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第7章 できることから始めましょう

第154話 なかなか用意周到なことで…

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 水車により作られた電気で回り続ける羽を満足げに眺めていたオークレフトさんが言います。

「先日お二方が視察なされた自動紡績機も元々は水力で動くものだったのですが。
 水車の動力を直接利用したので、工場が川岸にしか作れなかったのです。
 それで、立地を選ばない蒸気機関にとって代わられたのです。」

 蒸気機関が比較的単純な構造で何処にでも設置できることに加えて、燃料となる石炭が潤沢にあったことで水力を利用した機械はあっという間に蒸気機関にとって代わられたそうです。

 更に水力を利用する場合、水車を設置する川は一年を通して流量が安定していて、かつ流れが速いことが条件だそうです。
 そうでないと、安定して機械を動かすための十分な動力が得られないそうなので。
 平坦な地形のアルビオン王国では、そう言った立地が限られていたそうです。 

「この発電機も蒸気機関で動かしても良いのですが…。
 アルビオンでは蒸気機関で直接機械を動かす技術が確立されてしまって、現状では不便がないのですよね。
 わざわざ、蒸気機関で得られた動力を一旦電気にして、離れた場所で動力に戻すなんて相手にされないのですよ。
 まあ、アルビオンでは燃料の石炭は二束三文だし、蒸気機関も比較的安くできますからね。」

 この電気というものの性質は最近分かったばかりだと、オークレフトさんは言いました。
 発電機を二台繋いで、片方で電気を作るともう片方が動き出すという性質は、発見者が偶々見つけたものだそうです。
 発見者すら利用方法を思いついていないという事なのです。

 オークレフトさんはこの事を知って、すぐに機械の動力に使えないかと思ったそうです。
 ですが、蒸気機関の能力が安定していて、比較的安価なため、オークレフトさんが持ち掛けても話に乗ってくる資本家がいないそうなのです。
 『そんな海のモノとも山のモノとも知れないものを作るより、工場の脇に蒸気機関小屋を建てれば良いじゃないか』と言われるそうです。

「先日ご一緒した紡績工場のブライトさんの話を聞いて閃いたのです。
 夏でも峰々に残る積雪、森と泉に囲まれた土地と聞いてピンと来たのです。
 ここだったら、電気を起こすのに必要な豊富な水をただ同然で利用できるだろうと。
 都合の良いことにアルム地方では石炭は取れないと来ている。
 アルム地方なら蒸気機関より電気の方がコストが低くて、周りに受け入れられるんじゃないかと。」

 なるほど、それであの時、自分を積極的に売り込んだのですね。
 篭って機械をいじっているのが好きと言い、人付き合いが苦手だと言っていたのに。
 あの時は、とてもそうとは思えない積極さを見せていました。そういう目論見があったのですか。


     **********


 さて、立ち話も何なので、リビングルームに戻って参りました。

 オークレフトさんは抱えたカバンの中から紙束を取り出しながら言います。

「もう、こちらに着いた日から川が見たくてうずうずしていたのですが。
 シャルロッテ様が忙しそうに動き回っていたので、落ち着かれるのを待っていました。
 昨日はお時間があった様子でしたので、早速お願いに上がったのです。
 いやあ、お時間を取って頂いた甲斐はありましたよ。」

 差し出された紙束を目にしたリーナが意外そうな表情になります。

「あら素敵、とても絵がお上手なのですね。」

 そして、思わずといった様子で声を上げました。
 ええ、とても上手な絵ですわね。
 でも多分、その方は風景の美しさに魅せられて絵にした訳ではないのです…。

「そうですか?
 僕は発電所を作る際のイメージ作りのために出来る限り精密に描写しただけなのですが。」

 ほら、この方に大自然を愛でるような情緒を期待するのは無駄なようです。
 ここ数日、この機械バカが、人が変わったようにイキイキとしていたのはこのためだったのですね。

「それで、昨日書き留めていた場所が、オークレフトさんのお眼鏡に適った場所と言う訳ですか。」

 私が紙束を見ながらオークレフトさんに問い掛けると…。

「はい、どこも十分な水量と流れの速さを持っていて、これで一年中枯れることが無ければ文句なしです。
 昨日一日回っただけでも、都合の良い場所が多くて何処が良いか迷ってしまいます。」

 そう言いながら、オークレフトさんはテーブルの上に地図を広げ、番号を打った場所にそこの風景画を置きました。

「わざわざ、カロリーネ様に同席頂いた理由ですが。
 第一に、この中で冬でも川が凍結せずに安定した水量を保っている地点を教えて頂きたかったのです。
 この場所なんて、多分標高が高すぎて冬場は凍結してしまうのではないかと思うのです。
 土地勘のない僕にはそれが分からないものですから。」

「リーナを呼んだのはそのためだけですか?」

「いいえ、都合の良い立地が分かれば、そこの水が利用出来るのかを教えて欲しかったのです。
 水が乏しいアルビオン王国では水利権を持っている人が強くて、水を利用しようとすると色々面倒なのです。
 で、その辺に問題がないようですあれば、シャルロッテ様に買い取って頂こうと思いまして。
 お二人がそろっている場で相談した方が早いでしょう。」

