムハイム伯も『魔女』だったのだ。
 二年前のあの不可解な出来事は、やはり百年前の『アルムの魔女』の祟りなどではなかった。
 『祟り』ではなく、当代の『アルムの魔女』が作戦を妨害したのであろう。おそらくは『魔法』で…。

 しかも、当代の『アルムの魔女』は、たった三体で千人の精鋭たちを蹂躙するバケモノも手懐けているようだ。
 あれだけ荒ぶっていた白馬は娘の傍らで寝そべって娘に頬ずりしているではないか。
 あの竜だって、さっき娘と親し気に何かを話していたし…。
 ここにいる三体のバケモノをけしかけられたら国が亡ぶぞ、マジで。

 そして、余は悟ったのだ、今日限りで余の治世が終わりを告げたことを。
 余の抱いた大陸統一の野望は、こんなちっぽけな国にちょっかいを掛けたことが仇となって水泡に帰したのだ。

 余は絶望に打ちひしがれながら、心の中でつぶやいた。

 お伽噺の存在は、お伽噺の中で大人しくしていてくれたらよかったのに…。
 なにも、余の治世に出てくることないじゃないか…。

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