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第6章 異国の地を旅します

第121話 閑とお金を持て余す人を呼び込めれば…

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「その有閑階級の方というのはこの国にはどのくらいいるのですか?」

 リーナが興味津々に尋ねると、ブライトさんは少し思案してからこう言いました。

「その階層のはっきりとした定義がないから、正確なことは分りません。
 しかし、その階層の属するのは人口の五%程度ではないかと良く言われています。
 現在のこの国の人口が二千万人くらいと言われていますので、ざっと百万人くらいですか。」

「百万人ですか?
 この国では百万人もの人が、ロクに働きもしないで裕福な生活をしていると言うのですか。」

 リーナが驚愕の声を上げました。
 無理もありません、正確な統計がないためハッキリとは分かりませんが、リーナの国、クラーシュバルツ王国の人口はおよそ二百万人と言われているのです。
 その半分にあたる人が遊んで暮らしていると聞けば、驚くのも当然です。

「ロクに働かないというのは、いささか語弊がありますね。
 その階級に属するものは基本は地主で、地代収入による過去からの蓄積を様々な投資に回してその利益で生活しています。
 最近の資本家と言われる人たちは大部分がそうですね。
 でも、みんながみんな遊んでいる訳ではありません。
 この階級は自分が体を動かして働かないというだけで、人を使って事業をしている者も多いのです。
 かくいう私も、親から土地や財産を引き継ぎましたが、同時に幾つかの事業を起こして経営に携わっています。
 決して遊んでいる訳ではないのです。
 ただ、私達の属する階級の中には、本当に自分では働くことを良しとせず、金だけ投資してその配当で暮らしている者もいるという事です。
 果たして、そのような本当の有閑階級がどのくらい存在しているのか。」

 とはいえ、ブライトさんも夏場は長期間仕事を使用人に任せて避暑地に保養に行ったりしているそうです。
 南の国へ綿花の仕入れに自ら出向くのは、こちらの厳冬期にする事にしているとか言っていますし。
 やはり、労働者に比べ自由になる時間は多いし、そんな折に旅行に出かけることも多いようです。

「百万人、その一割でも私の領地に旅行に来てくれれば、ホテルとかレストランとかで人を雇うことができますわ。
 それに、別にこちらの国に限る必要もないのですね。
 セルベチアで革命が起こったのも、裕福になった市民層が国王の圧政に抵抗したものだと聞いています。
 あの国にもそう言う階層の人々がいるのでしょう。
 帝国の中でも、北部諸邦には豊かな領邦が勃興していると聞いています。
 そういう方面から旅行客を呼べるようにすれば良いのですね。」

 頭の中で思考をまとめているのでしょう、独り言のようにリーナが呟いています。
 にわかに表情が明るくなったリーナを見て、ブライトさんは言いました。

「なにやら、先程に比べ大分顔色が良くなりましたね。
 何か良いことでも、思いつかれましたか。」

「ええ、大変参考になるお話をお聞かせ頂き有り難うございました。
 なにも、物を作る工場にとらわれることはなかったのです。
 私の領地にも、他国の方が良いと言ってくださるものがあるのでしたら、それを活かせば良いのですね。
 具体的にどうすれば良いのかはこれから考えますが…。
 裕福な旅行客を呼び込めるようになれば雇用が生まれると思ったのです。」

「私との雑談で、何かの参考になったなら幸いです。
 そうですね、裕福層を迎えるなら最低でも、今滞在されているミッドランドホテル程度の施設はいるでしょう。
 当然、裕福層に対応するのですから、ホテルの従業員にはマナー等で格式に見合う接遇が求められます。
 それに他国からのお客様を迎えるのであれば、従業員は何か国語も話せた方が良いですね。
 それこそ、お二方が言われたような教育が必要になるのではないですか。
 お二方はまだお若い、検討する時間はたくさんあります、良く考えればよいですよ。」

 そう言って、ブライトさんは優しい笑顔を見せました。

 ただ、そのためにはアルム山脈まで旅行客を運ぶ手段が不可欠です。
 馬車の長旅が不評だったので訪れる人が居なかったようですから。

 ブライトさんは蒸気機関車があればと言っていますが、どの様な乗り心地なのでしょうか。
 乗ってみるのが楽しみです。

 それと、忘れてはならないのが、セルベチアの動向ですか。
 アルビオン王国からアルム山脈まではセルベチアの国内を縦断するのが近道です。
 ですがセルベチアは戦時下にあります、しかもアルビオン王国にも戦争を仕掛けようとしているのです。
 好き好んで、そんなところを通ろうという人はいないですね。
 戦争なんて愚かな事、早くやめてくれれば良いのに…。

 ヴァイスに馬車を引かせて空を飛んでしまえれば楽ですのにね。それができないのが残念です。


     **********


 そして、蒸気機関に乗車する日の朝の事です。

「なに、今日は我は留守番だと?
 今日は我の引く馬車には乗らないのか?
 どこまで行くのか知れないが、我に乗るのが一番快適だし、一番早いぞ。」

 厩舎に繋がれたヴァイスに今日は留守番だと告げると、ヴァイスは不満たらたらでした。
 流石に、精霊を馬扱いして厩舎に一日繋いでおくのは我慢ならないようです。

「仕方ないわね。
 ホテルの人には適当に誤魔化しておくから、姿を消してついてきなさい。
 他の精霊達と同じサイズになってくれると嬉しいわ。」

「おお、そうか。
 よし、我が主の肩に乗り片時も離れず、傍にいるぞ。」

 ヴァイスはそう言うと、素の状態の精霊を視ることができる人以外には見えないように姿を消しました。
 そして、私の目の前で十インチサイズに縮まると、小さな翼で羽ばたいて私の肩に乗りました。

 今日も今日とてオークレフトさんの道案内で、全員連れ立って蒸気機関車の駅まで歩きます。

「なんか、異様に煙くはないですか?
 何処かで火災でも起こているのでしょうか?」

 オークレフトさんがもうすぐ駅に着きますと言ったすぐ後に、リーナがポツリと呟きました。
 確かに煙いような気がします。

「ああ、これが蒸気機関で石炭を燃やした煙ですよ。
 工場の蒸気機関は高い煙突が付けられていて、煙が高い位置で排出されるのであまり煙くはないのですが。
 蒸気機関車の煙突は低いので、風下になるとこうして煙るのです。
 ここ数日は風の状態が良いせいか煙ってませんが、日によっては工場の排煙が町に漂ってもっと煙いですよ。」

 オークレフトさんは、こうして煙るのも蒸気機関車の醍醐味だなんて言って気にした様子も見せませんでした。

「いやあ、こうして蒸気機関車の煙を吸うとワクワクして来ますね。
 これから、蒸気機関車に乗るんだって、そんな気分になるじゃないですか。
 僕は、蒸気機関車が大好きなんです、これぞ技術の粋って感じがとっても良いですね。」

 なんてことまで言っています。
 こんな煙い煙を吸ってワクワクしてくるって、技術マニアって本当に変わっていますね。

「なあ、主、こんな煙い煙を出すモノに乗るのか?
 我に乗っていた方がずっと快適ではないか?」

 耳元でヴァイスが呟きます。
 だって、ヴァイスは人を乗せた客車を何両も引くことは出来ないでしょうが…。
 鉄道馬車と言うのもあるそうですが、一頭の馬が引く客車は一両だそうです。

「そんなことはないぞ。
 我なら今引いている馬車を十台くらいはまとめて引くことができる。」

 やめてください、一頭の馬が十両もの客車を引いていたら、見た人が腰を抜かしてしまいます。

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