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第6章 異国の地を旅します

第135話 いつもながら素晴らしい歌声でした、その威力が…

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 セルベチアの軍港上空、良くこれだけの船を集めたものだと、集結した艦艇を眺めて感心していると。

「シャルロッテ様、いったい何をなさるおつもりですか。」

 正気に戻ったオークレフトさんが狼狽気味に尋ねてきます。

「あらいやだ、今言ったではありませんか。
 難しいことを言った覚えはありませんことよ。」

「いやいや、おっしゃっていることが無茶苦茶です。
 ここにある鉄を根こそぎ奪おうですって?お一人で?白昼堂々と?
 いったいここにどれだけの兵士がいると思っていらっしゃるのです。」

「ええっと、二十万人くらい?」

 上陸部隊だけで十五万人という事ですので、護衛艦隊の乗組員や後方支援の人を含めるとそのくらいいるでしょう。
 あっ、まだ集結の途中なので、そこまではいませんか。

「何を吞気におっしゃっているのですか。
 二十万人も兵士がいる場所で、コソ泥ができるはずがないしょう。
 シャルロッテ様のような若い女性が忍び込んだら、捕らえられて兵士の慰み者になるのがオチです。」

「私が直接手を下すなどと誰も言っていないではないですか。
 マリンちゃん、出番よ!
 お願いできる?」

 声を荒げたオークレフトさんを軽くいなして、私は水の精霊マリンちゃんに呼びかけます。

「は~い、歌のリクエストですか~?」

 少し間延びした眠たげな声と共に私の目の前にマリンちゃんがポンっと浮かび上がりました。

「ええ、マリンちゃんの素敵な歌声を地上にいるみんなに聞かせてあげて。
 たくさん船が浮かんでいる港が見えるでしょう。
 あの港にいる人と停泊している船に乗っている人全員に歌声が届くように。」

 するとマリンちゃんの眠たげな瞳に光が宿りました。

「え~!地上にいる人全員に~聞かせて良いのですか~!
 かなりひろ~いですね~!
 い~っぱい、人がいます!
 じゃ~、ちからい~っぱい、歌っちゃいま~す!
 張り切っちゃいますよ~。」

 マリンちゃんは眠たげな目を輝かせて言いました。
 マリンちゃんはとても歌が上手で、人に聞かせるのが大好きです。
 …ですが、マリンちゃんの歌は極めつけの危険物なのです。

 ですから、私が頼んだ時以外はなるべく歌わないようにお願いしています。

 今日は思う存分歌えるとあって、とても嬉しそうです。

「ブリーゼちゃん、マリンちゃんの歌声が港の隅々にまで聞こえるように風に乗せて届けてくれる。
 ついでに、地上の様子も見てきて欲しいな。」

 私は肩の上に腰掛けているブリーゼちゃんにもお願いをしました。
 私のお願いは、いたずら好きのブリーゼちゃんの琴線に触れたようです。

「えっ、私も混じって良いの~!楽しそ~う!
 まかせて~!思いっ切り歌声を増幅して届けてあげるね~!」

 風の精霊ブリーゼちゃんは、遠くの音を拾ったり、遠くへ音を届けたりするのが得意です。
 音を大きくして届けるのもお手の物です。

 私の頼みを聞いた二人は嬉々として馬車を出て行きました。

「いったい、あの精霊たちに何をやらせようと言うのですか?
 あの子たちは何をあんなに楽しそうに出て行ったのですか?」

「ふふふ、それは、見てのお楽しみ。」


 そうこうしているうちに、マリンちゃんは私達から離れて少し地上に近づくと…。

「~♪~~♪~♪~♪~♪~~♪~♪」

 とても楽しそうに歌い始めました。
 非常にスローテンポの強烈に眠気を誘う歌に強い魔力を乗せて…。

「あれはいったい…。
 僕には歌を歌っているようにしか見えないのですが。
 しかし、とてもきれいな声ですね。
 こう、耳に優しくて、なんだか眠くなってきそうな…。」

 そう言っているそばから、オークレフトさんはウトウトし始めました。
 どうやら、この位置ではマリンちゃんの魔力の効果が強すぎるようです。

 私はヴァイスに指示して少し上昇してもらうことにしました。

「いったい、今のは何ですか?
 突然、あらがえ難い眠気に襲われたのですが…。」

 魔力の効果範囲を抜けて眠気が覚めたオークレフトさんが尋ねてきました。

「あれが、今回の切り札、マリンちゃんの眠気を誘う歌声です。
 あれ、別に催眠の魔法という訳ではないのですけど…。
 マリンちゃんの歌う歌には強烈な催眠効果があるのです。
 もうしばらくすれば、眼下の軍港全体が深い眠りに包まれるはずです。
 そうしたら着地して、早々に鉄を頂いてしまいましょう。」

「白昼堂々、敵地に侵入して軍事物資をちょろまかそうなんて…。
 何と言う大胆な…。」

 私の答えにオークレフトさんは言葉を無くしました。
 驚いたと言うより、呆れ果てたという雰囲気ですね。
 私を見る目がジト目になっています。 

 
     **********


「ロッテ~!みんな、ぐっすりだよ~!
 もう起きている人はいないよ~。
 たっぷり、魔力を込めたから、ちょっとやそっとじゃ起きないね~。」

 しばらくして、ブリーゼちゃんが地上の様子を知らせに戻ってきました。
 準備は整ったようです。

「ノミーちゃん、いる?」

 私が宙に向かって呼びかけると、目の前にキュロットスカート姿の快活そうな精霊が姿を現しました。

「まいどっ!」

 元気良く現れたのは大地の精霊ノミーちゃん、土壌や岩石、それに鉱物を操るのが得意です。

「この下に港町が見えるでしょう。
 港町と停泊中の船の中にある鉄を全部集めて欲しいの。
 それを、以前お願いしたみたいに、一つ一ポンドの四角いブロック状に形状を揃えて欲しいの。
 これから、地上に降りて転移魔法の敷物を敷くから、その上にどんどん載せてもらえるかな?」

「合点承知だよ!そんなの簡単!」

 気風良く答えたノミーちゃんが地上に降りて行いました。
 それを見送った私はヴァイスに地上に降下するように指示を出します。

「ヴァイス、港に面した広場が見えるでしょう。
 あそこに馬車を下ろしてちょうだい。」

「ああ、主、了解だ。」

 ヴァイスの声と共に馬車はゆっくりと高度を下げ始めました。
 今はかなりの高度があるはずですが、全く揺れを感じずに降下していきます。
 そして数分後、危なげなく高度を下げた馬車は静かに広場に着地しました。

「さあ、呆けてないで、屑鉄拾いの時間よ。
 さっさとしないと日が暮れちゃうわ。
 とっとと終わらせて、明るいうちに館に戻るわよ。」

 馬車が港に降りても動こうとしないオークレフトさんに発破をかけて、私達は馬車を降りました。

「シャルロッテ様、これは拙いですって。
 こんなのバレたらただでは済まないですよ。」

 ええい、大の男がここまで来てそんな泣き言を言いますか…。
 オークレフトさんがご所望の鉄が山ほどあると言うのに、案外肝っ玉が小さいのですね。

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