最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第9章 雪解け

第218話【閑話】ある男の困惑

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 結局のところ、昨年一年間は金策に翻弄されることになって、目に見える戦果はあげられなかった。
 
 しかも、戦線を縮小した程度では、わずかばかりの軍艦を追加で建造するのがやっとであった。
 本当に昨年は、現実主義者リアリストの余ですら、何かに祟られているのではないかと思ったほどだ。

 昨年の春以降、兵の配置転換と資金繰りに奔走しながらも、余は帝国に対する侵攻作戦を練り直していた。
 その中で、雪解けを待たずに二つの作戦を実行に移すことにした。

 最初に仕掛けるのは、ルーネス川流域にある石炭と鉄鉱石が産出する地域だ。
 その地域は、我が国から帝国の領邦の一つであるプルーシャ王国にわたって広がっている。
 余は、プルーシャ王国側に広がる産炭地と鉄鉱山を支配下に置くことに決めたのだ。

 プルーシャ王国は帝国を構成する領邦の中でも軍制の近代化が進んでいて、唯一我が国と伍して戦える国である。
 そんな国とまともに組み合ったら泥仕合になってしまい、兵の損耗を招くだけである。

 それで余は考えたのだ、まだ雪が解けやらぬ早春、プルーシャ王国がまだ戦いの準備を始める前に叩いてしまえと。
 軍団は進軍速度重視で、なるべく軽装にし補給物資も最小限で送ることとした。

 なあに、戦場は我が国との国境付近だ、いざとなれば追加で補給隊だけ送れば済むことだ。
 装備にしたって、目標とする地帯の占領が済む頃には初夏にもなっておろう。
 冬用のゴテゴテした外套なども不要であろう。

「進軍速度を最優先に軍団編成を行え!
 プルーシャの奴らに迎え撃つ体制を整える時間を与えるのではないぞ!」

 余は陸軍大臣にそう命じたのだ。
 その後大臣から、歴戦の将軍で歩兵運用に長けている者を司令官として三万の軍勢を送り出したと報告があった。
 その将軍を見知ってはいないが、大臣から提出された資料によると十分な戦歴は有している。
 作戦の意図は十分に伝わっているようだし、間違いはないだろうと考えていたのだ。

 …その時は。

 それから二月程過ぎ、もうそろそろ、戦勝の第一報が届く頃かと期待していると。

 廊下をバタバタと走る音が聞こえた来た。
 余は、最近この音を聞くと胃が痛くなる。
 絶対に余の執務室の前は走るなと命じてあるのだが、言う事を聞かない奴がいて困ったものだ。
 余は、心の中でこの足音が余の部屋の前を通り過ぎることを切に願っていたのであるが…。

 バタン!

 と大きな音を立てて部屋のドアが開け放たれたのだ。余の願いもむなしく…。

 そこに立っていたのは、例によっていつもの伝令役の軍幹部である。
 こいつが持ってくる知らせは、ほぼ全てが悪夢のような話である。

 余は、内心聞きたくないと思いつつ、そいつが口を開くのを待つのであった。

「陛下、一大事です!
 ルーネス川近郊の産炭地制圧に送った軍勢が作戦に失敗。
 司令官は戦死、他に死者はありませんが、重度の凍傷を負っている者が多数おります。」

 ほら、まただ…。

 こいつの報告はこんなものだった。

 ルーネス川の手前、穀倉地帯に差し掛かったところで、季節外れの猛吹雪に遭遇し軍勢は立往生。
 その際、運悪く飛来物が頭に当たった司令官は落命したらしい。
 戦死ではないでないか…、戦いにすらなっていないし…。

 猛吹雪はその後一週間にわたり、吹雪が止んだ時には補給隊が運んでいた物資は全て灰になっていたとのことだ。
 どうやら、飛来物が火薬樽にぶつかって、衝撃で火薬が爆発したらしい。

 兵士たちの証言によると、立っているだけで体温が奪われ身の危険を感じるほどの猛吹雪だったと言う。
 とにかく、吹雪いている場所から退避することを最優先としたため、補給物資は吹雪の中に置き去りにしたようだ。

 ただ、不思議なことに、鉄砲や大砲、それに軍資金が失われていたという。
 鉄や金銀だ、高熱で溶けることはあっても、失われることはないであろう。

 だが、吹雪の後、軍勢が進行した場所まで戻ってみると、そこには軍資金の形跡すら残ってなかったそうだ。
 猛吹雪の中でコソ泥を働いた輩がいたと言うのだろうか?

