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第8章 冬が来ます

第194話【閑話】ある村娘の幸運 ②

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 読み書き計算の修得が出来なくて残念ですが、厨房の仕事は気に入っていました。
 食べることばかりで恐縮ですが、領主様の館に住み込みで働く者の食事は朝夕二回です。

 ですが、厨房で働く者にはお昼の賄があるのです。
 一日三回もごはんが食べられるなんて、最初は信じられませんでした。
 だって、私は毎日の食事に事欠く生活をしていたのですから。

 領主様とその側近の方、筆頭侍女のヘレーネさん、護衛騎士のテレーゼさん、それにローズ先生ですね。
 この四方だけは昼食をおとりになります。

 昼食にお出しした食材の余りを使って、厨房で働く者の賄とすることが領主様から認められているのです。
 その賄メシは主に料理長のもとで働く見習い料理人が作ります。
 見習い料理人の料理の腕を磨く機会として賄を活用しているそうです。
 三食の食事がとれると知った時は、厨房に配属されてよかったと心の底から感謝しました。

 さて、ある日のことです。
 賄を頂戴したあと厨房の後片付けをしようと思っていると、隅に肉や野菜の端切れがまとめてありました。

「料理長、これはどうすれば良いのですか?」

「ああ、それか。
 それは、どうにも料理に使えない部分だからゴミ捨て場に捨てるんだ。
 家畜でもいれば餌にするんだが、あいにくこの館では飼っていないからな。」

 目の前にあるのは捨てるつもりでまとめてあるモノだそうです。
 なんて勿体ない、そんなことをしたら勿体ないお化けが出ます。
 これだけあれば、私の生まれた家では御馳走が出来るのに…。

「料理長、これ捨てちゃうんですか?
 勿体ないですよ、美味しく食べられるのに…。」

「おまえ、何言ってんだ。
 どうにも歯が立たないスジ肉やそこに近い部位の堅い肉、それに余分な脂身だぞ。
 他には、日が経って堅くなり過ぎたパンか。
 こんなもの、どうやって食おうと言うんだ。」

「ええええぇ!
 貧乏な私の家ではこれでご馳走になりますよ!」

「ええい、大声を出すな。
 そんなに言うなら、それを使って何か作ってみろ。」

 料理長はそんなことを言いました。
 賄を食べたばかりでお腹は空いてませんが、私は食べるに事欠いていた身です。
 食べられる機会は見逃しません。

 スジ肉は直ぐには食べられないですね、だとしたら残りを使ってアレでしょうか。

「料理長、オニオンと塩と胡椒を使って良いですか?」

「別にそのくらいなら構わんぞ。」

 料理長、太っ腹ですね、貴重な胡椒を使っても良いなんて…。ダメもとで加えて良かったです。
 料理長の許しを得た私は最初にカチカチに硬くなったパンをおろし金で細かい粉におろしました。

 それから、オニオンをみじん切りにします。
 ついでに野菜の切れ端もみじん切りにして混ぜちゃいましょう。
 キャベツにキャロットですかこれは良さそうです。
 私はみじん切りにした野菜をフライパンに入れて、オニオンが茶色くしんなりするまで炒めました。

 それが終わったところで、これからが本番です。
 私はスジ肉以外の部位の肉、固い赤身の切れ端と脂身の塊を取り出して適当な大きさに切り分けました。
 そして、まな板の上に置いたそのお肉を…。

 ダダダダダダダダダダッ!

 包丁を使ってひたすら叩きます。

「お、おい、おまえ、何やっているんだ。」

 料理長が驚いて声を掛けてきますが、私に応える余裕はありません。
 この作業、子供の私には結構重労働なのです。

 やがて、まな板の上のお肉は粉みじんになり、柔らかなペースト状になりました。
 堅い赤身と白い脂身が交じり合って、全体がほどよいピンク色になっています。

「お答えしないですみませんでした。
 堅いお肉を叩いて柔らかくしていたんです。
 こうすれば、赤身と脂身が混じって、程よく脂ののったお肉みたいでしょう。
 これから、もう少し細工しますね。」

 先程炒めた野菜とおろしたパン、そこに叩いたお肉、更に塩とコショウを入れて手で練るように良く混ぜ合わせます。
 よく混ぜ合わせて全ての材料が一体化したら、それを適当な大きさに分けていきます。
 お肉は全部でゆうに二ポンドはありました、十人で分けても十分な大きさです。
 これなら、厨房のみんなに行き渡りますね。
 焼いた時にばらけないように丁寧に成形して準備は完了です。

