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第6章 異国の地を旅します

第142話 アリィシャちゃんにせがまれて

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 さて、ミリアム首相への挨拶も済ませたことですのでそろそろアルムハイムへ帰ろうと思いました。
 といっても、ハーブ畑の手入れのために、ほぼ毎日戻ってはいたのですが。
 アルムハイムへ顔を出さなかったのは、モンテスターへ視察に行っている間くらいでした。
 そう言う意味では、活動の場をアルムハイムへ戻すと言った方が正確でしょうか。

 ですが、首相官邸から帰る馬車の中で大使から頼みごとがありました。

「シャルロッテ嬢、帝国へお帰りになるであれば、一つ届け物をお願いしたいのです。
 帝国政府に同盟が締結出来ることになった事を報告したいと思います。
 ついては報告書を作成しますので、あと二、三日この国に留まって頂けませんか。」

 まあ、報告書を届けることなど造作もないことなので、お引き受けしたのですが。
 その結果、帰国が三日ほど先延ばしになってしまいました。

 館に戻ってそのことをみんなに告げると。

「ロッテお姉ちゃん、わたし、サクラソウの丘に遊びに行きたい!」

 いの一番にアリィシャちゃんが元気の良い声を上げました。
 王都の館の裏に広がるサクラソウの丘は、その名の通りサクラソウの自生地で、この時期満開の花を咲かせています。
 この屋敷の正門から見るとピンク色に染まった丘の斜面が借景となって館がとても映えて見えます。

「そう言えば、この屋敷を買う時に一度行ったきりだったわね。
 庭から見る限りちょうどサクラソウが満開のようですから、みんなで行きましょうか。
 サンドイッチでも持っていって、そこでランチにしても良いわね。」

「うわあ、それ良い!お花を見ながらみんなでお昼を食べるの楽しみ!」

 アリィシャちゃんの顔に本当に嬉しそうな笑顔が浮かんでいます。
 アルビオン王国滞在中、聞き分けのの良いアリィシャちゃんはずっと我慢していたのでしょう。
 町の視察など、ずっと大人の仕事に付き合わせていたのに大人しく話を聞いていました。
 本当はもっと遊びたかったでしょうに。

 サンドイッチの他にもお菓子などをたくさん用意していきましょう。
 頑張ってくれた精霊達にも振る舞わないといけませんからね。


     **********


 という事で、午前中は私とカーラでサンドイッチ作りとお菓子を焼くのに時間を費やしました。

「おやまあ、国王陛下自らみなに振る舞うためにランチボックスを用意するなんて何て慈悲深い為政者なのでしょう。」

 などと、私をからかいながら、アガサさんもお昼の用意を手伝ってくださいました。

 そして、お昼の時間にあわせるようにヴァイスの引く馬車でサクラソウの丘にやってきました。

「うわあ!
 凄い!まだいっぱいに咲いている。」

 馬車を降りると、アリィシャちゃんはそう叫んでさっそく花の咲く斜面へ向かって駆け出しました。

 そうですね、屋敷を購入する前に訪れてから半月近く経ちますがまだ満開です。
 けっこう、花期の長い花なのですね。

 はしゃぐアリィシャちゃんの後について、私はカーラと共に荷物を抱えて斜面に向かいます。

「これは本当に見事なものだね。
 私も植物学者の端くれ、ここのことは知っていたけど。
 若い頃は何かと忙しくてついぞ見に来る機会が無かったのだよ。
 しかもサクラソウの花の絨毯越しに一望できる王都の風景はまた絶景だね。」

「ええ、本当ですね。
 しかも、ここは空気がとてもきれい。
 蒸気船に乗った時の悪臭を思い出すと、とても同じ王都の中とは思えませんわ。」

 私の後ろからは、ランチボックスを手に上機嫌に話すアガサさんとリーナの会話が聞こえます。
 二人が言うように、この丘は景色も良いし、空気がとても澄んでいます。
 あの汚れた街並みを思うと、とても同じ王都にいるとは思えません。
 この丘の麓という良い場所に屋敷を構えることが出来たのは本当にラッキーでした。
 ブラウニーのステラちゃんには改めて感謝ですね。

 丘の斜面一番上、サクラソウの花が途切れた場所に私は抱えていた敷物を敷きました。
 その敷物の上に、カーラがティーセットやらお菓子が入ったバスケットやらを並べて行きます。

