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第6章 異国の地を旅します

第144話 そろそろ帰りましょうか

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 私が金貨二万枚を出すことを承諾すると、オークレフトさんは嬉々としてジョンさんの説得をしに部屋を出て行きました。

 私は、サクラソウの丘から帰ってから自室で休んでいるリーナを呼び、ジョンさんについて報告することにします。

「えっ、あの方を雇い入れることにしたのですか?」

「ええそうなの。
 オークレフトさんの見立てではあの方の作る時計は世界一正確な物らしいわ。
 リーナの国には腕の良い時計職人がいるそうね。
 その職人さん達を雇い入れて、量産させれば良いと言うのよ。」

「そうなのですか。
 自国のことを知らなくて恥ずかしいですが。
 我が国にそんな腕の良い時計職人がいるとは知りませんでしたわ。」

 私はリーナの領地に時計工房を作ることを計画しているとリーナに告げました。
 もちろんそのための資金は全て私が出します。
 先日セルベチア軍から巻き上げた軍資金がありますから、手元資金は潤沢です。

 計画の詳細については後日詰めることとして、その際は相談に乗って欲しいとお願いしておきました。

 リーナと話をしていると、ジョンさんを連れたオークレフトさんがリビングルームに顔を出します。
 オークレフトさんの満足げな表情を見る限り、ジョンさんの説得は成功したようです。

「シャルロッテ様、こちらのジョン君ですが、アルムハイムへ来ることを快諾してくれました。
 ついては、支度金として金貨二万枚をご用意いただけますか。」

 簡単に言いますね、普通は金貨二万枚なんて右から左へ動かせるモノでは無いです。
 だいたい、金貨二万枚といったら大の大人二人分以上の重さがあるのですよ。
 すぐに用意しても、どうやって持ち運ぶと言うのでしょう。

「ええ、わかりした。
 すぐに用意いたしましょう。
 自己紹介がまだでしたね。
 私はシャルロッテ・フォン・アルムハイム、この屋敷の主です。
 私はアルム山脈の麓にアルムハイムという領地を持っています。
 ジョンさんにはアルム山脈の麓の町に設立する時計工房をお任せする予定でいます。
 よろしくお願いしますね。」

「はい、アルムハイムへ移ることはオークレフトさんから聞かされ承知しています。
 誠心誠意お仕えしますのでよろしくお願いします。」

 話し合いの結果、取り敢えず私達と共にアルムハイムへ移ってもらい、金貨二万枚はそこで支払うことになりました。
 やはり、持ち運ぶのは難しいようです。
 アルムハイムで住むところが決まったら、そこに届けて欲しいと言っていました。

 そして、給金の話になった時です。
 ジョンさんの給金としてどの程度が妥当なのか、私には見当もつきませんでした。
 すると、ジョンさんの隣に座ったオークレフトさんが、自分を指差し、その指をジョンさんに向けたのです。

 それは、自分と同じ給金を提示しろという事でしょうか。

「とりあえず、月々の給金はソブリン金貨で三十枚と致します。
 その後、時計工房の業績に応じて増額も検討しますので、利益が上がるように頑張ってください。」

 私がそう告げると、オークレフトさんが首を縦に振っています。どうやら、間違ってはなかったようです。

「月に金貨三十枚も頂戴できるのですか。
 それはとても有り難いです。
 私達職人は月に十枚から十五枚稼げれば良い方なのです。
 三十枚と言ったら、親方か、大学での技術者しかお目に掛かれない給金です。」

 ジョンさんはとても喜んでいます。
 世界一の時計を作れるような優秀な技術を持つ方でも、身分や学歴がないとその程度の扱いになってしまうのですか。
 階級社会って、理不尽なことが多いですね。


     **********


 一通りのことを確認したところで私は重要なことをジョンさんに伝えます。

「私の所は色々と秘密が多いのです。
 ジョンさんにも、私の所で見聞きしたことについては他言を禁じることが多いと思います。
 そこは順守して頂きます。」

「はい、そこはもちろん言い付けに従います。」

 私の言葉にジョンさんは神妙に頷きました。
 普通の大人なら、貴族の内部事情をべらべらとしゃべったら拙いと分かっているはずです。
 下手に醜聞でも撒き散らせば消されてしまうかも知れませんしね。

「では、早速二つ秘密事項をお話します。
 まず一つ、私は魔法使いです。私の隣に座っているリーナもそうです。
 もう一つ、ここにはたくさんの精霊がいます。
 この二つは絶対に他言無用です。」

