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第8章 冬が来ます

第175話 工房の冬支度

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 ちょっと時計の売り込みに行くつもりが、王都の流行り病騒動に巻き込まれてしまいました。
 そのため、二週間ほどを予定していた王都の滞在は、ほぼ一月に延びしてしまい…。
 暦は既に十一月になってしまいました。

「それじゃあ、年末にはリーナやアリィシャちゃんも連れて来るから楽しみにしていて。
 いつも通り、向こうとの行き来になるだろうけど、春までは基本この館で過ごすことになると思うわ。」

「分かったわ、みんなが来るのを楽しみにしているね。
 こっちの冬支度はバッチリ整えておくから心配しないで良いわよ。」

 ここは転移の魔法の発動媒体を設置した部屋、ブラウニーのステラちゃんに見送られてアルムハイムの館に戻ります。

 私の横には、何やら大量の荷物が入った布袋を抱えたオークレフトさんが立っています。
 布袋から微かに漏れてくる甘い香り、どうやら中身は全てショコラーデのようですね。
 また何か、私の精霊達に頼みごとをしようと考えているのかしら。 
 私の可愛い精霊達が、この方に良いように使われるのではと心配です。

 
    **********


 アルムハイムの館に戻ると間もなく、行商人のハンスさんが、注文しておいた冬支度の品を持ってやって来ました。

「姫様、ご無沙汰しております。
 何やら、腕の良い時計職人を抱えたらしいですね。
 皇帝陛下が姫様から頂いた時計を、あちらこちらに自慢して歩いていますよ。」

 おじいさま、ナイスです。
 そうやって、おじいさまが私の工房の時計を自慢してくださるだけで良い宣伝になります。

「そうですか、ハンスさんの耳にまで届いていましたか。
 それでは、しばらくの間、帝都の貴族にこれを売り込んで頂けませんこと?
 本当は帝都とアルビオン王国の王都に店を構えたいのですが。
 店を任せられる信頼できる方がまだいないのですよ。」

 私はアルビオン海軍から販売許可を得たダウングレード品の懐中時計をハンスさんに差し出しました。

「これは、皇帝陛下に献上されたものと同じ性能の時計ですか?
 あの、一週間時刻合わせが不要だったという。」

「まさか、あれはアルビオン海軍に独占的に販売することとなりました。
 アルビオン海軍で制式登録されて軍事物資となったので他には売れませんよ。
 これは、精度を若干落としたダウングレード品です。」

 そう言って、私は二枚の書面をハンスさんに示しました。
  アルビオン王国からもらったこの時計の精度測定の結果の通知書と販売許可書です。

 二枚の書面を、ハンスさんはジッと読んでいましたが…。

「ほお、これは素晴らしい。
 ダウングレード品で、一日の誤差が二十秒ですか。
 超一流品と言われている時計ですら、一日一分の誤差が生じると言うのに。
 これを私に扱わせていただけるので?」

「ええ、ハンスさんが私の知人の中で一番信頼のおける商人ですから。
 それに、帝都の貴族に顔が利きますしね。
 従来の精油などと同じで委託販売でお願いします。
 販売手数料は弾みますよ。
 それと、従来精油や乾燥ハーブでお世話になっている貴族の方からお声掛けしてくださいね。」

 ハンスさんは、懐中時計の販売に非常に乗り気で直ぐに取り扱いが決まりました。
 取り敢えずは百個持ち帰って、懇意にしている貴族に見せて回るそうです。
 次回からは注文を取ってくるとのことでした。


「それで、姫様、アルビオン王国の海軍と結んだ契約書というのは拝見できませんか。
 それは機密書類には含まれていないと思いますが。」

 お忘れかも知れませんが、ハンスさんは行商人に身をやつしていますが。
 実際は帝国から私の一族の監視のために送られてきているお目付け役です。
 帝国は聖教を国教に掲げています。
 建前上、公然と魔女を名乗る者が治めている領地を野放しする訳には行かないのです。

 別に秘匿するほどの情報でもありませんので、私はハンスさんの要望に応えました。
 契約書を目を皿のようにして熟読したハンスさんが言います。

「姫様、これは後々もめますよ。
 この契約書では、皇帝陛下に献上したものと同等の精度の時計はアルビオン王国以外には販売できないことになっています。
 如何なる目的であってでもです。
 我々が属する帝国の軍隊にも販売することが出来ないのでは無いですか。」

「ええ、わかっています。
 敢えてそうしたのですもの。
 それは皇帝陛下とも相談しておこなったものです。
 どうやら、帝国にも血の気が多い者がいるようですからね。」

