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第8章 冬が来ます

第190話 私は運送屋さんではないのですが…

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 さて、アルビオン王国で過ごす冬の間、私は遊んでいた訳ではございません。
 何をやっていたかと言うと…。

「シャルロッテ様、お越しになるのをお待ちしておりました。」

 オークレフトさんが待ちかねたという表情で私を迎えてくれました。
 そうです、冬の間も定期的に工房を訪ねて様子を窺うのも大事な仕事です。
 私が留守にしたがために不都合が生じたら困ります。
 また、毎月アルビオン海軍に納める時計も受け取りに来ないといけませんしね。

「どうしました、何か不都合でもありましたか?」

 オークレフトさんが私の来訪を心待ちにしている時は大抵ロクな事がありません。
 何か特殊な資材が必要になった時か、私の精霊ちゃん達の力に頼りたい時なのです。

「今のところ、不都合は全くありません。
 工房の運営は至って順調です。
 最初にお約束した通り、ご満足いただける利益と雇用の創出を達成しますのでご安心ください。
 ついては、工房の利益を生み出すために少々、シャルロッテ様のお力をお借りしたいのです。」

 ほらきた、私の大切な精霊達を道具のように使うのは許しませんよ。

「どの様な事でしょう?
 いつも言っていますが、始めから精霊の力を当てにした事業運営は認めませんよ。」

「いえ、今日は精霊さんのお力ではなく、シャルロッテ様にお力添えを頂きたいのです。」

 何でしょう、私のコネクションを利用したいのでしょうか、それであれば最大限便宜を図りますが。

「私でお役に立てるのであれば、当然力を貸しますよ。
 私がこの工房のオーナーなのですから。」

「そう言ってくださると思っていました。
 では、こちらに付いて来ていただけますか。」

 そう言って連れてこられたのは先日建てたばかりの地下道の開口部を覆う建物です。
 この建物は現在、大きな機械の組み立てと一時保管に使っているそうですが…。

 今私の目の前には三台の荷車に積まれた大きな機械があります。

「これをアルビオン王国にある発注先に納入したいので、例の魔法で王都の屋敷に転送して欲しいのです。
 何と言っても大きな機械ですので、シャルロッテ様の転移魔法抜きではデリバリー出来ないのです。」

 この男、最初から私の転移魔法を当てにして受注活動をしていたようです。
 私はここのオーナーですよ、荷役の人足ではないのですよ…。

 とはいえ、普通、これだけの大きな荷は船で運ぶのでしょうが近くに港はありません。
 私がオークレフトさんを引き抜いて来たのですから、人足の真似事も仕方がありませんか。

「分かりました、これをアルビオン王国の王都へ送るのですね。」

「はい、それからあの馬でこの荷車を引いて欲しいのです。
 納入先は王都の工房なので一回、一時間はかからないと思います。」

 この男、ヴァイスに荷車を引かせろと言いました。
 しかも、話を聞くと機械の設置のため見習いを五人ほど連れて行くそうです。
 オークレフトさんを含めて六人もむさい男の人が乗った荷馬車を引けと言ったら、確実にヴァイスの機嫌を損ねます。
 後で、どれだけの見返りを要求されるかと思うと怖いです。

 ともあれ、これも工房の運営のためとあれば仕方がありません。
 私は転移魔法で荷車を王都に屋敷に送ったあと、男六人をつれて王都へ戻ったのです。
 もちろん、見習いの悪ガキ共は言霊の魔法で、転移魔法その他について口止めしました。
 こいつら、口が軽そうでイマイチ信用できませんから。


     **********


 そして、アルビオン王都の屋敷、館の前に置かれた三台の荷車の前で…。

「主よ、我にこんなみすぼらしい荷車を引けというのか。
 しかも、こんな汚らわしい野郎を六人も載せて。
 分かっているのであろうな、褒美は期待しているぞ。
 主の股間の感触を心行くまで堪能させてもらわんことには気が済まんからな。」

