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第6章 異国の地を旅します

第139話 拉致だなんて人聞きの悪い…

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「えっ、アクアちゃん、なに?」

 私の目の前に突然現れた水の精霊アクアちゃん、両手を腰に当てて私を叱るような仕種をしています。

「首尾は上々じゃないです。
 ロッテちゃんはこの国に来た目的を忘れてしまったのですか?」

「私の目的?
 蒸気機関を見ること?新しい技術に触れること?」

「それは、ロッテちゃん自身の目的です。
 他に頼まれたことがありましたでしょう、お祖父さまから。」

「あれ、もう終わったでしょう。」

 アルビオン王国のミリアム首相にお祖父さまからの親書を手渡すこと。
 親書の内容は、帝国からアルビオン王国に対し対セルベチアの同盟を持ち掛けるものでした。
 重要な事でしたので、この国に着いて真っ先に済ませました。
 議会の説得が難しいと同盟締結に消極的な姿勢を見せるミリアム首相に、セルベアがアルビオン王国に対する侵攻計画を進めているという情報を手土産に。
 これ以上は私の関知するところではないと思います。

「ええ、ロッテちゃんはあの件に関し何の権限もございません。
 しかし、あの親書の内容を知り、自身も大陸に戦火が広がるのを望まないロッテちゃんがあの件を妨害するのは如何なものかと思います。」

 オークレフトさんが側にいることを気遣ってでしょう、アクアちゃんは『同盟締結』のことを『あの件』と言っています。
 同盟締結のことは極秘事項ですからね、人間の大人並みの気配りです。

「妨害?私、何か妨害になるようなことをしたかしら。」

 首を捻る私にアクアちゃんは呆れた顔をして語気を強めました。

「現に今したではないですか。
 ロッテちゃんは渋るアルビオン王国の首相をどうやって交渉のテーブルに着かせたのですか。
 アルビオン王国侵攻の情報をエサに、セルベチアに対する危機感を煽ったのでしょう。
 ここまで徹底的にやってしまったら、セルベチア軍がアルビオン王国侵攻作戦を遂行することは不可能です。
 アルビオン王国の議会は元々セルベチアと敵対することに消極的だったのでしょう。
 アルビオン王国に対する脅威が去ったとなれば、議会はあの件に対し反対に回りますよ。
 あの件をスムーズに成就させるためには、侵攻作戦を遂行するために必要なギリギリの戦力は残しておくべきだったのです。
 ロッテちゃんたちはやり過ぎです。」

 アクアちゃんに指摘されて、ようやく私は自分のミスに気が付きました。
 
 セルベチアのアルビオン王国侵攻計画に危機感を持ったことから、アルビオン王国は同盟締結に前向きに取り組んでくれることになりました。
 同盟締結のための前提として、セルベチアのアルビオン王国侵攻計画ありきなのです。
 もし、セルベチアにアルビオン王国へ侵攻するだけの戦力がないと分かれば、アルビオンの議会は安心してしまい帝国との同盟締結に反対するかもしれません。

 理想的なのは、アルビオン王国侵攻作戦を遂行するために必要なギリギリの戦力をセルベチアに残しておくこと。
 それによって、アルビオン王国に危機感を持たせ帝国と同盟を結ばせます。
 そして、狭い海峡を挟んで両国が睨み合いをする状況を作り、戦端を開かせないことです。

 アルビオン王国は植民地支配に重点をおいていて、大陸内で戦力を消耗するのには消極的なようです。
 一方のセルベチアもギリギリの戦力しか残されていなければ強引に侵攻することはないでしょう。
 結果として海峡を挟んで両国が睨み合いを続けることになります。

 アルビオン王国のけん制により、セルベチアが大陸方面での侵攻の手を緩めてくれれば、戦が苦手なお祖父さまの思惑通りになるのですが…。
 そう、うまくいくかどうかは私の関知するところではありませんが。

 それはともかく、大陸で戦火を広げないために、アルビオン王国に帝国との同盟締結はさせないといけません。
 なにか、セルベチアがアルビオン王国にとって脅威である証拠を探さないといけませんね。


