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第9章 雪解け

第209話 貞操が守られたのは良いのですが…

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 ヘレーネさんにリーナとハインツ王の歪んだ親子関係の話を聞いていると、リーナがお風呂から戻って来ました。
 リーナはほんのりと頬を上気させ、うっとりとした表情を見せています。

 そんなに良い湯加減だったのでしょうか?
 いえいえ、そんな訳がありません。
 私の館の極上の温泉に浸かった後でもあんなに表情を緩めることはないのです。

 何があったのかなどとは、もちろん尋ねません。
 精神衛生上良くないことを聞かされたら困りますもの。

『私の可愛いリーナがあの男の手管によってあんなに恍惚とした表情を見せたかと思うと…。
 私は、メラメラと燃え上がる嫉妬心に心が焼かれる思いです。』

 …って、私はそんなことは欠片も考えていません。
 振り向くと、そこには私の耳元でこっそりと呟くヘレーネさんの姿が。
 イヤだ、もうこの人…。

「何を勝手に、私の心の声を代弁しているのですか。」

「えっ、違うのですか。
 それは残念です。
 せっかく私好みの展開になるかと期待していたのに。」
 
 ヘレーネさんは私の冷たい視線を意にも介さず、しれっと言いました。
 もう、自分の願望を隠そうともしないのですね…。

 私がヘレーネさんの態度に呆れていると、リーナが対面のソファーに腰を下ろしました。
 そして、リーナは頬を赤らめながら、嬉しそうに言います。
 私があえて聞くまいとしていたことを。

「お父様が久しぶりだからと、念入りに洗ってくださったのです。
 体の隅々まで余すところなく、とても優しく、丁寧に。
 それだけでも、とても心地良いのに…。
 耳元で、『とてもきれいだ。』と囁いてくださるのです。
 そうすると、何と言えば良いのか…。
 こう、体の芯から熱くなって、本当に天に昇る気分になりました。」

 その顔は、本当に無邪気な笑顔です。
 おそらく、ハインツ王の方は邪念だらけだと思うのですが…。

「おっ、これは今晩、いよいよですかね。」

 私の後ろで、ヘレーネさんがまた言わなくても良いことを呟きます。
 そんな風に言われると本当に不安になるではないですか。

 そして、夜も大分更けてきたころ。

「では、私はお父様、お母様と一緒に休みます。
 ヘレーネ、ロッテのおもてなしをお願いしますよ。」

 私の心配をよそにリーナは薄いナイティの上にガウンを羽織って王の寝室へ向かったのです。

 嬉々として両親の寝室に向かうリーナを止めることは出来ませんでした。
 この時、私は、ただ間違いが起こらないことを祈るばかりでした。

     **********

「では、シャルロッテ様、お疲れでしょうからマッサージでも致しましょうか。」

 身の危険を感じて、ヘレーネさんの申し出を丁重に断った私は早々に床に就くことにしました。

 ですが…。
 リーナの身が心配で寝付くことが出来ません。
 ベッドの上で、ウトウトしては目を覚ましという状態を続けていると…。

 ダッ、ダーン!

 離宮の外、それもかなり離れているところで銃声のような音が響いた気がします。

「ロッテ~!
 起きて~!やしゅ~うだよ!
 へいたいがこっちに向かってくるよ~、いっぱい!」

 突然現れた風の精霊ブリーゼちゃんが、私の枕もとで騒ぎ立てました。
 驚いて飛び起き、窓から外を見ると火の手が上がっています。
 あれは、王宮の方向でしょうか?