 帝国の中にも軍事面に力を入れていて、軍隊の近代化に熱心な領邦があります。
 その領邦は植民地獲得を目的に海洋進出を図ろうとしているようなのです。
 今はセルベチアという共通の敵がいますから同盟を結んでいますが。
 戦争終結後、植民地を巡ってアルビオン王国と事を構えようとする愚か者が出てくる恐れがあるようです。
 戦下手の皇帝陛下は大陸に火種を持ち込むことを良しとしません。
 血の気の多い者にあの時計を渡さないように、敢えてアルビオン海軍以外には売れないようにしたのです。

「安心してください、アルビオン海軍には必要数以上を販売します。
 アルビオン海軍は、航海の安全性の向上を図るため、信頼のおける方に販売するとのことです。
 軍用に使おうとしなければ、帝国の商人でも売ってもらえるはずですよ。」

「姫様、それ、どこの誰が時計を欲しがっているか分かって言っていますよね。
 相手は力尽くでも、その時計の技術を手に入れようとするかもしれませんよ。
 十分に気を付けてくださいね。」

 私の言葉を聞いたハンスさんは苦笑いをしながら、そう言いました。
 そうですね、私の館は結界があるので心配ありませんが、工房の方が不安ですね。
 工房の守りを固めておきますか。


     **********


 ハンスさんが持ってきた冬支度の品々、今年は食料品が従来の何倍もあります。
 いつもと違い、荷馬車いっぱいの荷物になってしまいました。

 もちろん、私達が食べるものではありません。
 大部分は工房に住む人たちの分です。

 カーラにオークレフトさん、ジョンさんの大人三人と見習いの少年二十人。
 それだけの人数の冬越しの物資を買いに行くのは大ごとです。

 ですから、ハンスさんにまとめて仕入れて運んでもらったのです。
 ここからは私が魔法で工房の敷地内に建てた食糧庫まで送ります。

 工房の食糧庫に設置した転移魔法の敷物とペアになった敷物を積み上げられた荷物の横に敷きます。
 荷物を転移魔法の敷物の上に移動して転移させるのですが。

「ロッテお姉ちゃん、私も手伝う!」

 最近、メキメキと魔法の腕を上げているアリィシャちゃんが言いました。

「そうね、じゃあ、一緒にしましょうか。」

 もちろん、やる気になっている子のお手伝いを断るマネは致しません。
 私が積まれた荷物の上の方にある物から順に浮遊の魔法で、転移魔法の敷物に移動させて見せます。

「それなら、私でもできるよ!」

 アリィシャちゃんが自信いっぱいに言うので、任せてみることにします。
 すると、アリィシャちゃんは言葉通り器用に浮遊の魔法を用いて、小麦粉の入った麻袋を浮かせると転移魔法の敷物まで移動させました。
 一つ上手くいくとそこからはドンドン連続して魔法を使い始めます。

 私も負けじとアリィシャちゃんが敷物の上に積んだ荷物を工房へ送ることにします。
 感心して、ぼっと眺めていたら敷物の上がいっぱいになってしまいますから。

 二人で手分けをして荷物を送っていたらあっという間に片付いてしまいました。

 でも、これで終わりではありません、工房へ行って荷物を送ったことをカーラに知らせないと。
 私はアリィシャちゃんと一緒に工房へ転移しました。


     **********


 あれから工房は、ドリーちゃんの協力で大分建物が増えました。

 まず、オークレフトさんがより大型の発電機を設置したいと言い出しました。
 そして、工房で十人の見習い工の追加もしました。

 このため、余裕を持って作ったはずの工房がいきなり手狭になったのです。
 それで、オークレフトさんの機械工房とジョンさんの時計工房を分けたのです。
 最初に建てた工房に並んでジョンさんの時計工房が建ちました。最初の工房とほぼ同じ大きさです。

 そして、新たに雇い入れた見習い工用の寄宿舎です。
 最初の寄宿舎同様に大きな一部屋にベッドを並べただけの物です。
 最初の寄宿舎と異なるのは、厨房や食堂が設置されていません。
 食事はオークレフトさん達を含めて全員が最初の寄宿舎の食堂で一緒に取ってもらいます。

 その他にも冬に備えて越冬用の食糧備蓄庫と薪小屋を作ってもらいました。
 更にもう一つ、私の転移魔法の発動媒体を設置する建物です。
 将来、事務員を採用することも念頭に、四つほどの部屋に仕切られたログハウス(丸太小屋)です。

 転移魔法の敷物を敷いた部屋に着くと、アリィシャちゃんが駆け出そうとします。

「カーラお姉ちゃんのとこ行くんでしょう、早く行こう!」

 どうやら、アリィシャちゃんは久しぶりにカーラと会うのが楽しみのようです。

「そんなに慌てないで、今は昼過ぎなので厨房で後片付けの最中かしら。」

 私は気が急くアリィシャちゃんを落ち着かせて厨房のある寄宿舎に行ってみることにします。
 寄宿舎の食堂に顔を出すと、まだ昼休みのようで、何人もの人が寛いでいました。