     **********


「これから、家探しをします。
 オークレフトさんも手伝ってください。」

「えっ、いったい何を探すのですか?」

「あの皇帝の事です、今回の作戦が失敗してもすんなりと諦めてくれるとは思えません。
 作戦が不調に終わった時の対応についても、何らかの指示が出されていると思います。
 アルビオン王国侵攻作戦の全容が分かる書類を探すのです。」

 そう言って、私はオークレフトさんを引き摺るようにセルベチア軍の施設に向かいました。
 港の中で一番立派な建物に当たりを付けて、廊下を歩いていて見つけました。

 その部屋の扉には『作戦司令部』と記されたプレートが掲げられています。
 部屋の扉を潜ると部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれているのが見えました。

 ちょうど会議中だったのでしょう、六人の男性がテーブルに伏すように眠りについています。
 テーブルの中央にはアルビオン王国の地図が広げられ、眠っている人の前には書類が置かれています。

 テーブルのホスト席には、一際立派な軍服を身に着けた男性がうつ伏していました。
 私はその男性の手元に置かれた書類を一式手に取って内容を検めました。

 その中に、『第一次アルビオン王国侵攻部隊 作戦指示書』と書かれた書類の綴りがありました。
 どうやら、これが現在集結中の部隊に対する中央からの作戦指示書のようです。
 これは頂戴していきましょう。

 そうやって、書類をめくっていくと、作戦指示書に添付されていたのでしょう皇帝からの檄文が混じっていました。

 そこは、アルビオン王国を支配下に置くことはセルベチアにとって長年の悲願であること、皇帝はそれを達成すべく不退転の決意で臨んでいること、大陸に覇を唱えるためにはアルビオン王国の豊富な鉄と石炭が不可欠であること、セルベチアの発展にはアルビオン王国の持つ広大な植民地を手中に収める必要があることなどが書き連ねてあり、そのために死ぬ気で頑張れと檄が飛ばされていました。

 いや、死ぬ気で頑張れと言われても、言われた方は困りますよね。
 戦場で死ぬ気で頑張ったら本当に死んでしまいますもの…。

 それはともかく、その檄文の中には、『自分が皇帝である限りアルビオン王国を支配下に治めるまで何度でも侵攻を繰り返す』と記されています。

 これで良いでしょう、この檄文を作戦指示書と一緒にミリアム首相に届けて、事情を説明しましょうか。

 そう考えながら室内を見回すと面白い物が目につきました。
 壁の一面に掲げられた黒い板、縦二ヤード、幅四ヤードほどのその板には白い線でアルビオン王国の略図が描かれていました。
 その壁にもたれかかるように寝ている人がいるところをみると、作戦の内容をこの板に描いて確認していたようです。

 板に近づいてみると、板の下部には受け皿があり白い棒状の物が置かれています。
 それを手にして黒い板に文字を書いてみると、見易くはっきりと文字が書けました。しかも、軽く擦ると消すこともできます。
 これ良いです、子供に読み書き計算を教えるのに使えそうです。

 私はオークレフトさんに指示して、黒い板を壁から外してもらいました。
 重量があるようなので、そのまま床に敷いた転移魔法の発動媒体の上に降ろしてもらいます。
 もちろん、アルムハイムへ転送しました。
 思わぬところで、中々重宝しそうなものを手に入れることができてラッキーでしたね。

 さて後は、…。

「シャルロッテ様、いったい何をなさるので?
 その方をどうするおつもりですか?」

 先程、書類を失敬した一番偉そうな方を魔法で宙に浮かせていると、オークレフトさんが尋ねてきました。

「いえ、この方がこの中で一番偉そうでしたので、連れ帰ってアルビオン王国侵攻作戦の全容を証言してもらおうかと。
 ミリアム首相への手土産ですよ。」

 前回、連れてきた海軍の提督は作戦の全容は知らないようでした。
 彼の言葉によればここで詳しい作戦内容を聞くことになっていたようですので。

 今回、この方を連れ帰って作戦の全容を証言していただこうと思います。
 同時に、檄文にあったように皇帝はアルビオン王国を執拗に狙っていることを証言して頂ければ御の字ですから。

「シャルロッテ様、今度は要人拉致ですか…。」

 オークレフトさんの言葉に心底呆れたというニュアンスが感じて取れます。

 要人拉致なんて失礼な、捕虜を一名確保しただけではないですか。
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