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第8章 冬が来ます
第196話【閑話】ある村娘の幸運 ④
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さて、読み書きの修得具合ですが、これが自分でも驚くほど上達しました。
それもこれも領主様が提供してくださった物語本のおかげといえましょう。
一昨年の冬前に領主様が、私達の読み書きが上達するようにとわざわざ王都から取り寄せてくださったのです。
領主様はこの国の王女様で最近まで王都の離宮に住まわれていたそうです。
私のような下々の者とって、王族など雲の上の存在なので全然知りませんでした。
離宮に残されていた小さい頃にお読みなった本を、領主様は私達のためにたくさん提供してくださいました。
長靴をはいた犬の話や三匹の子猪の話など、本当はもっと小さな子供が読む本なのでしょうが。
物語と共に色鮮やかな絵が描かれた子供向けの本は、本など見たこともなかった私にはとても新鮮でした。
ブラウニーに気に入られた男の話なんかは可笑しくて、思わず笑い転げてしまいました。
ブラウニーか…、そんな存在いるなら見てみたいものです…。
夢中で読んでいたら、子供向けの絵本は直ぐに読み終わってしまいました。
その後は挿絵が少なくて文字の多い物語本になります。
騎士がドラゴンに立ち向かう話とか敵対する貴族の家に生まれた男女の恋物語とかですね。
難しい言葉、知らない言葉が多くて、読むのに時間が掛かるようになりました。
貸し与えられた辞書で意味を調べながら読んでいると夜更かしをしてしまうくらいに。
その日も、本を読み終えて気付くと大分夜も更けていました。
明日の朝も五時起きで水汲みです。
早く寝なければと思ったのですが、何故か異様にお腹が空いたのです。眠れないほどに…。
本当に困りました、お腹が空いたといって摘み食いをしようものならクビになってしまいます。
いえ、もしかしたら牢獄行きかも、食材はそれだけ大切な物なのです。
**********
その時、ふと思い出しました。
今晩の食事にアレが出たなと、という事はあるはずです。
私は足を忍ばせて厨房に向かいます。
厨房を覗くと、そこにはまだ明かりが灯っていて、料理長が道具の手入れをしてました。
さすが、一流の料理人は仕事熱心ですね。
感心しながら厨房に足を踏み入れると…。
「おい、どうしたこんな夜更けに?」
「いえ、お腹が空いて眠れないものですから。
ちょっと…。」
「俺は最初に注意したよな。
ここにある食材は全て領主様のモノだ。俺たちの食事はそれを恵んで頂いているんだと。
領主様の食材に勝手に手を付けたらクビだと言ったのを覚えているんだろうな。」
「はい、貧乏な私の村では食材は貴重なもので、盗もうものなら袋叩きにあいます。
他人の食材に手を付けるのはご法度だと肝に銘じています。」
「じゃあ、おまえは何しに来たんだ。」
そう言われた私は、言葉を出さずにある一点を凝視します。流石に言えませんもの、ゴミを漁りに来たとは。
私の視線の先にあるのは、明朝私が捨てに行くことになっているゴミを入れた手桶です。
私の視線に気付いた料理長が呆れた声を上げました。
「なんだ、おまえ、ゴミを漁ろうというのか?