 私はベッド脇に置いたガウンを羽織ると部屋を飛び出しました。
 向かうのはもちろん、リーナがいる王の寝室です。

 王の寝室は、私が滞在しているリーナの部屋のすぐ近くにあります。
 私はその部屋の扉を開いて、呼びかけました。

「敷地内に賊が侵入したようです。
 万が一に備えてすぐに退避できるように、身支度をしてください。」

「いったい誰だ!
 やっと、これから念願が叶うというのに邪魔をする奴は!」

 私の呼びかけに危機感のないハインツ王の怒声が帰って来ました。
 どうやら、危機一髪、リーナの貞操はすんでのところで守られたようです。

 今のところ寝室に賊の押し入った形跡が見られず、安堵していると。
 離宮の正面入り口の方から、大きな破砕音が聞こえました。
 おそらく扉が破壊された音でしょう、続いて速足に近づいてくる沢山の足音が響きます。

 大分多くの賊が侵入したようです。

「王を探せ!
 王宮にいなかったのだ、絶対にいるはずだ!」

 先程聞こえた銃声のような音、やはり襲撃されたのは王宮のようです。
 私は最大限の魔力を込め光の玉の魔法の準備をします。
 それを、賊が向かってくる方向、廊下の曲がり角に発動前の状態で放りました。

 そして、賊の先頭が曲がり角に差し掛かった瞬間を狙って光の玉を出現させます。
 その瞬間、強烈な閃光が廊下の先を包み込みました。

 大分離れたここにいても目が眩むぐらいです。
 当然直撃した人達は…。

「な、なんだ、この光は!」

「目が、目が!」

「うぎゃ!眩しい!」

 口々に悲鳴を上げる人々、目を手で覆って蹲る人もいます。
 
「こら!そんなところで立ち止まるんじゃない!」

 指揮官でしょうか、閃光の直撃を免れた人の無茶を言う声も聞こえてきました。

 私は、ゆっくりと賊の方へ歩み寄ります。
 その間に風の精霊ブリーゼちゃんに、私の声を賊全体に届けるようにお願いしておきます。

 私が廊下の曲がり角に差し掛かると、

「なんだ、貴様は!
 これは貴様がやったのか!」

 叫んだのは偉そうな軍服に身を包んだ男でした。

     **********

 もちろん、男の問い掛けに律義に答えはしません。
 私は、男の怒声を無視して告げました。当然、『言霊』の魔法を使ってです。

『その場で立ち止まって、武器を捨てろ。』

 私の言葉は、ブリーゼちゃんの拡声の術に乗って侵入者全員に響き渡ります。
 自らの意思に反して、その場で歩みが停まり、武器を手放したことに戸惑いの声が上がりました。

『黙れ、おまえたちの指揮官以外が言葉を発するのを禁じる。』

 先程怒声を上げた男や私の足元で目を覆って蹲っている男達、皆統一された軍服を身に着けています。
 何処かの国の軍隊のようです。気のせいでしょうか、見慣れた軍服のように見えますが…。

『指揮官、私の前に出て来なさい。』

 私が命じると、先程怒声を上げた男が出て来ました。 

『あなたの所属とここへ押し入った目的を教えなさい。』

 私の問い掛けに帰ってきた答えは…。

「俺はセルベチア共和国陸軍の者だ。
 我々は、王の圧政からクラーシュバルツの民を解放するため。
 自由と民主主義をクラーシュバルツの民にもたらすためにやって来たのだ。」

 また、セルベチアですか…。もういい加減にして欲しいです。
 皇帝の独裁を許しておいて、自由と民主主義も無いでしょうに…。

 揚げ句、それを金科玉条のようにして他国に押し付けですか。
 クラーシュバルツ王国の民が王の圧政に苦しんでいるなんて聞いたことがありません。
 ハインツ王は幼女趣味のど変態かも知れませんが、内政面では無難にこなしている人なのです。
 言い掛かりも良い所です。
 これでは、セルベチア革命当初、革命が飛び火するのを懸念して周辺国が介入したのも頷けます。

 私が指揮官の言葉に呆れていると、私の後方で扉の開く音がして…。

「いったい、これは何事だ。
 こ奴らはいったい何者なのだ?」

 やっと、身支度が整ったハインツ王のお出ましです。

 さて、尋問を始めましょうか。
 

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