 聞くところによると、この国の貴族がピクニックをするときはテーブルやら椅子やらを馬車に積んで運んでくるそうです。
 ですから、わずか数名でピクニックに出かけるのに馬車を連ねることになるとか。
 
 もちろん私達はそんなことはしません。
 こんなにサクラソウがきれいに咲いているのです、間近で見ないと損ではないですか。
 ということで、地べたに敷いた敷物に足を投げ出して座ります。

 みんなが手にした荷物を敷物の上に降ろしたタイミングで私は精霊達を呼びました。
 お菓子を振る舞うのもそうですが、その前に。

「アクアちゃん、申し訳ないけどこのティーポットに熱湯を注いでくれる?
 熱々に沸騰しているお湯が良いのだけど。」

「ええ、もちろんかまいませんわ。
 すぐに注いで差し上げますね。」

 まずは、食事と共に飲むお茶の準備です。
 水の精霊アクアちゃんは快く引き受けてくれますが…。

「ああ!そんなのアタシに言えばすぐにグラグラに沸かしてあげるのに!」

 いい所を見せたい火の精霊のサラちゃんがアクアちゃんに張り合うように言いました。
 いえ、アクアちゃんが熱湯出せるのですから、わざわざ水を出してもらってそれを沸かす必要はないでしょうに。

「サラちゃんが凄いのは分っているわよ。
 でも、今日はお湯を沸かすためのヤカンを持ってきていないの。
 今度またお願いするから、今日はこれでも食べてゆっくりしていて。」

 私は精霊たちの前に午前中に焼いたお菓子のバスケットを差し出しながら、サラちゃんを宥めました。

「そうなの?じゃあ、仕方が無いわね。
 最近、アタシの出番が少ないわ。頼みがあるなら、私にも遠慮せずに言うのよ。」

 そう言ってサラちゃんは、焼き菓子を一つ、私の手から取るともしゃもしゃと食べ始めました。
 私の役に立ちたいと思ってくれるサラちゃんの気持ちはとても嬉しいです。

 もちろん、他の精霊のみんなにも焼き菓子を食べ始めてもらいました。
 このあと、私達は咲き誇るサクラソウと一望にできる王都の風景を眺めながら、のんびりとした一時を過ごしたのです。


     **********


 久しぶりにはしゃぎ回って疲れたのか、アリィシャちゃんが敷物の上でウトウトし始めました。
 時刻は三時を回っていますし、私はカーラに帰宅の準備を指示しました。

 そして、半分眠っているアリィシャちゃんを魔法で浮かべて馬車に連れて行きます。
 後片付けの手伝いをしようと馬車から引き返して歩いていると、気になるモノが目に入ります。

 私達が敷物を広げた所からやや離れたところに膝を抱えて座っている青年、ぼおっと王都の方を眺めています。
 年の頃は二十歳過ぎでしょうか、オークレフトさんとあまり変わらない年齢に見えます。

 この青年、私達がここを訪れた時からそこにいるのです、膝を抱えた姿勢のままで。
 まるで石像のように動かないのです。

 まさか死体ではないでしょうねと、恐る恐る青年に近づくと息はしているようです。

「そこの方、随分と長い時間、そうされているようですが。
 どこか具合でも悪いのですか?」

 私が思い切って声を掛けると…。

「いえ、特に具合が悪いと言う訳では。
 しいて言えば、空腹で動けないだけです。
 恥ずかしながら無一文なもので、宿も追い出されてしまいました。
 どうしたものかと、ここで途方に暮れていたのです。」

 良く見ると上等な服とは言い難いものの、そこそこちゃんとした身なりをしています。
 身だしなみにも気を遣っているようで、髪の毛をボサボサにしているオークレフトさんよりよっぽどキチンとしています。
 とうていホームレスにはみえません。
 どうやら、何か事情がある方のようです。

「まあ、それは気の毒な。
 大したおもてなしは出来ませんが、良ければうちに寄っていきませんか。
 空腹を満たす程度のモノはご用意させていただきますよ。」

 いけません、つい情けを掛けてしまいました。
 屋敷に戻ったらステラちゃんに、「もと居た場所に戻してきなさい」って言われそうです。

 ですが、私の直感が告げていたのです。
 この人、なんか使えそうだって。

  

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