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第8章 冬が来ます

第183話 冬ごもり前、最後のお客さんです

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 精霊達の森を見せてもらったあとのこと、リーナと二人で顔を見合わせて…。

「もしかして、アルビオン王国へ行って冬越しするよりも、ちょくちょくあの森にお邪魔した方が快適だったかしら?」

 私の呟きに答えるようにリーナは言います。

「そうですね…。
 でも、アルビオン王国で過ごす目的は雪を避けるためだけでは無いのですから。
 情報収集などもするのでしょう。」

 それもそうですね、元々アルビオン王国の館は情報収集が目的で購入したものです。
 別段、雪から逃れるため買ったと言う訳ではないのです。

「それもそうね。
 向こうにはステラちゃんが首を長くして待っているし。
 リーナのもとにいる見習いの子達にアルビオン王国の学校の仕組みを見せてあげないとね。」

 常春の精霊の森には心惹かれますが、諦めてアルビオン王国で冬を過ごす支度を続けましょう。
 リーナとそんなことを話している時、工房の正門付近に張った結界に何者かが接触した気配がありました。

「誰かしら?
 正門をこじ開けて無理やり入ろうとした人がいるみたい。
 結界が激しく反応しているわ。」

「あら、たしか正門の前には『関係者以外立ち入り厳禁』って大きく書いてありましたわ。
 それでも入ろうとする方がいるのでしょうか。」

 リーナが言うように正門には看板を立てて書いてあります。
 『関係者以外立ち入り厳禁』と赤い大きな字で。
 その下に時計の購入を希望する方はハンスさんの商会へ注文して欲しいと書いておきました。
 もちろん、ハンスさんの連絡先も書いてありますよ。帝都にあるハンスさんの商会の所在地ですけど。

「施錠してある正門をこじ開けようとしたのだから、あまり喜ばしいお客さんではないですね。」

 私はリーナと共に正門の様子を確認しに行くことにしました。


      **********


 正門に近づくと、正門前の橋の上に立派な馬車が停まっています。

「おい、まだ門は開かんのか。
 まったく、何が部外者以外立ち入り厳禁だ。
 わざわざ、こんな片田舎まで出向いてやったのに帝都に行けだと。
 とっとと中の者に会って時計を手に入れて帰るぞ。」

 貴族らしい身なりの男が大きな声でお供の者にがなり立てている様子です。
 やはり、時計が欲しいようですが。
 そのかたわらでは、転がって動かない人が一人います。
 どうやら、あの人が結界に強く干渉して弾き飛ばされた人のようです。

「すみません、子爵様。
 この門何やら奇妙なのです。
 押しても引いてもウンともスンともいいませんし。
 無理やりこじ開けようとすると得体の知れない力で弾き飛ばされます。
 御者など弾き飛ばされて打ちどころが悪かったようで、動けないありさまです。」

「ええい、この役立たずどもめが!
 諜報部を使ってやっと商会の場所を突き止めたというのに。
 ここまで来て手ぶらで帰れるか。
 分かっているんだろうなおまえら、これは陛下からの直々のご下命なのだ。
 失敗したら俺の出世に関わるんだぞ。」

 典型的な『俺様』ですね、自分の思い通りにならないと腹を立てて周りに当たり散らす困ったちゃん。


「騒がしいですわね。
 こちらに何か御用ですか?」

「おお、ちょうどいい所に。
 おい、そこの娘、早く門を開けて私を中に入れるのだ。」

 私が何か用かと尋ねたのに、上から目線で中に入れろと言いますか?用件も言わずに…。

「そちらに書いてあるのが見えませんか。
 この敷地内は部外者の立ち入りを一切禁じています。
 中にお入れする訳には参りません。」

「何を小娘が生意気な!
 私を誰だと思っている。
 私はプルーシャ王国子爵ペーター・フォン・ボーデン。
 わざわざ、こんな片田舎までおまえらの時計を買いに来てやったのだ。
 さっさと、門を開けろ!」

 プルーシャ王国子爵ということは、プルーシャ王が家臣に貴族位を授けたものです。
 貴族と言っても帝国の領邦の主であるプルーシャ王の家臣で、領邦の主である帝国貴族よりはるかに格下です。