 水利権、ややこしいらしいですね。
 水が貴重な地域では水の利用を巡って紛争が起きるそうですから。
 私の国に流れる川は先程の小川が一本、水源も国内だし利用するのはこの館だけです。
 ですから、ややこしい話には縁がありませんが。

「私を呼んだ理由は分かりました。
 ですが、私にはあなたが何をしようとしているのか良く分かりません。
 幸い、私の領地は水が豊富であまり水利権にうるさくはありません。
 領主である私の一声で何とでもなると思います。
 ただ、私が動くからには、領地、領民にとって有益なものでないと困ります。
 いったい、あなたは何をしようとしていて、私の領地にどんなメリットがあるのですか。」

 領主に就任して一年が経ち、リーナも大分領主としての自覚が出てきたようです。
 領地にメリットのあるものでないと、安易に水利権の調整は出来ないと言います。

 私も気になっていたのです。
 オークレフトさんは発電機を設置して何かをしようとしているようです。
 ですが、現時点ではその目的は明らかにされていません。


     **********


「説明しろと言われても、何処まで出来るか見当が付かないので困ります。
 出来ることから、その都度計画書を起こして相談するつもりでいたのですが。
 まずは、試作品の水力発電機を設置して実際に使えるかを試験してみないとなりません。
 実は、アルビオンから持ち込んだ機械の中に、既に試作の発電機があるのです。
 それに接続出来るように改造した工作機械も持ち込んでいます。
 計算上は動くようにしたのですが、こればかりはやってみないことには。」

 以前から発電機を設置して機械の稼働実験をしたかったそうですが、協力者が得られずお蔵入りしていた物のようです。
 水利権のうるさいアルビオン王国では協力者なしに設置することが出来なかったそうです。

 試作品の発電機と工作機械が問題なく稼働するようであれば、その工作機械を用いてより大きな発電機を作るそうです。
 その電気を用いて今度は工作機械を作るようです。
 工作機械がある程度揃ったら、本格的に機械の受注生産を始めるつもりだそうです。

「シャルロッテ様にお約束した通り、最初から職工見習いを十人ほど雇う予定です。
 僕について発電機と工作機械の調整を手伝ってもらうと同時に、機械の仕組みなどを教え込むつもりです。
 最初は赤字になるけど、そこは勘弁して欲しいです。」

 オークレフトさんを雇い入れるときに条件としたリーナの領地から毎年人を雇い入れるという約束は忘れていないようです。
 私も、最初から利益が出るなんて都合の良いことは考えていません。
 数年かかっても、安定的な収益を生み、地元に雇用の場を作ってもらえればそれで良いのです。

「それと、機械が問題なく稼働するようであれば、最初に作るものは決まっています。
 ジョン君の時計工房で使う工作機械を作ろうと考えています。
 ジョン君の話では部品取りから、粗削りまで手作業でしているそうです。
 以前からジョン君と話をしていたんです。
 精密な加工はジョン君の熟練の技に頼るとしても。
 部品取りや粗削りまでは機械化して、熟練していない若い人でもできるようになればと。」

 機械のこととなると気が利くのですね。
 オークレフトさんは自分の機械工房だけではなく、ジョンさんの時計工房の事まで気にかけていたようです。

「そうですか、最初はそんなに大規模なモノを作る訳ではなく、大量の水を消費する訳ではないのですね。
 であれば、町や農村の中でなければ、水の利用は気にすることもありません。
 人を雇うのであれば通いやすい場所の方が良いですね。」

 オークレフトさんの話を聞いたリーナは、最初は実験施設的な小規模なものと知りホッとしています。
 ややこしい水利権の調整はしないで良いようです。

「ええ、最初は実証実験ですので、小規模な施設から始めようと思います。
 本来ならば発電施設と機械工房を離して設置したいところなのですが。
 動力の利用が発電する場所に縛られないという事を実証するために。
 しかし、発電施設と機械工房の両方を僕が見ないといけないので、それは難しいですね。」

 そして、オークレフトさんの希望と雇う人の便を考慮して、リーナは地図の一ヶ所を指差しました。

「この地点なら、あなたの要望を全て満たすと思います。
 この川はシューネ湖を流れ出し、ルーネス川に注いでいますが水量が非常に豊富で冬でも流量が安定しています。
 水の流れも速いですし、冬でも凍結する心配はありません。
 この地点なら、周囲に民家も農地もないので水の利用に苦情が出る心配もないです。
 それに、シューネフルトから歩いて通える距離ですので、冬の積雪期でも何とかなるでしょう。」

 そこは、シューネフルトを出てすぐと言っても良い場所ですが、岩が多い荒れ地のため農地には向かない地域だそうです。
 人を雇うのであれば、通いやすいこの場所が良いだろうと言います。

「僕はそこで異存ないです。
 では、シャルロッテ様、ここの土地をお買い上げいただけますか。
 それと、この建物を建てて頂きたいのです。」

 オークレフトさんはカバンの中をガサゴソと漁ると数枚綴りの図面を出してきました。
 良く分かりませんが、どうやら発電施設と機械工房の設計図のようです。
 
 こういうところは用意周到なのですね…。

 
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