「料理長、これを焼いていただけませんか?」

「お、おう、焼けばいいんだな。」

 そして、しばらくして…。

「おおい、焼けたぞ。」

 調理長が焼いたお肉は両面がこんがり焼てけてとても食欲をそそります。
 いま、賄を食べたばかりだろうって?…食べ盛りですもの、すぐにお腹は空くんです。

 厨房のみんな揃って試食をしました。
 料理長が最初に一口、口にして…。

「これ、美味いな…。
 あの使い道がないと思っていた肉がこんなになるのか。
 脂の乗り具合が程よくて、なにより食べると肉汁が溢れ出してくる。
 そうか、つなぎに使ったパン、あれが肉汁を閉じ込めているのか!
 これは、よく考えている。」

 なにやら、勝手な感想を述べていますが…。
 パンは単に増量に使っているだけです、うちは子供が多くて屑肉と言えども十分な量が無かったんです。

「おい、この料理はおまえの生まれた村では良く食べられているのか?」

「いいえ、そんなものを食べているのは私の家くらいです。
 うちは貧乏子沢山だったので…。
 今日と同じで、村長さんの家へ行って捨てる部位の肉を貰っていたんです。
 子供でも食べやすいようにと考えて作ったのが、この料理です。」

「おまえ、すごいな…。
 貧しい村ですら捨てる肉を使ってこんな美味い物を作るなんて。」

「そりゃあ、その辺に生えている雑草を食べることに比べれば、肉なんて凄いご馳走ですので。」

 私の料理に感心してほめてくださった料理長でしたが…。
 最後の私の言葉を聞いて、気の毒な子を見る目になってしまいました。

「それで、残っているスジ肉も何かに使おうとしてたようだが。
 何を作ろうとしていたんだ。」

 気を取り直した料理長が尋ねてきました。

「このスジ肉も美味しいのですが、美味しく食べるには二晩くらいじっくり煮込まないとダメなんです。
 煮込み始めて最初のうちは凄い悪臭がするんで、近所から文句を言われるんですよね。
 みんなスジ肉なんて食べないから、その美味しさが分からないんです。だから、文句をつけるの。
 仕方ないから、私は村外れの空き地に石ころを組んで、その上に鍋を乗っけて二日煮込んでから食べました。」

 私の家の慎ましい食生活に同情したのか、料理長は涙目になっていました。
 ですが、私がスジ肉を美味しく食べるための処理の仕方や料理方法を話すと、料理長は真剣に聞いてくれました。

「うーん、面白いな。
 よし、そんなに悪臭を放つのなら、何処か迷惑にならん場所を探してやってみるか。
 おまえみたいな子供に二晩も鍋の世話はさせられないから、俺がやってやるよ。
 おまえの言う通り美味いものが出来るなら、捨てるのは勿体ないからな。」

 最後に、料理長はそう言ってくれたのです。

 数日後、料理長が作ったスジ肉とタップリ野菜のスープは絶品でした。

「自分で作っておいてなんだが、こんな美味い物が出来るなんて思いもしなかった。」

 料理長は自分の料理に大変驚いていました。
 さすが、料理長を任せられるだけの事はあります。
 料理長はスジ肉の下処理のコツをつかむと、何種類ものスジ肉料理を生み出したのです。
 どれもとっても美味しく、その度に試食をさせて頂いた私はとても幸せでした。


      **********


 それ以来、私は料理長に大変可愛がられるようになりました。

 また、端切れ肉を使った料理も、中にチーズを入れたり、ソースを工夫したり色々なバリエーションが出来ました。
 中には、衣をつけて油で揚げてシュニツェルにしたものまで。
 最初は領主館に務める者の食事に供されていましたが、評判が良かったため、ついには領主様の食卓にも上りました。
 領主様も大変気に入ったようで、この館の名物料理になりそうです。

 そんなある日の事、私達下働きに読み書き計算を教えているローザ先生が私を訪ねてきます。

「ごめんなさいね。
 姫様から、指導対象は十名と聞かされていたのですけど。
 あなたが最初からずっといなかったものですから、九名の間違いだと思い込んでましたの。
 まさか、あなた一人だけが勤務体系が違うと思いませんでした。
 これから、あなたの勤務時間にあわせて、都合の良い時間に読み書き計算の指導をしたいと思います。」

 ローザ先生は領主様と話をなされていて、指導対象の下働きが十名ではなく九名ではないかと確認したそうです。
 それで初めて私の存在に気付いたとのことでした。

 領主様とローザ先生の約束では、下働き全員に読み書き計算を教えることになっているそうです。
 私を見落としていたことに気付いたローザ先生は、慌てて私のところにやって来た様子でした。

 私の就労時間が朝五時からと早いものですから、終業後は難しいだろうとの配慮がなされます。
 ローザ先生に指導して頂く時間は、昼食の後片付け後の午後一時から夕食の支度前の四時までとなりました。

 考えてみれば、これは凄いことです。
 だって、領主様の家庭教師をなされていたローザ先生がマンツーマンで指導してくださるのです。
 本来であれば、極貧の家に生まれた私にはとてもありえないことです。
 
 どうやら、私はとても運が良いようです。

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