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第6章 異国の地を旅します

第118話 こんなの楽しくないって、アリィシャちゃんが…

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「こんなのヤダ!ちっとも楽しくない!」

 夕方、ホテルに帰ると部屋に入るなり、アリィシャちゃんが癇癪を起こしたように叫び声を上げました。
 やはり、七歳の子に今日のような町の視察は退屈だったのでしょう。
 もう少し、小さな子でも楽しめるような観光をしてあげればよかったです。
 
 明日の工場視察に連れて行くのはやめて、カーラと一緒にホテルでゆっくりしてもらいましょうか。
 私が反省し、そのことをアリィシャちゃんに告げると、返ってきた答えは意外なものでした。

「違うの!
 今日、ロッテお姉ちゃんと町を見て歩いたのが退屈だったんじゃないの。
 この町がちっとも楽しい感じがしないの。
 町はきれいだし、珍しいモノもたくさんあった。
 食べる物もすごく美味しかった。
 でも、町の人はみんな疲れていて、全然楽しそうじゃなかった。
 それに、私と同じ歳くらいの子が全然遊べないなんて変だよ。」

 どうやら、アリィシャちゃんは私達と一緒に回って退屈したのではなく。
 町の様子があまり楽しげに見えなかったのが気に入らないようです。
 先程の言葉は『こんな町はイヤだ』という意味のようです。

 昼間人通りの少なかった目抜き通りは、夕方六時に一斉に工場から人が吐き出されるとにわかに賑わいを取り戻しました。
 ただ、道行く人の多くは疲れた様子でそのまま家路につくようでした。
 もう夕暮れ時ということもあって、工場での仕事を終えた子供たちが外で遊ぶ様子も見られません。

 気勢を上げて酒場に乗り込むのは、体力が有り余っているとみられる若い男性だけでした。
 何人か連れ立って酒場の入り口を潜るのをみて、オークレフトさんが言っていました。

「彼らは他所から来た若者でしょうね、おそらく周辺の農村部から出てきたのでしょう。
 家に帰っても食事がないので、ああして酒場で夕食を済まします。
 若い連中の常で、集まると酒が中心になって食事らしい食事をしないのですよね。
 農村にいると食べるに事欠く状況かも知れないのでそれよりはましかと思いますが…。
 あまり、健康的な生活をしているとは言えませんね。」

 自分とたいして年が変わらない人達を『若い連中』って…。なんか、若いのに枯れていますね。
 確かに人付き合いが苦手なオークレフトさんはあんな風にたむろして気勢を上げるようなタイプには見えませんが。
 
 そんな若い人が集まってくるので、夜の街もたいへん賑やかなそうです。

 ただ、そんな人はほんの一握り、大部分の人はお疲れの様子です。
 考えてみれば朝六時からの十二時間労働というのは、日の出から夕暮れまで働くという事です。
 オークレフトさんの話では、その間片時も機械から目を放すことは出来ないそうです。
 疲れない訳がありません。


 アリィシャちゃんは、続けてこんなことを言います。

「私達、一座の子供も親方に厳しく芸を仕込まれるけど、そんなに長い時間じゃなかったの。
 子供に長い時間稽古をさせるのは無駄なんだって。
 子供は集中力が続かないから、長い時間やらせると惰性になってかえって芸が身につかないって。
 子供は適度に遊ばせて、短時間に集中して仕込む方が良いって言っていた。
 それに、一座は芸を売るんだから一人前になるまで、客の前には立たせられないって。
 だから、仕事を始めるのは十二、三からだって、未熟者を出したら客が減るって。」

 アリィシャちゃんの親方は体罰を加えたり厳しい人だったようですが、子供のうちから働かせることはなかったようです。
 おそらく、子供のうちは修業期間だと認識していたのですね。

 アリィシャちゃんはとても良いことを言ってくれました。
 子供の間は、知識なり、技術なりの蓄積期間なのです。
 子供のうちから荷運びなどの単純労働で酷使していいのでしょうか、それこそ潰しが利かない大人になりそうですが…。

「どうする?アリィシャちゃんは明日はカーラと一緒にホテルで休んでいる?
 それとも、アルムハイムか王都の館で遊んでいるかな?」

 私が尋ねると…。

「一緒に工場を見に行く!
 私くらいの子供がどんな仕事をしているのか、見てみたい。」

 アリィシャちゃんは、この町の子供たちがどんな仕事に従事しているのかを自分の目で見てたいと声を大にして答えました。


     **********


 そして、翌朝、オークレフトさんの道案内でミリアム首相から紹介を受けた紡績工場に向かいます。

「あの工場でしたらオーナーさんに面識があります。
 非常に人柄の良い方で、地元との軋轢も起こさずに工場を経営されています。
 何でしたら、私もお供しましょうか。」