 案の定、ヴァイスが不機嫌になってしまいました。
 純潔の娘が大好きで、男が大嫌いというヴァイスの機嫌を損ねるのは予想した通りでした。
 この馬、ハッキリ言ってど変態です。
 純潔の娘を馬具無しで背に乗せて、背中で娘の股間の感触を堪能すると言うのですから。
 卓越した能力が無ければお払い箱にするところなのですが…。

「ペガサスさん、ご安心ください。
 これから荷馬車を引く間、ずっとシャルロッテ様がペガサスさんに背に乗りますので。
 今日は、まる一日、シャルロッテ様はペガサスさんに跨ることになりますよ。」

 この男、何を勝手な事を…。

「オークレフトさん、私、そんなこと聞いてませんよ。」

「だって、こんな大きな機械が乗った荷車が三台もあるのですよ。
 一々荷降ろしが済んでから戻ったのでは日が暮れてしまいます。
 相手の工房に着いたら荷車を置いて、シャルロッテ様がペガサスさんに乗ってここに戻ってください。
 そして、残りの荷車を運んで来るのです。
 その間に、僕と見習いは荷車から機械を降ろして設置作業をしますので。」

「おお、そこの男。お前中々気が利くではないか。
 それであれば、我に異存はない。
 今日一日、主が我が背に跨って主の股間の感触を堪能させたくれるなど、心が躍るわ。」

 ヴァイスが好色そうな目で私を見ながら言いました。
 あっ、ちょっと、何を二人で決めているのですか…。

 結局、私は屋敷と納入先の間をヴァイスに跨って三往復するはめになりました。
 寒風吹きすさむ、一月の寒空の下をです。
 気を利かせた風の精霊ブリーゼちゃんが傍らで春風を送ってくれなければ風邪を引くところでした。
 まったく、もう…。

 さて、荷車三台分の荷降ろしが済んで、発注先の工房主に挨拶をしたのですが…。

「いやあ、オークレフト君の仕事の速さには感服したよ。
 私は納入は春過ぎだと思っていたんだ。
 これなら、地元の機械屋に頼むより早いじゃないか。
 これからは機械の注文は、全部君のところに任せることとしよう。
 もちろん、試運転をしてみて、機械に問題なければだけどね。」

 工房主は大絶賛です。どうやら安定受注を確保できそうですね。

「しかし、オークレフト君、君は凄い遠くへ引っ込んだと聞いていたのだが。
 よくこんな短い期間でデリバリー出来たものだね。
 よっぽど、速い船をチャーターしたんだろうな。」

 そうですね、普通であれば輸送だけでも早くて片道二、三ヶ月掛かりますからね。
 感心した様子の工房主に対して、オークレフトさんはしゃあしゃあと言い放ったのです。

「はい、僕がお仕えしている工房は最高のデリバリー手段を有しておりますので。」

 どうやら、私は工房の荷役人足を続けないといけないようです。
 この工房のオーナーなのに…。


     **********


 オークレフトさんが連れてきた見習い五人ですが、カーラに夜這いを掛けたり、入浴を覗いたりする悪ガキ共です。
 王都の館に滞在している見習い官吏の少女達に不埒な真似をしないか心配していたのですけど。

 それは杞憂に終わりました。
 あれから、悪ガキ共は機械の設置と試運転に三日三晩こき使われました。
 機械いじりを始めたら、完璧にできるまで気が済まないオークレフトさんに付き合わされたのです。
 無事に機械の試運転が終わり、発注先の工房主の満足が得られた時には悪ガキ共は精魂尽き果てていたのです。

 試運転が終わったその日に、フラフラに疲れたままアルム山麓の工房へ帰っていきました。

「あいつら、ひよっこの分際で、『王都へ行ったら娼館へ繰り出すんだ』なんて息巻いていたんです。
 持ち慣れないお金を持って気が大きくなっていたんでしょうね。
 あいつらを野放しにしたら、娼館で質の悪い病気を貰ってくるのが目に見えるようだったんで。
 その元気がなくなるまで働いてもらいましたよ。
 おかげで、予定よりも数日早く納品が終わりました。」

 やはり、悪ガキ共はしょうもないことを考えていたようです。
 ですが、オークレフトさんの方が何枚も上手でしたね。
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