やめとけ、腹を壊すぞ。
いいから、今晩は我慢して寝ろ。」
「いえ、お腹は壊さないので大丈夫です。
私達下働きの今晩の夕食はマスのソテーでした。
そしたら、ある筈なんです。」
私は料理長に返事をしながら、手桶の中を漁りお目当てのモノを取り出します。
「おまえ、そんなもんを食おうってのか。
まるで猫みたいな奴だな。」
私が手にしたマスの骨を見た料理長が一層呆れた様子で言葉をこぼします。
「まあ、見ていていください。」
私はお湯を沸かす大釜を乗せたカマドの熾火にマスの骨をかざします。
このカマド、昼間は絶え間なく炎を上げていますが、夜は火事にならないように火を落として炭の状態で熾火にします。
これが、骨をあぶるのにちょうど良いのです。
私は骨が焦げて炭にならないように細心の注意を払い炭火にかざします。
全体が濃い茶色になりこんがり焼けたら出来上がりです。
私は、こんがり焼けたマスの骨を一口齧ります。
うん、ちゃんと食べられます。ポリポリとした食感と香ばしい香りが結構いけるのです。
「おひとついかがですか?不味くはないと思いますよ。」
私が試しに勧めると、料理長はおそるおそる手を伸ばします。
そして、少し口に含み…、コリコリと咀嚼すると…。
「おい、これ、結構いけるな。酒のつまみになりそうだ。」
「でしょう。
本当は油で揚げて、少し塩を振って食べるともっと美味しいんです。
私の家では、お腹を空かせた弟達にこれを食べさせてたんですよ。」
私の言葉を聞いた料理長は、調理用のカマドの火を大きくすると鍋を置き、油を入れました。
油が熱くなるの待つ間に、ゴミの桶を漁り皿の上に大量のマスの骨を積み上げました。
油が十分に熱くなったら、料理長は手際よくマスの骨を油で揚げていきました。
そして、次々に揚がるマスの骨が冷める前に、手早く塩を振ります。
それを眺めていると、料理長は塩だけ振ったものの他に、胡椒を加えたもの、ホットペッパーを加えたものと三種類作り分けていました。
半時も立たないうちに、三種類の骨の揚げ物が目の前の皿いっぱいに積み上げられます。
料理長に食べて良いと言われ、私は遠慮せずに頂くことにします。
油で揚げると食感がサクサクとしたものになって美味しさが増すのです。
しかも、胡椒やホットペッパーなど高価な香辛料を加えてあれば美味しくない訳がありません。
「おい、これ、すごく美味いな。
このサクサクとした触感が溜まらんぞ。
油で揚げた香ばしい香りに塩味が良くあう、これを摘みにしたら飲み過ぎちまうぜ。
これもおまえが考えたのか?」
「私の家では、川魚はタダで手に入る有り難い食材だったんです。
私、食べ終わった魚の背骨をみて、これを捨てないで食べる方法はないかと思ってました。
その日はたまたま、牛の脂身から油を採ってたんですよ。
牛の脂身の血の多い部分を村長さんが捨てると言ってたんで、貰ってきたんです。
油をとり終わった後なんですが、鍋の底に残った茶色い肉の粒、あれに塩を振って食べてました。
あれ、サクサクして美味しいでしょう、その時思ったんですよ。
魚の骨もこんな風にならないかなって。
それで試してみたんです。そしたら、美味しいって弟達が喜んでくれて。
それ以来、この骨の揚げ物は貴重な食べ物になったんです。」
話を聞いた料理長は、私を憐れむような目で見ていました。もう半分涙目です。
本来ゴミとして捨てる魚の骨を、何とかして食べようとしていた私に憐れみを抱いたようです。
そんな料理長が発した言葉はたった一言でした。
「おまえ、たくましいな…。」
この骨の揚げ物はお酒を飲む方を中心に大変好評でした。
魚料理が食事に出された日は、料理長が必ず魚の骨の揚げ物を作って厨房のみんなに分け与えてくれたのです。
もちろん私も分け前に与かります。
読書で夜更かしをしたときにちょうど良いお夜食が出来て私はとっても満足でした。
**********
ごめんなさい、また食べ物の話になってしまいした。
そんな訳で読書の習慣が付くとメキメキと読み書きが上達したのです。
計算の方ですが、最初はひたすら計算問題を解かされました。それこそ、条件反射で答えが出せるくらいに。
桁数の少ない四則演算が条件反射で答えられるくらい上達すると。