 昨日、オークレフトさんからそう伺ったのでお言葉に甘えることにしたのです。
 その言葉通り、正門の守衛にオークレフトさんが親し気に声を掛けるとそのまま工場の敷地内に通してくれました。

 そして、事務所と思われる建物の正面に馬車を停めると、建物の中から三人の男性が出迎えに出てきました。

「ようこそおいでいただきました、シャルロッテ女王陛下。
 この度は私共の工場にご行幸を賜り、誠に恐悦至極でございます。
 私はこの工場のオーナーのブライトと申します。
 後ろに控えるのは、この工場の支配人と工場長でございます。
 本日はこの三人でご案内を務めさせていただきます。」

 そう言って頭を下げたあと、オーナーは私達を事務所の中に迎え入れてくれました。
 吹けば飛ぶような小邦の主に女王陛下は大袈裟です。
 それはやめてもらうように後で言っておきましょう。

 オーナーの部屋に通された私達の向かいに座ったブライトさんは最初にこの工場のあらましを説明してくれました。
 ブライトさんは、この地の人ではなく、紡績の事も半ば素人のようなものだと自嘲気味に言いました。

 元々ブライトさんは貿易商で植民地から綿花や綿糸、それに木綿の反物の輸入を行っていたそうです。
 この町の紡績工房に綿花を一番多く卸しているのもブライトさんの商会だとのことです。
 ブライトさんはいち早く紡績の機械化に目をつけてこの地に工場を造ったと言いました。

「別にこの町でなくても良かったのですが、餅は餅屋と言うでしょう。
 私は糸紡ぎに関しては素人です。
 糸は機械が勝手に作ってくれますが、できた糸の良し悪しは私には判断できない。
 不良の糸が大量に出来たら困りますからね、やはり目利きの良い職人が必要だったのです。
 その点、この町には熟練の職人さんが多い。
 優秀な職人を確保できれば事業が有利に進められると考えてこの町に決めたのです。」

 そんなブライトさんのもとを訪れたのが工場長だそうです。
 工場長は元は紡ぎ手二百人を抱える大手の紡績工房で雇われていた腕利きの職人さんだったそうです。
 十年ほど前のこと、初めて紡績の機械化を耳にした工場長は、糸の大量生産の時代が来ると予想したそうです。
 その頃の機械はまだ動力による自動化はされておらず、人の力で機械を回したモノだそうです。
 それでも、従来の糸車に対して一人の職人で十倍近い糸を紡ぐことができたとのことです。
 それを脅威に感じた工場長は、親方に工房の機械化を勧めたそうです。
 しかし、旧態依然とした手紡ぎを続けようとする親方は聞く耳を持たなかったそうです。

 その後しばらくして、ある情報が工場長の耳に届きます。
 『ブライトさんがこの町に蒸気機関で自動化した機械を備える紡績工場を造ろうとしている』
 その情報を聞いた工場長は、保守的な工房の親方に見切りをつけて、ブライトさんのもとに身を寄せたそうです。

「先日、この町で最近できたという織布工場が打ち壊される事件に遭遇しました。
 何でも、既得権益を守ろうとするギルドの親方達が扇動していると耳にしたのですが。
 この工場では、そういうギルドに属する親方達の妨害はなかったのですか。」

 私が尋ねるとブライトさんは工場長の方を見てから言いました。
 
「いやあ、その点も工場長のおかげで本当に助かりましたよ。
 工場長が、機械化の必要性を工房の紡ぎ手たちに説いてくれて、二百人全員を引き抜いてくれたのです。
 工房の親方はカンカンに怒りましたが、多勢に無勢で太刀打ちできませんでした。
 これが、地元の人を味方につけずに強引に工場を建てると、先日みたいな打ち壊しが起こってしまう。
 この町の親方連中は紡ぎ手や織り手を安い給金で使う一方で、新規参入を妨害して供給を絞って暴利を貪ってきたのです。
 うちの場合、工場長がその辺の絡繰りを広くこの町の紡ぎ手の皆さんに懇切丁寧に説明してくれました。
 そして、私が移籍を希望する紡ぎ手さんに今までよりも高い給金を保証したのです。
 すると、たくさんの紡ぎ手が多くの工房から移ってくれました。
 そうなれば、もうこっちのもんです。
 いくら、親方連中が扇動しても味方に付く紡ぎ手さんがいないのだから打ち壊しなんかできません。
 幾つかの工房が潰れましたが、それによって仕事を失ったのは今まで暴利を貪っていた親方連中だけです。」

 ブライトさんはこの町で職人をしていた工場長を味方につけることで、上手く地元に溶け込むことができたようです。
 上手くなんでしょうか…。

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