 今回も兵士達の中に命を落とした者は無かったという、重度の凍傷で原隊復帰が困難な者はいるようであるが。
 失われたのは、武器弾薬に食料、そして軍資金だ、加えて行方不明者が司令官一名。
 まるで、怪談のようだ。昨年起こった事件と同じではないか。

 更に、不思議なことに多数の者が重度の凍傷を負う様な猛吹雪なのに、周辺の町に被害は無かったそうだ。
 いや、被害が無かったどころか、町の者の話ではそんな猛吹雪など知らないと言うのだ。

 じゃあ、いったい何だったのか?兵士達が遭遇した猛吹雪は…。
 兵士達の中には、『冬の女王の勘気に触れたのだ』という噂が実しやかに流れているという。
 セイレーンの次は冬の女王か…。
 本当に何かに祟られているのではなかろうな、余は本気で教会の悪魔祓いを招こうかと思ったぞ。

 何が何やらさっぱりわからんが、一つだけ確かな事があった。

 余の起こした軍事行動は出足から躓いてしまったということだ。

     **********

 余は最近鎮まることのない胃痛に悩まされながらも、次の作戦を実行に移すことにした。

 それは、誰もがタブーとして来たクラーシュバルツ王国への侵攻である。
 彼の国は、中立国として周辺国に認められており、どこの国にも与しない代わりにどの国も侵攻しない約束となっている。

 バカ言え、あんな良い位置に立地しておいて中立国だって。
 狭くて貧しい国であるが、軍事戦略上は一等地にあるのだ。
 中立などという虫の良い話を余は認めはせんぞ。

 従来は、余も事を荒立てないために、彼の国への進攻は遠慮していたのであるが。
 工作員と協力者が捕らえられ、彼の国に築いた足場を失ってしまった以上、直接支配下に置くしかないと決断したのだ。

 幸いなことに、彼の国は旧態依然とした王制を敷いている。
 これは、自由と民主主義を掲げる我らには都合の良いことだ。
 『王の圧政に苦しむ民を解放し、自由と民主主義を民にもたらすのだ』というお題目があるではないか。
 民主主義などという事を本気で言っている我が国の愚か者どもが、金科玉条としている言葉が。

 我らはクラーシュバルツ王国の民に自由と民主主義をもたらす救世主となるのだ。
 余はそんなこと欠片も思っていないが、建前はそれで十分だ。

 ということで、余が立てた作戦はこうだ。
 彼の国に新たに作った協力者の手引きで、こっそりと軍勢を彼の国の王都に侵入させ。
 夜陰に乗じて、王宮を襲撃して王族を根絶やしにする。
 そして、王制を廃して、民主的な共和国の成立を宣言するのだ。
 あとは、我が国の協力者を傀儡のトップに就けて、彼の国を我が国の属領とすれば良い。

 そうすれば、帝都だろうと、ロマリア半島だろうと幾らでも攻め込めるようになるではないか。
 ここ数年、中断を余儀なくされていた軍事行動が、再開できる。
 彼の国を属国として、最短距離で敵を殲滅してくれるわ。