今度は桁数が増えてきます。四桁、五桁、六桁くらいまでは、まあ、良かったのですが…。
九桁、十桁に及ぶに至って、思わず私は訊いてしまいました。
「こんな大きな数の計算はいったい何に使うのですか?」
「ああ、それはこの領地の帳簿の計算だね。
計算がだいたい間違わずに出来るようになったら、今度は帳簿の見方とつけ方を教えるからね。
役人になるには最低限必要な事だから。」
この時、私は気が付きました。
領主様やローザ先生は、私達下働きの者たちを本気で役人に育てたいのだと。
ローザ先生の言葉通り、その数週間後には帳簿の見方や付け方の指導が始まります。
その中で初めて、赤字、マイナスの概念を知りました。
だって、私のような貧民の家は借金なんかできないし、貯えなんてありません。
赤字になる時は首を括る時なのです、マイナスの概念など知る由もありません。
それが大体出来るようになったのは二月の末、冬も終わりに近づいてました。
「あら、あなた、本当に優秀ね。
他の子はまだ帳簿の見方まで行っていないのよ。
冬の間にここまで出来れば上出来と思っていたのに、一月も余ってしまったわ。」
結局それから一ヶ月、ローザ先生は役立ちそうなことを思いつくままに私に教えてくださったのです。
平均値や散らばりの考え方とか、集合の考え方など、覚えきれないほどの事を教え込まれました。
本来、貴族様の学校などでは、これらの事を時間を掛けて順序立てて教えるそうです。
ですが、たった一ヶ月では継ぎ接ぎ的に使えそうなものを教えるしかないとのことでした。
**********
そんなこんなで春が来て、試験をした結果ですが…。
ちゃんと合格してご褒美を頂きました、渡された麻袋は結構重かったので期待が高まります。
無一文なので買い物などしたことがありませんが、銀貨一枚あれば屋台で買い食いができると厨房の皆さんから聞いてます。
ですから、銀貨十枚も貰えれば御の字だと思っていたのです。
麻袋の中を見て驚きました、数えたらなんと銀貨が百枚も入っています。給金の半月分です。
「これは内緒ですよ。銀貨百枚を与えられたのはあなた一人です。
全員が合格点は取りましたが、その点には非常に差がありました。
ですからご褒美は、何段階かに差を付けたんですよ。
ノノさんは、秋口には間違いなく役人に登用されると思います。
これからも、しっかりと励んでください。」
麻袋の中身を確認して驚いている私に対しローザ先生が説明してくださいました。
私がお役人…、お役人というのは貴族ではありませんが、似たようなものだと思っていました。
だって、お役人の家に生まれないとお役人になれないと聞いてましたから。
そして、その転機は秋口より早く訪れました。
ある日、昼の仕事が終わりローザ先生のもとに向かおうとしていた時のことです。
「ノノさん、領主様がお呼びです。
私に付いて来てください。」
私の部屋に領主様の側近のヘレーネさんがやって来て私を領主様のもとへ連行しました。
初めて入った領主様の部屋には、領主様と一緒に一人のおばあちゃんがいました。
指示に従い、領主様の対面に腰掛けると。
「ノノさん、久しぶりですね。
まじめに仕事に取り組んでいるようで私も嬉しいです。
あなたの働き振りは料理長も大変褒めていました。
そんなあなたに今日は良いお知らせがあります。」
そうお褒めの言葉を下された領主様は続けて言いました。
「おめでとう、ノノさん。
あなたは今日で下働きを卒業です。
他の九人より一足早く、あなたをこの領地の下級官吏に登用します。
私の隣にいるのはアルビオン王国からお招きしたアガサさんです。
あなたにはアガサさんの下で、この領地に学校を創るための準備作業をして頂きます。」
なんと、一番下っ端ですが、役人になってしまいました。下働きを始めてまだ一年経っていないのに。
後から、ヘレーネさんが雇用条件を説明してくださいました。
それによると、給金は月銀貨四百枚、下働きの倍も貰るのです。
それに加えて、朝夕二回の食事と春秋二回三着づつのお仕着せの女官服、それに無償の部屋が支給されるとのことです。
衛生面に気を使う厨房に比べお仕着せの服の数は減りますが、とっても上質な服に代わりました。
しかも、今まで支給された下働きの服は返さないで良いと言います。普段着に着ても良いと。