「あなたの方こそ無礼ですよ。
 私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム、この工房の主です。
 ついでに言うと、アルムハイム伯国の国主で、帝国皇帝から伯爵位を賜っております。
 この工房の時計の販売については、帝国の御用商人であるハンスさんに一任してあります。
 そこの看板をよく見てください、書いてあるでしょう。
 どうぞ、帝都へ行ってハンスさんにご用命ください。」

 どうやら、この『俺様』男、非常に沸点が低いようです。
 私の言葉を聞いて怒りで顔が真っ赤になりました。

「ふざけるな、小娘!
 こんな片田舎の弱小貴族風情が生意気だぞ。
 いいか、俺は帝国きっての大国プルーシャの国王直々の命を賜って参ったのだ。
 喜べ、有り難くも我が君がこの工房の時計を我が軍の制式にしたいとおっしゃられた。
 差し当たって二千個ほど所望する。
 つべこべ言わずに売り渡せ!」

 私とあなたの身分の上下は関係なしですか…。まさに虎の威を借るナントカですね。
 しかし、予想通り過ぎて笑えてきます。やはり、プルーシャ王国が食いつきましたか。

 プルーシャ王国、帝国の中でも北方に位置する領邦で、ノルド海に面しています。
 帝国の中で有数の版図を誇る大国で、最近の発展には目を見張るものがあるそうです。
 この国は、数代前の王の時代から軍の近代化にも取り組んでいます。
 兵装や指揮系統も統一されており帝国の中では断トツな軍事力を有しているようです。

 で、このプルーシャ王国、ここ最近、海軍力の増強に力を入れています。
 アルビオン王国やセルベチア共和国に比べて出遅れている植民地獲得に本格的に乗り出そうとしているのです。
 以前からその情報を掴んでいた私は、工房の時計がプルーシャ王国の手に渡ったら厄介だと考えていました。
 アルビオン王国との火種を帝国の中に持ち込みかねないからです。
 
「それは出来ませんね。
 この工房の時計はアルビオン王国との契約で、アルビオン王国以外の軍には販売できないことになっています。
 契約に関しては、帝国皇帝に相談の上で行ったことですし、周知しているかと思いますが。」

「ふざけるな!
 この工房の時計がどれだけ戦略的価値のあるもんだと思っている。
 それを敵国に独占的に購入する権利を与えただと、きさまそれでも帝国貴族の端くれか。」

「おや、異なことをおっしゃる。
 アルビオン王国は同盟国ではありませんか、それを敵国と呼ぶなど口を慎んだ方がよろしくてよ。」

「ええい、忌々しい皇帝めが勝手にアルビオン王国を味方に引き入れおって…。
 そんな同盟など、セルベチアとの戦争が終わるまでに決まっているだろうが。
 アルビオン王国は我が国が南方に植民地を展開しようとすれば、必ずや敵対してくるわ。
 そんなアルビオン王国に海上で自分の正確な位置が把握できる時計を渡すなどけしからん。
 ますます、差を付けられてしまうではないか。」

 やはり、プルーシャ王国は植民地獲得を狙ってアルビオン王国と事を構えるつもりのようです。
 これはおじいさまの耳にも入れておいた方が良いでしょうね。

 私がこれからどう対処しようかと考えていると。

「もうこんな小娘の言うことなど聞いてはおれん。
 誰か、この門を打ち壊すのだ。
 ちょうど良い所に、工房主を名乗る娘がいる。
 あいつを人質にして、時計を差し出させてやるぞ。」

 子爵が指示を出すと、取り巻きの一人が馬車に括り付けられていた大きなハンマーを手にしました。
 なんで、馬車にあんなものが…。

 そして、ハンマーを引き摺って正門の前まで歩み出て、おおきく振りかぶります。
 あっ、ダメ、そんな衝撃を与えたら…。
 
 私が止める間もなく、ハンマーは振り下ろされ…。

 パーン!
 
