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第7章 できることから始めましょう

第156話 秘密が一つバレました…

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 ある朝、リーナがやってきて言いました。

「遅くなってしまってごめんなさいね。
 アガサさんを迎え入れる準備が整ったのでお迎えに参りました。」

 どうやら、アガサさんを雇い入れることについての領館の官吏の説得や予算の確保、住む場所の確保などの準備が全て終わったようです。

「ついては、一緒に仕事をしていただくローザ先生をご紹介したいと思います。
 急なことで申し訳ございませんが、これからシューネフルトまでお越し願えませんか。
 引っ越しはまだ先でも構いませんが、顔合わせだけでもして頂こうかと思いまして。」

「私は何時でも動けるよ。
 荷物なんて大した量は無いからね。
 まっ、取り敢えずは挨拶に伺おうかね。」

 リーナの言葉を受けてアガサさんはすぐに腰を浮かせました。
 久しぶりにローザさんの顔も見たいので、私も同行することにします。
 昨秋に雇い入れた十人の少女の進捗具合も気になりますので。


     **********


 リーナの館に転移してローザさんの執務室に向かいます。

「あら、姫様、おはようございます。
 随分とお早いのですね。」

 ローザさんの執務室をノックするとローザさんが迎えてくれました。
 ローザさんは、リーナが朝一番でアガサさんと私を連れてきたことに、驚きを感じたようです。

「おはようございます、ローザ先生。
 朝早くから押し掛けて申し訳ございません。
 先日からご相談申し上げていましたアガサさんをお連れしました。」

 リーナはローザさんの執務室に入ると応接セットの前まで歩き、二人に紹介を始めました。

「ローザ先生、今私の隣にいらっしゃるのがアルビオン王国からお招きしたアガサさんです。
 アガサさんは、アルビオンの大学で教鞭を執ってらしたのですよ。
 この地で子供たちを教育するのに色々と知恵を貸してくださると思います。
 アガサさん、向かいにいらっしゃるのは、王宮で私の家庭教師をしてくださったローザ先生です。
 今は、この館で昨年雇い入れた十人の少女に読み書き計算などを教えて頂いています。
 今後、この領地で全ての子供に読み書き計算を教えるという計画はお二人にお任せしたいと思います。
 よく相談して、計画を立てて頂ければと思います。」

「初めまして、私はローザと申します。
 王宮で十年ほどカロリーネ姫様の家庭教師を仰せつかっていました。
 アルビオン王国は我が国よりはるかに教育制度が充実していると聞いております。
 この領地の教育制度を作るのにお力を貸していただけると伺いとても心強いです。」

 リーナの言葉を受けてローザさんがアガサさんに歓迎の言葉を掛けました。

「私はアガサ、ご丁寧に迎えてくれて有り難うよ。
 アルビオン王国の片田舎で隠遁生活をしているところを、お嬢ちゃん達二人に出会ってね。
 一人暮らしの私に気遣って、ここへ誘ってもらえた次第さね。
 見ての通りの老いぼれだけど、誘って頂いたからには力を尽くすつもりだからよろしく頼むよ。」

「ええ、よろしくお願いします。
 頼りにさせて頂きます。
 時に姫様、前々からお聞きしたいと思っていましたが。
 なにか、この館のみんなに隠し事をしていませんか?」

 アガサさんの言葉を聞いてローザさんが怪訝な顔でリーナに問い掛けます。

「隠し事って、いったい何の事でしょう?」

 リーナはとぼけますが、顔に焦りの色が見えています。
 隠し事…、多いですよね。どれを指摘されているのか分からないくらいに。

「今、アガサさんは『アルビオン王国の片田舎』で姫様と出会ったとおっしゃいました。
 姫様、いったいいつアルビオン王国に行かれていたのですか。
 何か月もこの館を留守にしたことはありませんよね。
 数日、シャルロッテ様のもとへ泊りがけで遊びに行かれるくらいだったはずです。」

 ローザさんは、アガサさんを領地に迎え入れたいと相談されとき、アルビオン王国の学者など何処で面識を得たのかと不思議に思ったそうです。
 それが、今のアガサさんの今の言葉で確信に変わったようです。これはおかしいと。


     **********


「呆れた…。
 一国の姫が無断で国外に出ていたとは。
 この数週間、ほぼ毎日アルビオン王国に行っていたですって…。」

 目の前のローザさんは心底呆れたという表情をしています。
 結局、全部白状されられました。ええ、洗いざらい全てを…。

「くれぐれもこのことは内密にお願いします…。」

 リーナが身を縮ませるようにして言うと。

「言えませんよ、こんなこと。
 姫様のお父上の耳に入ったら大問題です。
 すぐに離宮に連れ戻されて、一生離宮から出られなくなりますよ。
 王の姫様に対する溺愛っぷりを心配した周囲の者がやっと王を説得して引き離したというのに。」

 あっ、今まで触れないようにしていたリーナの家庭の事情がポロリと洩れました。
 ですが、それを口にしたことにローザさんは気付いてないようです。
 今はスルーしておきましょう。話せる時が来たらリーナの方から話すでしょうし。

「しかし、転移の魔法ですか…。
 おかしいと思ったのです。
 シャルロッテ様のお屋敷は馬車で少なく見積もっても片道一時間は掛かります。
 何でこんなに朝早い時間にいらっしゃるのだろうかと。
 確かに、転移の魔法はおいそれとは人に明かすことのできないものですね。
 悪用したいと思う者が絶対に現れるでしょうから。
 でも、今のお話で合点がいきました。
 先日、官吏に作れと命じていた法の草案のこと。
 幼年者の雇用禁止、婦女子の深夜労働の禁止、長時間労働の禁止でしたっけ。
 いったい、何でそんな当たり前のことを言い出したのかと思っていました。
 そういう事情があったのですね。」

 ローザさんは、転移の魔法のことが周囲に知られることの危険性を理解しているようで、内密にすると約束してくれました。
 
「でも、転移の魔法を使ってアルビオン王国に行っていたなど、なんて羨ましい。
 時代の最先端を行くアルビオン王国の情報は、この国の有識者の間にも入ってきていますが。
 実際に目で見て、その問題点まで見て取った人はこの国では少ないと思います。
 姫様、貴重な体験をされましたね。」

 ローザさんは優しい眼差しでリーナにそう言ったのです。
 そして、

「時に、シャルロッテ様。
 頻繁にアルビオン王国を訪問されるのなら、是非とも私もご一緒させていただきたいものです。
 私も、時代の最先端を行くアルビオン王国の情勢をこの目で確かめたいと思います。
 そのくらいは、良いですよね。」

 どうやら、転移の魔法を秘密にする代わりにローザさんもアルビオン王国に連れて行けという事のようです。
 まあ、それで口を噤んでくださるなら安いものです。
 そのうち、一度アルビオン王国の館にご招待しましょうか。
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