さて肝心の仕事ですが。
私の上司、アガサさんはアルビオン王国の大学で先生をしていた方で、教育制度に詳しいそうです。
領主様は農村の子供たちにも等しく読み書きを教える計画を持っているとのことです。
アガサさんに教えを請い、この領地に相応しい教育制度を作るのが私の仕事のようです。
で、何から始めたかと言うと…、また勉強でした。
アガサさんは、アルビオン王国の貴族向けの学校で使われているという教科書をたくさん持ってきてくださいました。
これを参考に、何をどのように教えるかを検討しようとなったのですが…。
当然、全部アルビオン王国の言葉で書かれています。
私はアガサさんから、アルビオン語を教えてもらいながらそれを翻訳することになったのです。
アルビオン語を学びながら教科書を翻訳し、その中から平民の子供でも知っておいた方が良いことを抜き出す。
そんな作業を続けるうちに半年が過ぎ、再び冬がやって来ました。
「ノノちゃん、来週からアルビオン王国へ行くから旅行の準備をしておいてね。
三ヶ月ほど滞在するつもりなのでそのつもりでね。」
ある日、アガサさんが唐突に言いました。
『この人、いったい何を言っているんだ?』、アガサさんの言葉を聞いた時、私はそう思いました。
それもこれも領主様が提供してくださった物語本のおかげといえましょう。
一昨年の冬前に領主様が、私達の読み書きが上達するようにとわざわざ王都から取り寄せてくださったのです。
領主様はこの国の王女様で最近まで王都の離宮に住まわれていたそうです。
私のような下々の者とって、王族など雲の上の存在なので全然知りませんでした。
離宮に残されていた小さい頃にお読みなった本を、領主様は私達のためにたくさん提供してくださいました。
長靴をはいた犬の話や三匹の子猪の話など、本当はもっと小さな子供が読む本なのでしょうが。
物語と共に色鮮やかな絵が描かれた子供向けの本は、本など見たこともなかった私にはとても新鮮でした。
ブラウニーに気に入られた男の話なんかは可笑しくて、思わず笑い転げてしまいました。
ブラウニーか…、そんな存在いるなら見てみたいものです…。
夢中で読んでいたら、子供向けの絵本は直ぐに読み終わってしまいました。
その後は挿絵が少なくて文字の多い物語本になります。
騎士がドラゴンに立ち向かう話とか敵対する貴族の家に生まれた男女の恋物語とかですね。
難しい言葉、知らない言葉が多くて、読むのに時間が掛かるようになりました。
貸し与えられた辞書で意味を調べながら読んでいると夜更かしをしてしまうくらいに。
その日も、本を読み終えて気付くと大分夜も更けていました。
明日の朝も五時起きで水汲みです。
早く寝なければと思ったのですが、何故か異様にお腹が空いたのです。眠れないほどに…。
本当に困りました、お腹が空いたといって摘み食いをしようものならクビになってしまいます。
いえ、もしかしたら牢獄行きかも、食材はそれだけ大切な物なのです。
**********
その時、ふと思い出しました。
今晩の食事にアレが出たなと、という事はあるはずです。
私は足を忍ばせて厨房に向かいます。
厨房を覗くと、そこにはまだ明かりが灯っていて、料理長が道具の手入れをしてました。
さすが、一流の料理人は仕事熱心ですね。
感心しながら厨房に足を踏み入れると…。
「おい、どうしたこんな夜更けに?」
「いえ、お腹が空いて眠れないものですから。
ちょっと…。」
「俺は最初に注意したよな。
ここにある食材は全て領主様のモノだ。俺たちの食事はそれを恵んで頂いているんだと。
領主様の食材に勝手に手を付けたらクビだと言ったのを覚えているんだろうな。」
「はい、貧乏な私の村では食材は貴重なもので、盗もうものなら袋叩きにあいます。
他人の食材に手を付けるのはご法度だと肝に銘じています。」
「じゃあ、おまえは何しに来たんだ。」
そう言われた私は、言葉を出さずにある一点を凝視します。流石に言えませんもの、ゴミを漁りに来たとは。
私の視線の先にあるのは、明朝私が捨てに行くことになっているゴミを入れた手桶です。
私の視線に気付いた料理長が呆れた声を上げました。
「なんだ、おまえ、ゴミを漁ろうというのか?