 そう告げながら、私は上を向けた指先に小さな光を灯して見せました。

「へっ?」

 私の言葉は流石に予想外だったようで、ジョンさんは疑問の声を上げると共に困惑した表情になりました。

 続けて私はステラちゃんを呼ぶことにしました。

「ステラちゃん、新しい仲間を紹介するから来てくれる?」

「はーい、ロッテ、すぐに行くわ!」

 夕食の用意をしていたのでしょうか、厨房の方からオタマを持ったステラちゃんがフヨフヨと飛んできました。

「ステラちゃん、こちらの新顔は時計職人のジョンさん。
 アルムハイムへ来てもらうことになったから、数日ここに滞在するわ。
 この国の人なので、ちょくちょくここにも滞在すると思うからよろしくね。」

 私はジョンさんの事を紹介するとステラちゃんは手にしたオタマを軽く振るような仕種を見せて言いました。

「あらそうなの。今度も若い男なのね。
 ダメよ、ロッテ。
 あなたも未婚の若い女性なのだから、ほいほいと若い男を館に連れ込んだりしたら。
 ふしだらな娘と勘違いされるわよ。」

 『もと居たところに戻してきなさい』よりも厳しいお小言を貰ってしまいました…。

「この人達はそう言うのじゃないわ、使用人よ。
 私が雇い主なの。
 有能そうな人たちだから、スカウトしたのよ。
 それに、この屋敷は私の私邸というより、アルムハイム伯国の公邸みたいなものだから。」

「あら、そうなの?
 でも気を付けるのよ、男はいつ狼になるか分からないのだから。」

 私のそう注意したステラちゃんはジョンさんの方を向き。

「私は、ブラウニーのステラよ。
 この館ができた時から住み着いているの。 
 今この館は若い娘さんが多いから、不埒な事をしたら叩き出すからね。
 娘さん方に粗相をしないなら歓迎するわ。
 人が多い方が賑やかで楽しいからね。
 今日は私が腕によりをかけた鹿肉の煮込み料理をご馳走するから期待して良いわよ。」

 ステラちゃんは自己紹介をすると共に男二人に向かって釘を刺しました。
 何でしょう、この警戒の仕方は?
 今まで見せたことが無い対応です。
 昔、ここを訪れて不埒な真似をした男性がいたのでしょうか。

 目の前で宙に浮く十インチサイズの女の子に釘を刺されたジョンさんは絶句しています。

「ジョン君、ステラちゃんにそんなに驚くのは失礼だろう。
 ステラちゃんは、僕たちの国でも馴染みの深いブラウニーだよ。
 ステラちゃんの作る料理はとても美味しいんだ。
 ステラちゃん、今日の夕食楽しみにしているよ。」

 呆然とするジョンさんにオークレフトさんが言いました。
 すっかり、ステラちゃんに胃袋を掴まれているようです。

「いやあ、本当に驚きました。
 魔法使いとか精霊とか、本当にいたのですね。
 子供の頃から作り話だと思っていたので、この目で見てもにわかに信じられませんでした。
 しばらく、思考が停止してしまいましたよ。
 ステラさんですね、よろしくお願いします。」

 しばらくして、我に返ったジョンさんがそう言ってステラちゃんに挨拶を返しました。

「そう、精霊は本当にいるのよ。
 幽霊なんかじゃないからね。
 ここには私の他にブラウニーが十人ほどいるからよろしくね。」

 ステラちゃんはそう言って笑っていました。
 あまり、ジョンさんを驚かせるのも何なので、他の精霊達の紹介はアルムハイムへ帰ってからにします。


     **********


 ジョンさんを雇い入れてから三日後、大使館から帝国政府宛ての報告書が届いたので帰国することになりました。

「じゃあ、留守中の館のことは任せて。
 いつ来ても大丈夫なように、完璧に維持しておくから。
 ロッテたちが来るのを楽しみにしているから、ちょくちょく顔を見せてちょうだいね。」

 名残惜しそうに言うステラちゃんに見送られて私達はアルムハイムへ戻ります。
 
 アルビオン王国は、想像以上に繁栄していて、想像以上に問題を抱えていました。
 それが分かっただけでもここまで来た甲斐がありました。

 三人もの良い人材と巡り会えたし、とても素晴らしい屋敷も手に入りました。
 色々と余禄もあったし、視察旅行の成果としてはまずまずだと思います。

 さあ、アルムハイムの我が家に帰りましょうか。 


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