 一月前は、そう思っていたのだ。

 だがしかし、結果は四度、あの男の廊下を駆ける音を聞くこととなった。

 もう勘弁して欲しい、余の胃に穴が開くぞ…。

     **********

 もう二度と顔を見たくないとおもった軍の伝令係、奴の報告を聞き終わった時のことだ。

 宰相がポツリともらした。

「これは、『アルムの魔女』の祟りですね。
 どうも、陛下は『アルムの魔女』の勘気に触れてしまったらしい。」

 何じゃそれは?
 一国の宰相ともあろう者が祟りだと?しかも、魔女?
 こいつらまとめてエコール小学校に叩き返してやろうか。
 まったく、非科学的な事を言っている。

「宰相、そなた、本気で魔女の祟りなどという事を言っておるのか。
 だとしたら、余はそなたの進退を検討しないとならんぞ。
 いつも、言っておろう。科学の時代、迷信などという愚かな事に惑わされるなと。」

「陛下、お言葉ですが、『アルムの魔女』は実在したのですぞ。
 陛下だって、陸軍士官学校のご出身であられましょう。
 士官学校では戦史は必修のはず、百年ほど前の戦史に記されている出来事ですぞ。」

 えっ、そんな絵空事まで書かれていたのか、あの教科書。
 パッと目を通してダメダメだと思ったが、本当にロクでもない教科書だったのだな。

「士官学校の授業内容は、カビの生えた、役に立たんような事ばかりであった。
 余は、重要だと思う授業以外はさっと流して、最短で卒業してやったわ。
 そんなくだらんことが書いてある戦史の授業など、軽く流しておる。
 何が『魔女』だバカバカしい。
 そんなの作戦に失敗した司令官がでっち上げた言い訳に決まっているであろう。
 百年前と言えば、軍に貴族の能無し共が幅を利かせていた時代だ。
 自分の失態にされない様にでっち上げたものだろう。
 当時は、貴族がそう言えば、黒いものでも白になる時代であるからな。」

「いいえ、陛下。
 『アルムの魔女』は実在しました。
 『アルムの魔女』は百年前、我が国の軍勢を一人で撃退し。
 その功をもって国を与えられたのです。
 『アルムの魔女』は国を得た返礼に、ある誓いを立てたのです。」

「なんじゃ、それは?」

「はい、一昨年、陛下が越えてクラーシュバルツ王国に入ろうとした峠。
 あの峠を一兵たりとも、セルベチアの兵に越えさせないと。
 帝国皇帝と教皇に誓いを立てたのです。
 陛下は、あの峠に大軍勢を送ろうとしました。
 きっと、それが『アルムの魔女』の怒りに触れたに違いございません。」

「そなた、気は確か?
 まさか、そんなことを本気で言っておるのではあるまいな?」

「陛下がそうおっしゃると思ったからこそ、私は今まで黙っていたのです。
 本当は、陛下が不可解な出来事で撤退された一昨年から、私はそう思っていたのです。
 現実主義者の陛下が信じてくださる訳ないと思ったから。
 どうせ、迷信だとの一言で、一笑に付されると思ったから言わなかったのです。」

 海千山千の宰相が真剣な表情でそう言うのだ、その眼差しに偽りは感じられなかった。
 余は、これは戯れで言ってる訳ではないと初めて理解したのだ。
 
 間違っているのは、余なのか、それとも宰相なのか。
 それはまだ判断が付かない。
 だが、言えることが一つ…。

「百歩譲って『アルムの魔女』の話が誠の話だとして。
 魔女が治める国など、聞いたことが無いぞ。
 本当にあるのか、そんな国?」

 宰相の話が嘘でないなら、褒賞で与えられた国があるはずだ。
 たかだか、百年前の話であるからな。

「もちろん、ございます。
 こちらです。」

 宰相は、余の執務机の上に広げらた地図の一点を指示した。
 宰相の人差し指の先にある地図のシミのような小さな領域。
 そこに矢印が引かれ、吹き出しの様にアルムハイム伯国と記されていた。

 これ、虫眼鏡で見ないと普通気付かんぞ…。

 そのシミのような領域は、ご丁寧に余が二年前に進攻しようとした峠に掛かっていたのだった。

 もしかして、余、本当に『アルムの魔女』に呪われているのか?
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