やめとけ、腹を壊すぞ。
いいから、今晩は我慢して寝ろ。」
「いえ、お腹は壊さないので大丈夫です。
私達下働きの今晩の夕食はマスのソテーでした。
そしたら、ある筈なんです。」
私は料理長に返事をしながら、手桶の中を漁りお目当てのモノを取り出します。
「おまえ、そんなもんを食おうってのか。
まるで猫みたいな奴だな。」
私が手にしたマスの骨を見た料理長が一層呆れた様子で言葉をこぼします。
「まあ、見ていていください。」
私はお湯を沸かす大釜を乗せたカマドの熾火にマスの骨をかざします。
このカマド、昼間は絶え間なく炎を上げていますが、夜は火事にならないように火を落として炭の状態で熾火にします。
これが、骨をあぶるのにちょうど良いのです。
私は骨が焦げて炭にならないように細心の注意を払い炭火にかざします。
全体が濃い茶色になりこんがり焼けたら出来上がりです。
私は、こんがり焼けたマスの骨を一口齧ります。
うん、ちゃんと食べられます。ポリポリとした食感と香ばしい香りが結構いけるのです。
「おひとついかがですか?不味くはないと思いますよ。」
私が試しに勧めると、料理長はおそるおそる手を伸ばします。
そして、少し口に含み…、コリコリと咀嚼すると…。
「おい、これ、結構いけるな。酒のつまみになりそうだ。」
「でしょう。
本当は油で揚げて、少し塩を振って食べるともっと美味しいんです。
私の家では、お腹を空かせた弟達にこれを食べさせてたんですよ。」
私の言葉を聞いた料理長は、調理用のカマドの火を大きくすると鍋を置き、油を入れました。
油が熱くなるの待つ間に、ゴミの桶を漁り皿の上に大量のマスの骨を積み上げました。
油が十分に熱くなったら、料理長は手際よくマスの骨を油で揚げていきました。
そして、次々に揚がるマスの骨が冷める前に、手早く塩を振ります。
それを眺めていると、料理長は塩だけ振ったものの他に、胡椒を加えたもの、ホットペッパーを加えたものと三種類作り分けていました。
半時も立たないうちに、三種類の骨の揚げ物が目の前の皿いっぱいに積み上げられます。
料理長に食べて良いと言われ、私は遠慮せずに頂くことにします。
油で揚げると食感がサクサクとしたものになって美味しさが増すのです。
しかも、胡椒やホットペッパーなど高価な香辛料を加えてあれば美味しくない訳がありません。
「おい、これ、すごく美味いな。
このサクサクとした触感が溜まらんぞ。
油で揚げた香ばしい香りに塩味が良くあう、これを摘みにしたら飲み過ぎちまうぜ。
これもおまえが考えたのか?」
「私の家では、川魚はタダで手に入る有り難い食材だったんです。
私、食べ終わった魚の背骨をみて、これを捨てないで食べる方法はないかと思ってました。
その日はたまたま、牛の脂身から油を採ってたんですよ。
牛の脂身の血の多い部分を村長さんが捨てると言ってたんで、貰ってきたんです。
油をとり終わった後なんですが、鍋の底に残った茶色い肉の粒、あれに塩を振って食べてました。
あれ、サクサクして美味しいでしょう、その時思ったんですよ。
魚の骨もこんな風にならないかなって。
それで試してみたんです。そしたら、美味しいって弟達が喜んでくれて。
それ以来、この骨の揚げ物は貴重な食べ物になったんです。」
話を聞いた料理長は、私を憐れむような目で見ていました。もう半分涙目です。
本来ゴミとして捨てる魚の骨を、何とかして食べようとしていた私に憐れみを抱いたようです。
そんな料理長が発した言葉はたった一言でした。
「おまえ、たくましいな…。」
この骨の揚げ物はお酒を飲む方を中心に大変好評でした。
魚料理が食事に出された日は、料理長が必ず魚の骨の揚げ物を作って厨房のみんなに分け与えてくれたのです。
もちろん私も分け前に与かります。
読書で夜更かしをしたときにちょうど良いお夜食が出来て私はとっても満足でした。
**********
ごめんなさい、また食べ物の話になってしまいした。
そんな訳で読書の習慣が付くとメキメキと読み書きが上達したのです。
計算の方ですが、最初はひたすら計算問題を解かされました。それこそ、条件反射で答えが出せるくらいに。
桁数の少ない四則演算が条件反射で答えられるくらい上達すると。
今度は桁数が増えてきます。四桁、五桁、六桁くらいまでは、まあ、良かったのですが…。
九桁、十桁に及ぶに至って、思わず私は訊いてしまいました。
「こんな大きな数の計算はいったい何に使うのですか?」
「ああ、それはこの領地の帳簿の計算だね。
計算がだいたい間違わずに出来るようになったら、今度は帳簿の見方とつけ方を教えるからね。
役人になるには最低限必要な事だから。」
この時、私は気が付きました。
領主様やローザ先生は、私達下働きの者たちを本気で役人に育てたいのだと。
ローザ先生の言葉通り、その数週間後には帳簿の見方や付け方の指導が始まります。
その中で初めて、赤字、マイナスの概念を知りました。