「おっ、オーナーさんじゃないか。
 あんた、スゲーな!
 大風呂敷を広げた通り、アルビオン海軍に採用されたって言うじゃねえか。
 ジョンの旦那の腕が良いのも勿論だが、あそこに顔が利くなんてただ者じゃねえな。
 俺たちが作った時計がアルビオン海軍に採用されるなんて夢のようだよ。
 しかも、給金は良いし、住む場所も用意してくれた、それに加えて昼めしと風呂まで付いている。
 俺は自分の工房をたたんで来てよかったぜ。」

 隣の領地から引き抜いて来た職人のヤンさんが私に気付いて声を掛けてくれました。
 ヤンさんが営んでいた工房の職人全員を引き抜いて来たのですが、気に入ってくれたようで良かったです。

 ヤンさんを含め熟練の職人さんばかりでみな妻帯者です。
 見習い工のように大部屋で雑魚寝と言う訳には行かないので住まいを探していたのですが。
 リーナが協力を申し出てくれました。

 リーナの館の中にある使用人用の家を貸してくれたのです。
 リーナの館の敷地内には、馬丁や庭師等のために独立した小さな建物が幾つも立っています。

 今まで最少人数で館を運営してきたので、この多くが空き家となっていたのです。
 これを十件借りることが出来ました。
 職人達には月々の給金とは別に住まいで必要となる薪を支給することにしました。
 これには奥様方が大喜びです。冬が厳しいこの国では冬場の薪代が家計を圧迫するのだそうです。

 元は、セルベチア海軍の軍艦ですからね、廃物利用で喜んで頂けるのなら何よりです。

 引き抜いて来た職人さん達の様子をヤンさんに聞いた後、私はカーラを訪ねて隣接する厨房へ入りました。

 すると…。

「ほら、とっとと洗い物を済ませな、午後の仕事が始まっちゃうよ!」

 厨房に入ると自らも食器を洗いながら、見習い工にハッパを掛けるカーラの姿が目に飛び込んできました。
 厨房の仕事は、見習い工の役割ではなかったはずですが…。

「ごきげんよう、カーラ。
 忙しい時に来てしまったようね。」

「あっ、いらっしゃいませ、シャルロッテ様。
 大声で怒鳴るなどはしたない所をお見せして申し訳ありません。
 もたもたしていると午後の仕事に遅れてしまうものですから。」

「あらそうなの、でも、なんで見習いが食器洗いを?」

「ああ、これは罰当番です。
 午前中に仕事をサボっていた者を見つけて、制裁を加えた上にこうして罰を与えているのです。」

 よく見ると顔に青あざがありますね、鉄拳制裁の痕のようです。
 話を聞くと罰当番にも、共用部分の掃除とか、トイレ掃除とか、犯した粗相によってランクがあるようです。
 トイレ掃除が一番厳しい罰のようですね。
 カーラに夜這いを掛けようとした者とカーラの入浴を覗こうとした者が受けたそうです。
 
「ぶっちゃけ、私が自分でやった方が早いし、仕事も丁寧なのですが。
 この悪ガキ共は一度や二度痛い目に遭わないと学習しないのですよ。
 村でも、悪ガキ共の躾けはこうしていました。」

 まあ、それで見習い工達が真面目に働くならば口出しはしないことにしましょう。


      **********


 昼食の後片付けを終えたカーラを連れた私達は食糧庫に向かいました。
 転移魔法で送った物を三人で確認しながら、棚に片付けて行きます。

 どうやら、冬越しのために不足しそうな食材はないようです。
 食べ盛りの見習い工が二十人もいるのですから、余裕をもって揃えておかないといけませんもの。

 薪小屋もヴァイスの洞窟から送ってもらった薪がギッシリ積み上げられていました。
 もちろん、セルベチアの軍用艦のなれの果てです。セルベチア海軍さまさまですね。

「カーラ、ジョンさんの工房の時計がアルビオン海軍に採用されたのは聞いていると思います。
 その技術を狙って、招かれざるお客様が見えるかもしれません。
 なので、この工房の敷地全体の結界を張ります。
 許可のない者は立ち入れないようにしますので覚えておいてください。
 敷地の入り口の橋に、部外者立ち入り禁止と大きく書いておきますが。
 無法者はそんなの気にしませんからね。」

 カーラに伝えたあと、私達は工房の敷地を回って境界に沿って結界魔法を込めた杭を打ち込んで回りました。

 もちろん、結界を張ったあとで、工房のみんなを集めて同様の注意をしました。
 工房の従業員の家族が訪ねてきたりしたら大変ですから、絶対に来させないように注意したのです。

 どんな結界を張ったかはナイショです。
 愚か者が引っ掛かった時のお楽しみという事で。

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