 大きな炸裂音と共に門の前の橋の上を突風が吹き抜けました。

 工房の敷地の周囲に張り巡らした結界、従来私が使用しているものと一味違います。
 今回の結界は風の魔法が仕込んであります。
 無理に結界を越えて敷地の中に入ろうとすると、圧縮した空気の弾が打ち出されます。

 そして、その圧縮した空気の弾ですが、結界への干渉の度合いによって威力が異なるのです。
 門を開けようと少し力を加えたり、フェンスを越えて中に入ろうとするとその人をはじき出す程度の威力です。
 ですが、門やフェンスを破壊しようと大きな力を加えると…。

 ハンマーを打ち下ろした人は五十ヤードはゆうにある橋の中央付近まで弾き飛ばされて起き上がる様子が見られません。
 亡くなってなければよいのですが…、これは治療が必要ですね。

 そして、突風により馬車は横転し、馬も横倒しになっています。

 更に、子爵やその周りにいた付き人も、みな突風に吹き飛ばされて橋の彼方此方に倒れています。
 幸い、川に落ちた人はいないようですね。こんな寒い日に川に落ちたら大事ですから。

 
     **********


 私は、水の精霊アクアちゃんにお願いして、橋の上に倒れている人を全員治療してもらいました。
 骨折や酷い打撲の人はいましたが、幸いにして亡くなった方はいませんでした。

 治療を施すのと並行して、工房の若い人で子爵を始めプルーシャ王国から来た人達を縛り上げてもらいました。

「ロッテ、この人達をどうするつもりですか?」

 子爵一行を縛り上げるのを見てリーナが尋ねてきました。

「眠らせたまま帝都に連れて行って、おじいさまに突き出します。
 帝国貴族である私の目の前で、私が経営する工房の門を破壊しようとしたのです。
 しかも帝国貴族たる私に対する罵詈雑言の数々、十分罪に問えると思いますよ。」

 それに、プルーシャ王国が動いたことをおじいさまに知らせなくては。
 アルビオン王国と事を構えようとしているのは、ここにいる子爵の妄想とは思えませんものね。


 そして、皇宮にある私が借りている部屋、子爵一行を眠らしたまま転移の魔法で連れてきました。
 例によって侍女におじいさまに面談したい旨を告げると…。
 やはり、速足でやってきました。

「ロッテ、こんなにちょくちょく会いに来てくれて嬉しいぞ!」

 ノックも無しに部屋に入って来たおじいさまの言葉は続きませんでした。
 私の背後で縛られて横倒しになっている男たちに気付いたのでしょう、何と言って良いのか戸惑っている様子です。

「ロッテや、そこに転がっている者共はいったい何なのだ?
 まさかロッテに不埒なマネをしようとした輩ではないだろうな。」

「おじいさま、ノックをお忘れですよ。
 この者達ですが、私の工房へ時計を買いに来たのです。
 プルーシャ王国の子爵とそのお付きの者のようですが、国王の遣いらしいです。
 軍用に使うらしいので、販売をお断りしたところ。
 乱暴な振る舞いをしたものですから取り押さえました。」

 おじいさまの疑問に私はそう切り出し、そのあと経緯を詳しく説明しました。

「なに、ロッテを人質に取ろうとしたと。
 それはけしからん、見せしめに皇宮前広場で公開処刑にしてやろう。」

「いえ、おじいさま、それは拙いです。
 一応、プルーシャ王国の貴族なのですから、もう少し穏便にお願いします。」

「なんじゃ、そうなのか。
 ロッテがそう言うのであれば仕方があるまい。
 しかし、私に時計を献上した時にそなたが言った通りになったな。
 海洋進出を狙うプルーシャ王国が欲しがるだろうと。
 やはりプルーシャ王は食いついて来おったか。
 本当にあやつは血の気が多くて困ったものだ。
 少し釘を刺してやらねばのう。」

 この後、子爵一行は重犯罪者用の牢獄に運ばれました。
 貴族用の牢獄でなくて良いのかと尋ねると。

「私の可愛い孫娘に狼藉を働こうとしたのだ。
 そんな良い待遇をする必要はない。
 それに、あの者たちには牢獄で一生を終えてもらう。
 そなたの転移魔法のことを感づかれたら困るからの。
 こちらが捕らえたことを漏らさなければ、プルーシャ側も行方不明で済ますだろう。
 プルーシャからアルム山麓までは遠い、事故が起こってもおかしくないからな。」

 おじいさまは、子爵一行から今プルーシャ王国が何を計画しているのかを聞き出すそうです。
 それが済んだら、他の重犯罪者と同様個室の監獄に閉じ込めて一生出てこれないようにすると言います。

 その一生って、大して長い期間じゃないですよね、とは怖くて聞けませんでした。
 
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