だって、私のような貧民の家は借金なんかできないし、貯えなんてありません。
赤字になる時は首を括る時なのです、マイナスの概念など知る由もありません。
それが大体出来るようになったのは二月の末、冬も終わりに近づいてました。
「あら、あなた、本当に優秀ね。
他の子はまだ帳簿の見方まで行っていないのよ。
冬の間にここまで出来れば上出来と思っていたのに、一月も余ってしまったわ。」
結局それから一ヶ月、ローザ先生は役立ちそうなことを思いつくままに私に教えてくださったのです。
平均値や散らばりの考え方とか、集合の考え方など、覚えきれないほどの事を教え込まれました。
本来、貴族様の学校などでは、これらの事を時間を掛けて順序立てて教えるそうです。
ですが、たった一ヶ月では継ぎ接ぎ的に使えそうなものを教えるしかないとのことでした。
**********
そんなこんなで春が来て、試験をした結果ですが…。
ちゃんと合格してご褒美を頂きました、渡された麻袋は結構重かったので期待が高まります。
無一文なので買い物などしたことがありませんが、銀貨一枚あれば屋台で買い食いができると厨房の皆さんから聞いてます。
ですから、銀貨十枚も貰えれば御の字だと思っていたのです。
麻袋の中を見て驚きました、数えたらなんと銀貨が百枚も入っています。給金の半月分です。
「これは内緒ですよ。銀貨百枚を与えられたのはあなた一人です。
全員が合格点は取りましたが、その点には非常に差がありました。
ですからご褒美は、何段階かに差を付けたんですよ。
ノノさんは、秋口には間違いなく役人に登用されると思います。
これからも、しっかりと励んでください。」
麻袋の中身を確認して驚いている私に対しローザ先生が説明してくださいました。
私がお役人…、お役人というのは貴族ではありませんが、似たようなものだと思っていました。
だって、お役人の家に生まれないとお役人になれないと聞いてましたから。
そして、その転機は秋口より早く訪れました。
ある日、昼の仕事が終わりローザ先生のもとに向かおうとしていた時のことです。
「ノノさん、領主様がお呼びです。
私に付いて来てください。」
私の部屋に領主様の側近のヘレーネさんがやって来て私を領主様のもとへ連行しました。
初めて入った領主様の部屋には、領主様と一緒に一人のおばあちゃんがいました。
指示に従い、領主様の対面に腰掛けると。
「ノノさん、久しぶりですね。
まじめに仕事に取り組んでいるようで私も嬉しいです。
あなたの働き振りは料理長も大変褒めていました。
そんなあなたに今日は良いお知らせがあります。」
そうお褒めの言葉を下された領主様は続けて言いました。
「おめでとう、ノノさん。
あなたは今日で下働きを卒業です。
他の九人より一足早く、あなたをこの領地の下級官吏に登用します。
私の隣にいるのはアルビオン王国からお招きしたアガサさんです。
あなたにはアガサさんの下で、この領地に学校を創るための準備作業をして頂きます。」
なんと、一番下っ端ですが、役人になってしまいました。下働きを始めてまだ一年経っていないのに。
後から、ヘレーネさんが雇用条件を説明してくださいました。
それによると、給金は月銀貨四百枚、下働きの倍も貰るのです。
それに加えて、朝夕二回の食事と春秋二回三着づつのお仕着せの女官服、それに無償の部屋が支給されるとのことです。
衛生面に気を使う厨房に比べお仕着せの服の数は減りますが、とっても上質な服に代わりました。
しかも、今まで支給された下働きの服は返さないで良いと言います。普段着に着ても良いと。
さて肝心の仕事ですが。
私の上司、アガサさんはアルビオン王国の大学で先生をしていた方で、教育制度に詳しいそうです。
領主様は農村の子供たちにも等しく読み書きを教える計画を持っているとのことです。
アガサさんに教えを請い、この領地に相応しい教育制度を作るのが私の仕事のようです。
で、何から始めたかと言うと…、また勉強でした。
アガサさんは、アルビオン王国の貴族向けの学校で使われているという教科書をたくさん持ってきてくださいました。
これを参考に、何をどのように教えるかを検討しようとなったのですが…。
当然、全部アルビオン王国の言葉で書かれています。
私はアガサさんから、アルビオン語を教えてもらいながらそれを翻訳することになったのです。
アルビオン語を学びながら教科書を翻訳し、その中から平民の子供でも知っておいた方が良いことを抜き出す。
そんな作業を続けるうちに半年が過ぎ、再び冬がやって来ました。
「ノノちゃん、来週からアルビオン王国へ行くから旅行の準備をしておいてね。
三ヶ月ほど滞在するつもりなのでそのつもりでね。」
ある日、アガサさんが唐突に言いました。
『この人、いったい何を言っているんだ?』、アガサさんの言葉を聞いた時、私はそう思いました。
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